コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- はらぺこな蜘蛛の話
- 日時: 2013/06/10 15:56
- 名前: 那珂 湊 (ID: EWuSebNO)
はらぺこな蜘蛛の話 1
今日が何月何日で、今が夕方なのか明け方なのかすらわからない。
築浅の、このワンルームマンションに閉じ込められてから、どの位自宅に戻ってないのかも定かじゃない。
薄暗い部屋の中でモニターの画面と、ベランダのカーテンのすき間からのぞく明かりだけが彼を闇から浮き上がらせていた。
彼はただパソコンに向かって座っているだけで、腕は下がり、うつろな目でモニター内のファイル読込動作が進んでいくのを見つめている。
パソコンの動作音が止み、DVDドライバからDVD-Rが自動的に吐き出された。
名前をサトシと言う。職業、フリーター。23歳の秋に電子部品会社の派遣切りにあい、実家に戻ってきてからは暫く引きこもっていた。
親に「働かないなら出て行け」と言われてしぶしぶ夜にコンビニのアルバイトを始めた。
夜のコンビニは、意外と忙しい。
商品棚の入れ替えもこの時間帯が一番多くて大掛かりだし、店内清掃、トイレ清掃、店の周りの清掃も夜間に行われる。
防犯上、危険な時間帯とも言えるし、多種多様な客がやって来る。
ある晩、車でその男は来店した。
男が毛むくじゃらのグローブのようなごつい手で、ビール、つまみとスポーツ新聞と一緒に出したのは
『パソコン初心者でもらくらく!コピーマスター超入門2003』
という書籍だった。
会計をしながら、サトシは思わず
「こういうノウハウ本って、広告ばっかりで実がないっていうか、知ってる人に教えてもらった方が上達早いと思いますけど」
と話しかけた。
サトシは以前電子部品会社でパソコンを使った仕事をしていたので、ある程度の知識は持っているし、この手の書籍のページ数の少ない、カラーを使っている割に内容の薄い、そのクセ値段の高い所が前々から快く思っていなかった。
「なんや兄ちゃん、パソコン詳しいんか」
男は関西弁ばりばりのなおかつドスのきいた声で返してきた。
その声を聞いたサトシは内心「しまった」と思ったのだが、話をこちらから振った手前無視するわけにもいかず
「はあ。ざっくり知りたいっていうなら、読み物としては見やすいと思いますけど、仕事とかで活用したいっていうなら、ちょっと浅いんじゃないかと・・」
と、あくまで一般的には、という感じで応対した。
「コンビニに置いてあるような本じゃなく、大きい本屋さんかパソコン機器を売ってるお店で相談したほうがいいと思いますよ」
男はタバコ臭いため息を吐いて、大きな身体をシュンと縮めた。
「そうかぁ〜、そやなあ。せやけど、急いでんねんけどなぁ。急いで使えるようになりたいねん。・・・・そや、兄ちゃん、パソコン詳しいんやったら教えてくれへんか?バイト代はずむで!!」
・・・・どうしてオレは話に乗ってしまったんだろう。
続く
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- Re: はらぺこな蜘蛛の話 ( No.1 )
- 日時: 2013/05/31 16:02
- 名前: 那珂 湊 (ID: EWuSebNO)
はらぺこな蜘蛛の話 2
一度話を聞いて欲しい、とその男は言った。
男は片桐と名乗った。輸入業を営んでいると言った。
「兄ちゃん、今度時間とって貰われへんか?近いうちに。今度の休みはいつ?」
一気にまくし立てられ、気がついたら明後日の昼にコンビニ前で待ち合わせる事になっていた。
「ほな兄ちゃん、明後日また来るわ!」
意気揚々とコンビニ袋を振り回しながら、片桐は店を出て行った。
サトシは呆然と車が走り去るのを見つめていた。
教えに行くか行くまいか、いや、行かなかったとしても、自分がこの店で働いているのを片桐は既に知っているのだから、もう逃げる術はない。
何より、少し話しただけだったが、片桐が本気でパソコンの知識を欲しているのが伝わったので、自分の得意なことがアルバイトで活かせるならそれもいいかな、とも思った。
当日、サトシがバイト先のコンビニへ来ると、既に片桐の車は止まっていた。
サトシの姿を認めると、片桐はニコニコしながら車から降りてくる。
「よう来てくれたな。ホンマ有難う。じゃあ車乗ってくれるか」
「ワシもやけどうちのスタッフもな、パソコンあんまり得意じゃないねん。せやから何をどうしたらええかもさっぱりわからんで、困っとったんや。兄ちゃん・・サトシ君言うんか、サトシ君がスタッフの教育係して貰えたらなあ、と思ってるねん」
片桐は車の中で話し出した。
「仕事内容は・・・まあ、事務所着いてから説明させてもらうわ」
サトシが現在コンビニでバイトをするまでの経緯を片桐にかいつまんで説明している間に、車はコインパーキングに到着した。
「事務所、隣のマンションやねん」
案内された事務所は、ワンルームマンションの一室だった。誰もいない部屋の中にはパソコンが一台机の上にのっており、フローリングの床にはダンボールが5、6箱置かれている。そしてこれまた床に小さなブラウン管テレビと空の缶ビールが転がっていた。
「すまんな、散らかってて」
「あ、いえ」
「スタッフの子、もうじき戻ると思うから、コーヒーでも飲んで待っててくれや」
先ほどマンションの前の自動販売機で片桐が買ってくれたコーヒーを飲みながら、サトシは何となくダンボールに目をやる。
どれも同じ大きさのダンボール箱だが、大人が一人隠れることができそうなぐらい大きな箱だった。
「これが、大事な商品なんや・・」
片桐は、サトシの目線を追い、フッフッと低く笑う。キッチンの窓でタバコを吸っていたが、サトシの側に来てダンボール箱の一つを開ける。
中にはぎっしりと空のDVDケースが並んでいた。
「これから商品として売り出すDVDを作りたいねん」
「作る・・?」
「そう。元々のDVDから、コピーをようさん作ってな、それを売ろうっちゅうわけや。ただ、そのコピーをどうやって作ったらええのかがわからん。それで困っとったんや」
「売れるんですか?コピーしたDVDが?」
「あったりまえや!世の中、安く買いたい客はなんぼでもいてるんや、ニーズがあるから市場もあるんやで。サトシ君、コピー作ったことあるか?」
「ありますけど・・・」
片桐は「よっしゃ」、とぼんやりしているサトシには目もくれずにガッツポーズをした。それから、サトシの肩にバン、と手を置く。
「先生がついててくれるんやから、もう怖いもんなしやな!」
その時玄関のドアが開いて一人の男が入ってきた。
「片桐さん、おはようございます」
男はまだ未成年のように見えた。坊主頭にそり込みが入り、ヨレヨレのスエットを履き、裸足のサンダルを脱いで部屋に入ってきた。
「おうアキラ、この人が話してた先生や」
「ちわっす、アキラっす」
「あ、どうも、サトシです」
アキラは20歳で、片桐について色々雑用をしているらしい。
そして、ここに住んでいるのだと言った。
続く
- Re: はらぺこな蜘蛛の話 ( No.2 )
- 日時: 2013/06/10 16:04
- 名前: 那珂 湊 (ID: EWuSebNO)
はらぺこな蜘蛛の話 3
狭いワンルームに男が3人、この息の詰まる暑苦しさは、差し込む西日だけが原因ではあるまい。
「そんじゃあサトシ君、ちょっとやって見せてくれる?」
と、片桐に促され、サトシはノロノロとオリジナルのDVDに手を伸ばした。
「え・・と、まずPCにこのデータを読み込ませるんですが、ソフトはダウンロードしてますか?」
「ソフト・・ってなんや」
「オレ、昔ちょっとかじってましたよ、ソフト」
アキラが得意そうに片桐を見た。
「これでも、鉄壁のショートって呼ばれてたんす」
「そりゃすごいな」
サトシはくらくらした。
一体・・・どこから教えたらいいのだろう。
そういわれると、目の前のPC画面は、初期設定以降なんの活用もされていないようだった。
「ソフトっていうのは、元のデータを読み込ませる為に必要なプログラムです。フリーソフトがダウンロードできるので・・やりますね。」
説明の途中、二人をチラ見すると、全く同じ形のハニワ顔になっていた。
こんなにも顔も体型も違うのに、何故同じ顔になれるのだろう、そんなことを思いながら、サトシはこれから操作を教える事ができるのか、すごく不安だった。
幸い、インターネットは利用できるようだ。サトシは自分も利用しているフリーソフトのページを開き、ダウンロードを開始した。
サトシのPC操作を後ろで見ていた二人は、画面が次々展開し、ダウンロードケージが進んでいくのを身じろぎもせず見つめている。
まず始めにオリジナルDVDのデータを読み込み、空のDVD-Rをドライバにセットして待つ事30分、1枚のコピーDVDが出来上がった。
「これで・・・コピー出来てるんか?」
「あ・・はい。多分。・・ちょっと試してみますね」
DVD-Rを再びPCドライバに挿入し、起動させる。
すると、画質は若干劣るが、オリジナルと同じ映像が流れてきた。
「お・・・おおお〜〜っ!」
「やりましたね、アニキ!!」
片桐とアキラは手を取り合ってはしゃいでいた。
「これで、パソコンの中にデータは残っていますから、あとは空DVDをセットすればできあがりますよ。」
その言葉に、片桐はぴたっと動きを止めてサトシをまじまじと見つめた。
「えらいこっちゃ。どえらいもん拾ってしもたで」
「なんですか、アニキ!?」
きゃっきゃっとはしゃいでいたアキラは、兄貴分である片桐の重々しい声に、すぐに真剣な顔で駆け寄ってきた。
「この人は・・・我々に福を授ける金の卵や!」
「えええ!!!??な、何言ってるんですか!僕はただ操作を教えただけですよ!!」
ただならぬ空気に、サトシは既に一刻も早くここから逃げ出したいと思っていた。
自分が出来ることはやった、あとはこの若い、ちょっとネジの足りなさそうな若者が頑張ってくれればよいのだ。
続く
- Re: はらぺこな蜘蛛の話 ( No.3 )
- 日時: 2013/06/10 16:33
- 名前: 那珂 湊 (ID: EWuSebNO)
はらぺこな蜘蛛の話 4
じりじりとドアに近づきながら、サトシは
「あの・・僕はもうこの辺で・・」
と、玄関に左足がかかるあたりで片桐に声を掛けた。
「おう、ちょっと待ってくれ」
片桐の野太い声にびくっとする。「もうやだ帰りたい」というサトシの心の声は全く無視して、片桐が近寄ってきた。
「サトシ君、ほんまキミすごいわ。これ、今日のお礼や。」
そういってサトシの手を取って渡された万札は何十枚かが二つ折りになっていた。
「こ、こんなに・・!」
「ほんのお礼や。これからも、相談に乗ってくれると助かるんやけど」
ニコニコしながら片桐がサトシの手を握り締める。
『断れ、オレ!!』
という天使の声が聞こえた気がしたのだが、口をついて出た言葉はそうではなかった。
「DVDのコピー、一枚ずつだと時間かかりますから、僕の持ってるドライバに繋げれば一気に4枚作れます」
そうして気が付けば、コンビニのアルバイトを辞め、自宅に帰らずに、ワンルームマンションで一日200枚コピーを作っている自分がいた。
・・・この作業も、何枚目だろう・・
ほぼ無意識にそのDVD-Rを空ケースに嵌め込む。
その空ケースの表面にはカラーコピーが差し込まれている。
卑猥なポーズの女性の写真、タイトルは『セーラー服と一晩中』
そのコピーDVDが、ダンボール一箱分埋まろうとしていた。
・・あと10枚作ったら寝よう。
そう思いながら、新しいDVD-Rに手を伸ばした時だった。
「お疲れさんで〜す」
インターホンも押さずに玄関ドアの鍵を開けて、アキラが部屋に入ってきた。
この薄暗い時間でも黄色のサングラスを掛けている。目下、髭を整え中らしいが、もともと薄毛の体質らしく、イマイチ迫力に欠ける。背もサトシの方が高い。
「うわ、サトシさん、目がくぼんでコワイっすよ・・」
ガサガサとコンビニ袋からコーヒーとコロッケパンを取り出し、サトシの机の脇に置く。
初めて片桐と出会ってから1ヶ月以上は経ったろうか。
法外なバイト料をサトシにはずんでくれてから、片桐とは数回しか会っていない。
が、片桐は会うたびに分厚い万札をサトシに渡してくれた。
よっぽど商売がうまくいっているのだろう。
結局、PC操作をアキラは何度説明しても覚えてくれなかった。
自宅のPC機器を持ち出して、マンションにあるPCに接続してから、本格的にサトシが作業をするようになり、アキラはサトシの身の回りの世話係となった。
続く
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