コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

ヒーロー達の秘密会議。
日時: 2016/02/17 18:13
名前: 蒼 ◆udrqXHSxjI (ID: A9wxTbZM)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode=view&no=39531

 誰かが言ったその言葉を、
 僕はていねいに憶えていた。
 

  *, 挨拶
 
 初めまして、蒼(あお)と申します! 
 今作は、初挑戦となるファンタジーを含んだ作品です。
 1度、書いてみたかった内容を自分なりに詰め込みましたー。(*^^)v
 自分にも、こんな能力が欲しい!! または、こんな人達に囲まれたい!! などなど作者の夢が入っております(笑)
 皆様の心に残る様な作品になるよう、一生懸命頑張ります。

 では、お楽しみ下さい。


  *, 注意書き

 その1 更新は早い時もあれば遅い時も……。
 その2 荒らしさん等は、来ても無視させていただきます。
 その3 コメント&アドバイス、受け付けております!!


  *, 小説開始日〜

 2014年12月31日〜
 

  *, 目次

 プロローグ >>1
 登場人物紹介 >>2
 突破記念 >>13 >>14 >>19 >>21 >>22 >>35 >>36 >>41 >>53

 第1話・彼女は彼等の被害者です >>3 >>4 >>5 >>7 >>10 >>11
 第2話・僕等の名はお助けマン >>17 >>18 >>20 >>27 >>28 >>33 >>34
 第3話・少女は愛の海を口遊む >>42 >>43 >>44 >>49 >>50

  
  *, お客様
 
 陽詩*さん
 はるたさん
 ゴマ猫さん
 村雨さん
 朔良さん
 四之神綾芽さん
 澪さん


  *, 短編集紹介

・星屑チョコレート(上記URL)
 甘く蕩ける様なお話、苦く崩れ落ちる様なお話、それは「誰か」の物語。
 個人的な好みで失恋話などがやや多めですが、滑らかな口溶けを皆様にお届けして行きたいと思います。
 長編よりも短編の方が好きだよ、という方々は此方を宜しければ。

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11



Re: ヒーロー達の秘密会議。 ( No.49 )
日時: 2016/05/03 18:49
名前: 蒼 ◆udrqXHSxjI (ID: A9wxTbZM)

 揺られて揺られて、手を離せば目的地もなく飛んでしまう風船は、何処まで行くのだろうか。ふとそんな事を考え出す脳に、彼女は理由をこじつけた。分からない。知らない。ああでもきっと。空気の少ない小さな風船もふわりと高く上がってしまう。そうして。


——音も立てずに穿孔して消える。


「あ……いや、皆さんが名前で呼び合っているので。その良いなあって……。だっ、だめなら別にみょ、みょう」

 旭は、身体の隅から隅までが硬直しているように思えた。上唇と下唇の隙間から風が入り込む。それがやけに冷たく感じられて凍り付く姿を想像しそうになったが、数秒後に首を振って描くのを中断した。自分は変わるのだと、逃げるのは止めにするのだと、決めたからには愉しい未来を作る。汗で滲む掌に力を入れた。
 その隣に座る遼は遼で、不思議な顔をしている。喜んでいる風に見え、疲れ切った時の呼吸をした。それから小声で「……旭? 旭ちゃん? どっちが正解?」と綺麗な形の眉を寄せてみる。フードに隠れた栗色毛髪を掻きながらくぐもった。端に座る遙も表情は異なるが、どう呼ぼうかと考えているようで楽しげに笑う。これが悪戯っ子のする“悪い笑顔”じゃなければ良かったのだが。しかしまあ名前で呼ぼうとしているのだから、旭の願いが叶うという訳だろう。1人反対側の椅子に座っている伶も、「そうか名前か」と色々呟いて数度頷く。可愛がっている後輩な分、その顔も無表情が崩れて嬉しそうだった。

「…………」

——彼等とはまた違う反応を見せた人物がいる。
 体内から溢れ出る大量の水分。汗ばんだ額から滴り落ちると顎を伝って全身へ。掻き回された頭の中は、赤子の脳内よりも使い物にならなかった。燃えるように熱い心臓は、血液を送り出す為、懸命に働いている。それなのに眩暈がした。水分を外に出し過ぎて——そうたとえるのなら長湯して逆上せ上った後に起こる眩暈。何時になく不安と緊張で埋もれた佑里は、誰でも良いから教えてくれと解決策を求めている。なんせ彼女は旭に向かって、名前で呼んでしまったのだから。いや、呼ぶのはこの際勝手だ。要は、旭が自分の事を名前で呼んでいなかったというのが問題で。佑里は頑張って記憶を巻き戻しした。やはり“橘先輩”としか呼ばれた事がない。つまり、つまりは。

「……名前で呼びたくない?」

 名前で呼ばれたい。旭はそう言った。だが決して呼び合いたいと言った訳ではない。それは一体何を指しているのか。普段はあまり頭を使わない佑里にも直ぐ解った。
 これから“旭ちゃん”と呼び続けた所で、彼女に返ってくるのは“橘先輩”で。そんなのは嫌だと思った。少なくとも友情は芽生えたと感じているのだから、1歳上でもちゃん付け。せめてさん付けで呼ばれたい。そこまで考えて何を悩んでいるんだと思い直した。何時もならば手を合わせて頼めるはずなのに、何故。


『お助け団へようこそ!』


 浮かんだ言葉。それが胸に溶け残っているようで、どうにも普段通りには出来なかった。開いた穴から漏れ出て、自分という自分がなくなっている気がして。佑里の瞳から不安の色が消えると同時に、耐え切れない苦しさが表れて染まり始める。やっぱり此処が好きなんだと思い知らされる破目になり、重たい溜息を吐く。切り替えようと顔を上げたら、焦る表情の顔が目に飛び込んだ。

「…………橘先輩。大丈夫ですか? 顔色が悪いですけど」
「えっ!? あ。ごめんね、大丈夫だから」

 見ると旭だけではなく他の3人も佑里を見つめていた。どれも心配げな眼差しなので、急いで笑みを作る。心配などさせないように、普段通りの自分を。だから伸ばされた手に気付かなかった。やっと気付いた時には頬を強く掴まれていて、「えっ」と漏らす。その手は酷く冷たく氷を思わせた。何でなのか、時々感じる震えで伝わる。彼も自分と同じように苦しいのだと。あの言葉は——あの言葉は。

「遼く……」
「ねえ。その顔やめて。だって困るでしょ」

「——新団員がさ」

 吐きかけていた息を呑んだ。喉につまるかと思ったが、耳元で囁いていた遼が震えを誤魔化すように佑里を抱き締めた事によって、ほえっ? と吐く事が出来た。頬を赤らめて彼が落ち着くまで抱き締められた体勢でいると、感嘆の声をあげる整った顔立ちの少女が佑里の視界に入る。思い出す。自分は先輩以前に同じ団員である事を。
 団員なら、新しい団員を温かく迎えるのは当然の役目。遼が抱き締め終えると、佑里は旭の両手を握った。驚いたのか強張っている手はどうしてか傷だらけに見える。傷だらけの小さな手を佑里は、彼等は知っていた。だからこそ離したくない。離したら傷付くだけの涙しかもらえないから。


「じゃあこれからも名前で呼ぶね、旭ちゃん。それとあたしの事も名前で呼んでくれると嬉しいなあ」

 
 彼女は今日も笑う。
 あの日、手を取ってくれた人と同じ。やさしい笑顔で。

Re: ヒーロー達の秘密会議。 ( No.50 )
日時: 2015/09/19 16:31
名前: 蒼 ◆udrqXHSxjI (ID: A9wxTbZM)


 ぐちゃぐちゃに掻き回された胸の奥。それを纏める術は誰も知らない。だから彼女は——周りに寄り添ってほしかった。解決手段が見つからなくても、せめて、温かい手で繋ぎ止めて「大丈夫だよ」と背中を撫でてくれる。それだけで安心出来たのに。何もしてくれない事を知ってしまったから。
 けれど、もしかしたら。そんな願いを託して笑っていた。唇の形は複雑に入り混じりながら。


「じゃあこれからも名前で呼ぶね、旭ちゃん。それとあたしの事も名前で呼んでくれると嬉しいなあ」

 その言葉が自然と身体に溶けていく。傷口を癒すように優しく丁寧に。旭の中に沈んでいた熱い感情が、沁みる程勢いを増し、上へ上へと湧き起こる。心臓のある場所に両手を当てて呼吸をすると、頬を染めて微笑んだ。分かりました——の意を込めて。その様子を見た佑里も目尻を下げた。

「楽しそうなのは大変喜ばしいんだけどさ。僕等を置いていくのは止めてよ。……旭お嬢様?」
「そうそう。遙の言う通り。気を付けてね。旭お姉さん?」
「おい、遙も遼もあんまり旭を苛めるな」

 半分以上ふざけ切っている少年2人に伶が呆れ顔で制止した。机に乗せた肘の上に置いてある顔がにやけて、色々な意味で高校生には全く見えない。そんな彼等を後輩の前に出すなんて許されない、とでも思ったのか呆れた表情が一変し、厳しい視線を浴びせる。伶の思いで彼等の性格が変わるのなら良いが、世の中そうはいかない。遙と遼は彼の視線に気付いているのかいないのか、だらしない恰好で「旭ー」と繰り返し呼んでいた。同じ能力者の仲間とはいえ、先輩の発言を聞き入れないのは流石にどうかと、伶の堪忍袋の緒が切れてしまうまで、残り僅か。





「ねえ……何か前にもこんな感じの事があった気がするのは俺だけ?」
「んー、何か前にもこんな感じの事を見たような気がするんだよな」

 直後伝わる感覚。それはきっと痛みというものなのだろうけど、2人共感覚が殆ど麻痺してしまっている為、一定の時間で響く振動にしか感じられなかった。
 今現在この空き教室に全員——こういうのを見慣れている佑里や見慣れ始めている旭は残っている。前回遼が思わぬ勘違いをされかけた事によって旭が遙に抱きついてしまったハプニングの際は、伶の「教育上あまりよろしくない行為だから」と佑里に頼んで旭には外で待機していてもらったが、このような事態はもうお約束なのでと、今回からは佑里と女子らしい会話をしつつ、彼等の頭に拳が振り下ろされる様を見ているようになったらしい。後輩——しかも女子生徒の前なのでなるべく力加減に気を付けている伶だが、殴られている2人からすると大して何時もと変わってはいない。しかし殴られている時間は何時もより短かったようだ。

「やっぱり伶の手は怖いわ。俺と大きさそれ程変わらないのに。何で?」
「あれでしょ。小さい頃から今までずっと、家の壁を毎日1万回パンチしていたからでしょ」
「…………そんなのしていない。これからもしない。絶対」

 喧嘩の強さで知られている遼に加え、口喧嘩では誰よりも強い自信のある遙まで“怖い”と言うので、少々自分の手が気になったのか、じっと見つめていた伶は此方に視線を投げる旭と目が合い、気まずそうな表情を作る。
 そこまで腕力が強いとは思っていない。自分自身に確かめるよう、ゆっくりと口にする。そう。伶は別に家の壁を毎日1万回パンチしている訳でも、不良集団を毎朝見付け次第殴りかかっている訳でもない。それどころか学校生活でも私生活に関しても暴力とは無縁に近い。だが、彼等といる時に限って口より手が先に出てしまうというのは——

 
 ……何時の間にか、反映されていたんだろうな。


 脳裏に焼き付いた姿で少しだけ現れた彼女を懐かしむ。
 掌を瞼に当てて。1度、1度彼女の名を呼んだ。誰にも気付かれないように小声で。そっと。
 不思議と開いた穴が完全にではないものの埋まったのを知った彼は、吸った息を吐いた。

Re: ヒーロー達の秘密会議。 ( No.51 )
日時: 2015/09/19 11:27
名前: 村雨 ◆nRqo9c/.Kg (ID: HTruCSoB)

こんにちは、蒼さま∀
更新されていた分一気に読ませて頂きましたv

相変わらず旭ちゃん可愛かったです(^ω^*)
ヒロインの風格がありますね←
名前で呼んで欲しいだなんて……私がいくらでも呼びますよ!(

始まりましたね、お助け団!
今後の活躍が楽しみですb
果たしてどんな依頼を解決していくのか……続きが気になります!

更新頑張って下さい(・ω・)

Re: ヒーロー達の秘密会議。 ( No.52 )
日時: 2015/09/22 10:07
名前: 蒼 ◆udrqXHSxjI (ID: A9wxTbZM)



  村雨さん


 こんにちは。またもお越しくださりありがとうございます(^^*)
 旭は容姿も性格も可愛い人なので、絶対好いている男子生徒多いと思います。子供にも大人にも最初は挙動不審ですが、慣れてくると自分から話を振ったりします。少女漫画のヒロインを飾っちゃいそうな彼女を必死に(男子生徒などから)お助け団が護っています(笑)。お付き合いは結婚前提だと作者は考えて((
 あまりに人と関わってこなかった所為で、何処までの距離が大丈夫なのか分からない旭ですが、4人からしたら何処まででも大丈夫だよ? です。それぞれの過去があって今がある。その今を共有出来る仲間が私にもほしくて毎日旭を羨んでいます。羨ましいぞ……。

 思った以上に長くなってしまいましたが、お助け団が色々と活躍していきますので、どうかご期待していてください( まあ能力の内容も内容なので、ちょっぴりファンタジー要素が混じりますが。いやちょっぴりじゃないか(笑)。
 ではでは。コメントありがとうございました!!
 

Re: ヒーロー達の秘密会議。 ( No.53 )
日時: 2015/10/12 19:20
名前: 蒼 ◆udrqXHSxjI (ID: A9wxTbZM)


参照1400回&1500回&1600回&1700回突破記念!!


 あと3カ月くらいでこの小説も1周年を迎えます(えっ)。私の中でだけ時間が早いのかな? まだ3話終わったばかりってどうしたんですかね。はい、スピードアップ頑張ります。
 こんなにも大勢の方々に読み続けてもらえているようで、正直作者も吃驚です。完結するまでの道は初心者がエベレストを登るくらい険しいですが(笑)、力を入れていくので是非これからもよろしくお願いします!!
※名前呼びより前の話。シリアス度高め。





【たとえば、共通の趣味があると気付いたなら】


 さようならをするのにはまだ早い時刻だった。
 休み明けで勉強に力が中々入らない旭が、空き教室のドアを開くとソファーへ抱きつくような形でうつぶせ状態になるのは、仕方ないといえた。先週返却されたテストの結果が、予想より悪かったのを理由に、土日は大量のお菓子作りに励んでいたのだから。家の料理本だけでは足りないと近所にある図書館へ足を運んだ彼女を、遅いから寝なさいと様子を見ていた祖母が声をかけなければ、今頃頭には三角巾、首からエプロンを垂らした姿が目撃されるだろう。
 そんな事を知るはずもない伶が疲れ切ったのを見て数秒後、「膝枕してやろうか?」と訊いてきたのは旭にしてみれば衝撃的な出来事であった。勿論答えはいいえである。流石にそこまで心の準備が完了していなかったらしい。息を吐くと徐々に意識が遠ざかっていく。寝てしまおうか、頑張って起きていようか迷っていると、旭の身体に電流が走った。

「え」
「……ん?」

 どうしたとでも言いたげな表情に、起き上がった旭の指先は持たれた本に向いている。読んでいる途中なのかそうでないのか、所々に付箋が貼り付いたまま。声にならない言葉を感じ取った伶は、少し笑って「この本がどうかしたか?」と質問する。渇いた口内を潤してから駆け寄る旭に、一瞬視線を外す。

「こ、この本、昨日読んだんです! お菓子作りをする為に」
「好きなのか?」
「はい。料理とかそういうのが好きなので」
「俺も好きで作るんだ。片峰がくれたチョコレートの出来には届かないが」
「いえっ。そんな」

 照れ笑いをする後輩は頭に耳でも付いているのではないかと疑いたくなる。そう呟きそうになったの先輩に彼女は気が付かない。代わりに口にした言葉にまた1段と頬を染めた。ゆっくりと撫でられる髪の毛にまで熱が渡ってしまいかけ、「擽ったいです」と手を止めさせる。
 気恥ずかしくなった旭は不自然とは感じつつも話題を逸らす。それで犠牲となった用紙の点数にまたも深いダメージを負うのとは別に、やはり学年1の秀才とは違うなという尊敬の眼差しを彼に浴びせた。





「じゃあお先に失礼します」
「本当に送っていかなくて大丈夫なのか?」
「だっ、大丈夫ですよ。私だって高校生ですから」

 何度も繰り返される問いにむきになる旭を見、遠い世界から連れ戻されたような顔で謝る伶。頭を下げられた事に時間差で反応すると、性格からか謝り返してしまう。下から覗き込んだ伶の瞳が、何時もよりも申し訳なさそうに思えて睫毛を伏せる。まだ夕陽は沈んでいない。それでも此処を去ってしまった方がどちらにしても良い気がしたからだ。
 最後まで理由は読み取れなかったなと、胸の奥が疼く感覚にどうしようもなく痺れる。自分の全てで伶を思ったとしても、きっとこの視線は届かないのだろう。そんな不確かな想像に納得する旭の髪は、ゆっくり空気の風で靡いた。


「……っまた」


 それさえも重たい罪になっていく。このまま彼を深い海に沈めるのだろうか。誰の手も届かない呼吸困難な場所へ。何時からなのだろうか。彼がこんな思いをしなくてはならなくなったのは。
 比べて彼女は無知だった。何も持たない赤子と同じ。——でも罪ではない。責める者は此処にいない。そうだというのに息は常に奪われて。憶え立ての鰓呼吸を眺めては嗤う影。

 ドアを開こうとした旭は振り向いて目を見張る。滅多に見られない前髪の内側が、掻き上げられた事により奇麗に映った。橙色をバックに反射する雫。ただ滴るだけなのにどんな光景よりも美しく肌を撫でる。見ているというのを忘れて突っ立つ彼女は、笑みを浮かべた少年に息を呑んだ。


「また今度、一緒に菓子作るか?」


 吐息と共に返答は零れる。足が震えて上手く発せられないが見惚れつつもドアを閉めた。糸が切れた人形のように座り込む彼女は、床を見つめてからバッグを抱き締めて歩き出す。廊下は静かで心臓の音も聴こえなかった。

 何時もならば埃だらけの教室を喚気する為、たてつけが悪い窓を開けているのだが、今日はそういう気分にはならない。咳き込みながら涙を拭う。重ねたくて重ねたなんていえない。けどあの瞬間、自分の方から探していたと認めるほかなく、ただ虚しさだけが胸を掠める。

「……分かっている、分かっているんだ」

 全て誰のためにもならないという事を知ってなお、可能性を捨て切れない腹立たしさが渦巻き、理屈付けようとする。清冽な瞳孔に探りを入れる唇は、噛んでも噛んでも千切れないようで。
 それならば——せめてもの償いとして、向かうべき場所へ導こうと、手を取り足を運び駆け合って。足りないものは暗闇から補いつつ、果てない足元が見えないくらいに。何時しか辿りつくはずの場所を目指し。

 角が丸くなってしまった小さな本を、ゆっくり額に当ててから、そっと裏表紙の油性インクを撫でる。歪む筋肉に張り付けた皮膚を、彼は“笑顔”と呼びたかった。


「分かっていても、まだ」


 まだ声は出ない。



Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11



この掲示板は過去ログ化されています。