SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

人生最後の現実逃避 ( No.56 )

日時: 2016/11/20 09:49
名前: みかん

 「もうすぐ,私しんじゃうんだよね。」
まいが呟いた。
「まぁやりのこしたことなんかないけどねー。」
「…そっか。」
 まいは日常を過ごしたこの部屋で死ぬ。
僕も数え切れないほどここに来た。
まいの病気は重い病気で,もう手の施しようがないそうだ。
「どうせしぬなら家でしにたい。」
と言ったのはまいだった。
「あー…でもまだいきてたいかなー。」
まいは窓の外を見て,残念そうに言う。
「もっと学校行きたかったしー。もっときみと話したかったかもー。」
ベッドに寝たまま,まいは窓の外の行きたい場所を指さした。
「…それでね,そこですきなこといっぱいしてねー。」
まいは照れくさそうに「あはっ」と笑った。
「…うわー,やりのこしたこといっぱいあるー。」
両手を頬に当ててまいは「ぜんげんてっかいねー」と言ってくしゃっと笑った。
「ねぇ,なんでさ…」
つい声に出してしまった。
「なーに。」
聞いてしまったからにはまいは「なんでもない」で済むタイプではない。
「…なんでそんなに暢気なの。」
「…」
…あー,そうか別に暢気にしてるわけじゃないんだ。
「なんでそんなに笑ってられるの。」
「あー現実逃避だよ。だってしぬのこわいもん。」
「うん。そう言うと思ってた。」
本当は分かってなかったなかったけど。
冗談のつもりで,まいを笑わせたくて。
「なにそれ。」
まいは呆れたように笑うと,そのまま目を閉じてゆっくりと,
「これは現実逃避なんだよ。あしたがありそうでしょ…」
少し間が空いて,僕は怖くなった。
「…まい。」
喉の奥の方が渇いて,まいの体温を確かめたくて,まいの手に触れる。
そしたらまいは僕の手をゆっくりと握った。
そして小さくて,でも僕にはしっかりと聞こえる声で,
「きみと話してたらさ,あしたがありそうでしょう。」
まいはそう言った。

 ―あはっ
「どうしたの,まい。」
―いやきせきだね。また話せるなんて。
「何言ってるんだよ。さっきまで話してたじゃないか。」
―そうだけどさー。
とフェンス越しにまいは笑った。

靴を脱いで,なんとかフェンスを乗り越えると,びゅうっと強い風が吹いた。
さすがに屋上で強風に吹かれると怖い。
そんな僕の手を体温も感触もないまいの手が握る。
まいは何か言っていたが,僕にはもう聞こえなかった。
「現実逃避だ。」
まいの手を僕は強く握って。
「まいと話せたら,明日がありそうじゃないか。」

『せーのっ』

残されたのは一足のスニーカーだけだった。

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