SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

小さい頃からスキだったの ( No.13 )

日時: 2016/09/19 23:19
名前: ユリ

何処にでもあるような何のへんてつもない一軒家。それがあたしの家。その右

隣のまた何処にでもあるような何のへんてつもない一軒家。それがあいつの家。

あたし達は、何のへんてつもない何処にでもいるような幼なじみだった。

自室の窓を飛び越えて来なくなったのは、いつからだったっけ。

目も合わせずに、話さなくもなったのは、いつからだったっけ。

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ヴゥ〜ヴゥ〜………ピッ


スマホの目覚ましのバイブを止めて、ムクリと起き上がる。いつもながら寝癖の

ひどい自身のソレを、部屋にある等身大の鏡で確認し苦笑してから、顔を洗おう

と1階の洗面台へ向かう。

途中つけっぱのテレビやこちらに気付いて朝の挨拶をする両親が見えたが、やは

り何も聞こえない。あたしは2年前、事故に遭ってから、耳が自身の機能をしな

くなっていた。それからあたしは、音を失った。最初はそれこそ小学5年生らし

く絶望感にうちひしがれたりしたが、"慣れ"とは怖いもので、もう耳が聴こえた

頃の感覚さえも忘れそうな感じだ。

顔を洗ったあと、出された朝ごはんを食べて、制服を着て、鞄を持って、あいつ

も通っている公立の中学校へ向かった。

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「小春っ!おっはよー!」

あたしの名前を呼びながらタックルをかましてくるこの子はあたしの親友、竹田

千秋だ。千秋は中学校に入ってからの友達で、何故かあたしの言いたいことが分

かるらしい。だから通称"さとり"だ。

「うんうんおはよ♪てゆかめっちゃ貶してない!?」

端から見たら無言の少女に1人で話しかけてるという変な光景だが、キチンと会

話は成立している。あたしの耳が不自由であるにも関わらず、普通に学校生活が

送れているのは、千秋がいるお蔭でもある。

「え〜?小春そんな風に思ってくれてるの!?うれしいぃ〜💓」

前言撤回。やはり只の変人な妖怪だ。

「ひどっ!………てゆか遅刻まであと数分だよ………」

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キーンコーンカーンコーン

遅刻ギリギリで何とか登校し、それぞれの席に着く。乱れた息を整えていると、

教室の隅で友達とおしゃべりしているあいつが目に入る。途端に落ち着いていた

脈が激しくなる。そう、幼なじみのあいつこと林 夏樹は、あたしの好きな人だ。

二人だけの入り口から出入りすることが無くなっても、目が合わなくても、話さ

なくなっても、あたしは、ずっとずっと夏樹が好きだった。

夏樹に見とれていると、パチッと目が合った。胸がドキドキして、どうすればい

いのかわからないのに、何故か目を逸らさずに見つめていた。すると、フイっと

あっちが目を逸らした。それが答えのような気がした。急にとてつもなく悲しく

なって、今日のラッキーアイテムの猫のハンカチをぎゅうっと握りしめて、教室

から出た。涙が込み上げてくる。


ーそうかーーーーーー夏樹にとっては、あたしなんてもうーーーーーーーーーーーー


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そのまま授業を受ける気にもなれす、あたしは放課後まで保健室で過ごした。今

は保健室の先生に留守番を頼まれているので帰るに帰れない。もう一度寝ようか

と思って目を閉じた。



(ここ………どこ)

沈んだ意識が行き着いた先は、見覚えのある信号だった。

信号が点滅する。大型のトラックが走ってくる。目の前には見覚えのある少年の

背中。小春は考える前に体が動いていた。途端に視界が暗くなる。



はっと目を覚ますと、保健室のベッドの上にいた。汗をびっしょりかいている。

あの時の夢だ。最近は見ていなかったのに、多分先程のことも関係しているんだ

ろう。思えばあのあとからだ、夏樹が小春を見るたびに苦しそうな、罪悪感に溢

れているような顔をするようになったのは。その顔を見るのが悲しくて、いつし

か、目を合わせなくなり、話さなくなり、特別な入り口からの出入りも無くなっ

た。

ガラッ

「〜〜〜〜〜〜〜!」

夏樹が保健室に入ってきた。なにを言っているのかは分からないが、肘から出血

していることから、手当てをしに来たんだろう。あっちも驚いている。踵を返そ

うとしている夏樹の腕を、小春は何故か掴んでしまった。わからないけど、これ

が最後のチャンスの様な気がした。

目を見開いている夏樹をイスに座らせ、救急箱を取り出し、手当てを始めた。2

年前とは違う、ゴツゴツした手の甲も、体格も、まだ幼さの抜けきらない顔も、

全部全部、とても愛しいものに感じられて、小春はいつのまにか、涙を流してい

た。先程とは違う意味で目を見開いた夏樹は見覚えのある猫のハンカチを小春に

渡した。夏樹は照れ臭そうに首の裏をかき、"拾った"と言った。その仕草が妙に

幼く、懐かしく感じて、小春は笑った。それにつられて、夏樹も笑った。久し振

りに見る、夏樹の本当の笑顔だった。


ドキッ



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーースキーーーーーー


いつのまにか、小春の口をついて出た。驚いた顔をした夏樹をよそに、小春は何

度も何度も伝えた。蓋を開けてしまったら、溢れて溢れて、夏樹を想う気持ちは

止まる事を知らない。夏樹が口を開いた。

「っっ!!〜〜〜〜〜〜!!っっ」

なにを言っているのかは知らない。だけど、表情はとても苦しそうで、悲しそう

で、何故か、手を伸ばさずにはいられなかった。抱き締められた夏樹は、驚愕に

顔を歪め、何も話さなくなくなった。だけど必死に小春にしがみついて、痛い位

に小春を抱き締めた。小春より一回りも二回りも大きい夏樹の腕の中は、とても

暖かくて、安心した。

どれくらいそうしていただろうか。何とも言わず腕を離した夏樹は、小春に向

き直り、俺の事を恨んでいないのかと、身ぶり手振りで伝えてきた。一瞬呆れた

が、フッと笑って、そんなわけないと微笑んで見せた。やっとわかった。夏樹は

自分を責めて責めて、小春が自身の事を恨んでいるのだろうと勘違いして、だか

ら避けて。そんな夏樹の様子がいとも簡単に想像できて、それすらも愛おしい。

再度、あの夏樹の腕の中にいた。あの頃と全く違う。それが悲しくもあり、嬉

しくもある。夏樹が、俺も好きだと、そう言った様な気がする。

感情のままに、二人はキスをした。触れるだけの、優しい優しい。それだけで

、相手の全てを知った気がして、嬉しかった。


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何処にでもあるような何のへんてつもない一軒家。それがあたしの家。その右隣

のまた何処にでもあるような何のへんてつもない一軒家。それがあいつの家。

そこへの帰り道を歩く、二つの影。女の子の方が男の子の肩をポンポンと叩き、

身ぶり手振りで伝える。



(………なに?)


(あのねーーーーーーーーーーーー)



Fin


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P.S.最後に伝えたことがタイトルになっています!

メンテ