SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】
秋の夜長に君を求めて ( No.29 )
- 日時: 2016/10/06 19:46
- 名前: 蒼衣
「残念ですが、事故の影響でこの子の記憶は…」
私が目覚めたのは病室だった。医師の言葉に泣き崩れる両親。
その時の私は状況を理解することはできなかった。
◆◆◆◆◆
季節は秋。今日は澄み渡る青空の下清々しい朝を迎える…
はずだったのに。朝からうるさいあいつの声で私の気分は台無しになった。
「おはよー!今日の調子はどう?俺はね…」
「鬱陶しい!!」
朝から私に張り付いてくるそいつを突き飛ばす。
といっても、男女の体格差があるので張り付いてくるのを剥がすといった感じだが。
朝から私につきまとうこいつ。名前など私は覚えようともしていない。
どうやら私の知り合いらしいが、そんなの覚えているはずがない。
…私は二年前事故にあい、記憶のほとんどが無くなってしまったらしい。
覚えているのは家族だけ。それ以外覚えていない。
「今日は満月なんだって。」
「ふーん」
「蛍が飛び交う中で見る満月って綺麗だろうな〜」
「うんうん。」
といった感じでいつものように話を聞き流していると、
「じゃあ今日見に行こうよ!」
と言われたのに対して、
「はいはい」
と返事をしてしまった。
「!!じゃあ、今日の夜いつもの“あの場所”でね!」
と手を振りながらそいつが離れていく。
「ちょっと待って!あの場所ってどこよ!」
しまった。行く気もないのに聞き返してしまった。
「川で蛍が飛び交う綺麗なところ!」
と叫ばれるが、そんなところ知らない。
まあいいや。行く気もないし。
ようやく一人になれたはずなのに、何故だか今日は胸騒ぎがしていた。
◆◆◆◆◆
家にかえってベッドに転がりこんだ私は浅い眠りにつき、こんな夢を見ていた。
河原に小さい子供が二人いる。
「とうまー!とうまー!こっちだよー!」
小さい女の子が叫んでいる。
「こっちだよ。見て見て!こんなに蛍がたくさんいるよ!」
「わー!きれーい!!」
「ねえ、もうちょっと大人になったらまたここに来ようよ!」
「いいよ!絶対に来ようね!」
二人の子供は仲良く座りながら蛍を眺めている。
空には満月が浮かんでいた。
◆◆◆◆◆
そこで夢が覚めた。
私は身体中汗でぐっしょりで、今見ていた夢を思い出す。
いつもなら夢の1つや2つぐらいすぐに忘れてしまうのに。
夢が覚めてもなお、男の子の声が私の頭の中でぐるぐると回っている。
そこで、私の中で何かが噛み合った。
その瞬間私は玄関を飛び出して走り出す。
私が、私が最初学校に行った時にあいつが言った言葉__。
(俺、神楽坂 斗真って言うんだ。)
かぐらざか とうま。
とうま。
あの女の子が叫んでいた言葉は…
あの子が小さい時の私だとしたら…
私は走る。あの場所に向けて。
何故だか身体が覚えている。自分でも怖くなるくらい。
でも、今はそんなことどうでもいい。
走っていても頭の中に流れ込んでくる君の声。
まるで走馬灯みたいに。
〈僕たちが高校生ぐらいになったらまた行こうよ。その時にはこう言うから、“あの場所で”って。〉
(今日の夜いつもの“あの場所”で!)
なんで、なんで今まで忘れてたんだろう。
君がなんで私から離れなかったのか。
初めて会う人のふりをして、私に話かけるのがどれだけ辛かったか。
「…あのバカ!!」
走る。ただただ走る。
息が苦しくて、苦しくて。
でも、君に向ける感謝の気持ちを考えればどうと言うこともない。
最初私は記憶がなくて、世界の中でひとり取り残されたような気持ちになっていた。
苦しかった。寂しかった。誰が誰だかわかんない。みんなの記憶の中にあるものが私にはない。思い出話なんて私にとっては1つの凶器で。
…自殺だって、考えた。
暗闇の中に取り残されて。光のない場所を一人でさまよっていたような感覚だったから。みんな明るく接してくれてたのはわかる。けど、それが暗闇の中で光になることはなかった。こんな私の気持ちなんて、記憶がある人にはわからない!
…そう勝手に決めつけて。
みんなに冷たく当たって。
そしたらみんな私から離れていく。
…でも。一人だけ離れて行かなかった。
…君だけは。
それが理解できなくて。冷たく当たった。誰よりも。
それでも君は私から離れて行かなかった。
ただただ私に明るく話しかけてくる。
そのことに私がどれだけ救われたか。
子供の時は泣き虫で、弱くて、私の後ろにひっついてた。
なのにあんなに明るく接して…
…私のために?
「…そんなのわかるわけないじゃんっ…!」
涙で前が見えなくなる。
でも走る。君を求めて。
秋の静けさを感じられる河原に一人たたずむ君。
私は君を見つけると、息を切らして、膝に手をついた。
君が振り向く。
君は少しびっくりしたような表情を見せると、
「どうしたの?そんな汗だくになって。」
と言いながら、私に優しく微笑みかける。
その声が、顔が…あまりにも懐かしくて。
私は君に抱きつく。
秋の夜長に君を求めて。