SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】
色図鑑 ( No.6 )
- 日時: 2016/05/12 16:40
- 名前: ろろ
「色ってさ、面白いよね」
「え? 色が? なんで」
私が教室で本を読んでいると、前の席のおさげでメガネをかけている女の子、輪廻 閏(りんね じゅん)さんが不意にそう言ってきた。
「だってさ、同じような色なのにその一つ一つに名前があるんだよ。ほら、これ」
彼女はある一冊の本のページの箇所を指しながら私に向ける。
「この、黒と茶色と緑が入ってるこの、誰もが黒茶色といいそうなこの色。これさ、枯葉色って言うんだって。で、こっち」
閏さんは違うページを開いてある箇所を指差す。
「この、肌色よりもピンクっぽい色。これね、桜貝色って言うの」
まだあるよ、と彼女は嬉々としてページをめくる。私も単純かもしれないが、本を隣において、彼女の話に耳を傾けていた。
「あ、あった。これ。これね、水色よりも少しトーンを暗くしたような色。これね、勿忘草色って言うんだ。凄いよね。はじめて知ったとき驚いちゃった。あ、余談だけど勿忘草の花言葉って知ってる? 真実の愛と私を忘れないでだよ」
「・・・・・・思ったよりも怖い花言葉持ってるんだね、勿忘草」
「はは。そうだね。でも凄いよね、色ってさ、ただそこにあるだけなのに、名前をもらえてる。それ、と言われないでちゃんとなになに色って呼ばれてる。私たちもそうだよね? ね、私も──名前があるんだよ。ちゃんとそこにいる証拠がある。ちゃんとここにいたよって証拠がもらえているんだよ」
彼女は寂しそうにわらう。なぜ、そんな顔をしているのだろうか。
私を忘れないで。あれ? そう言えば、閏って人私のクラスにいたっけ? あれ、輪廻、閏、これって──。
「ほら、だから大丈夫なんだよ。だから起きて、貴方は余分なものなんかじゃない。この記憶は、この時は大事なあなたの一部だ。色は世界を物語る。暗い色があって、明るい色があって、冷たい色がある。でもさ、それって楽しいじゃん。ほい。これ」
彼女は持っていた本を私に渡す。そこにはいろんな色が無茶苦茶に飾られていた。ごちゃごちゃで、歪で、でも何故か暖かい。そんな印象を受ける。
そして、これを見るのは何故か初めてじゃない気がした。
「これね、色図鑑って言うの。今私がつけた」
へへっと、彼女は照れ臭そうに鼻の上をさわる。──色図鑑。
「これはね、あなたの歴史だよ。あなたの過した時──経験、感情によって、色がつけられてくの。そして、たくさんの色がこの図鑑に溜まっていく。だからほら、最後のページ見てみ?」
彼女に言われて私は最後のページを見た。
「ひっ!!」
それを見た私は本を投げてしまった。それを見事に閏さんはキャッチする。そして、私に最後のページを見せつけてきた。
「赤くて、黒くて、紫で、とにかく暗い色しかなくて恐ろしいね。あ、ちなみにこの色はバーガンティーとオリーブ茶と漆黒と濃藍と黒飛かな? でさ、今のあなたの最後はこんな色な訳だよ。最悪すぎる。でも、まだ変えられるんだよ。時は人に無条件に与えられる代物だ。それをどうやってものにしていくかだけなんだよ、結局。だからさ」
彼女はさっきまで無かった筈の次のページをめくった。そこは、真っ白だった。なにも色がない。
「これからあなたのペンキでここを明るくさせるのはどうかな?」
「・・・・・・私でも、できるの?」
恐る恐る私がそう言うと、彼女は──もう一人の私は目を見開かせた。そして、笑って見せてくれた。
「今までできてたんだ。当たり前でしょ。また、できるようになる」
「そっか、うん、そうだよね。・・・・・ありがとう。じゃあさ、私、この本に色をつけてくるよ」
「うん、楽しみにしてる。それと、私はあなたのことをちゃんと見守ってるから」
彼女は笑う、それに私も笑い返しながら、席をたった。
白が重なる真っ白な部屋。時計の針と心拍数を知らせる機械がリズミカルに音を奏でている。
──時は人に無条件に与えられる代物だ。
「忘れないよ」
私は強く手を握りしめた。
色図鑑 ─完─