SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】
先生へ ( No.49 )
- 日時: 2016/03/24 22:14
- 名前: 矢野
校舎の隅まで来ると、皆の声はひとつも聞こえなくなった。
それに少しの寂しさを感じながら、私は胸に付けた花飾りを揺らしてとぼとぼと廊下を歩く。
開けっ放しにされた保健室のドアの向こうで、何人かの女子の楽しげな話し声が聞こえる。
「じゃあね、先生!」
「元気でねー!」
出てきたのは私と同じ、今日この学校を去る3年生。
そのうちのひとりは私の良く知るクラスメイトで、だけど顔を合わせることもなく隣を通り過ぎて行った。
何も言わずに保健室を覗き込んで、こちらに背を向けて机の上をがさごそと整理している先生を確認した。
小さく息を吸って部屋の中に足を進める。
「先生」
おわっ! と大袈裟に驚いて振り返った先生の顔には、苦笑いが浮かんでいた。
「お前……一切泣いてないのか」
先生は多分私の目元を見て、楽しそうに「くっくっく」と笑った。
いつもの笑い方。
私も同じように笑った。
先生とは違う、上品な笑い方。
「変わらないなぁ」
「先生こそ」
生意気にも言い返してやると、先生は何とも言えない――ちょっとだけ寂しそうな顔をして、私から視線を外す。
しかし、すぐに笑いかけてきて口を開いた。
「……ずっと待ってた卒業だな」
授業をサボって保健室のソファーでだらだらしていた日々。
いつも1時間だけと言いながら、他の生徒が来るまでは休ませてくれた。
そんな私が毎日のように言っていた「こんな学校、早く辞めたい」という言葉に、先生は「早く卒業できるといいな」と決まった言葉を返した。
「お疲れ様」
突然頭のてっぺんに手が置かれ、その温もりに目頭が熱くなる。
一瞬のうちに涙が溢れ出て、鼻を伝って床に落ちていった。
泣いてる姿を見られるのは初めて来たとき以来だ。
頭から手が離れたおかげで、なんとか涙が止まりそうになった。
「これから」
そう話し出した先生の声が涙声で、ふたりで顔を合わせて笑う。
照れた表情で頬を掻いて、少しだけ真剣な顔で見つめてきたから、私も笑うのをやめて見つめ返した。
「これから、君は進学する。たくさんの人間に出会う。全ての人との繋がりを大切に……大切にしなさいとは言わない。大切に、想ってほしい」
涙を隠すことなく、先生は話し続けた。
「未来の君には、過去の僕たちがついている」
頼もしく胸を張る先生。
私は笑って頷いた。
3年間、ありがとう。