SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

条件 〜どんな命なら奪っていいでしょうか?〜 ( No.4 )

日時: 2016/05/09 17:29
名前: はずみ

時が、止まってほしい。
今日、宣告を受けた。
医師は、呪いたくなるほどにすらすらと、会社のプレゼンのように、滑らかに言うのだ。

「貴方が生きられる時間は、あと1カ月あるかどうかです」

あとの言葉は、何も聞こえなかった。
ただ、医師の口は滑らかに動き続けていた。延命治療を受けるかどうかということについてだったそうだ。
医師にとって、これは何回目の余命宣告なんだろう。何回目の、延命治療の説明で、何回目の金儲けのチャンスなのだろうか。
1か月の寿命を2倍に伸ばすだけで、私と夫の貯金の、2倍。
何回も泣いて、何回も喚いて、当たり散らして、今、夫と床に座り込んでいる。涙はそっけないくらいにさっさと頬から引き揚げた。

「なんでだろうね」
夫が、口を開いた。
「詐欺も、殺人も、何もしてない君が」
出つくしたと思ってた涙が、また、頬を伝う。夫も、また同じ表情だ。
「子どももいなくて、30歳にもならなくって」
うん、うん、と、いつの間にかうなずいてた。しぬことを受け入れてしまったような自分が悔しくて、また、涙があふれた。
「なんでそんな君が死──」
「死ななくていいわよ」
え、 と夫が声を発した。視線は────一人の女性に向けられている。
だれですか、 と聞こうとした。でも、口が、開けなかった。女性が話し始めたから。
「感動のシーンに割り込んでごめんなさいね、でも、聞いてられなかったの。貴方は、生きることができるわ。私は、あなたの『時』を延ばせるから」

ピシッと着込んだスーツから、女性は、名刺サイズのものを出してきた。名前も、住所も書いてない、紙。番号が小さく書いてあって、ローズのようなにおいが付いている。女性は、すぐに、話を再開させた。それはもう、誰にもつっこまれないような早口で。そのおかげで、私はその突拍子のない話に割り込むことが出来なかった。
「まぁ、ただで時を延ばすことなんてできないわ。でも、他人の時を貴方に移すことならできる。つまり、貴方たちが誰か殺すの。そしたら、一人につき、そうね……70年、延ばしてあげる。もちろん、誰でもいいわ。でも、」
そこで女性は息を吸い込む。思わず、私も、夫も、身を前に乗り出してしまった。
「貴方達にとって殺した人のような人は、2度と出てこないわ」
それって、 始めて、私が声を出せた。あまりにもかすれている声に、少し驚く。
「たとえば、1人だけの親友を殺してしまったら、私にはもう親友ができない、みたいなことです、か?」
女性が、うなずく。
「そうね、人ごみの中で一人誰でもいいやと思って殺したら、それが将来のお嫁さんだった、なんていうこともあったわ。」
もしだれか殺したら、ここに連絡して。
そういうと、女性は玄関から出て行った。
数10分たって、夫が、一言つぶやいた。
「マジかよ……」

その言葉を聞いて、その言葉の意味を理解して、私が切れた。
「本気で言ってんの?本気で誰か殺そうとしてんの?わたしだってもっと貴方と一緒にいたいし、延ばせるもんなら寿命だって延ばしたい!でも、そのために今を生きてる他の誰かを殺すなんて絶対ダメ!」

しん……として、突然気分が悪くなった。小走りで、トイレに向かう。
女性の言葉も、夫の言葉も、私の言葉も、全部吐きだした。






時は、少し優しく設定してあるのかもしれない。
今日、宣告を受けた。
医師は、呪いたくなるほどすらすらと、会社のプレゼンのように滑らかに言うのだ。

「おなかの中には、赤ちゃんがいます。ですが……発達に問題があります。」

今のままでは母体まで危険です、という言葉と、赤ちゃんをあきらめる方法もあるという言葉を、鮮明に覚えている。

ぽかんと口を開けたまま、病院を出て、付き添いに来た夫に小さく言う。

「おなかの中の赤ちゃんをあきらめることは、殺人になるかしら」

「マジかよ……」



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