SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

儚い少女 ( No.9 )

日時: 2016/09/13 21:33
名前: 茶色のブロック

 目の前の生徒たちは、私より背が高い。
 同級生の女子が三年下の女子生徒と話している姿なんて、仲の良さそうな姉妹に見える。顔や体型に遺伝子的な違いがあるのにそう思えるのは、やはり背の低さからだろう。
 隣で一緒に歩いている男子生徒と私の目線は一緒だ。その男子生徒が普通の人よりもちょっと背が高いのもあるが、それでも二年生。成長する過程で四年の差がある。
 だから隣の子を視界に入れる度に、私は背が小さいことを理解しなくてはならなくなる。それも無意識に。
「後ろの子、なんだか無愛想だね」
「え?」
 同級生の女子が、隣の女子生徒の言葉に目を見開いて反応する。同級生の女子は後ろを振り向き、その『後ろの子』をちらっと見る。
 ……私はただ、普通にしているだけだ。ちょっとこういうのも楽しいな、そう心の音を密かに弾ませているのもあるけれど。それに、私は彼女よりも歳上だから、『後ろの子』と呼ばれるのはおかしい。
 同級生の女子が私の言いたいことを答えてくれる。
「あのお姉ちゃん、別に楽しそうじゃん」
「あの子が?」
「まずね、あの人はお姉ちゃんというのを認識しましょうね」
「えー、嘘だあ!」
「ホントホント」
 そうやっても楽しそうに会話をする。あの子は私をお姉ちゃんと信じないことが目に見えた。
 ――私たちは毎年ある、学校がする学校探検をしていた。私たちは各学年の別れた生徒たちとこの小学校を回り、各所でスタンプをもらう。全部スタンプが集まれば、体育館でスタンプの数だけ特別な遊びができる。水に浮くゴム製の金魚の金魚掬い、新聞紙の輪投げ、水風船のヨーヨー釣りなどなど。私はそれらが楽しみで仕方がない。
 隣の男の子も楽しみで仕方がないようだった。
「あと一つでスタンプが揃うね!」
「うん!」
 私がいつもするような笑顔で男の子にそう話しかけると、男の子は私の笑顔に釣られるように元気な返事をした。その顔は、不安が取り除かれた後のような安堵の表情にも見える。
「えー、やっぱり歳下だよ! 今の超かわいくて超幼いじゃん」
「だから、歳上なんだって」
 前列の会話がちょっと嫌だった。
 やがて最後のポイント、校長室に着く。同級生の女子がノックし、私たち四人は校長室に入る。男の子が怯えて入ろうとしなかったが、私が笑顔でゆっくり手を引いてあげると、凄く安心して入ってくれた。
「「こんにちは!」」
 先生より早く挨拶することは良いこと。そんな学校の教えの通りに私たちが挨拶をすると、校長先生は笑顔で挨拶をくれた。
「こんにちは。スタンプだね?」
「はい!」
 私が笑顔で返事をして校長先生に走って近寄る。
「おお、黒夜ちゃんは本当に子供らしくて元気で可愛らしいねぇ。よしよし」
 そんなことをしてると、校長先生に頭を撫でられた。とっても嬉しかった。
 そしてスタンプは全て揃い、私たちは体育館へ向かった。



 やがて私は下校した。
 家は学校から遠い場所にあり、一時間掛けてアパートに着く。アパートの中から一番古い扉の前に近付くと、ノブを回す。鍵は開けっ放し。まず誰も来ない。来るのは親子だけ。その中に含まれる私。
 中は埃がたくさんある。靴を揃えずに脱いであがって歩いていくと、靴下に埃が付く。慣れたせいか、元々この環境のせいか、私は対して気にならない。
 リビングには、ただテレビを観る父親の姿と、テーブルの上に置かれているコンビニで売ってそうなワインを、ただ飲んでいる母親。
「捨てといて」
 お母さんが、空になったビンを二本私に渡した。私はランドセルをそこら辺に投げて、お母さんの真後ろの、お母さんからでは手が届かないビンだらけの大きなビニール袋まで移動し、ビニール袋にビンを入れた。
「俺が買ったもんを投げんな!」
 お父さんから怒鳴られる。
「ごめん」
 私はランドセルのところまで歩き、丁寧に拾い、お母さんのテーブルの向かいのところに置く。
「お母さん、今日学校で」
「ドラマ観てるからちょっと静かにしろ」
「クロ、後でにしてくれる?」
「……うん」
 私は忘れられる話題を今忘れるようにして、ランドセルから筆箱と漢字ドリルを取り出し、テーブルの上に置く。
 それから筆箱からシャープペンを取り出し、漢字ドリルを開き、漢字ドリルの黒くない白い部分に漢字ドリルの漢字を小さく書き写していく。
 そのまま六時間が経過し、両親は私を六時間無視し、仕事へ出ていった。私は両親が出ていった後、ランドセルから社会の教科書とノートを取り出し、ノートを開き、点けられたままのテレビの光を利用して教科書の書いていることをノートに書き写していく。
 次に三時間経過し、いつのまにか眠った。午前四時に起きると、私は服を脱ぎ、そこら辺に全て置き、裸で風呂場に向かった。お湯の出ない水を出して、洗面器に半分ため、体に掛ける。
 そこら辺のお父さんの毛が付いたタオルを手に取り、石鹸を包んで泡立てる。体を三○ 分間洗うと水で流し、頭をそこら辺の倒れたシャンプーボトルを立ててシャンプーを出して頭に付ける。髪は長い方、上部分だけ洗って水で流す。そして三十分間髪の水を切ると、体を拭かずに風呂場から出て、室内の干された下着とワンピースを取り、下着を着てからワンピースを着た。
 家では何も食べずにランドセルを整えて、鍵を掛けずに学校へ向かった。



 教室では笑顔でおはようと言って入った。自分の席に着くと、寝る。
 隣の席の男子生徒は、面白そうに怖い笑みで私を見る。いつもその笑みで、私は怖い。
 名前は……東君。アルビノで白くって、とんでもなく頭が良い。
「本当、黒夜ちゃんはチビだなぁ」
 あはは、彼はおかしそうに笑う。
 とても怖い。
「チビでもこれから大きくなるんだもん」
「喋り方も六年生なのか疑わしい、表情の変化は乏しく、細かな表情は無理だよね。ははっ」
「やめてよ」
 私はそう答える。
「僕さ、とっても面白いこと知ってるんだ。黒夜ちゃんのようなチビで子供で不器用な子は、」
 でも、彼はとっても面白そうに歪んだ顔で話し続けるのだ。私は泣きたくなるほど、それが本当に怖い。
「愛情遮断症候群って言うんだ」
 あはははははは。彼は笑う。私を。
「なに? それって」
 いつも身に染みている優しげな声で尋ねてしまう。声音は、これしか出来ない。だから歌は苦手だ。
 すると彼は笑いながら教えてくれる。
「愛情遮断症候群というのはね、親に愛されずに育たれた子供が、愛無き故に一生チビで! 発育が遅く! 表現が乏しい病名さ。だからね、黒夜ちゃんは一生チビで子供でいつのまにかいじめられていつのまにか嫌われて、それでも家でも寂しい思いをするだから面白すぎるんだよ結局ね!」
「親は優しいよ?」
「嘘つけ、黒夜ちゃんは愛されて無いんだよ。可哀想に可哀想にあっははははははははははッ!!」
「う、そんな訳無いもん」
「あはははははは泣いて言う言葉じゃないよ、黒夜ちゃんさ」
 本当に彼は楽しそうだ。
「それでも、将来頑張るから耐える」
「親のせいで子供並みの知恵でかい?」
「嫌なことがあればこれから泣いて、嬉しいときは笑って、それで頑張るもん」
「笑っちゃうね、期待しているよ」
 私が涙を拭くと、チャイムが鳴った。

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