SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】
知 ( No.8 )
- 日時: 2016/09/13 18:31
- 名前: 茶色のブロック
違う、絶対に違うんだ。違う、違う、違う違う違う――。
ソファーに座り、僕は青白い顔で俯いていた。冷たい汗が止まらず流れ落ち、雨で濡れた制服のズボンをさらに濡らす。
風、ガラス戸で音が鳴る。雨、天井で音が鳴る。雷、外で大きく鳴る
「怖い?」
――そして、誰かが優しい声を喉で鳴らした。
顔を上げると、向かいに少女がソファーに座っていた。純粋な鉄の色をした、長髪と瞳の少女。
見られると怖い、呼ばれると怖い、でも今の自分がもっともっと怖いんだッ!!
「な、なんで僕のい、家の中に……」
少女は優しい表情で、優しく自己紹介をした。
「勝手に入らせてもらいました、おんか……御花です。ここに居ても良い?」
「出ていけッ!! ここに来るなさっさと消えろよォッ!!」
恐怖で震えた声で、初対面でもある少女にそう怒鳴る。しかし、御花はまるでそれがどうしようもない不安から怒鳴ってしまっているものと知っているかのように、微笑みを続けてその場に居続けた。
「何に……怯えているのかな。…………カイジ君は」
「…………名前、何で知ってるの」
「逃げか。……それは、知ってるから」
「どうやって」
「全てを知ってるから」
「……訳分からないよ」
目が、とても不思議な少女だ。何もかも諦めたような目なのに、どこかやり切ろうとする意思を感じる。そして、寂しそうな目でもあった。
御花の肌は光のように白い。指はお姫様のように細く、日本人のような、外国人のような、どちらとも判別のつかない少女で――
「――まだ逃げるの……? 私がどんな人なのか考えて、辛いことから逃げていくのね」
それを、御花は真剣な表情に変えて――
「逃げるな」
が、次にはまた優しい表情に――
「逃げるな」
同じことをまた言った。
「逃げるな」
同じことをまた言った。
「逃げるな」
同じことをまた言った。
「逃げるな」
……同じことをまた言った。
「逃げるな」
……同じことをまた言った。
「逃げちゃ駄目」
……同じことをまた言った。
「同じことは言っていない」
……同じことをま――
「あぁあぁあぁああ!」
叫んだむしゃくしゃする頭をかきむしる! 何なんだ何なんだ何なんだよ!
目からは涙が流れてしまい、口からはよだれが。男なのに情けなかった。いや情けない、ずっと情けない。
すると、御花は僕の隣に移動して、ハンカチで拭こうとしてきた。僕はそれを強く払いのけた。
「――っ」
その時、御花の人差し指の骨が折れてしまったということを僕は一生知ることはない。
それでも御花は拭いてきて、僕は三度目で抵抗をやめた。……また、御花の二度目の激痛を僕は一生知ることはない。
「……人を殺してしまったんだよね?」
そして、痛みをこらえた声で喋っているということを僕は一生理解しない。
僕は怯えながら頷いた。御花が僕の秘密をばらすと信じ切って怯えた。
「大丈夫、私からカイジ君の言いたくない事実を言うことはない」
「え?」
「そんな怖い目で睨まなくても大丈夫。私が嘘を付いたら、カイジ君は私に何でもして良いよ」
そんな自信に満ちたことを言われて、僕は落ち着いてしまった。いや、しかしその約束を破ったって何のデメリットもない。やはり、怖い。
「デメリットのことを考えているの?」
「……え? あ、そ、そう……」
「じゃあ、今から私がカイジ君が信用してくれるまでデメリットを負うよ。……なら、まずは耳を削ぐから」
御花は立ち上がり、台所へ向かった。台所の包丁を抜き出して、台所の近くにあった柄のない白いタオルを取り、僕の隣に戻ってくる。
「確認。私を――信じる?」
「し、信じるから、や、やめて」
本当は信じられないけれど、しかし、耳を削ぐのなんて見たくなかった。やらせたくなかった。
「そう」
削いだ。
削いだ後の流血にタオルですぐにおさえ、包丁をソファーに起き、御花は汗を流しながら笑って切られた耳の部分を見せてきた。
「これで、信じられる?」
「何で、こ、ここまでするの!?」
「たすけたいから」
「助けたいから?」
「理由とか、そういうのはなんだって良いよ。私なんて、自分で笑っちゃうほど気味が悪いもの」
御花は俯き、再び問う。信じるか?
「信じた」
雷の聞こえる曇り空。高校からの帰り道に、男共に乱暴されている女子高生を見掛けた。
男共の体は大きくて、僕が十人居ても勝てるかどうか。僕はそんなに弱い男だ。
女子高生は誰かと思えば、その子は僕が小学生の頃、初恋をした女の子だった。
僕は、よく覚えている。女の子の放っとけない性格で、絶対に友達になれそうのない人と友達になっていたり。愛らしいだけではなく、心を大事にする強い子。クラスは違ったし、知り合ったことなんてない。しかし、僕はこの女の子に恋していたのだ。
その女の子が、辛さを我慢するため、諦めていて、抵抗をすることをやめていた。その雰囲気は、苛められ者そのもので、知っていなくとも理解してしまった。
しかし僕は助けられない。勝てない。無理だ。
女の子が連れて行かれていく。誰も気味悪がって近寄らない廃棄された工場へ。しかも従順に。
僕は見ていたことがバレないように進行方向を逆にし、見てみぬ振りをした。そのまま数十分程離れて行き、やがて様子を急いで確認しに踵を返した。
そこには……喘ぐ女の子が。
僕は勝てない。やっぱり男共には勝てない。無理だ、強すぎて怖いのだ。しかし助けられる。僕には助けることが出来る……。
いつの間にか、僕の右手の平にはカッターナイフ。静かに近付き、僕は男共の一人の首にカッターナイフを突き刺した。もう一人には喉に切りつけ、もう一人には全力で押し倒してまた喉を切った。男共は全員死んでいっている。
「う、う……?」
その時は自分でもなにが起こったのか理解出来なかった。取り敢えず女の子に視線を向けると――女の子は泣いていた。
「ありがとう、ございます……ありがとうございます…………うぁ……っく…………うぅ……」
とても喜びながら、泣いてそう言った。
「でも死んだ。男は死んだ。死んだんだ! 死んだんだよ! 死なせてしまったんだ! 弱いよ! 戦ってすらなくただ殺してしまっただけなんだッ!!」
「殺すことに良い意味も悪い意味も存在する。ただカイジ君が悪い意味を考え過ぎているだけで、何も自分を責めなくても良いのよ」
「殺すことが、そんなに良いことなのかよ!?」
「意外とね」
「僕にはどう考えても理解出来ないよ!!」
叫ぶ。かきむしる。泣く。
御花はため息をつくと、僕に問う。
「あなたは、どうしたいですか?」
「なにが!?」
「私の決まり文句です。私の耳はくっつけようと思えばどうにでもなります。だから私のことはどうでも良くて、つまり、あなたはどうしたいですか?」
「あの時に戻って通報したい!」
「これから!!」
「……ぐ。ぼ、僕は……あの子に会いたい」
「じゃあ行きなさいよ」
すると、御花は安心したような表情になり、ふらつきながら立ち上がった。
「お邪魔しました」
御花が僕から離れていく。
「あの」
「なに」
「……何で知ってるの?」
御花は、僕の質問に難しそうに答えた。
「中心からの振動は全てに伝わり、やがて中心に振動は戻ってくる。なら、中心というのは私な訳よ。カイジ君にはあまり関係ないわ」
良く分からなかった。
そして、御花の姿が消え、玄関の開く音と閉じる音を聞いて出ていったことを認識した。
僕は今も怖い。けれどこのままだとずっと怖いから、僕は行こうと思う。
嵐はさらに酷くなっていた。