SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】
空色 ( No.68 )
- 日時: 2016/05/03 21:32
- 名前: 海栞
どうやら天気予報は嘘をついたらしく、滝のような雨が突然降り出した。
徐々に強まっていく雨のなか、折り畳み傘が運良くリュックの中に入っているはずもなく、私は近くにあった屋根付きのバス停に慌てて駆け込んだ。
すると今度は雨が斜めに降ってきて、やっぱり身体が濡れてしまったけれど、それは仕方ない、諦めるしかなさそうだ。
スマホの充電に余裕がない状況で雨宿りの最中にすることなんて特になく、私はただ何の気なくきょろきょろと辺りを見まわした。
日々悩まされている山ほど出る課題の息抜きに、と散歩がてらにこの街に来たのに、雨が降るなんて本当についていない。
今日は朝の情報番組の時間よりも寝坊してしまったけれど、もしかしたら星占いで最下位でもとったのかもしれない。
……そういえば、あの傘は誰かの忘れ物だろうか。
お世辞にも大きいとは言えないバス停の隅に、まるで自己主張は苦手だと言うようにもたれかかった、綺麗な空色をした傘。
それは全然存在感がなくて、むしろ見ないでと言っているような雰囲気を醸し出していて。
そんな傘に『ごめんね』と心の中で謝り、私は傘を開いた。
さすがにいつ止むか分からない雨を待っていられるほど私も気が長くなかった。ただ、それだけ。
バス停から足を踏み出した途端、とても強い風が吹いた。
空色の傘は風に流されてどこかに飛んでいきそうで、私はその風に負けないようにと傘を強く握り直した。なぜか風に負けてはいけないような気がした。
もう既に身体はびしょびしょだった。お気に入りのスニーカーの中まで雨水が染み込んでいる。
でも雨宿りをしていても身体はどうせ濡れてくるのだし、今更戻る気にもならなかった。
駅の方へとそれからしばらく歩いた。
ひたすら歩いているうちに、アスファルトに叩き付ける雨の音が次第に遠くなっていったように感じた。
私は、空色の世界に立っていた。
辺り一面の空色に傘はすっかり溶け込んで、そしてかえって私という存在を異様なほどまでに目立たせた。
夢を見ているのかもしれない。頬をつねった。痛かった。
でも、こんなファンタジーな世界が夢以外には考えられなくて、例え頬が痛くなくても夢なのだとしたら、ただ醒めるのを待つしかここから戻る方法はない。
そういう結論に至った私は、何をするでもなくただひたすらに歩いた。どこかにあるかもしれない出口にたどり着けば、夢から醒めると思ったのだろうか。
どこからか聞こえた声。泣いている、と直感で思った。
その声の方へ歩みを進めると、空色の女の子と出会った。瞳も髪も、身につけている服も、空色の女の子。
泣き声の正体はどうやら少女のもののようだった。
何があったの?と思わず少女に訊くと、彼女は「わたしの傘が、無くなっちゃったの」と潤んだ瞳で私に答えた。空色の瞳から、空色の涙が溢れる。
空色の世界、空色の女の子。
もしかしたら、という予感がした。いや、予感ではない。確信めいたものがあった。
私は、バス停に置いてあった空色の傘を差し出した。
「お姉ちゃん、それ、どこで見つけたの?」
女の子は驚いた様子で私を見つめて、それから微笑んだ。
彼女の笑顔は、まるで太陽のように明るかった。
何の根拠もなかったけれど、あの大雨の正体は、きっと彼女の涙なんだろうとぼんやりと思った。
今は、さっきの雨が嘘のように太陽が照りつけていることだろう。
珍しく私もいい夢を見たものだ。そしてだんだん、私の視界は暗くなっていった。
気がつくと、私はバス停のベンチに座っていた。
雨はもう降っていなかったけれど、濡れた地面が、ついさっきまで雨が降っていたことを私に教えた。
あれは夢だったのか、はたまた現実に起こったことなのか。
ベンチから立ち上がったそのとき、地面に一枚のメモがはらりと落ちた。
『ありがとう』
綺麗な、空色のメモだった。