SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

このカフェオレは苦過ぎて ( No.57 )

日時: 2016/04/01 22:14
名前: 彼方

もう十年は昔になるだろうか。
僕と貴方は出会って、恐らくそれは、一目惚れだった。



ここへ転校してきて、貴方はすぐに人気者になった。
明るくて、人当たりが良くて、可愛くて。貴方は皆の太陽だった。

授業中でも、休み時間でも、頭の中は貴方でいっぱいで、ずっともやもやした何かが心の隅に巣食っていた。

いつだったか僕は、部活の試合で負けて、誰もいない体育倉庫の隅で、落ち込んでいた時があった。

いつもの貴方なら、もう既に家に帰っているのに、何故かあの日は。
放課後に、貴方と二人きり。

落ち込んでいる僕を見て、「一口あげる」と貴方はカフェオレをくれた。

それはとても甘くて、優しくて、ほんの少しだけ苦くて。
恋の味だな、なんて僕は思った。



貴方と初めて二人で出かけたのは、秋風が身に染みるようになってきた頃。
貴方は僕にクレープをねだって、子供っぽいって言ったら怒られたのを覚えている。

貴方と初めて手をつないだのは、雪が街を白く染めた、酷く寒い日のこと。
貴方の手はびっくりするくらい冷たくて、思わず笑ってしまったのを覚えている。


____貴方が隣にいてくれたからきっと、何気ない日常が、特別に変わったんだろう。


笑うと線みたいに細くなる目も、困ると髪を触るその癖も、全てが愛しくて、とても可愛くて、大好きだった。


貴方の家の窓から眺めた花火が、打ち終わる間に、貴方と初めてキスをした。
その花が、夜空でいつまでも、咲き誇ってくれればいいのに、なんて僕は願っていた。



____気付けばもう終点で、降りるべき駅はとうの昔に過ぎていた。

何だかとても、懐かしい夢を見ていた気がする。
ふと頬に触れると、濡れているのに気付く。
……ああ僕はきっと、貴方の夢を見ていたんだろう。

あのときはいつも降りていた、貴方との思い出が詰まったこの駅のホームには、もう貴方の姿はどこにもなかった。


一人で買った温かいカフェオレを、僕はホームで開けた。

でもそれは、あの日と違って少ししょっぱくて、とても苦くて、残してしまいそうになった。


____線路の向こう側で、きっと貴方は待っているだろう。
きっといつもと変わらない、太陽みたいな笑顔で。

あの日みたいな、甘くて優しいカフェオレの味が忘れられなくて、僕は今でももがき続けている。

苦いカフェオレはもううんざりだ。
それしか飲めないのだったらいっそ、甘いカフェオレの味も全て忘れて、眠ってしまおうか。

でもそれをきっと、貴方は望んでいない。それはよく、分かっている。


____だからせめて、手の中の温もりを、あの甘い味の思い出を、あとほんの少しだけ、感じさせてくれ。
僕はそれで、十分だから。

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