SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

僕の絵の具 ( No.9 )

日時: 2021/01/30 20:31
名前: ぶたの丸焼き

「『僕』は優しいね」

「いつもありがとう」

 母さんの言葉が、僕をこの世界に繋ぎ止めてくれる。

「お礼なんてしないでよ。僕がそうしたいだけなんだから」

 優しい桃色で、僕は母さんに笑いかける。

 僕の絵の具は、四色ある。

 赤と、青と、黄と、白。黒と茶色を作るのは、とっても大変。練習だって、したことないし。

 他の色でも、まだまだ僕は、下手くそだ。

 だけど、僕は黒いキャンバスに、汚い色を塗りたくる。

 そうすることでしか、僕は、僕として、生きることが出来ないから。
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 僕はその日、全てに絶望した。僕の存在価値が無くなった日。

 僕が、僕として、存在できなくなった日。

「ねえ、『僕』」

「なに?」

「話があるの」

 母さんは僕に言った。その顔は真剣そのもので、僕は悟った。

 真面目な話をするときは、藍色を使う。三色をバランスよく混ぜなくちゃ。

「もしかして、父さんの話?」

 母はこくりと頷く。

「まだあの人とは話はしていないの。だけど、……離婚しても良い?」

 僕は用意していた言葉を母さんにあげた。

「うん。僕は良いよ。母さんの人生なんだから、好きに生きて」

「本当に?」

 母さんの瞳は揺れていた。

 何度も何度も、どうしてそんなに尋ねるの?

 嘘なんて吐いて、どうするんだ。

「『僕』、それは『僕』の本心?」

 僕はいつも胸の内を秘めている。時には嘘だって吐く。それを母さんは知っている。

 僕は暖かな橙色でそっと言った。

「本心だよ。僕は父さんと家族でいたいとは思っていない」

 そう。嘘ではない。だって、

 僕は、なにも思っていないのだから。

 父さんと家族でいたいと思ってはいない。家族でいたくないとも思わない。母さんが何をしようと構わない。幸せになろうが、不幸になろうが。

 どうでもいい。

 どうだっていい。

 なんなら、面倒臭い。

 僕の絵の具は万能だ。赤に青に黄。そして、白。どんな色でも作ることが出来る。
 幼い頃から使い続けてきたから、もう、残り少なくなってしまったけれど。

 僕のキャンバスは、黒色だ。真っ白なキャンバスを、絵の具が乾きもしないうちに、汚く塗りたくってしまったから。

 下手くそ。下手くそ。下手くそ。

 絵の具は取れない。真っ白なキャンバスには、戻らない。


 しろいろ、だったっけ?


 ボクは、ナニイロ?


 あれ。

 ない。ない。ない。ない。ない。








 ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。

 絵の具が、ない。

 まだだ。まだなんだ。まだ、母さんとの会話は終わってない。

 使いすぎた?

 赤と、黄と、白。

 柔らかな色を作る絵の具が、もう、ほとんど残っていない。

 そんな。

 青じゃ駄目だ。青は『賢』。優しい色には使えない。

 駄目だ。駄目だ。

 まだ、僕は、絵の具がなくちゃ。

 僕は僕でいられない。

 ボクは、ぼくを、見つけてない。

 そんな。

 それじゃ、僕は、









 どうやって生きればいいの?

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