コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

マーメイドウィッチ
日時: 2016/06/21 11:41
名前: いろはうた

世界が止まった。



手が震える。



数拍のちに気付く。









私は大切な人に裏切られたのだと。

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Re: マーメイドウィッチ ( No.212 )
日時: 2017/01/24 14:14
名前: いろはうた
参照: http://ncode.syosetu.com/n1515cf/

チノが無言で馬を走らせる速度を上げた。

空気が重く硬くなる。

見なくてもわかった。

矢だった。

しかし、なんだか、的外れな方向に飛んでいくばかりで、

まったくフレヤのほうに飛ばない。

何故だろうと一瞬考えて、瞬時に分かった。

素人がうっている矢だ。

背筋が冷たくなる。

革命軍が、この国の民が、王族であるフレヤを殺そうと

あちこちから射かけているのだ。

でも、普段は弓なんて触らないから、なかなか思うように飛ばないのだ。

それは弓の名手が放った矢よりも、フレヤには恐ろしかった。

森が開けた。

ほっと安堵の息が漏れる。

しかし、次の瞬間フレヤは目を見開いた。

崖だった。

チノが舌打ちしてシルバノをとめる。


「……追い詰められた」


海の香りがした。

崖の下は間違いなく海だった。

びゅっと音がして、チノの髪を数本そぎ落とした。

今度は、明確な殺意を持った強弓だった。

木々の陰から弓を持ったステファンが馬に乗って現れる。

その後ろからは、同じように弓を構えたステファンの国の兵と

革命軍であろう平民たちが弓を構えていた。

その光景が心をえぐった。


「その顔が、見たかった」


夢見るように笑いながらメノウが馬に乗って現れた。

フレヤが絶望をにじませた顔をしているのが楽しくて仕方ないらしい。

その緑色のチノと同じ目が、うすぼんやりと赤く染まっているのが見えた。

はっとして革命軍の人々の目を見ると同じようにうすぼんやりと赤く光り、

焦点が合っていなかった。

チノの言葉通り、メノウの声の力に操られているのだ。


「民を、解放しなさいメノウ」


怒りで声が低くなる。

びりり、と空気が震えて、一瞬メノウが気おされたような表情を浮かべたが

瞬時にその表情は消えた。


「なにをおっしゃっているのかよくわかりませんわ、王女殿下。

 やはりご乱心なさってしまったようね」


残念だわ、とヘレナと同じ顔が嬉しそうに笑う。

毒を含んだ笑みだった。


「状況をお分かりになっていらっしゃらないようですわ」

「ああ、国王殺しの罪深き王女を、私がこの手で葬らねばならないね」


ステファンが柔らかく微笑み弓を構え、矢をつがえた。

天使の皮をかぶった悪魔がそこにいた。

絶体絶命だ。

どうしよう。

どうすればいい。

せめてチノだけでも逃がさないと。

強い海風でぶわっとフレヤの髪があおられ広がった。

海のような青が陽光を浴びて輝く。

その様子を目を細めてステファンが見つめていた。


「美しき王女よ。

 死の間際にあってもなお瞳の輝きを失わないとは、本当に惜しい。

 貴女がもう少し愚鈍で、そうまで聡くなければ

 私の愛玩人形として、いつまでも傍に置いていたというのに」


ステファンの指が弓から離れるか離れないかの間際に、

フレヤの腰に強い腕が回った。

チノがフレヤを抱えてシルバノの鞍を蹴るのと

ステファンの矢が放たれたのはほぼ同時だった。

チノとフレヤの横を矢がかすめ飛んでいく。

二人は一瞬、宙に浮かんでいた。

一瞬の浮遊感とともに、すさまじい風が全身をたたく。

すべてから守るようにチノがきつくきつく抱きしめてきた。

なぜ。

どうして。

問いは言葉にならなかった。

ただ、もう出ないと思った涙が目じりからこぼれて

空中にとんでいった。

目じりに柔らかいものが触れる。

チノが涙をぬぐうようにフレヤの目じりに口づけていた。

とんだ先には何もない。

美しい青空と、深い青に輝く海が見えた。

Re: マーメイドウィッチ ( No.213 )
日時: 2017/01/26 00:09
名前: いろはうた
参照: http://ncode.syosetu.com/n1515cf/

フレヤたちの姿ががけ下に消えて数秒、誰も動けなかった。


「見てきなさい」


ステファンの一声に、兵たちが慌てて動き出した。

はるか遠くに波打つ海が見えた。

荒々しい波が絶えずがけ下に向かって押し寄せている。

むき出しの岩もごつごつとしていて、直撃したらひとたまりもない。

もし自分がここから落ちたら、と考えるだけで兵たちの体に震えが走った。

どんなに目を凝らしても、人影は見えない。

ただ白波が押し寄せては、岩にぶつかり砕けるだけ。

ここから落ちて助かる人はそういまい。

そう考えた部隊長は、さっと向き直ると、

ステファン王のもとに駆け寄った。


「おそれながら、人影は見当たりません」

「探しなさい」

「で、ですが王、ここから落ちて助かるものはそうそう……」

「私が言ったことが聞こえなかったのか?」


ステファンが笑みを絶やさないまま、部隊長に向かって穏やかに問いかける。

それだけで、屈強な体つきの部隊長に震えが走った。


「もっ、申し訳ございません!!

 すぐに配下の者に探させますゆえ!!」


泡を食って部隊長がほかの兵に指示を出すのを

ステファンは変わらず笑顔で見つめている。

彼に、そっとメノウが馬を寄せた。


「ずいぶんと疑い深くていらっしゃる」


柔らかなたしなめに、彼は苦く笑った。

だがその目はちらりとも笑っていなかった。


「疑り深くなどないよ。

 私は可能性という可能性をつぶして回りたいだけだ。

 そのほうが合理的だろう」


ふっとステファンが瞳をかげらせた。

一瞬そのかんばせから笑みが消える。


「……あの人魚の娘が、海に落ちてそう簡単に死ぬわけがない」


ステファンのつぶやきはあまりにも低くて、

誰の耳にも届くことはなかった。

Re: マーメイドウィッチ ( No.214 )
日時: 2017/01/28 00:32
名前: いろはうた
参照: http://ncode.syosetu.com/n1515cf/

派手な水音は一瞬で掻き消えた。

体に衝撃が走るとともに、ごぽぽと耳元で泡のはじける音が聞こえた。

深く深く海に沈んでいく。

フレヤははっと目を見開いた。

とっさに息は止めていた。

だが、いつまでたっても苦しくならない。

息をいくら吐いても、肺がちぎれてしまいそうな苦しさはなかった。

固く抱きしめてくれていた腕がずるりと離れるのを感じた。

チノの目は固く閉ざされていた。

意識がない。

あわてて彼の頬に手を当てると、ほのかなぬくもりと鼓動が感じられた。

気絶しているだけだ。

落下の際の衝撃をほとんどひとりで受けたためだろう。

唇から泡が漏れた。

フレヤは人魚の血を引いているからきっと水の中でも苦しくないのだろう。

だがチノは違う。

急いで空気を吸わせないと死んでしまう。

しかし、水面に浮きあがったら、まだ生きていることがばれてしまう。

この高さから落ちたのだ。

相手は、フレヤたちの生死もよくわからないはず。

しかし、先ほどからのメノウとステファンを見る限り、

そう簡単にあきらめてはこないだろう。

フレヤは一瞬ためらったのちに、そっとチノの唇に自分のものを触れさせた。

その気道にまでいきわたるように、強く息を吹き込む。

合わせた唇の隙間からごぽりと泡がこぼれた。

これでなんとかもつと考えるしかない。

チノの腕をしっかりとつかむと、フレヤは泳ぎだした。

あてもなく暗い海中をさまよう。

おどろくほど手足は自由に動き、思うがままに進めた。

これが人魚の力なのだろうかと半分驚きながらも波をかき分けて進む。

チノの唇からまたごぽりと泡がこぼれた。

限界だろう。

一度水面に上がって空気を吸わせなければ。

強く水を蹴って、光り輝く水面に向かって泳ぐ。

まるで物語の人魚姫のようだとフレヤは苦く笑った。

王子を助けて、恋をして、最後は哀れな末路を迎える人魚姫。

なんだか、自分と重なるところが多いような気がする。

自嘲気味に笑うと、フレヤは水面から顔をわずかに出して、周囲を確認した。

落ちた崖は見当たらなかった。

驚くほど遠くまでこの短時間の間に来たことを知る。

チノの体を水面上まで何とか持ち上げる。

彼の唇は紫色に変わっていた。

そうか。

自分の体質が異常だから気づかなかったが、

ある一定時間寒い海にいると体が冷え切ってしまう。

その可能性を一切考慮しなかった己の浅慮さが悔やまれる。

フレヤは唇をかみしめながら、

少し離れたところにある陸を目指して泳ぎだした。

Re: マーメイドウィッチ ( No.215 )
日時: 2017/01/31 14:16
名前: いろはうた
参照: http://ncode.syosetu.com/n1515cf/

しばらくするとじゃりっとした感触を足裏に感じた。

浅瀬になってきた。

腕にいるチノを引きずるようにして砂浜まで連れていく。

やっとのことで波の来ないところまで引きずると、そっと砂浜に

チノの体を横たえた。

体がだるく、ひどく重い。

この倦怠感は何からくるものなのだろう。

チノの唇は完全に血の気をなくしていた。

体が冷たくなる。

焦りが胸を突く。

どうすればいいのだろう。

チノの体を温めなければならない。

水を飲んだかもしれないから吐かせないと。

でも、どうやって?

火を起こしたことなどない。

水の吐かせ方など知らない。

自分の無知をいやというほど思い知る。

いや、まずは、考える前に動かないと。

そう思い、フレヤはとりあえずチノの服を少しはだけさせることにした。

ボタンが窮屈そうだったからだ。

だが、徐々にその手はのろのろとしたものになっていった。

ボタンを解く手が震える。

こんな時だというのに、

しっかりとした筋肉に覆われた胸板だとか腹筋だとかに目がいく。

ひどくうろたえてしまう。

強くチノが男なのだと意識してしまう。

ぼぼぼぼぼぼっと音がしそうなほどフレヤは赤くなった。

顔が熱い。

こんな、こんな感情は知らない。

怖気づく自分を叱咤して、次はそろそろと掌をチノの胸にはわせた。

水は鼻から飲んだ場合、呼吸器官に入っているかもしれないから

肺を押せばいいのだと思う。

だが、肺がどこにあるのかはわからない。

手あたり次第に胸を押したが、固い筋肉に覆われていて

あまり手ごたえがない気がした。

掌がじんじんする。

体が熱かった。

海風が髪を揺らす。

肌寒さを感じて、フレヤはくしゃみをした。

するとそれに誘発されたかのように、チノがせき込みだした。

あわてて、彼の体のあちこちをさすって

水を吐き出しやすいようにする。


「ふ、れや……?」


かすれた声だった。

緑色の瞳が何度か瞬きを繰り返しこちらを見た。


「……ここは?」

「わからない。

 私が泳いで連れてきたところ」


フレヤは安堵のため息をはいた。

次の瞬間もう一度くしゃみをしてしまった。

チノはずぶぬれのフレヤを見ると、しばしためらった後に

自分のシャツを脱ぎ、フレヤの体に着せた。


「ち、チノ!!」

「濡れていて、気持ち悪いと思うが我慢しろ」


いや、違う。

そうじゃない。

チノが上半身裸なのが問題なのだ。

風邪をひいてしまうし、目のやり場に困るのだ。


「あ、あの!!

 チノが風邪をひいてしま……」

「おまえの、その、恰好が、あれだから」


めずらしくチノがしどろもどろになっている。

彼は視線を横に向けて決してこちらを見なかった。

いぶかしく思って自分の姿を見ると、乗馬服は濡れていて

肌にはりつき、体のラインと肌の色がくっきりとわかるほどになっていた。

Re: マーメイドウィッチ ( No.216 )
日時: 2017/02/03 23:43
名前: 珠紀



こんばんは(*´︶`*)


ご無沙汰しております。
最後ここで書いていたのは2015年ですから2年ぶりでしょうか?

覚えてないですよね( ˘ω˘ ; )
最後は覇蘢という名で書いていたのですが、途中で卒業させていただいた者です(())


ここに書いている時は、すごく仲良くさせてもらっていて今でも嬉しい思い出です。


最近、リアルも落ち着いてきたので書きたいなと思って、のぞいてみたらいろはうたさんがいて嬉しくなりました!
珠紀の知っている方々が少なくなっていて時代の流れを感じましました←ぇ


コメディライト(新)というものができたのですね!
本当に、いろはうたさんの小説は乙女ゲームのドキドキ感満載で感動しますね。
乙女ゲームについてお話したのも懐かしい。。

いろはうたさんのこの作品は、こちらを主に見にくればいいという感じかな?(;•̀ω•́)

また、たのしみに更新を待っております。ではまた。

珠紀。

Re: マーメイドウィッチ ( No.217 )
日時: 2017/02/04 12:23
名前: いろはうた
参照: http://ncode.syosetu.com/n1515cf/

珠紀ちゃん!!


きゃぁああああああああああああああああああああああああっっ
ききききききききてくれたあああああああああああああああっっ
エアーズロックにのぼって、世界の中心で愛を叫びたいレベルの喜び!!
もちろん!!
覚えて!!
おりますとも!!!!!!!!!!
もし忘れたら、いろはうたのカキコ生活は死んだに等しいのです!!


現在進行形で、乙女ゲームは、だいだいだいだいだいだいすきです!!
しかし、悲しいかな、最近はあまり新作が出ていないみたいですねぇ
いろはうた的には、ちょっと前のだけど、レンドフルールとかが
美しすぎて鼻血吹き倒しましたし、
剣が君とか、スチルが好みすぎてゴリラのような雄たけびを上げましたし
近年でダントツに萌えたのはニルアドミラリの天秤ですねぇ……
あぁ、好き……(´・ω・`)


わかりますわかります
一年開けて帰ってきたら、新しい作者さんだらけだし、
知り合いはおろか、いろはうたのことを知っている人自体が少ないし、
みたいな状態で、死ぬほど寂しかったです……
一応、全く同じものをコメライの新のほうにもあげていますが
こっちのほうがメインになるかなぁ……


キャラクター的に、どうしても、浅葱のときのようなドロ甘には
なれないというか、微糖というか
微糖のくせに一部砂糖の分量間違えているというか
まぁそんな小説になっています笑
よかったらまた遊びに来てねぇー!!


コメントありがとう!!

Re: マーメイドウィッチ ( No.218 )
日時: 2017/02/09 23:43
名前: いろはうた
参照: http://ncode.syosetu.com/n1515cf/

フレヤは無表情だった。

一切表情を変えなかった。

しかし、彼女と付き合いが少し長い者であったら、

彼女が恥ずかしさのあまり死んでしまいそうであることに気付けただろう。

チノは特に様子が変わらないようだった。

さっと立ち上がると、何事もなかったかのように周囲を見渡している。

その横顔が恨めしく思えるほど、彼は冷静そのものだった。

自分だけが動揺しているみたいで悔しくなる。


「……あそこに行こう」


チノが視線で示した先には、

岩壁にできた小さな洞窟のようなくぼみがあった。

フレヤはおとなしくチノに従った。

Re: マーメイドウィッチ ( No.219 )
日時: 2017/02/13 16:27
名前: いろはうた

こちらをまったく振り返らないチノが少し恨めしく思える。

広い背中を追いかけて進む。

チノはフレヤにくぼみで少し待っているように言うと

どこかにいってしまった。

大人の余裕だ。

なんか自分がひどく幼くなってしまったような気がして落ち着かない。

静かだ。

波の音しか聞こえない。

少し前の喧噪が嘘のようだ。


「お父様……」


遅かれ早かれ彼は、死んでしまっていただろう。

だが、もう少し、もう少しだけ話をしてみたかった。

フレヤは目を伏せた。

願わくば、彼が安らかに眠れるように。

ちゃりっと手首のあたりで金属音がした。

目を向けってはっとする。

母の形見のネックレスが鈍い金色に輝いていた。

息をのみながらそっとまき貝を模した部分に触れる。

父に愛された母は何を思ったのだろうか。

メノウの話が真実ならば、彼女は愛する人と無理やり引き離されて

一生を終えたのだ。

幸せ、だったのだろうか。

もう顔もよく覚えていない。

それがひどく悲しいことのように思えて、

フレヤは眉をひそめた。

その時、不意に指先に違和感が走った。

注意深く手元を見ると、手元のペンダントに不自然な突起があった。

よく見ると、うっすらと金色の巻貝には亀裂が走っていた。

もしかすると、このネックレスの巻貝は開くのかもしれない。


「悪い、遅くなった」


手元に影が落ちて、視線を上にあげると

腕いっぱいに木の枝を抱えたチノがいた。

慌てて立ち上がろうとしたが、チノに視線で制されてしまう。

手早く枝を地面におろして、一か所に集めると、

彼は、腰のあたりから何かを取り出した。


「それはなに?」

「火を起こす石だ」


そう言うなり、彼は石と石を強く打ち付けた。

薄暗い中パチッと赤い光が数度走った。

フレヤは瞬きを数度繰り返した。

瞬く間に、木の枝に火がともり、勢いよく燃え出したからだ。


「どうして遠くまで木の枝を取りに行ったの?」

「海辺の木だと湿気が多くて燃えにくい」

「チノは……たくさん物事について知識があるのね」

「アルハフ族ならば、これぐらい子供でもできる」


ぶっきらぼうな口調は照れているのかもしれない。

こっちをなかなか見ないのも照れているのだろうか。


「それよりも、はやくここで温まったほうがいい。

 体がますます冷えるぞ」


自分なんか上半身裸で絶対寒いはずなのに、

先にフレヤのことを考える。

優しい人。

そろそろ手放す時だ。

元いたところに返す時だ。


「火のおこし方を教えてくれないかしら。

 そのほかの、生活に必要なことすべて」


チノが少し驚いたようにこちらを見た。

フレヤはふわりと焚火の近くに腰を下ろした。


「おまえは……本当に何でも知りたがるな。

 こんなことを知ってどうする」

「これからは、一人で生きていかなければならないもの」


何でもない風を装って、一息に言い切ると、

肩からチノのシャツを外した。

手が震えないように気を付けて、チノに手渡す。


「はい、これ、ありが……」

「どういうことだ」


硬い声に手が止まる。

チノの瞳に剣呑な光が宿っていた。


Re: マーメイドウィッチ ( No.220 )
日時: 2017/02/14 11:14
名前: いろはうた

そのただならぬ気配に、フレヤは少なからず動揺したが

それをおくびにも出さずにチノを見つめ返した。


「どういうことって……あなたは、一族のもとへ帰るのですもの。

 私は」

「だから、どういうことだと聞いている」


今は何時ごろだろう。

西日が差しこんできて、フレヤの目を射貫く。

オレンジ色の光を背負ってるチノの表情が見えない。


「だって、あなたはもう自由よ」


目を細めながらわずかに焦れたような声でフレヤは言った。

どうしてチノがこんなにつっかってくるのかがわからない。

理解ができない。

だって自由になれたのだもの。

一族の、家族のもとへ帰りたいに決まっている。


「あなたは族長なのでしょう?

 みんなあなたに会いたいに決まっているわ」

「族長ならやめる」

「……はい?」


言われたことが即座には頭に入らなくて、

そして信じられなくてフレヤは聞き返した。

パチっと焚火がはぜた。

チノの態度は変わらなかった。


「な、なに言って……、そんな、族長って簡単にやめていいものじゃ……」

「おまえ、おれを捨てる気か」

「は、はい!?」


チノがおかしい。

彼の目はすわっていた。

捨てるって、なんて過激な言葉を、そんなさらりと言えるのだ。


「チノは、一族の所に帰りたいんでしょう?」


チノが何かを言おうと口を開いた。

フレヤは、それを見つめて、ぎゅっと手首を握りしめる。

冷たい金属の感触。

ぐらりとチノの体が傾いた。

とさり、と軽い音を立ててチノの体が砂の上に横たわった。

フレヤは瞬きを数度繰り返した。


「チノ……?」


頼りない声が口から洩れた。

チノが低くうめいてからはっと我に返った。


「チノ!!」


転がるようにして彼のもとに駆け寄ると、

その額からは海水以外のしずくが、流れ降りていた。

おびただしい量の汗。

顔は赤く、呼吸が荒い。

恐る恐る額に触れると、火で熱した鉄のように熱かった。

血の気が顔から引くのが分かった。

見れば、チノの肩にある矢傷が紫色に変色していた。

毒、が含まれていたのかもしれない。

ずっと無理をさせてしまっていたのだ。

後悔が胸を焼く。

混乱する頭の中で、とりあえず、チノの体を引きずって

焚火の近くに横たえた。

男性の体はひどく重くて、それだけでフレヤは疲れてしまった。

チノの端正な顔がゆがんでいた。

その苦しそうな表情に胸が引きつるように痛む。

上半身はすでに裸なので脱がせる必要はない。

下半身のことは考えないようにした。

ブーツだけなんとか脱がせる。

どうしよう。

何をすればいいのかが本当にわからない。

自分が熱を出した時には、何をしてもらっていただろうか。

汗をぬぐってもらって、水を飲ませてもらった。

さらに、よく冷えた果実も食べさせてもらっていたっけ。

温かいオートミールを食べててもいた。

それらすべてが、ひどく恵まれたことなのだと、痛いほどに知る。

フレヤは手に持っていたチノのシャツを手にもつと、

チノの汗をぬぐった。

脱ぎ終わると、チノの表情が少しだけ和らいだような気がした。

次は、水だ。

汗をかいたから水分が必要なはず。

フレヤは、外を見た。

美しい夕焼けが空に広がっていた。

海の水は、塩辛い。

飲むには適していない。

そうなると、川か、湖を探さなけらばならない。

フレヤは女王としての教育を受けている。

自国の地理学もしっかり幼少時より叩き込まれた。

ここは、浜辺の地形からして、西南にある海辺の村クランが近いはずだ。

クランから少し離れたところに小さな川がある。

そこに行けば水を汲めるかもしれない。

フレヤは少し迷ったが、水を汲みに行くことにした。

暗くなる前に行けば何とかなるはずだし、

チノを一晩中水もなく苦しめるわけにはいかない。

チノのシャツを萌えない程度の距離に焚火から離して地面に置く。

フレヤは、ろくに服を乾かさないまま、チノを置いてそこを去った。

Re: マーメイドウィッチ ( No.221 )
日時: 2017/02/16 13:53
名前: いろはうた

フレヤは、藪の中をかき分けながら進んでいた。

すでに掌はかき分けた草で無数の傷がつき、あちこちから血がにじんでいた。

乗馬ズボンは木の枝でひっかけてあちこちが破れてしまった。

生乾きのままの髪の毛と衣服が、体をどんどん冷やしていくのが分かった。

だが、足を止めるわけにはいかない。

これよりももっとチノは苦しんでいるのだ。

奥歯をかみしめて、さらに進む。

川がある、ということしかわかっていなくて、

それが今いる位置からどのくらいの距離にあるのかまではわからない。

足元にある枯葉を踏みしめ足を踏み出した時、

何かに躓いて、転びそうになった。

小さく悲鳴を上げて、なんとかその場に踏みとどまる。

足元を見ると、掌よりも大きな丸いものが地面に転がっていた。

おそるおそる拾い上げてみると、それは半分に割れたヤシの実のようだった。

中身が空洞で、ここに水を汲んでお椀のように使えるかもしれない。

水で少し洗えばきっと使えるだろう。

フレヤはヤシの実を握りしめると、さらに足を進めた。

歩き出してどれくらい時間がたっただろう。

フレヤの耳はかすかに聞こえる水音をとらえた。

はっとして立ち止まる。

目を閉じて耳を澄ませてもう一度注意深く聞いてみる。

右斜め前の方角から聞こえる。

フレヤは目を開けた。

あたりは燃えるようなオレンジ色に染まっている。

夕日が沈みだしているのだ。

暗くなるまでに急がないと。

川が見えてくるまではそんなに時間はかからなかった。

フレヤは、涼やかな小さなせせらぎに唇をほころばせた。

近くにまで歩を進め、せせらぎの近くで膝をつく。

湿った土のにおいが鼻をかすめた。

そっと手を入れてみると、水はひんやりと心地よく指を濡らした。

これほど澄んでいる水なら大丈夫だろう。

フレヤはヤシの実をそっと水の中に入れて、くみ取った。

たぷんとした液体が夕日を反射して光る。

ふっと手元が陰った。

怪訝に思って上を見上げると、見知らぬ男が

いつの間にか隣に立っていた。

背の高い肌の浅黒い男だった。

フレヤは声も出せずに男を見つめた。

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