SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】
時計屋 ( No.10 )
- 日時: 2016/11/19 11:38
- 名前: 飛鳥
薄暗い、狭い場所。
カチ、カチ、と規則正しく鳴るこの音。
ここに来るたび。
嗚呼、私は生きているんだ。と、自覚する。
やはり、数々の個性ある時計に入ることができる『時計屋』は最高だ。
時計とは、持ち主と共に過ごすことで持ち主の記憶を共用できる。
あれは・・・確か八年前の冬の日だった。
小学校低学年位の少女が鼻を赤くして店に駆け込んできた。
「おじさん!僕の時計が壊れちゃった!お願い直して。僕何でもするから!」
余程この時計が気に入っているのだろう。丁寧に扱われている。
良かった。針が止まっているだけだ。
・・・どこかで会ったような?・・・
「ねえきみ。おじさんの事見たことないかな?」
少女は不思議そうな顔をした。
「何言ってるの?僕おじさんに初めて会ったんだよ?」
「そっか。じゃあ明日までには直しておくから、また明日来てね。」
少女は、とても嬉しそうな顔をして、その場でジャンプした。
「よかった。この時計はお母さんのだったから・・・」
ジャンプをやめ、少し曇った顔でぽつりとつぶやいた。
「お母さんのだった?」
「うん。僕が生まれてすぐに、死んじゃったんだ。・・・じゃあまた明日ね!」
軽い足音を立てて、少女は帰って行った。
そういえば、あの子の名前を聞き忘れていた。
また、明日聞こう。
夜、時計の中に入ってみることにした
そこには・・・
「久しぶり。海君。」
やはり、彼女がいた。
あの時と変わらない笑顔で。
「ふふふ、どうしたの、驚いた顔して」
時計には、持ち主が先に死んだとき、
持ち主が中に取り込まれる性質がある。
ということは、あの子のお母さんがいるはず。
その人とは、僕の幼馴染だった彼女、綾辻 春海であった。
この時計を見た時からわかっていた。
だってこの時計は、これは、私が彼女にあげたものだから。
一生幸せにすることを誓ってあげたから。
でも、幸せにできなかった。
彼女は死んでしまった。
あの子を残して。
私を残して。
私は、残されたあの子を育てることもできなかった。
あの子は新しい、幸せになれる家庭へ養子に出された。
「ごめん、はるか。ごめん。」
私は彼女の前で無様に泣き崩れた。
「海君、まだ28歳でしょ。もう一回幸せになって、そして私の分まで生きて」
生まじめに。思わず吹き出してしまった。
「ありきたり過ぎるよ。」
いつの間にか二人で大笑いしていた。
「じゃあ。いくよ」
「うん、彩佳の事、頼んだよ。」
あの後、彩佳にはちゃんと時計を返したよ。
いま、時計屋でバイトをしているよ。
だから、安らかに眠ってくれ。
春海