SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】
あおいろ(2) ( No.46 )
- 日時: 2016/10/28 20:39
- 名前: &
「…現れるな、ですって」
くすくすと笑いながら手紙を読み上げ終わった使用人に膨れっ面を向ける。その私の顔が面白かったのか、使用人の有栖は一瞬きょとんとした顔をして、またお淑やかに笑い出した。
…現れるな、か。
「無理もないわ」
「…あら、珍しいですね。いつも自信満々で自意識過剰なほど堂々としている貴女らしくもない」
「ええ…そうね。私は自意識過剰の非道い人間だわ」
「ふふ、そうでしたそうでした」
こちらが深刻なテンションだというのに、有栖は優雅に静かに笑っている。いつものことだけれど。
手紙の内容は凄惨だ。当たり前だけど、撥ね付けるような内容しか書かれてなかった。
しかし、現れるなと言われたからといって引き下がれない。
「有栖」
キッと鋭い目で有栖を呼ぶ。
「…何ですか?」
何を言われるかなどわかっているくせに、有栖はまたくすくすと笑って、わざわざ用件を訊いてくる。
「外に出たいわ」
***
暑い陽射し。
どこまでも蒼い空。
そういえば奴と出逢ったのもこんな真夏の日だったか。
俺が引きこもりになったのは実に3年間と少しで、やっと外に出られたのは中学の友達のお陰によるところが大きい。中学校なんかロクに行ってなかったのに、そいつだけは俺と話してくれた。俺を見てくれた。反宮なんかと違って、凄く優しい女子だ。名前は…深琴。
…そういえば、俺ってあいつのこと好きだったっけ。
そう思うと、「友達」ではない…か。
今あいつ何してんのかな。高校はどこに行ってるんだろう。確か家が貧乏とか言ってたから、バイトしてるかもしれない。
中学を出てから引っ越したとかで、携帯も持ってなかったあいつとはお別れになってしまった。………。
「っと、コンビニ、コンビニ」
こんな暑い日はアイスを食べるに限る。歩いて5分のコンビニでお気に入りを買うつもりだ。これで一昨日の手紙のことも忘れてしまおう。…返事を書いて出したのは昨日だから、今日にはもうあいつの家に着いてるか。
一昨日、手紙を読んだ俺は、トイレでブツを吐いた後意識を失った。それを母さんに見つかって ベッドに寝かされたらしい。その翌日、感情に任せるまま、返事の手紙を書いた。勢いだけで書き殴ったせいか、そこまで気持ち悪くなったりはしなかったのが嬉しいところだ。
もう現れるなと書いたのだし、これでまた平穏が訪れるだろう。
目の前まで迫っていた角を右に曲がる。
「…あら、見つけたわ」
曲がった先に見えた少女は、
あの最悪の転校生ーーー
「ッッッ!!!!?」
そこで俺が後ろを向いて猛ダッシュしなかったのは、考えてみればおかしなことだった。本当はぐるりと身体を回転させてすぐ逃げたかった。
俺がそうしなかったのは。
俺がそうしなかったのは…
「ええ、見つけましたね」
深琴。
有栖 深琴。
何でだ。
何で深琴がここにいる。
何で深琴が、
反宮と一緒にいる?
「久しぶりね、央」
反宮にそう声を掛けられても、何も返せない。
深琴しか見えてない。
深琴をじっと見る俺に、当の本人は、
「………ふふっ」
優美にくすくすと笑って、ぱちんと片目を閉じた。
それは深琴がよくやっていたおまじないだった。
「ーーーーー!!」
瞬間、俺の中の何かがボッと音を立てて燃える。
「み…こ、と…っ」
回らない呂律で名を呼ぶ。それでも深琴は微笑むばかり。優雅に静かに笑っているばかり。
そして何かを言う代わりに、反宮を前にやった。
反宮の、車椅子を、少し前に押した。
「…そみや…?」
「ええ、央」
車椅子。
車椅子に深く腰掛け、薄手のブランケットを膝に掛けた、目の前の弱々しく儚げな美少女は、記憶の中の勝気で傲慢なあの美少女ではなかった。
「おう」と俺の名を呼ぶ声も、あのキツく張った声じゃない。ふんわり弱くて消えそうな声だ。
そんなにも弱い声なのに、反宮はこちらに何かを訴えるように喋る。
「聞いて、央。聞いた後で忘れてもいい、聞いて。私がどういう思いだったか。私がどうしてあんなことしたのか。それからの私がどんなだったか」
それから語り始めた。
あの日何を思っていたか。
***
私は弱い人間だった。
うちはお金持ちで、欧米の方にずっと住んでて、私は何でも優遇されるようなお嬢様だった。
けれど知ってた、私はこの青い目のせいで疎まれてること。
私のお父さんは黒い目。
私のお母さんは少し茶色い目。
先祖代々、純系の日本人ばかりの反宮家だ。
なんで青い目の子供が生まれるのか、そんなの答えはひとつしかない。
お父さんは豪遊が好きな人だった。
お母さん以外の女の人がいたって不思議じゃない。
ずっと誰にも距離を置かれて生きてきた。
でも出会ったの。
日本に初めて来たあの日、海辺であなたと。
青い目のこと、綺麗なんて言ってくれたのはあなたが初めて。
衝撃だった。
なのに、恋した私の行動ときたら、何よりも最悪だった。
《悪戯》と称する嫌がらせを毎日行い、あなたをモノにした感じがして優越感に浸ってた。どんどんエスカレートして、酷い虐めになった。
…言い訳する気はないけど、お父さんもそうだった。
金があるから女の人はお父さんに逆らえない。ひどい事しても何も言わない。その征服感が好きだと何も悪びれずに言っていた。
今考えると最低の行為。
大好きな人に大嫌いと言わしめる最悪のこと。
あなたからの手紙、読んだよ。
あなたが言うこと、全て正解だと思う。私が間違ってて、あなたが合ってる。
…あのね、私はあなたを失ったときに、かなり心を病んだ。私が車椅子なのはそのせい。心も体もぶっ壊れちゃったみたい。今じゃ有栖がいないとどうにもならないの。
ねえ。
許してほしいなんて図々しいことは言わない。けれど、伝わったかな。
…最後に。
今まで、本当に…ごめんなさい。
***
「っ…」
声にならない声が出る。
詰まる所、反宮が俺を好きなのは本当で、反宮も苦しい思いをしたのだ。…がりがりに痩せた身体が物語っている。俺もそうなったのだから、わかる。
許す気はない。
許す気があっても、許せる気がしない。
けれど理解はできる。
嫌というほどわかる。
俺だって、最初は反宮に惚れたのだ。
可愛くて綺麗で、あの日俺が目の色を綺麗だと言ったら、泣いて喜んでくれた女の子。
もちろん俺だって好きだった。あんな仕打ちの前は。だから、裏切られたような気持ちだったし、好きな相手が突然いなくなったような感覚だったから、それはわかる。
「…いいよ別に」
「ぇっ…」
自分の口から出た言葉に、反宮は驚いたようだった。
「もう、お前の事は…彩葉のことは、いい」
そう言うと、数瞬ぽかんとしていた彩葉は、ふわっと泣きそうな顔で笑った。
次の問題は。
「なぁ、彩葉…」
「な、何、央」
「…有栖って、どうしてそこにいるんだ」