SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】
手をつないで、空を見上げて ( No.46 )
- 日時: 2015/11/20 21:33
- 名前: 雛
__お嬢さんの“今日”を、僕にくれませんか。
差し伸べられた手に、吸い込まれるように。
少女は己の手を重ねた。
***
「人が、いっぱい」
少女がぽつりと呟いた。
「街中だからね。僕の手を離しちゃだめだよ、はぐれてしまうから」
青年は少女の手をひき、いろんなものを見せた。彼女が喜ぶもの、欲しがるもの、全てを見せた。
その度に少女は驚き、笑い、楽しそうに街中を眺めていた。
少女は、ひとりぼっちだった。
目を開けても閉じても、真っ暗で。
必死に手を動かしても、それを握ってくれる人は誰もいなくて。
そんな時、一人の青年が手を差し伸べた。
不思議と、怖くなかった。
どこか、懐かしいような、そんな気がして。
__ようやく、届いた。
青年は、嬉しそうに、しかしどこか寂しそうに笑った。
少女の手を取りながら。
夜も更けたころ、青年と少女は公園のベンチに並んで座っていた。
空には星が無数に瞬いている。それを見上げながら、少女は今日の思い出を楽しそうに語り始めた。
「はじめてがたくさんだった。お空があおいこと、はじめて知ったの。おそとに人がいーっぱいいるのもはじめて知った。えほんにでてくるおひめさまも、おうじさまも、みんなみんな、はじめてみたんだ」
そんな少女の話を、青年は微笑みながら聞いていた。手は、まだ握ったまま。
「それとね」
ふいに、少女が青年の顔を見上げた。
「だれかの手があったいことも、はじめて知ったの」
その言葉に青年は目を見開き固まった。
少しして耐えきれなくなったのか、少女の顔から目をそらす。
「そう……そっか」
「うん。だからね」
ありがとう。
楽しかった。
夢みたいだった。
ありがとう。
ありがとう。
「わたしの“今日”をもらってくれて、ありがとう」
__大好きだよ、おにいちゃん。
少女はめいっぱいの笑顔を顔に浮かべて、そして
闇に溶けるように、消えていった。
握っていた手が、離れた。
青年は自分の手をみつめた。
ぐっと握りしめても、青年の手のひらは空気をつかむだけだった。
「……ずっと、隣にいたのに、手も握ってやれなかった。僕が歩けたら、もっと色んなところに連れていけたのに。僕の体が、もっと動いたら……」
視線を空にうつし、小さく微笑んだ。
__ああ、でも。
まだ、伝えてないこともたくさんある。一緒に行きたかったところも、たくさん。
__君が今日、幸せだったのなら。
「僕も、幸せだ」
そう呟いて、青年は涙を流した。
その雫が地面に落ちる前に、青年も静かに消えていった。
「先生、〇〇号室の患者さんが……!!」
とある病室。
たくさんの機械に囲まれながら並んだ二つのベッド。そこに静かに横たわる、青年と、目に包帯を巻いた少女。
彼らが生きているという証拠を周りに響かせていた音は、徐々に、小さく、弱くなっていく。
そしてついに、静かに消えた。
どこか楽しそうに微笑みながら、二人は眠っていた。
朝日が、昇る。