SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】
もし時間が止められたら ( No.9 )
- 日時: 2016/05/14 17:39
- 名前: 北風
「ねぇ、もし時間を止められる力を手に入れたら、誠也は、使う?」
「……はぁ?」
ある日、校舎の屋上で弁当を食べていると、友人の花が急にそんな事を聞いてきた。
「いや……使う使わないっていうか……そんな力手に入る訳もねぇし」
俺が至極当然な返事をすると、花は不満そうに唇を尖らせた。
「んもう、夢が無いなぁ、誠也は」
「ゆ、夢が無いって……もう高一だぞ?お前の方こそ、もっと現実的な話をしろよ」
「だって夢のある話って、ずっとしていたらいつか本当になりそうじゃない?」
花は昔からそうだった。
皆と一緒にはしゃぐ事よりも、一人で妄想する事の方が好きで、いつもぽつんと空を見上げていた。
そして唐突に、『もし透明人間になれたら何する?』だの、『もし犬と話せたら何を話す?』だの、非常にフワフワした質問を投げかけてくるのだ。
そして俺がその質問を『ありえない』と根本から否定すると、ちょっと怒って
『夢のある話って、ずっとしていたらいつか本当になりそうじゃない?』
と言うのだ。
俺はそんな花に昔から振り回されてきた。
「ねぇ、誠也ぁ、だから、使う?使わない?」
花はしつこく問い詰めてくる。
この話題がそんなに重要な事とは思えないのだが、本人は到って嬉しそうに俺の答えを待っている。
「……じゃあ、お前はどうするんだよ」
俺はちょっとした意趣返しのつもりで、逆に尋ねてみた。
「お前は、使うのか?」
俺の問いに、花は一瞬ポカンとしたが、すぐににぱっと笑顔になった。
「私、私は、使うよ」
「へぇ、何でだ?」
ちょっと意外に感じた俺は、続けて尋ねた。
「うーん……特に意味は無いけど……やらずに後悔よりやって後悔って言うじゃない?だからとりあえず、そんな力があったら使おうかなーって」
「うわぁ、お前、質問だけじゃなくて答えもフワフワしてんなぁ。そんなフワフワしてちゃあ、いくら言い続けても本当にはならないんじゃねぇの?」
俺がそういってからかうと、花はむっとしてほっぺたを膨らませた。
「いーえ!なりますぅ!頑張って願えばどんなことも叶うんですぅ!」
「………どんなこともってこたぁ無いだろ。人間には限界ってモンがあってだな……」
「分からないよ?人はいつも限界の数パーセントしか出してないっていうじゃない。誠也だって強く願えば、センザイイシキとかが開花して、時間を止められるかもよ」
「………んな小学生みたいな事いうなよ。だいたい想像力が皆無の俺にそんなこと出来る訳ねぇだろ」
――お前と違ってよ。
最後に付け足そうとしたその一言を俺は何故か飲み込んだ。
口に出してはいけない気がした。
……いや、違うな。
俺のプライドが、そうさせたんだ。
俺は、花の事を現実が見えていない困った奴だと思いながらも、心の何処かでは羨んでいた。
想像力に溢れ、本当に何でも出来てしまいそうな花を見て、花のようになりたいと思っていたのだ。
だが、俺は花にはなれない。
教育ママの母親に育てられ、勉強ばかりして生きてきた。
科学と現実で凝り固まった脳は、柔軟性など持ち合わせることもなく、いつも花の発想に驚かされていた。
「ねぇ、誠也!」
「……何だよ」
「ちょっと願ってみてよ」
「………は?」
「時間よ、止まれーー!って」
「え……お、俺がか……?」
何を言い出すんだこいつは。
「いいから!一回だけ!私、誠也なら出来ると思うんだよね」
「……………分かった。じゃあ一回だけだぞ?」
「やったぁ!」
本当にできる訳が無い。
でも花がこう言っているしな。
しょうがない。
俺は息を吸い込んで叫んだ。
「時間よ!止まれぇぇぇぇーーー!!!」
「…………」
「…………」
案の定時間は止まらない。
分かってはいたが、なんか急に恥ずかしくなってきた。
「え……と、別に叫ばなくても…」
しかも叫ばなくてよかったらしい。
誰か俺を殺してくれ。
「……ほら、ダメだったろ!?もう教室帰るぞ!」
俺は恥ずかしさを隠すようにそう取り繕った。
だが、花は何か考えているようで、返事をしない。
「花!?」
俺が少し厳しめに呼びかけても反応は無い。
それどころか、俺に背を向けて屋上のフェンスに手をかけた。
「………花?」
そして花はそのまま自分の体重をフェンスに預け、体を持ち上げ、
「……花!お前何を……おい!!ちょっと待て!!」
―――フェンスの向こう側に身を投げた。
「…………!!!」
その瞬間、俺は何を考えたか覚えていない。
ただただ、何か願っていた。
頭の中が一気に熱くなったのを感じた。
フェンスに駆け寄り、よじ登ってしたを見ると、花が、浮いていた。
否。俺以外が止まっていた。
時間が、止まっていた。
「…………!!」
俺が絶句していると、空中にいる花がにこっと笑って言った。
「ね。誠也は出来たでしょ?」
「………ははっ」
俺は花を引っ張り上げると、屋上に寝そべって笑った。
何だか生まれ変わったような気分だった。