SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

p ( No.35 )

日時: 2022/09/01 16:16
名前: むう


 昔むかしあるところに、小さな点がおりました。
 その点は、たいへんよく動きまわり、急に止まり、また動き出すという不思議な歩き方をしているので、邪魔だと周りから陰口を言われたり、嫌われたりしていました。

「邪魔だよ邪魔。いきなり走るんじゃない。ひかれたいのか!」
 あるとき、時速60キロで走るタクシーの運転手が、窓から顔を出してこう怒鳴りました。
 点は、ものすごく苦しそうに目を瞑りながら言いました。

「すみませんすみません。でもぼく、皆さんみたいに一定には走れないんです」
「じゃあ、なんでもいい、とにかく前をどけ! 車が通れんだろ」
「それが、少し動くと疲れてしまって、ちょっと休まないといけないんです」

 その返事に運転士は眉を寄せ、唾を吐いて、大きなため息をつき車を後ろにバックさせてから、もう一度「邪魔だよ!」とタクシーを走らせて行ってしまいました。
 点は謝罪をしたかったのですが、何しろ動けないので、大粒の涙を流すことで耐えました。
 こういうのは生まれてからよくあることでしたし、仕方のないことだと思っていたのです。

 と、突然ピーッという笛の音が響きました。
 向こうの横断歩道から、一人の男の子が歩いてきました。手にはリンゴを入れた籠を持って、額に汗を浮かべて、元気よくこちらへやってきます。

「やあ」
 男の子は、目をはらしている点を見て顔をしかめました。

「君は同じところをぐるぐるして、楽しいの?」
「たかしくん、君だってずっとリンゴを運んでるじゃないですか」

 点は、さっきよりも大粒の涙を流しながら、なんとか反論しましたが、たかしくんにフンと鼻でわらわれた後はもう何も喋れませんでした。彼は人気者で、お友達も大勢いる。今ここでぼくが怒ってもなんの意味もない。
 
「俺はお前よりはマシだよ。行く場所がわかってんだから」
「ぼくだって、行く場所はあります」
「その場所が名前もない更地でもか!」

 得意げに叫ぶたかしくんはそれで満足したのか、さっさと回れ右をしてどこかへ駆けて行きました。
 点は真っ暗になった視界をやっと持ち上げて、ずんと沈んだ頭を降りました。

 (やっぱり、ぼくは嫌われてるんだ……そりゃそうだよ。行く場所も目的もわかんないんだから)

 認めてしまえばいい。自分には何もできないんだと、認めれば楽になれるかもしれない。
 しかし、そうしなかったのは、俯く彼の前を、ふと誰かが横切ったからでした。
 点は思わず顔をあげ、彼の姿をまじまじと観察します。

「よお、p」

 つぎはぎだらけの袖口が裂けた服に身を纏った男の人は、ニヤリとわらいました。
 知らない人でした。よお、とはどういうことだろう。

「どなたですか? 初対面ですよね」
「おう、確かに俺らは初対面だが、この辺りではお互い名が知れてる。風の流れと共にくんだよ、お前の名前」
「しかしあなたの名前をぼくは知りません」
「お、そう?」

 男の人はまたニヤリとわらって、点の隣に並びました。

「俺はルート。若いもんはどうやら俺が嫌いらしい。なんもしてねえのによ」
「……ぼくも、なんもしてません」

 聞いてみると、ルートさんもみんなから疎まれているようでした。その特殊な雰囲気が与える印象は、良くないみたいでした。けれども同じ境遇を経験しているpは、彼を嫌な人だとは感じませんでした。

「ぼくは、何のためにずっと同じことをしているんでしょう」
「それがお前の生き方なら、そうすればいいさ。俺も、あいにく実数のやつらんとこには入れないもんでね。仲良くしてるのはπのやつだけだよ」

 ルートさんは、のんびりと呟きました。
 彼だけは自分を肯定し、目を逸らしたりせず、話を聞いてくれました。

「おいp坊。俺は好きだぜ、お前の生き方。実はな、この世界の外には、目的も順路もわからず生きる動物がごまんといるらしい」
「へえ」
「目的がわかんねえなら、わかるまで続ければいいさ。わかった時に、たどり着いた場所に名前をつければいい」

 彼の言葉は、すうっと心の奥の方に染みていくようでした。

 いつのまにか涙はひいていました。心もずんと重くありません。
 むしろ軽くて、跳ねてしまいそうなほど軽くて、数分前の運転士のセリフもたかしくんの態度も、全てどうでもよくなってしまいました。

「ルートさん。ぼくは休憩が終わったので、またどこかへ行かないといけません」
「ほお」
「今度会うとは、友達になってくれますか」
 
 ルートさんはキョトンとしていましたが、束の間、表情にぱあっと花を咲かせて、pの頭をぐりぐりと撫でました。

「今から友達ってことならオーケー」

 pもまたぱあっと顔を輝かせ、うんうんと何度も頷きました。
 そして再び、知らない場所を目指して、一定のスピードで歩いていましたが、本当はほんの少し、いつもより早足でした。

 余談ですが、この日彼が止まった場所は「変域」と呼ばれ、今でも誰かと誰かを結ぶべく扉を開けているようです。




 




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