SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

あの日の君の眼差しを、もう一度。 ( No.11 )

日時: 2023/11/19 17:23
名前: しのこもち。

 名前も年齢も分からない。
 でも確かに私たちは十年前、あの場所で出会った。

 誰かも知らないあの人に、私は初めて恋をした─────。

  ■■■

「私と仕事、どっちが大事なの!?」
「そりゃあ君の方が大事に決まってるよ。でも仕事が重なって中々会えないのは仕方がないじゃないか!」
「そうやっていっつも誤魔化して、本当は浮気してるんでしょ?私この前見たんだから!」
 両親の声が家中に響いた。そのおかげで、ベッドに入った私は全く眠れない。

 親の罵りあい、喧嘩、暴力、離婚。私にとってそんなことは日常茶飯事だった。
 母はこれで三回目の再婚。今度こそ、今度こそって毎回思うけど、やっぱり今回もだめみたいだ。全く、三度目の正直とは一体なんなんだ。

 朝の五時。ようやく両親の喧嘩は収まったみたいで、私はベッドから出た。パジャマを着替えてリュックに着替えやお菓子を詰める。バレないようにこっそりと母の部屋に入り、財布の中にあった札を何枚か奪った。

 もう、こんな家嫌だ。そう思った私はまとめた荷物を背負い、家を後にした。

  ■■■ 

「………わぁ」
 適当に目の前に来た電車とバスを乗り継ぎ、気付いたら全く知らない町に来ていた。
 そこはびっくりするくらい空気が綺麗で、私は肺いっぱいにその浄化された空気を吸った。冷たいはずの北風が、今はなぜか心地よく感じる。

 私は近くにあった海へ足を運んだ。波が打つ音をしばらくぼーっとしながら聞いていると、誰かに声を掛けられた。
「………あの、ここら辺で見ない顔ですけどどちら様ですか?」
「あ、えっと、東京から来た中学生です」
 振り返ると、そこには見たこともないくらい綺麗な男の子がいた。見た目的に、恐らく私と同い年くらいだろうか。
「……もし良かったら、案内しましょうか?」
「えっ、いいんですか?」
 彼は頷いた。私はこの町を彼に案内してもらうことにした。

  ■■■

 それから彼に色んな場所へ案内してもらい、気付けば私は家出という名の旅を満喫していた。
 泊まる場所がないと言うと、彼は心良く家に泊まらないかと提案してくれた。

 私は数日間、彼との時間を一緒に楽しんだ。
 私たちはお互いのことについては話さなかった。自分の名前、年齢、家族、生い立ち。だけれど彼と話している日々は、恐縮しながら家にいた時とは想像もできないくらい、心地よかった。

 でも、そんな幸せな時間は長くは続かなかった。
 ここに来てから一週間がたったある日、母が私を迎えに来たのだ。
「あんた何やってるの!?さっさと帰るわよ」
 母は私の腕を強引に引っ張り、私は家へ連れて帰らされた。

  ■■■
 あの時ずっと一緒にいてくれた彼にお礼も言えないまま、十年がたった。
 多分だけれど、私はあの時彼に惹かれていた。その気持ちは今もずっと、私の心の隅で生き続けている。

 私は一人暮らしをしている家を出て、あの日彼に出会ったあの町へ向かった。
 海の浜辺に行き、どうせ彼には会えないのだろうと思いながら私は海のそばに座った。
「………あの」
 声を掛けられ、まさかと思い私は振り返った。
「もしかして………十年前の」
 そこには───あの日見た彼の優しい眼差しがあった。

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