SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

折り鶴 ( No.14 )

日時: 2016/09/18 11:00
名前: 御影 ◆zeLg4BMHgs




「母さん、何を書いているの?」

幼い俺は訪ねた。
母さんは折り紙の裏に何か文字を書いていた、その手を止める。

「お父さんにお手紙を書いているの」
「何で折り紙に書くの?」

母さんは優しく微笑んだ。
陶器のように白い肌、薄紫の唇。

「失敗してしまったとき、折り鶴にするためよ」

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そこから先は磨り硝子の向こう側のようにはっきりしない。
と言うか、いつまでも『思い出』という類の妄想に、女々しく、どっぷりと囚われてなんかいるから、またこんなチャンスを生かしきれずにいるのだ。
書き損じた赤い折り紙がまた、俺の手の中で一羽の鶴になった。

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「私、東京に行くんで」

はあ、東京。と思った。
何で行くの、と聞くと、彼女は言葉に詰まる。
そこであわてて付け加えた。

「新幹線かい。それとも、もっと違うヤツで?」

彼女はきょとんとした。
そして、笑いながら

「新幹線」
「そう、新幹線。いいね」

自分でも何がいいのかよくわからなかった。
北陸にも行けるね、なんて一言は蛇足だったに違いない。
彼女の笑顔がかわいらしいからまあ良いか。
心が、どうでもいい言い訳やら何やらで埋まっていく。

「連絡先、教えてくれないか」
「LINEは交換してたじゃないですか」

……忘れていた。

「いや、住所を。手紙を出したくて」

すぐに馬鹿だと思った。
重い男、気味の悪い男と思われたに違いない。

そしてすぐに母とのあの思い出が脳裏に浮かんだのだ。

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彼女は快く宛先を教えてくれた。
だから今俺は、下手くそな折り鶴に囲まれながら、恋文なるものを書いている。
そもそも、折り紙は手紙といえるのだろうか。
そんなことを考えていたらまた書き損じた。
三角形になるように、半分に折る。

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「鶴を千羽折ると願い事が叶うのよ」

母さんは楽しそうに言った。
蜘蛛の糸のようにほっそりと繊細な人だった。

「俺も」
「あら、誰にお手紙を書くの?」

俺は指さした。
指さされた母さんはまた笑った。

「家に帰ってきてって、書く」
「すぐに帰るわ」

とても嘘吐きな女だった。

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鶴はその数500を越えた。
あの娘が新幹線で東京へ行くまで、残り3日をきっていることに気づく。
まだ半分も行っていないのに、時間ばかりが過ぎていた。
恋文に至っては、何一つとして前進していない。
母さんは折り初めてわずか二週間ほどでこの世を去ったが、鶴の数は800と28くらいあった。
いったい彼女は何を願ったのだろう。

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「何をお願いしているの?」
「一言でいいの」

母さんは唐突に呟いた。
真意はわからなかったが、俺は黙って聞いていた。

「口に出さないと、伝わらないわ」

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「あ」

手のひらの中でぐしゃりと青い鳥の顔が潰れた。
隙間から裏面の下手くそな文字が覗いた。
長い文章だから、書き損じるのだ――。
昔から不器用だった。
意外とこの性格は、母さん譲りなのかもしれない。
急に机の上を埋める501の鶴が意味をなくした。
母さんが言いたかったのは、きっと、そういうことだと思う。

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「君に伝えたいことがあるんだ」

彼女は優しく微笑んだ。


「知ってた」

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