SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】
あおいろ(1) ( No.41 )
- 日時: 2016/10/28 20:41
- 名前: &
あなたが好きです。
「………はぁ」
俗に言うラブレターというやつだ。それを今俺は読んでいる。普通ならば飛び上がって喜ぶのが道理だ。それも、これまで生きてきた十数年のうちで一度も彼女のいなかった俺だ。神様から贈り物が来たくらいに嬉しいはずだ。いや嬉しいとかいうレベルじゃないはずだ。
お気付きだろうが、俺はこのラブレターを見てもちっとも嬉しくない。
もう一度、最初から文を読んでみた。
***
新垣 央 様
突然のことで、申し訳ありません。
ですがどうしてもこの想いをお伝えしたく、こんな手紙を書かせていただきました。
端的にお伝えします。
私はあなたが好きです。
ずっと前から、好きでした。
あなたの姿を見るたびに、高鳴る胸をどうしても抑えられず、ずっと苦しい思いをしてきました。あなたが笑う顔を見るたびに、時間が止まったような錯覚に陥り、いつまでもその顔を見ていたいと思ってしまいます。
初めてあなたに出会ったのは、本当に雲ひとつない晴天の日でした。
海辺で座って、どこまでも広がる水平線をただ眺めていました。
あなたは言っていましたよね?
「青いね」と。
海と空が見えれば、青いと言うのは当たり前かもしれません。ですがあなたは、海も空も見てはいませんでした。あなたはただ、一点を見て、青いと言いました。
私の目です。
そして続けて言いました。
「綺麗な青だね」と。
これまで私は、青い目をバカにされたことしかなくて、綺麗だなんて言ってもらったことは無かったんです。日本人らしくもないこの目を、私は嫌っていました。こんな目、将来はカラーコンタクトを入れるか何かして、絶対黒くしてやるんだって。
けれどあなたは言いました。
綺麗だと言いました。
その瞬間、私は恋に落ちたのです。
もう一度、改めて言わせていただきます。
あなたが好きです。
***
送り主の名前を再度確かめる。
何度見ても変わらない名前がそこにある。
送り主の名は…
***
あなたの顔を思い浮かべるたび、心が苦しくてたまらない。
あなたの声を思い出すたび、身体が震わされて仕方ない。
会えない時間が長くなるほど、会いたい気持ちばかり大きくなって、どうしようもない。
この感情を何と言うのか、私は知らなかった。知らなかったから、知りたかった。知りたかったけど知る術はなかったから、自分で考えるしかなかった。
その結果、私は酷い勘違いをした。
「返事」
来ると良いな、なんて言う資格はなくて。
それでも私はーーー
「あなたが好きです」
***
送り主の名は。
「…反宮…彩葉……!」
言いたくもないはずのその名を、しかし何故か口にせずにはいられない。
彩葉。
反宮、彩葉。
7年前のあの日、小4の夏に海辺で出会った欧米からの転校生。
海の碧さに空の蒼さが重なって、彼女の目の青さが俺に鮮烈すぎるほどの印象を与えた、あの可憐な美少女。
そして彼女は。
俺を再起不能の鬱状態に堕とした、史上最悪の苛めっ子ーーー
その彼女が、俺を好き?
「うッ…!!」
吐き気がする。
急いでトイレに駆け込んで汚物を吐き出す。
…ふざけるな。
だったら何であの時、俺を貶めた?
蔑み見下し蹴り落として嬲り殺したのは何故だ?
それとも、これもまた何かの《悪戯》の予兆なのか?
「うっ、ぐ、うゥぅ」
吐き気が止まらない。痙攣しそうなほどの震えもする。視界がぼやける。意識を手放したくなる。けれど込み上げてくるモノを吐き出す作業が止められない。苦しい。辛い。痛い。怖い。苦しい、痛い、怖い、辛い、嫌だ、助けて、お願い助けて!
出てきたのは涙?
汗も混じっている気がする。
それとも俺の頭上だけ雨でも降っているのか。そう錯覚するほどに、滴り落ちる体液の量が半端じゃない。
もはや胃の中のものが何も無くなったのか、それが出てくるのは止まった。だが吐き気は止まらない。
その場に倒れ伏せ、蹲り、苦しさも辛さも一緒に流すようにして、そのまま俺は意識を手放した。
***
「…返事」
手紙を出してから1週間。
返事が来るなど予想もしてなかった。
「早く、読まなきゃ…」