SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

月が綺麗な夜 ( No.50 )

日時: 2016/11/05 01:48
名前: 小色

月が綺麗な夜には、素敵な出会いが運命を巡り待つという。


「この部屋、空き部屋だから適当に使って寝て。詳しいことは、とにかく明日、明日。」
大学生なりたての俺が、おんぼろアパートで猫を拾って飼っていたのがばれた。当然のように猫のごとく捨てられて、行く当てもなく猫を抱えてさまよっていた深夜。涙目になってトボトボしていた俺を見つけて、拾ってくれた女神。
「あ、あのっ…その…俺、猫いて…その、」
「あー?猫?あんたも猫も大して変わんないでしょ。とにかく明日だってば。今何時か知ってる?酒飲み直すんだから若者は…ほら、これあげるから寝ること。」
自分が羽織っていた毛布を取って、俺の頭にかぶせた。柔らかくて、どこかぬくもりを感じる。
「あ、ありがとうございますっ!おやすみなさいっ!」
深く一礼して、眠気のせいか崩れるようにして部屋に倒れこむ。もらった毛布と抱き抱えてる猫とで、体が暖かい。微かなお酒の匂いと、花のような女の人のいい匂いが混ざって酔いそうに心地がいい。
…すごく綺麗な人だったな。もし、さっきのは全て幻で狸に化かされているのだとしても許せてしまうくらいに…。


「いつまで寝てんの。」
頭上で声が響く。目を開くと、知らない女の人と目がぱっちり合う。
「あの…。…?」
「あんた昨日のこと忘れてんの?ほら、あんた昨日夜遅くに〈月光荘〉の真ん前でトボトボふらついてて…私たまたま外で酒飲んでたから、あんた拾って…思い出した?」
「あっ!その、昨日はありがとうございました!この毛布もっ!」
「ん、それあげる。あんたなんも持ってないんでしょ。それないと凍死するし。〈月光荘〉から死人出すわけにはいかないし。」
「え、俺あの部屋使ってもいいんですか!?」
「使っていいも何も、昨日しっかり寝ただろーが。一回寝たら、とりあえずそこに住んでみるのが〈月光荘〉のルール。」
「そんな…ありがとうございます!俺と付き合ってください!」
まだ名前も知らないけれど。完全に恋におちた。俺はこの人のことが好きだ。
「あんた馬鹿じゃないの?ほら、〈月光荘〉の説明するから中入って。」


…結局、告白の件は相手にしてもらえなかった。まぁ、まだ名前も知らなかったししょうがないか。まだアタックチャンスはある。大丈夫。
彼女の名前は、芳川 東(よしかわ あずま)さん。名前も美しい。年齢は詳しくは教えてくれなかったけど、お酒が飲めるってことは20歳以上…見かけ的には23歳くらいかな。この若さで〈月光荘〉の管理人さんを務めている。
俺、十牧 あき(とまき あき)は〈月光荘〉の管理人さんに恋をした。
長くて黒い艶やかな降ろした髪に、儚げな瞳。薄紅色の唇から紡がれる声…ひとつひとつ全てが愛しい。大雑把だけど優しい性格。猫も許可してくれたし、名前もつけてくれた。麦、という。(東さんは麦とつけた後、ビールぅと呟いていた。)心からいい人なんだと思う。もう、全てに惹かれる。
東さんは、どうすれば俺を好きになってくれるんだろう。


俺が〈月光荘〉に拾われてから、今日でまるまる一年だ。期待されるのは俺と東さんの進展だが、残念ながら何も無い。
お隣の部屋の者としては、夕飯を分け合いっこしたり、麦の世話を一緒にしたりと仲良くなれたけど、恋愛的なことではまるで相手にされなかった。
帰りのちょうど会える時間をねらって帰ったり、夕飯は東さんの好きな肉じゃがをよく作ったり、健気な努力は毎日してるのに全く実らない毎日だった。
俺は手が触れるだけでドキドキしてるというのに。
だから今日が勝負!俺と東さんが出会った日に、東さんを振り向かせてみせる!
大学には電車で通っている。それほど遠くもなく、近くもない距離だ。朝は東さんに会えないから、いつも通り帰りに会って話そう。それで、少しでもいいから俺のこと意識してもらえるように…。


「あっ、東さん!お帰りなさいです。」
「おぉ、あきか。お帰り。」
買い物帰りの東さん…超絶可愛いです!
「今日で一年だな…。あきが〈月光荘〉に来てから。」
…!東さん覚えててくれたんですか!?
「あ、東さんに俺が初めて出会って恋をした日です。教えてください…東さんは、俺のことどう思ってるんですか?」
あぁー、勢いで聞いちゃったー!答えなんて…分かりきってるのに。空しくなるだけなのに。
「…あきは、いい奴だと思うよ。肉じゃがも上手いしな。」
俺の目を見て、ふはっと笑う。ずるいよ、東さん。そんな笑顔をしてたら責められるわけがない。
「そういうことじゃなくって…!」
「今日の夕食は?」
「…肉じゃがです。」
「まじ、ビンゴじゃん。食べに行ってもいい?」
たまに肉じゃがの日は東さんは俺の部屋に来て食べる。それは、仲良しの証拠であり、俺が男として見られていない証拠でもある。
それでも。…それでも好きなんだよ。
「もちろんですっ。じゃあすぐに作るので、また後で!」
「うん。楽しみにしてる。」
東さんへの愛情を込められるだけ込めて、肉じゃがを作る。隠し味は愛情ってやつだ。
今日はダメでも、いつか。いつか本当に東さんに伝わる日を夢みて。


「ふはー!飲んだ飲んだぁ…。ふあぁ…。あぁ、麦寝ちゃったじゃん。あき、眠くないの?」
「ふぇ?ぜんじぇん眠く…にゃいです…よぉ。」
「寝たな…。ったく、寒いんだから風邪ひくっつの…って、この毛布まだ使ってるのか…。」
あきは…あきは、私のことを好きだと言った。そして、その好きの感情は恋であるとも幾度となく言われた。
…このままではいけない。
私もはっきりすべきなのだろうか。
きっと鈍いあきは気づかないんだろう。
私の頬の紅さが酒のせいだけではないことを。手が触れるだけでドキドキしてしまっていることを。帰り道にあきと会えて胸が飛び跳ねていることを。
寒い、寒い秋の、月が綺麗な夜。あきに出会えて本当に良かった。恋を忘れた私は、最初は気持ちの正体にさえ気づけなかったんだ。
教えてくれたのは、あき。
頑張り屋なあきだから、つい頑張ってなんて言っちゃうけど本当はあんまり無理すんなって思ってる。
純粋な気持ちを言葉にすることほど難しいことはない。あきの、まっすぐなところにきっと惹かれたんだ。
できることなら、いつでも隣にいて欲しくて…どこにも行って欲しくなくて、私のことだけを想っていて欲しい、なんて。こんなにみっともないくらい私の中で想いが膨らむ前に、どうにかできなかったのかな。
月が綺麗な夜に、あきに出会えた喜びを。きっとね、昨日も今日もこれからも、あきのことを一番想ってるのは私なんだよ。
「好きだよ、あき。」
気持ち良さそうな寝息を立てるあきに小さく呟く。
私もあきの隣で眠ることにするよ。それで、目が覚めたら。
きっと伝えるから。
あなたのことが、たまらなく好きだって。



end.




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