SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

忘れない愛 ( No.58 )

日時: 2015/11/28 23:43
名前: ルカ

────愛しています。
頭も心も、四六時中、貴方でいっぱいなくらいに。

けれど───。

「どうして……」

いつも通り、マンションの一室を訪ねたけれど、もぬけの殻で。
急いでケータイを鳴らしてみたけれど、留守電に繋がって。
焦ってメールを打ったけれど、返事はなくて。

マンションの管理人さんに尋ねると、その日の早朝、貴方は急に部屋を出て行ったのだと聞かされました。

私は、それを聞いて、頭が真っ白になるくらい、パニック状態に陥りました。
混乱と困惑が頭に渦を巻き、頭痛が起こりました。
───そう。管理人さんの最後の言葉さえ耳にすることができないほどに。

「どう、して……どうして、なにも言わずに私のもとを去って行ったの?」

私には、全てが理解不能でした。
私達、愛し合っていたじゃない───と。

「わからないわ……───」

貴方はいつも、そうでした。
私になんの申告も相談もなく、自分で決める。

貴方はそう、───自分勝手なんです。

「ひどいわ……」

そんな貴方でも、私はずっと愛していました。
貴方に夢中でした。

「────ちょっとお嬢さん!」

突然、遠くから大声が聞こえてきました。
周りを見回すと、マンションの入り口から、管理人さんが手を振っていました。

私は、自分が呼ばれているのだと気づき、首を傾げながらも走り寄りました。

「……なんでしょうか?」

鼻先をマフラーに埋めつつ、おずおずと尋ねると、管理人さんは心配そうに言いました。

「最後に言ったこと、ちゃんと聞いていたかい?」

───は。
その時はもう、すっかり落ち着いていたので、自分が管理人さんの話を全く聞いていないことに冷や汗が出ました。

「いやー、上の空って顔をしていたからさぁ、聞いてないんじゃないかと思ってね」

「はぁ……」

「紫の水玉のマフラーをした女性に、彼から伝言があってね。───『俺のことは忘れてほしい』と」

紫の水玉のマフラーをした女性───それは、きっと、私のことだと直感しました。
管理人さんも気がつくほど、貴方のもとを訪れる女性で、そんな女性はひとりしかいませんもの。
私は、貴方に逢いに行くたび、そのマフラーをつけて行きました。

それにしても、───『俺のことは忘れてほしい』?

どうして……。
どうしてそう、貴方は自分勝手なのですか。

あとからあとから溢れ出てくる涙は、堪えられるものではありませんでした。
管理人さんがいるにもかかわらず、私は嗚咽にむせびました。

────愛していました。
頭も心も、四六時中、貴方でいっぱいなくらいに。

貴方のことは、一生、忘れません。
私の、大切な若き日の思い出です。

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