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Melty Syndrome
日時: 2012/04/30 20:15
名前: Lithics ◆19eH5K.uE6 (ID: H0XozSVW)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=12586

はじめまして、Lithicsと申します。
コメディ・ライトに載せるのは初めてですが、どうか宜しくお願いします!

コメント・感想・アドバイスは大歓迎です。



『Melty Syndrome』


 ——その長い坂道を、息を切らして駆け上がる。

「は、ぁ……!」

 それは真夏の熱くて濃い空気を切り裂いて、一瞬で駆け抜ける風のように。この俺の走りでも、何か爽やかなモノを跡に残せるのなら……今、どんなに苦しくとも構わないと、そう思えた。どうして走っているかなんて、もはや分からない。アスファルトから反射する透明な熱が、喉を、肺を、網膜を真っ赤に焼いていく。汗が目に入る痛みと、靴底のゴムが焦げる匂いで目眩がして。当然のように胸が苦しく、喘ぐ口の中は二酸化炭素の酸味で一杯になる。普通なら、もう足を止めてしまうのだろうけど——

(は……バカ言え、絶好調じゃないか)

 ニヤリと、自分の口角が歪むのを感じた。そうさ、まだまだ走り足りない。もっともっと先へ行こう。知らない街へだって、この道と空が続いて……どこまでも同じ風が吹く限り。あの坂の上の入道雲を足場に蒼穹を渡って、真上の太陽に届くまで。そこまで行けば大気も無いから、きっともう苦しくない。でも、この夕立のようで涼しい蝉の合唱は聞こえないのだろう——それが、ちょっと惜しい。

「はっ、はぁ…………!」

 ——そして遂に、俺の心は風に融けた。

「は、は、ははッ……」

 脚は感覚を失って、大地から離れたまま廻る。肌と空気は融け合って、その境目は意味が無くなる。俺は『風』……陽に熱されて、どこまでも昇っていく空気の塊だ。電柱もポストも自動車も、進路を塞ぐ物は向こうから避けていく。俺が従うのは、自然が決める大気の蠢きのみ。ああ、責任を負うべき『自分が無い』というのは、こんなにも幸せだ——強いて言えば『脚を止める理由が分からない』から、辛いと言えばそれが辛い。

(ええと。どうして俺は、『今まで走っていなかった』んだっけ……?)


 ——狂っている? いや、それは違う。これが俺の『ビョウキ』だ……有像無像の区別なく、『対象』を自分自身と同一視してしまう一般感覚異常。世界を『外』から眺める人間の五感の枠を飛び越え、精神的に世界と同化する破綻者。触れただけで他者の心を、物の本質を覗き見る悪魔。その世にも稀な症状を……或る医者は、『メルティ・シンドローム』と呼んだ。

———
——

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Re: Melty Syndrome ( No.1 )
日時: 2012/05/11 04:15
名前: Lithics ◆19eH5K.uE6 (ID: Z3U646dh)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

——

2015-7-15

「あ、暑ちぃ——」

 これは、俺が走り出す少し前の話。油っぽい汗がシャツと肌の間を滑っていく感覚が、それはもう癇癪を起しそうなくらい気持ち悪くて。口から出る言葉と言えば、こんな自明な事ばかりだった。付けっぱなしのテレビには、イモ洗いのような何処ぞの海水浴場の光景と喧騒。それがまた如何にも夏って感じで、不快指数は増していく。

「ええ、暑いですねぇ……」

 そんな我が家のリビングで、屍のように伸びる人間が二人。言わずもがな、片方は俺こと『紫藤雪(しとう ゆき)』。比較的に冷たいフローリングの床に座り込み、ソファの座面に背を預けている様は……我ながら、だらしが無いにも程がある。でも、仕方がないだろう。暑いものは暑い、気合いとか根性で語れる状況ではないのだ。それは、ソファに寝転がっているもう一人も同じようで。

「どうにかならねぇかな、これ」

「ええ、暑っついですねぇ……」

「……おい? 大丈夫か?」

 さっきからオウムのように応えるだけになってしまった、義妹にあたる『紫藤優(しとう ゆう)』である。ああ、言っておくけど俺らは兄妹であって、姉妹ではない。雪なんて紛らわしい名前でも、俺はれっきとした男子高校生二年目だ。自分で言うと哀しくもなるけど、さして取り立てる所のない容姿で……夏だからって短く刈り込んだ髪は、優には不評だったけれど。

「ああ、いや大丈夫です。でも雪兄……『暑い』って言うと、余計に暑くなりません?」

「それ、お前が言うか……優だって、さんざ愚痴ってたくせに」

 互いに覇気のない声で応答を繰り返す、なんとも絵に成らない兄妹だった。優は肩まで伸ばした黒髪が自慢で、背が低いのも相まって色白の日本人形のようだと謳われる事も多い。だからこそ、今のようにだらしなく伸びている様は、とても他人様には見せられまい。ま、それは俺も同じなんだけど……

「うん、まあ……ホント、暑いですからねぇ。雪兄、名前だけは涼しそうなのに」

「……言うなよ、気にしてるんだから」

 今年は記録的な猛暑になるだろうと、メディアが盛んに煽っていた。そう梅雨の頃から警告されていた通り、確かに7月の半ばにして酷く暑い。窓の外には、ゆらゆらと陽炎が立ち昇っているくらいだ。しかも、なまじ雨が良く降るだけに……その湿っぽい暑さったら公害レベルだと、不肖の義妹が愚痴っていたのを思い出す。まあ、これも仕方がないだろう。我が家にはクーラーや除湿機なんて瀟洒なモノは無いんだから。これなら、面倒でも学校の課外に出てた方がマシだったかもしれないと、そんな益体も無い事を思った。どうせ学校には行きたくないくせに、ね。

「ああ、アイス食べたいです……」

「…………」

 俺の反論を無視して、ソファーの上をごろごろと転がっては戻りを繰り返している優。余計暑くなりはしないかと思ったが、自業自得なので無視。というか当たり前のように極端な薄着だから、そんな動きをされると目のやり場に困るのだ……あくまでも、生理学的問題として。そしてきっと、そんな事は見通した上で。奴は甘えるような目をして、ソファーの上から腕を絡めて来た。

「アイス、アイス! 雪兄、じゃんけんで負けた方が買って来ません?」

「おい、触るな暑苦しい。つうか、『融ける』から止めろ……」

 ——どろり、と。絡んで接触した腕から、『自分』が優に融けていく感覚。『雪』だから、なんて洒落たモノではない。いや、残念ながら。それが気持ち悪いとか、異常だという認識は麻痺してから久しい。それはそうだ……物心ついて直ぐ、『俺』というモノは水の如く流動的なのだと悟っていたのだし。自我は限りなく薄く、他者と己の間には壁が元より無かった。条件はただ一つ、それが直接触れ得る概念であるならば……俺は世界の全てを、自分と同一視出来た。ああ、狂っていると思うか? いや、それは違う。

(優の心を読む、か。興味はあるが、な)

 『メルティ・シンドローム』。略して『M.S』。かつて、かの世界宗教の開祖が患ったとも言われる精神疾患だ。原因不明、治療法不明、症状さえ不明。それも当然、今の所、世界で確認されている患者は二人だけ。極東の片田舎、隠れるようにして暮らす兄妹だそうだ。実は機密らしいから、誰とは言わないが。

「あ、そっか……雪兄は、もう『人』にも融けちゃうんでしたっけ?」

 忘れてました、なんて可愛げのある仕草で誤魔化す優。だが、こいつが知らないはずはない。確かに『人』に反応するのは俺だけだが、優だって同じ『ビョウキ』なのだから。彼女の伸ばした指がリモコンに触れると、ボタンを押していないのにテレビが消える。心無しか、その静寂が涼しく感じて……触れた優の腕が、逆に熱を持っていくように思えた。

「……そうだ。だから、無闇に俺に触れるなよ? 『M.S』同士の接触は危険だって、峠(とうげ)博士も言ってただろ」

 遠い蝉の声、時雨のような風鳴りの中。完全に融けない内、その心を同一視してしまう前に。やんわりと腕を振り払うと、優は何故か酷く不満そうな顔をしてから。なんとも言えず邪悪な笑みを浮かべ、俺に向かって両手を広げてみせた。

「なんか、それ狡いです。私も雪兄と——ふふふ、さあ、私(わたくし)と一つになりましょう?」

「……まんま、ラスボスの台詞だな。しかもこう、主人公を誘惑する似非神様タイプの」

「むー……似非とは手厳しいです。雪兄は、いくら誘惑しても襲ってくれませんものねぇ。そうですか、似非っぽさが駄目でしたか」

「は……そうやって馬鹿言ってろ」

 苦笑いと軽口の裏で、優が本気で残念そうに見えるのが居た堪れなくて。だるい身体を起こして、彼女の方を見ないようにして立ち上がった。分からない……この俺に向けられる好意が、おそらく優の本心である理由が。義理とは言え兄妹という枷を、一切気にしないような態度の訳が。ああ、勿論……いっそ『融けて』みれば、それも分かるのだろうが。

「……? 雪兄、何処行くんです?」

「アイス。買ってくるから」

「え、ホントですか !? やった、だから雪兄大好きです!」

 ——ほんと、居た堪れない。人の心を覗けたらなんて欲望は、その感覚を知らないから言える事だ。それは酷く、言葉に出来ないほど恐ろしい事。自分に近しい者ほど、中に在る『自分』の影に怯える羽目になるのだ。鏡を覗くよりも、鮮やかに着色された『自分』が在る風景。そうさ……それを優は知らないんだろう。俺は複雑な有機概念である『人』、それにすら融けるまで悪化してしまったが、それだけが俺と優の大きな違いなのだから。

(でも、それでいい。優、お前はまだ……まだ、『こちら』には来るなよ)

 無邪気に喜んで、ぱっと明るい優の声を背に。俺は逃げるようにリビングから出ていった。憂鬱に薄暗い廊下を抜けて、湿気った玄関を無造作に開けると。嗚呼、そこに広がる世界は思った以上に——

「はは……夏だなぁ、ほんと」

 呆れるくらい、空から溢れている光。形容しがたい夏の匂いと、どこか遠くの喧騒が胸に迫って、楽しくもないのに何だか笑えて困る。夏はどうにも苦手だ……ガラにもなく、良い事があるような気がするから。例えば恋が始まるとか、綺麗な思い出が作れるとか。そんな事は、この17回目の夏になるまで一切無かったっていうのに。

「おっと、いかん……干上がっちまうな」

 玄関の前で呆っと馬鹿のように空を眺めていたら、白く焼き付いた光が目の奥に残った。さあ、コンビニまで歩けば結構かかるのだから……ぐずぐずしていては熱中症になる可能性もあるし、なにより優が待ってる。それじゃ、一つ気合いを入れて——

———
——

Re: Melty Syndrome ( No.2 )
日時: 2012/04/30 20:08
名前: Lithics ◆19eH5K.uE6 (ID: H0XozSVW)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

——


 こうして、話は最初に戻る訳だが。

「はは、はぁ——!」

 ああ、誰も笑ってくれないから自分で笑おう。そのコンビニ帰りに不覚にも、『風』なんて酷く曖昧な概念に融け込む失態をやらかしたのだ。走った時に頬を撫でる、その爽やかさに中てられて……その誘惑は、卑小な人間存在には抗し難い大きさだった。短距離走選手のスプリンターズ・ハイなんて言うのは、きっとこういう感じなのだろう。その信じられない軽さと速さに酔いながら、行先もなく身体を飛ばす。

「ッ……?」

 だが残念ながら、俺はスプリンターでは無かった。坂を登り切った瞬間、ぐらりと視界が傾いて……顎から落ちて行く汗の滴が、やけにスローモーションに見える。途端に『風』から切り離され、俺に残ったのは『俺』だけ。いや……元から分かっていたさ、俺の身体が限界だったのは。風と同調して長時間走れるほど、俺はアスリートではない事も。だから、バランスを崩して感じたのは『転倒』の恐怖ではなく……それはきっと、『静止』への恐れだった。

「つ、っと……!?」

 理解が追い付かない間に、どんどんと地面が迫って……幻想は破れた。鈍い痛みが身体中を駆け巡り、口の中には酸と血の味が混じって吐き気がする。そうか、俺は倒れたのか。あはは、これは笑える。鉄板のようなアスファルトに這いつくばって、真上からじりじりと焼かれる青年が一人。この様を見た人は、さぞかし吃驚するだろう……そう思うと、なんだか申し訳ない。

(ああそうだ。アイス、溶けちまうじゃないか)

 早く、帰らないと。幸運にも腕に絡まったままだったコンビニの袋には、奇跡的にまだ形を保ったアイスが二つ。優が好きなソーダ味の四角くて安っぽいバーと、俺用のシャーベット。これを持って帰らなければいけないが……知らずに家を通り過ぎてから、何処まで走って来たのか分からず。もう身体を動かす力なんか少しも残っていなくて……あ、これは本気でヤバい、と。いい加減に焦り出した、その時。

「わ……! ねぇ、大丈夫 !?」

「……?」

 斜め上から聴こえてくる、慌てたような女の声。何処かで聴いたような気もするし、知らない声の気もする。ああ、こっちに来るのか。なんか小恥ずかしいが……その足音が近づいてきて、朦朧とした意識で見た光景は。空より濃くて深い、海のような青の——ジャージ? そう、上下ともに色気のない長袖の運動着を着込んだ彼女は。見上げた逆光の中で、その愛らしい顔を心配そうに歪ませていた。

「た、大変だ……! いま、救急車を呼ぶからね!」

「ちょ……止め……」

 ああいや、それは小恥ずかしいなんて物じゃない。止めてくれと言おうにも、焼けた喉からは掠れた息しか洩れなくて。制止も虚しく、坂の下へ走り去っていったジャージ女の顔は……何処かで見たような既視感。顔というより、あの青いジャージにだが。もしかしたら高校のクラスだろうか。人との関わりを極力避けている以上、覚えてないのも当然だが……こちらの顔を知られているとすれば、余計に恥ずかしい。この際ずらかってしまうのも手かと、
無理に身体に力を込めて。

「ぁ…………」

 ——くらり、目眩がした。べったりと倒れ込んでいるのに、そこから更に墜ちていくような、それとも飛んでいくような。ああ、やっぱりこれはマズイだろう。なにか大事なものが壊れているのか、止めを刺されたように意識が白んでいく。うん、救急車おおいに結構。流石に、こんな馬鹿な事で死んだら浮かばれないし。アイスも、また埋め合わせをしなきゃいかないし——

——ああ、此処までか。生まれて初めて、走馬燈って奴が見えた気がして……ちょっと笑えた。

Re: Melty Syndrome ( No.3 )
日時: 2012/05/10 01:59
名前: Lithics ◆19eH5K.uE6 (ID: fQl/VR.0)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode


[ Interlude ]

 ——どろりと、『俺』が融けていく。何にかって? 勿論それは、俺自身に。

「……まったく。節操がねぇな俺も」

「ああ、違いない。『他人』の中に、勝手に入って来ないで貰いたいもんだ」

 応酬される言葉は、全て俺のモノ。身体の区別なく、心に差はなく。五感の失われた世界の中、意識が刈り取られた無意識の裡において……唯一確かなモノは、俺自身だけという事だろう。ああいや、確かなモノだって? それは語弊があるだろう……『自分』とは、俺が唯一理解不能な概念なのだから、こんなに不確かなモノは他にないとも言える。でも、それではなんだか悔しいから——

「他人だと? お前は俺だろう?」

「は……まだ分からねえのか。俺とお前は『別物』で『同一』だ。故に、こうして融けてしまわずに話し合えるんだろう?」

「チッ……」

鏡合わせに向き合った『自分』は、俺の言葉にさも不満そうに顔を顰めて言った。訳もなく、その態度にむかむかと腹が疼くような気分になって。気付けば詰め寄って言葉を吐きかけていた。ああ、それに意味なんて無いと分かっているのに。

「……ああ、そうかもしれない。だけど気に入らねぇな」

「ふん、同族嫌悪って奴だろ。俺は『俺』が大嫌いだからな……いっそ、自分に融け込んで『無』を目指したい所だろうが」

「それも叶わないなら……いっそ殺すか?」

 ああ。マズイと分かっていても、考えが過激な方向へ流れて。好戦的な野獣のように、口角が醜く釣り上がるのを感じた。彼の言う通り、俺は『俺』を憎む……この特殊過ぎる体質は、これまで俺の日常を悉く壊してきたのだから。いっそ何も考えずに殻に閉じこもるなり、全てを終わらせる事だって考えるのだが——彼は、冷たい目でちらりと俺の方を流し見るだけで。

「は……此処で殺り合った所で、何も起こらないよ。夢の中と変わらないんだから」

「チッ、それも分かってるよ。我ながら、いちいち理屈臭い奴だな、お前」

 激した俺が冷めた俺に宥められるなんて、なんともシュールな茶番だと、少し笑えた。そうやって脱力した時、何か眩しい光が眼球を焦がすのを感じて。鏡合わせの俺は、初めて柔和に笑みを浮かべた。

「お迎えだぜ。どっちが行くのか知らないが……優を泣かせたら、殺すよ」

「は、重度のシスコンが。でも、そうだな……『俺たち』なら大丈夫だろう」

 ——俺たちを生に繋ぎ留める、唯一の鎖は。大切な義妹を護るという役目だけなのだから。

「なら行こう。アイスの埋め合わせをするまでは、取り合えず死ねないしな」

「同感だ……行こう」

 光が降るように、俺たちの間を白く潰していく。耳慣れた声が、俺の名を呼んでいる気がして……続いて手を握る、暖かな感触を感じた。参ったな、俺に触れるなと、あれほど言い聴かせてあるのに。ここから浮き上がったなら、直ぐに振り解かないと——


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