SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】
空想森の中で。 ( No.40 )
- 日時: 2016/10/31 13:43
- 名前: ニンジン×2
小さな小屋の中で、少女が手紙を風船に括り付け、窓から空に飛ばした。
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物心ついたときには、私は森の中にいた。
両親の顔は全く覚えていない。知っていることと言えば、私の名はフローラで、十三歳だと言う事。
私は毎日森の中を駆け回り、動物たちと遊んでいる。
それ以外にも、ジャムを作ったり、ドレスを作ったり、トリートメントを作ったり、ふくろうに現況を教わったり(数学は嫌だ)。毎日が、充実している。
―もしこの記録帳を見た方が私のお母さんだったら、私をお探しにならないでね。
だって私は、今の生活で満足だもの。空気が汚い都会で暮らすより、とってもいい。
金髪の長い髪をブラシで溶かすときに髪の毛が絡まるまどろっこしさよりも、都会で暮らす方が嫌だ。
ねえ、もしこの手紙を見たのが人間の方だったら、是非こちらにいらっしゃってね。
ミュール森のクルミ湖あたりに住んでますから、声をかけて頂戴な。
世界で一番の場所と言ったら、ここですから。
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―フローラ・ミラーという札がかかった病院の個室には、いつもその母親がいて、看護師と医師が出入りしている。
少女が植物状態になってから、十二年。母親は大声で叫びながら少女の名を呼び続けている。
涙も枯れ声も枯れ、年をとっても母親は気にしない。少女の手を、握りしめ続けた。
少女には、点滴やチューブやら、色々体につながっていた。
動いていないから、筋肉もなくなり、ただ、目をつぶっているだけの少女。
そんな少女が、夢の中で学び、走り回っていると知ったら、母親の事を覚えていないと知ったら……母親は、いったいどう思うのだろうか。
「さようならね、お母さん。もう一生会えないでしょうね。」
ぱたり、どこかで窓が閉まる音がした。
――少女はそれからもずっと眠り続けている。
母親も、すっかり老衰し、眠ることが多くなってしまった。もう五十だ。普通だったらまだ元気だろうけど、ろくに食事も食べず、ほとんど眠らない日々が続いたら、当然こうなるだろう。
フローラも大きくなり、少女とは呼べなくなった。
フローラは今も空想森の中で暮らしているのだろうか。