SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

何処にも行けない僕たちは ( No.10 )

日時: 2023/11/15 17:17
名前: むう ◆CUadtRRWc6

 薄暗い夕暮れの中に、僕はいた。
 閑散とした郊外の街。住宅から少し離れた歩道に、自分は立っている。
 
「お前なんか大嫌いなんだよ」

 と、目の前に立つ男の子が告げる。彼の姿は僕とうり二つだった。
 違うのは服装と身長だけ。お洒落なスポーツブランドのパーカーを着ており、背丈は向こうが三センチほど高い。

 男の子はもう一度、噛んで含めるように言った。
「お前なんか、大嫌いだよ。誰もお前のことなんか好きにならないよ」

 セリフが後半へ向かうにつれ、言葉には笑いが混じる。
 そっくりさんは心底不快だというように、眉を寄せた。くるりと僕に背を向け、前の道を行く。
 
「待ってよ。ねえ! 待って!」
 僕は咄嗟に叫んだ。彼に会うために、わざわざ遠いところから来たのに。
 出会い頭に暴言を吐かれ、こちらは内心穏やかではなかった。

「ねえ、なんでそんなこと言うの。ねえ!」
「へえ、そこで泣いちゃうんだ」とそっくりさんはポカンと口を開けた。
 若干語尾が上がる癖も、話し始めるときに一呼吸置くところも、何もかも自分と一緒だ。

「――お前が願ったんだよ。『お前なんかいなくなればいいんだ』って」
 彼の両手が僕の頬へと伸びる。細い指が、そっと自分の頬をなぞった。

「自分で願っておいて、やめてくださいなんて。図々しいったらありゃしない。蔑まれたいがためにわざわざ、俺という存在を作るとか。笑っちゃうね」

 ■□■

 学校に行かないことを選んだのは、中学一年の秋だった。
 理由はいたって単純だった。いじめと、中1ギャップと、勉強の差。
 小学から中学にあがり、がらりと環境が変わった。それまでうまく行っていたことが、教室というハコの中では全くうまくいかない。周りと自分を比べて落ち込み、むしゃくしゃする日々が続いた。

 そして、ある時思ったんだ。『もう全部どうでもいい』と。
 自室に引きこもり、趣味のゲームに打ち込んだ。高校生の姉ちゃんの影響で、絵も描き始めた。やりたいことをやりたいようになって、結果それが楽しくて。自由であることが嬉しくて。

 でも――その状態は一か月も持たなかった。

【おーい愁ー。明日来るー? いい加減来ねえと習熟テストの成績落ちるよ】
【アンタ学校どうするの!? 来年は受験よ!? ああもう、内申が】
【あー、テストだっる。愁、今日も家にいたの? 少しは外でなよ〜、ニートじゃんマジうけるんだけど】

 LINEの通知音。母親の怒鳴り声。姉のからかい。
 早起きだった僕は、朝に起きれなくなった。走るのが好きだった僕は、散歩にすら行けなくなった。結構人気者だった僕は、いつの間にか社会の底辺になった。不登校のことを少し馬鹿にしていた僕は、もう当事者を馬鹿にできなくなった。


 今では、プライドも体力も根性もない、弱虫になっていた。
 ひどく惨めだった。布団にくるまることしかできない自分が、大嫌いだった。

【おーい愁。来週さ、隣市の遠征研修があるんだけど。
 先生に頼んで、俺と一緒の班にしてもらったよ】

 先週の土曜日、小学校からの友達兼幼なじみのトオルから連絡があった。人当たりが良く、優しい性格。担任の先生から配られたプリントを、家まで届けてくれるのもコイツ。給食当番を代わりにやってくれるのもコイツ。学校にいけない自分を、唯一肯定してくれるのがコイツ。

〈そうなんだ〉
【そうなんだって、塩対応すぎじゃね。適当に面白いスタンプでも送っとけよ。悲し】

 何を送れば相手が満足するのか、もう分からなくなっていた。
 だから当たり障りない返答をするようにしてるんだけど、また間違えてしまったようだ。

【まー、いいけど。そんで、自由行動があるんだわ。行く行かないは置いといて、行きたい場所だけでも教えてくれないかな。無理だったら休んでいいからさ】

 行きたいところ……。

 考えるより先に、指が動いていた。キーボードの上を、右手の人差し指が滑る。
 矢印ボタンをタップ。シュルンッという音とともに、メッセージが送信される。

〈遠くに行きたい〉

 出来るだけ、人目につかないところへ行きたい。寂しくない場所へ行きたい。
 それが最近の願いだった。なんて馬鹿な思考。

【もっと具体的に言えよw】というトオルのコメントで、その日の連絡は終わった。
 ボフンとベッドに顔をうずめ、僕は大きく息を吐く。目の端から、じんわりと涙が涙が滲んだ。

「遠出したい……」

 切実な願いだった。
 
 目をつぶり、夢に逃げ込む。
 逃げてるんじゃない、立ち向かってるんだと自分に言い聞かせながら。

 自分にとって、ひどく都合のいい夢を妄想する。その妄想を、誰かが否定する。
 自分が最もなりたい人物を妄想する。その人物が、僕を否定する。


 ■□■


 薄暗い夕暮れの中に、俺はいた。
 閑散とした郊外の街。住宅から少し離れた歩道に、お前は立っている。
 
「お前なんか大嫌いなんだよ」

 と、目の前に立つ男の子に告げる。彼の姿は俺とうり二つだった。
 違うのは服装と身長だけ。中学指定のジャージを着ており、背丈は向こうが三センチほど低い。

 俺はもう一度、噛んで含めるように言った。
「お前なんか、大嫌いだよ。誰もお前のことなんか好きにならないよ」

 本当は、こんな汚い言葉、お前に言いたくなかった。
 俺はお前が作り出した偽りの姿だ。俺の声はお前にしか聞こえないし、この世界にはお前以外、誰も入れない。

 俺はお前にとって都合のいい言葉しか吐かないし
 俺は自分にとって都合の悪い言葉しか吐けない。


 セリフが後半へ向かうにつれ、言葉には笑いが混じる。
(お前には此処よりも、行くところがあるだろう)
 
 強い人間になりたい、とあんたは願っているけど。君は本当に完璧になりたいのかい?
 自分のことが大嫌いなくせに、俺のことはしょっちゅう夢に見るよね。脚色しすぎだよほんと。おかげでこっちは毎日情緒不安定だよ。


 心底不快だというように、眉を寄せる。くるりとお前に背を向け、前の道を歩く。
 自分は、ゲームでいうところの村人の立ち位置だ。迷い込んだ弱い人間を手助けし、試練に打ち勝てるよう協力する役目。

 けれども、俺はここ数週間、暴言しか言ってない。
 彼に会うために、わざわざここで待っていたのに。
 出会い頭に泣かれ、こちらは内心穏やかではなかった。

「ねえ、なんでそんなこと言うの。ねえ!」
 背後から、オリジナルの声が聞こえた。右手をこちらに伸ばしている。
 若干語尾が上がる癖も、話し始めるときに一呼吸置くところも、何もかも自分と一緒だ。

「――お前が願ったんだよ。『お前なんかいなくなればいいんだ』って」
 彼の両手が僕の頬へと伸びる。細い指が、そっと自分の頬をなぞった。

「自分で願っておいて、やめてくださいなんて。図々しいったらありゃしない。蔑まれたいがためにわざわざ、俺という存在を作るとか。笑っちゃうね」


 拝啓、何処にも行けない君へ。世界の広さを知らない君へ。
 俺はいつもこの世界で、お前を待っている。お前が望む情報を与えてやるさ。
 罵倒しろって言われたらするよ。慰めてって言われたらするよ。

 でもこれだけは、どうしても伝えたいんだ。
 お前の旅の終点は、ここじゃない。頼むから、そんな目で自分を見つめないでくれ。

 辛いよな、苦しいよな、寂しいよな。消えたいよな。
 わかるよ。俺はお前だから。

 この世界は、お前にとって『遠い場所』。お前にとっての『天国』で『地獄』。
 俺……いや、僕はこの世界で、毎日「僕」を待っている。
 君の唯一の、光として。唯一の、闇として。ずっと君を待っている。


 ■□■

 
 「遠出したい……」

 切実な願いだった。
 
 目をつぶり、夢に逃げ込む。
 逃げてるんじゃない、立ち向かってるんだと自分に言い聞かせながら。

 自分にとって、ひどく都合のいい夢を妄想する。その妄想を、誰かが否定する。
 自分が最もなりたい人物を妄想する。その人物が、僕を否定する。

 
 僕は僕以外の人間になりたい。
 その人物が、僕の意見を否定する。


 『俺はお前が大好きだよ』と。






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