SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

春風が吹く頃に ( No.54 )

日時: 2016/03/29 16:52
名前: ダイアナ ◆nPa74zK8QY

 私達が過ごした教室は驚く程がらんとしていて、何も無いまっさらな状態だった。窓から見える校庭には桜が舞っていて、卒業の季節であることをほのめかしていた。

 三月。今日で私達はこの中学校を卒業する。大体の人は、校庭や校門の前で友達と写真を撮ったり、後輩に挨拶したりするんだろうけど、私はただ一人で教室にいた。片手くらいしか友達はいなくて、部活にも入っていなかったせいでそんな所に行ったら余計に寂しくなる。

 その時、教室のドアが勢いよく開いた。

「おーい、麻央!」

「大地!」

教室に入ってきたのは、友達の大地だった。友達が殆どいなかった私にとって、大地の存在は貴重だった。彼が麻央、と私の名前を呼ぶ度に、心に火が灯った様になる。

「やっぱりここにいた!俺の予想通り〜!」

 太陽の様に笑い、私がいる窓際まで大地がやってくる。近くにあった机に腰掛け、彼はぼんやりと言った。

「もう卒業だなー。」

「そうだね……。結構楽しかったね。」

そう言うと、大地は机に座り直し、若干上目遣いで私を見た。

「だよな!体育祭とかさ、紅白リレーめっちゃ盛り上がったよな!」

 大地の呟きで私は、暑い夏の思い出が色鮮やかに蘇ってきた。私が初めて実行委員になった、3年生の時だ。皆をまとめようとするもなかなか上手くいかず、悩む私に大地は声を掛けてくれた。

『一人で悩んでねぇでさ、皆で頑張ろーぜ!』

そう言ってくれた大地の言葉は忘れ難い。いろいろと手助けしてくれて、皆の協力もあってなんとかやり切ることが出来た。紅白リレーの選手でもあった大地は見事、私達のチームを優勝へと導いてくれた。

 地面を蹴り、まっすぐゴールを見て駆け抜ける大地のカッコイイことといったら─。

 皆が一つになった瞬間を思い出す度に胸に爽やかな気持ちが蘇る。

「うん。すごい楽しかった。……でも寂しいな、それがもう過ぎたことだと思うと。」

 今日で大地と私は“さよなら“で、“お別れ“である。地元の公立高校に通う私と、引っ越して県外の私立の高校に通う大地。そうなると、今までのように関わる機会も減ってしまう。疎遠になって友達終了、なんて絶対に嫌だったが、本当にそうなってしまいそうで怖かった。

 空にはオレンジ色の太陽が浮かんでいる。この太陽が沈んだら、私達は別々の道を行かなければならない。

「今日でさよなら、なんて嫌だ。」

じわっと涙が滲み、慌てて私はハンカチでそれを拭った。

「大丈夫だろ。」

 突然の大地の声に私は顔を上げた。大地はいつになく真剣に、だけどどこか優しさをはらんだ眼差しを向けた。

「確かに中学校は今日で卒業だけどさ、これで一生会えないって決まってねぇじゃん。さよなら、なんて言うなよ!」

「絶対また会おうぜ、約束!」

そう言い、大地は小指を私の方に向けた。その様子に自然と笑顔になってくる。私も頷き、小指を絡める。

 そうだ、さよならじゃない。今彼に伝えるべき言葉は、さよならじゃない。確かな絆を感じながら、私は精一杯の笑顔で彼に伝えた。

「ありがとう、大地。……またね。」


【happy * end】

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