コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 雪とスマイル
- 日時: 2013/05/28 16:07
- 名前: 那珂 湊 (ID: EWuSebNO)
雪とスマイル
ふと窓の外を見上げると、さっきより雲が厚い。
今日はもう晴れ間はないだろうな、とため息をついた所で、おなじ生物研究会のコウスケが部室に入ってきた。
「もー、外、寒すぎ!今日本当に活動すんの?
絶対釣れないって。あいつらもきっと冬眠してるよ!」
僕の隣に座ってた部長の喜多さんも苦笑いしながら、
「まあ、一応実績作りってことで・・」
と腰を上げた。
僕の通っている大学は在学生1万5千人を超す、いわゆるマンモス校だ。
学部も10を超えるしキャンパスの広さもかなりのもので、敷地内の移動にトロリーバスなんかも走っている。
そんな大学だから、随分と都心から離れた郊外にあり、自然環境は申し分ない。
ちょっとした小山やため池もある。
僕たち生物研究会の活動は多岐に亘っていて、生物の飼育(何でもあり。鳥、魚、爬虫類、虫等)や、野外での生物観察、釣り、あとは競馬場に馬を見に行ったついでに、餌代と称して馬券も買う。
海鮮バーベキューやタケノコ狩り、栗拾いまでおおよそ生物研究とはほど遠いものまで年間の活動予定に入っている。
冬場の活動は、さすがに野外はあまりなくてもっぱら飼育生物の世話や会報の作成をしているのだが、今年はそれだけじゃない。
去年の11月に行われた大学祭で、キャンパスのため池に飛び込んだ(よくある話)学生のTシャツの中からブルーギルが出てきたという噂を部員で1回生の宮川君が聞きつけてきたのだ。
ため池は部室を出て裏の山の小道を抜ければすぐにあり、新入部員はまずそこで新種の生き物を見つけてくる、というのが我が部の伝統となっている。・・実際見つけたことはないのだが。
そんな馴染みのあるため池にブルーギルが生息しているというのはおよそ聞いたことがなかったので、誰かが放流したのだろうが、いったいいつから棲んでいたのだろう。
生物研究会としてはその真偽を確かめないわけにはいかず、でもじゃあ誰が捕獲する?という段になって、部員数27名、OB(4回生・院生)21名の中から立候補は出ず(笑)
結局、部長と言いだしっぺの宮川君、じゃんけんで負けた僕、同学年のコウスケが捕獲部隊のメンバーに決定した。
部室で常備しているタモとバケツ、宮川君の持ってきたフライフィッシングの竿を手に、捕獲部隊は1月の寒空の下、敢然とブルーギル捕獲に乗り出した。
部室のあるサークル棟を出て裏手に歩く。部室と外とのあまりの気温の差に、鼻の奥がツンとして、思わず鼻水をすすった。
「寒っ、さむーーーぅ」
落ち葉をざくざく踏みしめながら小山を上っていくと、右手に研修施設があり、その裏の林を抜ければ池が見える。
辺りに人気はなく、厚い雲のせいで暗い水面を眺めると、誰ともなく白い息がこぼれた。
「・・・罰ゲームみてぇ」
とボソッと呟くコウスケに反論する者はなく、それから4人は黙々と作業にかかった。
続
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- 雪とスマイル ( No.1 )
- 日時: 2013/05/28 16:47
- 名前: 那珂 湊 (ID: EWuSebNO)
雪とスマイル 2
サヤカは僕より2つ年上だった。
僕が生物研究部に入部した時には既にいて、彼女を一目見て好きになった。
彼女はよく笑うし、よく怒った。黒目がちの瞳でいつも白衣を着てストレートヘアをアップにしていた。
僕の肩ぐらいまでしかない小柄な人だったけど、彼女がいるといないとではその場の明るさも違っていたし、生き物が好きで、当時の飼育動物はほぼ彼女が主体となって世話していたようなものだった。
あまり会話がうまくない僕は、それでも何とかコンタクトを図ろうと、コザクラインコのケージの前で彼女が世話をしに来るのを待ってみたり、「ゼニガメの餌を作りたいんですが・・」とか話しかけてみたりした。
ある日の活動のこと。僕たち生物研究部で9月に山の生き物を観察に出かけた。
山道を登っていると、足元にフト青黒いゴムチューブみたいなものが落ちているのを見かけた。
とたん、サヤカが金切り声を上げて飛び退き、僕にしがみついたのだ。
僕の腕を掴む細い両腕、震える肩が痛ましくて、僕は思わず抱き寄せそうになるのをかろうじて堪えた。
彼女に悲鳴を上げさせたものをよく見ると、それはゴムチューブではなくて、なんと大ミミズだった。
シーボルトミミズというもので、僕も見たのは初めてだった。長さは3〜40センチはあったろうか。
「私、こういうの苦手・・」
まあ、あまり得意な人は少ないだろうな、と心の中で思いながらも、僕としてはうれしいハプニングをプレゼントしてくれた、このシーボルトミミズがそれ以来好きになった。
そんなことがあってから、ようやくサヤカは僕の存在を認識してくれるようになった。
とはいえ、学部も学年も違うからなかなか会う機会もなくて、もっぱら部室での会話ばかりだったが。
彼女に気持ちを伝えたいと思うようになったのは、その年の冬だった。
忘年会で、普段はアップにしている髪の毛を下ろしてほんのり化粧をしているサヤカが、本当に可愛くてどうしても告白したいという気持ちが抑えられなくなった。
生物研究会のメンバーは、僕の気持ちを知らないので協力は仰げない。むしろ、ライバルが多いのではないかとやきもきしていた。
だからなんとかして忘年会の間に二人きりになるチャンスを作りたいと、この日はそればかり考えていて殆ど酔えなかった。
彼女は他の部員と普段どおり楽しそうに笑ったりお酒を飲んでいる。
そして、僕とは随分席が離れていた。
結局大した接点も持てず2次会、3次会が続く中で、深夜にかかる為一人、二人と帰宅する女の子を、男子が送ってあげるのだが、これが最後のチャンスと思い、僕はサヤカを送る騎士として自ら名乗りを上げた。
そしてやっぱり!僕以外の部員2人が手を上げたのだ!
当時僕は1回生で、他の二人は3回生、4回生だった。
サヤカは3人の中から僕を選んでくれた。
多分、その時は年下だし、一番害がなさそうだっていう判断だったのだと思うが。
勿論、彼女に対してやましい気持ちがあったわけではないわけでは、いや、あったのか、どうなんだ??
かなりのチャンス到来に、一気にテンパリ気味の僕をよそに、サヤカはすたすたと駅のほうへ歩いて行く。
慌てて追いかけ、横に並ぶと、サヤカは
「あぁ、楽しかったね〜」と上機嫌で。
頬がほんのり赤くなって、いつもより目が潤んでいて、直視できないほど僕の胸は高鳴っていた。
「小野寺くん、下宿だっけ?」
「あ、はい。でもちゃんと家まで送りますから」
「帰りの電車ないかもよ〜?」
「その時は歩いて帰るんで大丈夫っス」
「うち、兵庫県だよ?」
「え、マジで?」
「つっても、2つ隣の駅だけどww」
なんて話しながら、あっという間に彼女の家の前。
「送ってくれてありがとね」
「あの、いいすか」
「?」
「よいお年を!!あと、来年も好きですっ」
噛んだ・・・・・
「はぁ?」
「すっ好きです!来年もよろしくお願いします!」
何だかかっこ悪い告白になってしまったが、サヤカは僕をじっと見つめて、そしてこう言ってくれた。
「ありがと。来年もよろしくね」
その後、僕がどうやって自宅に戻ったのか記憶がない。
続
- 雪とスマイル ( No.2 )
- 日時: 2013/05/28 16:52
- 名前: 那珂 湊 (ID: EWuSebNO)
雪とスマイル 3
年が明けてすぐの部活動が、これほど待ち遠しかったことはない。
部員の殆どが、気が向いた時と野外のアルコールが入るイベント以外顔を見せない中、サヤカが生き物の世話をしに来ているという理由だけで、僕の部活参加率は授業出席率を上回るほどだった。
とはいえ、下宿の身では生活費をまかなう為のバイトもしないと厳しいわけで、僕の一日は、生物研究会、たまに授業、家庭教師のアルバイトで埋まっていた。
そんな生活の中で、彼女を何とかデートに誘いたいと思っていた僕に、幸運が舞い込んできた。
正月に久しぶりの帰省で再会した妹は、既に大学の進学が決まり、やれ卒業旅行だスキーだと、これまで受験勉強で費やした時間を取り戻すかのように遊びの予定を詰め込んだ挙句ダブルブッキングをしてしまい、USJのチケットを取ったにもかかわらず遊びに行けなくなったのだそうだ。
「無駄にするのもったいないし、よかったらお兄ちゃん使わない?」
妹のお下がりというのも何だか癪な気がするが、不自然じゃなく誘えるかも、と有難く頂戴することにした。
早速生き物の世話を手伝いながら、僕はデートの誘いをサヤカに切り出した。
サヤカはその時僕と反対側のケージで、アカハライモリにアカムシをピンセットで与えているところだった。
「あの、USJのチケット余ってて、20日の日曜日なんだけど、一緒にどうかな・・・って・・」
「え?何?」
「あーー、の、USJにですね・・」
「え?行く行く!!いいの!?久しぶり!」
「1月20日って日にちが決まってるんだけど」
「大丈夫!行けるよ!」
サヤカはアカムシを挟んだピンセットを持ちながらにっこり笑い、僕は心の中でガッツポーズを決めていた。
「今日は誘ってくれてありがとね」
冬のUSJは日曜日でも混んでなくて、久しぶりの遊園地に(僕はそれだけが理由じゃなかったけど)二人してはしゃいだり、笑ったり、寒さも吹き飛ばすぐらい楽しい時間を過ごすことが出来た。
彼女はお揃いのニット帽子とマフラーを巻いて、楽しそうに夜の並木道を、僕の前を歩く。
僕はジャンバーのポケットに両手を突っ込んだままゆっくり歩く。
2人で歩くには少しコツがいることがこの頃わかってきた。
君の歩幅は狭いから、出来るだけ時間をかけて、振り返る君のいる景色を見ていたいんだよ。
でないとすぐに僕が並んで、追い抜いてしまうから。
サヤカは落ち葉を蹴飛ばしながら、ちょっと不満そうに空を見上げた。
夜空は雲ひとつなくて、冬の冷えた空気と小さく光る星々が葉の落ちた木々の隙間から見えていた。
「こんなに寒いんだったら、雪が降ればいいのに」
そう口を尖らせながら、また落ち葉を勢いよく蹴り上げる姿は、怒ってるのにどうして楽しそうなんだろう。
僕は転んでしまわないかとはらはらしながら、飛び跳ねる小さなシルエットを目で追いかける。
二人の足音は、落ち葉をこすったりアスファルトを打ち付けて色んな音を奏でて、まるでオーケストラのように夜空に響いていたんだ。
「冬が寒くて良かった」
僕はサヤカに向かってそう言った。
振り向いて立ち止まった君の隣に、ひとあしで追いつく。
「だって理由ができるから」
そして、彼女の左手を取って僕の右ポケットの中で握り締めた。
続
- 雪とスマイル ( No.3 )
- 日時: 2013/05/28 16:28
- 名前: 那珂 湊 (ID: EWuSebNO)
雪とスマイル 4
「一緒に雪の上を歩いてみたいね」
そう言って僕にくれた笑顔が、どんなに僕を幸せにしてくれたか君は知ってたのかな。
『ずっと二人並んで足跡を刻んでいこう。』
その願いは結局叶うことはなかったけれど。
春が来て生物研究会を引退したサヤカは、にわかに就職活動で忙しくなり、大学にもあまり顔を出さなくなった。
僕たちの共有する時間はどんどん減っていき、彼女は僕に相談することなく東京に就職を決めた。
そして・・次の冬を迎える前に僕たちはあっけなく別れた。
年が変わり彼女は卒業していき、僕は3回生になった。
相変わらず大学とバイトの日々を送りながら、ゼミやクラブの仲間とも楽しく過ごしている。
キャンプファイヤーをして笑ったり、、夏の海で深海魚が釣れたと騒いだり、ゼミの女の子と仲良くなったり、勉強には身が入らない学生だったけど、本当に充実していたと思う。
* *
冬のため池でブルーギルは一向に釣れる気配がなく、つるべ落としの日が暮れて、お互いの輪郭もはっきり見えなくなってきていた。
「ほらぁ!だから言わんこっちゃない!!」
突然コウスケが悲痛な声を上げた。
チラチラと白くて冷たいものが、僕らの頬に触れた。
「雪降ってきたとか!マジありえねえし!帰ろう!!」
言うが早いか土手を駆け上がり、コウスケは僕たちに手を振り回して早く早く、と撤収をせかした。
僕たちは「こらえ性のないヤツ」と半ば苦笑して、半ばほっとして、冷えた尻の埃をパンパンとはたいてため池をあとにした。
雪は絶え間なく降り続き、次の朝には珍しく銀世界になっていた。
僕は大学へ行く為にマンションを出、白い息を吐いて両手をジャンパーに突っ込んだ。
ふとポケットの中に何かがカサっと手に触れ、取り出して見てみると、それはずいぶんと乾燥してしわくちゃになった小さな落ち葉のかけらだった。
しばらくして、サヤカと歩いていた時に舞っていた落ち葉だと気が付いた。
いつか一緒に雪の道を歩きたいね、と言った君。
笑ったり、怒ったり、僕に色んな表情を見せてくれた君。
君が笑顔をくれたから、僕はこんなに幸せになれたんだ。
君を好きになってよかった。
落ち葉の思い出は右ポケットにしまっておくよ。
同じ季節が巡っても僕の横に君はいないけど、
僕はこの道を歩いていこう。
終
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