SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

あおいろ(3) ( No.49 )

日時: 2016/10/31 18:48
名前: &

あたしは見ていた。
その名前を見ていた。

あらがき おう

とひらがなで書かれた名札を見ていた。

***

「何でって…変な質問ね…?というか、央、有栖と…知り合いなの?」
「知り合いっていうか…」

なんと言ったらいいものかわからずに、深琴の方に視線を送る。しかし深琴は黙って優雅に微笑むだけ。あの頃から深琴はそうだ。大事なことは何ひとつ語らず、こちらが察するしかない。突然いなくなったあの時も、大切なことは何も言ってくれなかった。

「有栖」
「何ですか?」

彩葉が深琴を呼んだ。
そこで俺は最初の疑問に戻る。

「…お前らは?知り合いなのか」
「知り合いも何も、有栖は私の家の使用人で…私の専属の召使い、といったところかしら…」

衝撃が走った。
彩葉は深琴に向き直り、続けた。

「有栖、あなたは央とどんな関係なの?出会ったのはいつかしら」
「…ふふ、まあいいでしょう。中学の頃の級友ですよ。もっとも…私は彼のこと好きでしたけど」
「………はっぇ?」

あまりにさらっとした突然の告白に、素っ頓狂な声が出た。

「折角だから、昔話をしましょう。央くん、あなたをどん底に陥れたのは誰ですか?」
「えっ…?」

突然の質問に戸惑いつつも、答える。「彩葉…だな」

「そう、そうです。私は反宮家の使用人として小さい頃から住み込ませてもらってました。家が貧乏だったので、ね。央くんの話は彩葉様から聞いてました。好きな人が出来た、って」
「……………」
「まあお話を聞いているうちに、彩葉様が普通とはかなり違うアプローチをされていることは明白になりましたが…まあそこで、私は貴方に興味を持ったわけです、央くん」
「……あの、何で敬語?」
「へっ?」

考えてみれば、なぜ深琴が俺に敬語なのか。昔は普通にタメ口だったし、俺の方が偉くなったとかいうわけでもないし…。
深琴は言う。

「それは…」
「…それは?」
「………もういいか、言うよ。あのね、あたしの中で貴方は最悪な思い出なの、わかる?」
「えっ?」
「貴方の純粋さはあたしにとっての毒。貴方が病んで辛そうにしているから支えようと思って、ずっとそばにいてあげたじゃない。なのに貴方は、貴方が見てたのはたったひとり。貴方が思っていたのは彩葉様だけ。貴方は彩葉様とのことを悪い思い出として扱っていたしそれは間違ってない、けど、それは…

それは、貴方が、消してしまいたい思い出ではなかった」

弾丸のように並べ立てられる言葉に圧倒され、思わず後ずさる。だが深琴は止まらない。

「貴方はやたらと青色のものを持っていたし、貴方は晴天の日に必ず海辺に行っていた。その後吐き気を催そうが何だろうが絶対ね。それから、なにより、貴方は」

一息。

「貴方は、あの紙切れを捨てたくなかったんでしょう?」

紙切れ。

「あらがき おう」
「そみや いろは」
ひらがなで書かれた文字は、まだ彩葉が酷いいじめっ子になる前に俺にくれたものだった。

「…耐えられなくなった。ただそれだけ。あたしはこんなに貴方を支えているのに、貴方が外に出られるまで一緒にいてあげたのに、貴方が見ているのはあたしじゃなかったもの。…中学を卒業した後、貴方の前からいなくなったのはそのせい」

………何も言うべきじゃないと思った。
全てその通りなのだ。まったく。
何かを言えはしないのだ。

俺は、言えない。

「…有栖」

口を開いたのは彩葉だった。

「ならどうして私の召使いであり続けたの」
「金の為ですよ。当たり前でしょう」
「違うわ」

断言し、彩葉は深琴の方を向いた。

「ならどうして、ここまで私を支えてくれたの」
「………」
「ならどうして、ろくにひとりで動けない私の世話なんかやってくれたの?」
「………だっ…から、金の…」
「それだったら、何も私の専属でなくても、使用人の仕事なんて他にいくらでもあるわ」
「……………」
「有栖。

…本当は、もしかしたらまた、央に会えるかもしれないって…その希望を完全には捨てきれなかったから、私の召使いだったんじゃないの?」

「っ…!」

深琴は息を呑む。
目を見張り、顔を強張らせる。

「結局あなたも央と同じよ。好きな人に自分を傷つけられて、一旦離れるのだけど、どうしても忘れられない…そうでしょ」
「……………」
「央に手紙を書いたらどうかって、私に言い続けたのはあなたよ」

…初めて知った。
俺ばっかり片思いしてて、俺ばっかり深琴に頼りきりで、深琴が俺に愛想尽かしたのだとずっと思ってた。
が、考えてみれば頭の片隅になぜかずっと彩葉がいたわけだし、頼りきっていたとはいえ最終的に自分で外に出られるようになったわけだし、考えれば考えるほど深琴に言われたのが正しい。

………。

「…私」

彩葉が言う。

「今は自分の目の色が好きなの。…央が褒めてくれたから。有栖と引き合わせてくれたから。本当のことを知れたから」
「…彩葉様」
「だから。…有栖…あなたも青色を好きになってよ。今までの本当のことを知って、それでも良かったって、そう思って」
「………」

深琴は俯いた。俯き、口を真一文字に結び、両の手の拳を握りしめ…最後に、頷いた。
彩葉はそれに満足そうに頷き返した。
深琴はしばらく俯いていたが、やがて何かを吹っ切るように顔を上げ…俺を見て、また優雅な、静かな、あの笑顔を見せてくれた。

そして彩葉がこちらを向いて言う。

「…ああ、本当はもうひとつ、言いたいこと…あったの」
「何?」
「改めて、ね。………。」

「あなたが好きです」

「…ああ…そうかよ…」

どこまでも広がる碧い海に、どこまでも続く蒼い空にーーーどこまでも深い、目の青さ。

忌み嫌ってきたあおいろを好きになれた、夏。

END

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