コメディ・ライト小説(新)
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- マーメイドウィッチ
- 日時: 2016/07/30 19:31
- 名前: いろはうた (ID: b4ZHknAo)
世界が止まった。
手が震える。
数拍のちに気付く。
私は大切な人に裏切られたのだと。
- Re: マーメイドウィッチ ( No.95 )
- 日時: 2017/10/20 15:36
- 名前: いろはうた (ID: osGavr9A)
四季様!!
お越しいただきありがとうございます!!
立て続けのコメントに狂喜乱舞しております。
ひゅーっっ!!
かれこれ一年と数か月書いているので
もう本当にくそ長い話で申し訳ないです……
よければ最後までお付き合いいただけましたら
とても嬉しいです!!
もうすぐ!!もうすぐ終わりますので……!!
あれをあーしてこーしたら、エンディング迎えますので!!
もうしばらくのご辛抱を……!!
コメントありがとうございます!!
- Re: マーメイドウィッチ ( No.96 )
- 日時: 2017/10/24 09:03
- 名前: いろはうた (ID: S20ikyRd)
誰に命令されたわけでもなく、攻撃がやんだ後、
騎士たちとアルハフ族のの戦士たちはは無言で
本陣へと戻ってきた。
圧倒的な力の差に呆然として言葉が出なくなっていたのだ。
フレヤは、戻ってきた彼らの姿をざっと確認した。
こめかみから血を流している者など、
小さな傷こそ目立つものの大きな外傷はなかった。
それどころか死傷者がいなかったのだ。
なんど彼らの人数を数えても、
誰一人として欠けている者がいなかった。
それは喜ぶべきことだ。
だが、フレヤにはわかったいた。
あの残忍なステファンのことだ。
今、わずかな希望を与えておいて
明日の夜にはすべての希望を完膚なきまで叩き潰すつもりなのだ。
目立った外傷がないのも、わざと配下の者には
攻撃を外すように命じたに違いない。
そうでなければ、信じられないほどの生還率だった。
どの者たちの表情は暗く、
悔しさと惨めさが顔に滲んでいた。
フレヤは彼らになんと言葉をかけたらいいのかわからなかった。
「勝利を御身に献上することができず、
申し訳ございません」
あなたたちのせいではない、と咄嗟に言おうとしたのを
必死に抑えた。
彼らが今欲しいのはそんな言葉ではないはずだ。
口先だけのねぎらいや慰めの言葉など今一番聞きたくないだろう。
「私の剣たち、まだ折れていない?」
静かな言葉に騎士たちははっとした表情を見せた。
激しい疲労が見え隠れする中でも、
彼らの瞳の光はまだ消えていない。
「我ら、陛下の剣でございます。
陛下がお手を離されない限り、
永劫、折れることはありませぬ」
たとえこの命尽きようとも。
言外の思いを感じ取り、フレヤは表情を硬くした。
彼らは命を懸けることをためらわない。
大切なものを守れるならば仕方がないと
一種の諦観の念が感じられた。
「私も、手を放すつもりなどないわ」
違う。
こんなことが言いたいのではない。
こんな自殺行為を促すようなことが言いたいのではない。
「あと、メノウ殿には、すまないことを言った」
騎士団の副団長であるハリスが苦々しく呟いた。
メノウは少し驚いたように片眉を上げてみせた。
「我々の力を見くびっているのかと
頭に血が上ってしまったが、
貴女の言うとおり、我らは非力だ。
……貴方と陛下のお力がなかったら、
我らは今息をしていなかっただろう」
反論の言葉はない。
それほどまでにダークエルフの力は驚異的だった。
「別に謝罪などは求めておりません。
それよりも、明日をどうするかのほうが問題です。
あなた達は、無理に体を使ったため
明日は激痛でいつもの半分ほどしか動けないはず」
重苦しい空気が流れた。
ここにいる誰もが目をそらそうとしてきた事実。
誰も打開策を口にできない。
胸に広がる絶望から目をそらすことで必死だからだ。
「ステファン様……いいえ、ステファン王は
もしかすると、他のダークエルフと違って
空を飛べないのかもしれない」
フレヤにたくさんの視線が突き刺さった。
「どういうことだ」
まさか奴と会ったのか、と険しい表情になる
チノから視線を逸らす。
チノには嘘が通用しない。
顔を見られでもしたらすぐに嘘を見破られる。
チノを見ないようにしながら、ステファンと会ったことは伏せ、
戦闘の最前線から離れたところから観察していた
ということにし、さらに言葉をつづける。
「ダークエルフたちは当然の様に空を飛び、
上空からの攻撃しかしてこなかったわ。
「空を飛ぶことができない私たちなど
ウサギの様に非力に映ったのでしょうね」
吐き捨てるようにメノウがつぶやいた。
アルハフ族の戦士たちは表情こそ変えていないが、
空気は重く張り詰めている。
「でも、ステファン王だけは、空を飛んでいなかった」
「恐れながらも仕上げます。
それは、ステファン王が
司令塔、だからなのではないでしょうか」
おそるおそる、という風にカインが口を開いた。
フレヤは首を振った。
「いいえ、司令塔の役割を果たすのなら
安全な上空でも構わないはずよ。
それでも地上にいた。
……地上にしかいられなかったのだとしたら?」
「大方、おまえを攫おうと
虎視眈々と機会を伺っていたんじゃないか?」
チノの胡乱気なまなざしはいまだにフレヤに突き刺さっている。
フレヤはそれを毅然として受けてみせた。
「あの人は、私を絶望させたがっている。
そう簡単に攫ったりしない。
……今までのことで分かっているでしょう」
そう言われてチノは口をつぐんだ。
今までの、しつこいほどの裏切りといくつもの窮地を
思い出したのだろう。
「……勝機は完全にないわけではない。
ステファン王は地上から動けないかもしれない。
それなら、そこを狙えばいい」
もはや希望観測にすら等しい言葉だった。
だが、もはやそれに縋らずにはいられないほど
彼らは追い詰められていた。
そのあとはどう行動していたのかはよく覚えていない。
気づけば、昨夜訪れた川に来ていた。
「陛下」
控えめに声を掛けられ、フレヤはびくりとして振り返った。
月光を浴びて輝く金髪にはっと後ずさる。
「カインにございます」
ほっと胸をなでおろした。
同じ金髪のせいで、カインが一瞬ステファンに見えた。
どれだけ彼を恐れているのかと
己の脆弱さに笑ってしまう。
「どうしたの、カイン」
ここなら一人になれると思ったのだが、
今日はそうもいかないらしい。
かすかに苦笑を浮かべてカインを見やる。
しかし、すぐにフレヤは無言になった。
貼り付けたような微笑。
血の気のない顔。
ひどい既視感を覚える。
あれは、ステファンのほほえみと似ている。
フレヤは、無言で一歩後ろに下がった。
「姫様、散歩に行きませんか?
あの頃の様に、お供いたします」
カインがうやうやしく手を差し出して、一歩近づいてくる。
それは、チノが来るまでずっと姫を守り続けてきた
騎士そのものの仕草だった。
しかし、この時はなぜか胸を突くようななつかしさよりも、
胸にインクの様に広がる恐怖のほうが勝った。
どうしてだろう。
いつも傍にいたカインじゃないか。
何故彼を恐れなければならない。
そう自分に言い聞かせるのに、体がこわばって動けない。
「姫様?」
第一王女付きの騎士だった時の呼称でフレヤを呼ぶと、
カインはその場で膝をつき、フレヤの顔を見上げた。
グレーの瞳の中に言葉にできない仄暗さを見つけて
心の中の恐怖が一気に膨れ上がった。
「いい、わ。
今日は気分がすぐれないの」
踵を返してその場を去ろうとしたら、
柔らかく手首をつかまれた。
素早く立ち上がったカインに見下ろされ、
フレヤは目を見開いた。
「手を放して、カイン」
主の命令は絶対だ。
特に騎士の中でも騎士らしいカインなら
すぐに手を放してくれるはず。
しかし、彼はフレヤの手を握りなおしただけだった。
その丁寧な仕草が余計に恐怖心をあおる。
「少し風に当たるだけですよ。
獣なら、私が殺してさし上げますので、ご安心を」
さらりとカインの前髪がグレーの瞳を覆った。
カインの様子がおかしい。
カインは、主たるフレヤの前では決して物騒なことや
血なまぐさいことは言わない人だ。
優しく、だがしっかりとリードして
カインが歩き出そうとする。
「カイン!!」
カインは大げさなほどゆっくりと振り返った。
ことり、とわずかに首を傾げられる。
さらり、と金髪が揺れた。
胸に沸き起こる恐怖心を押し殺し、
つばを飲み込んでから口を開く。
「なにが、あったの」
「なにが、とは?」
「様子がおかしいわ」
「なにもおかしくなど」
カインは昏く笑って、
片手で綺麗な金髪をぐしゃりとかきまぜた。
薄くて形の良い唇が震え、ぎりりと噛みしめられるのが
月明かりの中でも見えた。
「貴女様は変わってしまわれた」
押し殺された声でささやくように言われ
フレヤは口を閉じた。
それはもう何度も聞いた。
カインだけでなく、色々な人に言われたが
自分では何も自覚できていない。
「フレヤ様、私はあなたの剣なのでしょうか」
「何を言っているの」
「私は死ぬまで貴女を守る剣となることを誓いましたが、
貴女は一向に私という剣を握ってはくださらない」
「そんなことはないわ」
「いいえ。
現に、貴女様は私の言葉も願いも何一つお聞きにならない」
カインは泣き笑いのような表情になると、
その場に素早く膝をついた。
強く手を握り締められ、
あまりの痛みにフレヤは眉をひそめた。
しかし、カインはそれにすら気づけなかったようだった。
「アルハフ族を利用すべきでないと申し上げた時、
メノウの力を使うべきでないと申し上げた時など、
もう数えきれないほど無礼を承知で
進言してまいりました。
ですが、貴女は何一つ、私のことなど気にかけず
耳を傾けてはくださらない」
はっとした。
脳裏に今までの出来事がめぐる。
効率を優先して、カインの感情を考えず
彼の意見をはねのけ続けた。
「では、私という剣は何のために存在しているのでしょうか。
主に握ってももらえず、ただ錆びついて腐敗していくのを
待っているしかないのでしょうか」
カインの目に宿っている仄暗さは、
もうずっと前から知っていた。
知っていたのに見ないふりをしていた。
カインのやさしさに甘えていた。
それが今この状況を招いている。
後悔と自己嫌悪で胸が焼き切れてしまいそうだった。
「ごめん、なさい、カイン」
「ちが、う。違う。
私は……私は、謝罪が欲しいのではない!!」
「ごめんなさい」
「違う!!
謝るな!!」
ホウセンカのような感情の発露に
思考がうまくついていかない。
手を強く振り払われよろめいた。
振り払ったのはカインなのに、
彼はひどく傷ついた表情を浮かべていた。
カインの叫びは痛切で、
一言一言が胸に深く突き刺さるようだった。
「私のことなど忘れてしまわれたのか」
「そんなことない。
カインはずっと、私の大切な騎士よ」
「私のことなどいらぬのでしょう。
いっそのこと出憎んでしまえたら楽なのに、
貴女様はそのたびに甘い言葉を囁いて、私を、苦しめる」
憎しみすら滲んだ声音。
前髪の隙間からのぞくグレーの瞳には
強い感情が宿っていた。
もう何を言い募っても聞いてくれない空気だ。
このような思いをカインもずっとしていたのだろうか。
ガラス玉のような目がきゅっと細められる。
「私はやはり貴女様には、王族としての生活を、
送っていただきたい。
もう、泥にまみれ、地を這いずり回り
心砕けるような思いをしていただきたくないのです」
「何をする気?」
「貴女をステファン王の所にお連れします」
瞬時に頭の中で記憶の欠片がピタリとはまっていく。
何故、ステファンが昨夜、ここに来たのか。
ただフレヤに会いに来ただけではない。
心に闇をもつ者に近づき、
裏切り者に仕立て上げるためだ。
奥歯を噛みしめた。
灯台下暗しとはまさにこのことだ。
近くにいる人のことほど、見えなくなる。
「目を覚ましてカイン」
「ステファン王は、貴女様のことを、大切にするのだと。
裏切ったりは決してしないのだと。
我が国の民は勝手だ。
あさましくも貴女様を裏切り、
国の救世主となるのだとわかればすぐにしっぽを振る」
「それは違うわ。
彼らは彼らの生活を守るので必死だっただけよ。
その現状を改善できなかった私たち王族に責任がある」
うわごとのようにそれでは駄目だ、と
カインは小さく呟き続ける。
まるでフレヤの言葉を聞いていない。
その姿は痛々しくて、フレヤは顔をゆがめた。
このまじめで優しい人を、こんなにも傷つけ悩ませてしまった。
カインに向かって手を伸ばそうとしたとき、
さっと黒い背中が二人の間に割って入ってきた。
カインは目を見開くと、腰に差していた剣を抜いた。
「哀れだな。
見境なく、主にすら噛みつくようになるとは」
チノだった。
みるみるうちにカインの表情が険しいものへと変わっていく。
「……貴様に、何がわかる」
「何もわからない。
当たり前だろう、他人なのだから」
うなるような言葉にチノは鼻で笑って返答した。
ぎりり、とカインが奥歯を噛みしめる音が聞こえた。
「どうしてここに……?」
「その話はあとだ」
チノは油断なく腰の短剣に手をかけていた。
爆発してしまいそうな殺気が空間に満ちる。
次の瞬間には、チノの体はカインを地面に押し付け、
上にのしかかるようにして首に抜身の短剣を突き付けていた。
月光を反射して刃が銀に光る。
「チノ、やめて!!」
「静かにしていろ、フレヤ」
カインは不自然に凪いだ顔だった。
短剣を突き付けられているというのに、
その顔にはなんの感情も浮かんでいない。
「殺すなら殺せ、ケダモノ。
私は、もう、疲れた」
乾いた声に言葉を失う。
人形のような表情はどこかかつての自分を思い起こさせた。
胸が引きちぎれてしまいそうなほど痛む。
一体自分はどこで間違えてしまったというのだろう。
「去れ。
お前の場所はもうここにはない」
チノがナイフを引き、上体を起こして、カインから退いた。
カインは無言で立ち上がると、静かに川を渡り始めた。
その姿は闇に紛れて見えなくなっていく。
「……カイン」
小さく名を呼んだが、騎士は一度も振り返らなかった。
彼の姿はステファンの時と同じように
闇に紛れてすぐに見えなくなってしまった。
チノも追うそぶりを見せない。
フレヤも、彼を追うことはいったん諦めて、
チノに向き直った。
「……どうして、ここにいるとわかったの」
「鼻はきく方だ。
おまえがここ数日、なんどかあの王と会っているのも
匂いで分かっている」
フレヤは無言になった。
やはりチノにはごまかしが通用しないようだ。
静かな空間の中、虫の音のみがその場に響く。
そのかすかな音は平和そのもので
明日、みなを死なせてしまうかもしれないという
未来など、まるでないもののようだった。
しかし、そんなことは己の願望だと痛いほどよくわかっている。
ステファンはやると言ったらやる男だ。
今までの経験で痛いほどよくわかっている。
彼は、殺すと言ったらすべて殺す人だ。
もはや、なすすべがなかった。
こんな自分だからこそ、カインも愛想を尽かして
ステファンの側についたに違いない。
そう考えてしまうほど心は弱っていた。
「そう、案ずるな。
おまえのせいではない」
「……慰めなくてもいいわ」
「違う。
あいつの心が弱いだけだ。
おまえのことを信じ切れず、
己自身も信じ切れていない。
……だから、あんなことになる」
静かだが重みのある言葉。
チノがまぎれもなく族長なのだと思い知る。
彼は、きっと今までこのような言葉で
皆を導いてきたのだろう。
そう思わせるような重みがあった。
かえろう。
そう音もなく唇だけ動かすと、チノは歩き出した。
「おまえが、あの王と何を話していたのかは知らないが、
おれはあの男とは違う。
お前を信じている」
ふわりと心が温かくなるようだった。
フレヤも彼を追って歩き出した。
絶望という名の明日に向かって。
- Re: マーメイドウィッチ ( No.97 )
- 日時: 2017/10/26 16:02
- 名前: いろはうた (ID: dY7SRODJ)
歌い終わったフレヤは、騎士たちとアルハフ族の前に立って
暮れ行く空を眺めていた。
不意に西の空に、大きな魔法陣が現れた。
身構える間もなく、ぞわりと滲みだすようにして
いくつもの黒い影が現れた。
フレヤはわずかに顎を引いてそれを見つめた。
思わず視線が上空に吸い寄せられてしまうが、
地上の人影を見つけて、唇をきゅっとかみしめた。
ここからでもわかる美しい姿。
悪魔はみな美しい姿をしているのだと
どこかの書物で読んだのを不意に思い出した。
あのような美しい容姿は、人間を狂わせ堕落させる。
しかし、攻撃はいつまでたっていてもこなかった。
ステファンは、両軍の間で立ち止まると、
軽く手を振って手招きのような仕草を見せた。
「……私を、呼んでいるのね」
「なりません、陛下」
ハイヴがすかさず声を上げた。
彼の顔には濃い疲労が見え隠れしていた。
騎士団長の彼でこの疲労感なら、
他の騎士たちは、もう一歩も動けないほどに疲弊しているはずだ。
それでも、歌の力と気力で無理にここまで引き立ててしまった。
視線をステファンに戻して、はっとした。
彼の近くにもう一つ人影が見えたのだ。
カインだった。
この距離からでも、彼の姿はすぐにわかった。
「ハイヴ、カインが!!」
「なりません」
フレヤは焦燥感でいっぱいになって、
思わずハイヴのことを睨みつけてしまった。
しかし、ハイヴの鋭い眼光に一瞬言葉を失った。
「罠でございます」
「見たらわかるわ。
でも、カインを見捨てろと言うの……!!」
「あれは裏切り者でございます。
なさけなどかける必要はございません」
ハイヴの顔は騎士団長のそれになっていた。
「……そう」
フレヤはかすれた声でつぶやいた。
ハイヴがわずかに視線の鋭さを緩める。
「ごめんなさい」
ハイヴがこちらに向かうよりも早く、
フレヤは歌いだした。
動きを止める歌だった。
その平坦な旋律を耳にした瞬間、
全ての騎士たちがピクリとも動かなくなった。
唯一自由に動く目で、どうして、と訴えてくる。
「彼も、私の剣なの。
私は剣を手放さないと約束したから」
そう言うと、フレヤはアルハフ族の戦士たちのほうを見た。
彼らは、特に異を唱える様子はない。
族長であるチノが進み出てきたからだ。
ついていく、と視線だけで彼は言った。
それに頷くと、フレヤはステファンに向かって歩き出した。
背後からいつものようにチノが影のようについてくる。
一歩一歩がとても重く、
だけどステファンとの距離はあっという間に縮まってしまった。
相も変わらず太陽神のような
神々しい美しさを保っているステファンの隣には、
やつれ果てたカインが影の様にうっそりと控えていた。
「私からの最後の譲歩だフレヤ様。
降伏か、死か」
「申し訳ないけど、ステファン様。
そこをどいて。
私は、カインに用があるの」
おまえなどどうでもいい、とでもいいたげなぞんざいな口調に
ステファンは一瞬表情をなくした。
しかし、すぐに笑顔の仮面を顔面に張り付けた。
「無駄だ、フレヤ様。
彼には私が暗示をかけているから
貴女のお言葉など届かないよ」
ステファンの言葉を無視して、一歩前に進み出る。
カインがそれを見て、一歩後ろに下がった。
「私の騎士、私の剣、
まだ折れていないなら、私の手に戻ってきて」
カインの生気の宿っていない目に
一瞬炎のような激しいものが宿った。
「……どの口が、今更!!」
「命令に従いなさい」
ぴしゃりとはねのけるようにして言うと、
カインは一瞬気おされたように口をつぐんだ。
命令されることに慣れた者の習性なのか。
しかし、すぐに我に返ったように
フレヤを睨みつける。
じわりと手に汗がにじむ。
「おまえなどいらぬと突き放したのは貴女様ではないか!!
まるで私などいない者のように扱う」
「それが、なに」
カインは一瞬何を言われたのかわからなかったかのように
ぽかんとした表情を見せた。
「私の騎士なら、私の剣なら、
私が使わないことがあっても、待っていなさい。
私のことを信じないで、何が騎士なのよ馬鹿!!」
髪の毛を振り乱して叫ぶと、
頬をうたれたかのようにカインが目を見開いた。
ステファンですら言葉を失って、事の成り行きを見守っている。
「剣を抜きなさい。
私への忠誠がもうないというなら、剣を捨てなさい」
低い声で命じると、
条件反射という風に、カインが剣に手をかける。
しかし、内心葛藤しているようで、
そこから剣を抜こうとはしない。
手が震えているのがここからでも見えた。
「無駄だ。
あの者は貴女を裏切った。
貴女の言葉など届かぬほど心を闇に堕とした」
「彼は、私の、騎士であり、剣よ」
次の瞬間、ステファンは驚愕で目を見開いた。
ゆっくりと己の胸のあたりに視線を向ける。
そこには鈍く光を放つ剣の切っ先が突き出ていた。
剣の持ち主は、カインだ。
「馬鹿、な」
ごぷっとステファンの形の良い唇で赤い雫が爆ぜた。
フレヤも予想外の事態に凍り付いていた。
カインの表情は今も苦渋に満ちている。
「術者に刃を向けるなどできない……!!
その前に、精神が壊れてしまうはずだ」
苦し気に呟くステファンの言葉にはっとする。
無意識のうちに彼をまた追い詰めてしまったのだと知り
さっと血の気が引いた。
カインは荒い息ではあるが、その目には
たしかに理性が宿っていた。
「私は、貴女様の騎士であり、剣にございます」
途切れ途切れにかすれた声で言われ、
胸がいっぱいになった。
ふふっと突如その場に笑い声が響き渡った。
いぶかしげに思っていると、後ろに控えていたはずのチノが
すっと前に出てきた。
かばうような動作に、警戒心を高めて前を見やる。
カインも異変を感じたように、
ステファンの体から剣を素早く抜いた。
笑っているのはステファンだった。
その切り裂かれた衣服の隙間から見えた傷口が
ありえないほどの速度でふさがっていくのが見えて
フレヤは小さく悲鳴を上げた。
「何を驚いているのフレヤ様?
私はダークエルフの末裔であり、彼らの王だ。
不死身であってもおかしくあるまいて」
そういって、彼はふわりと笑った。
何事もなかったかのように。
その瞳にはフレヤのことしか映っていない。
まるで恋するように熱烈に見つめてくる。
焦がれるまなざしは、ただの魂への渇望だというのに。
「それよりもまさか術を破られるとは思わなかった」
「私じゃないわ。
カインの強さよ」
「いいや。
貴女の言葉が、かの者の心を動かした」
ステファンが笑みを深めた。
とろけるようなほほえみにつららのような熱をはらんでいる。
「ますます貴女が欲しい。
だから、もう、待たない。
私は、十分に待った」
心臓を冷たい手で鷲掴みにされたような感覚。
アイスブルーの目は残酷でぎらついた冷気できらめいている。
彼はすっと手をあげた。
途端に上空からびりびりとした空気が落ちてくる。
空を覆うような巨大な魔法陣が
ゆっくりと形成されていくのが見えた。
この大きさでは逃げ場がない。
「安心して、フレヤ様。
この黒魔法は私たちの所には落ちない。
貴女の兵たちを一人残らず消し炭にするためだけのものだから」
軽やかに言われた言葉を瞬時には理解できなかった。
覚悟はしたはずだった。
だけど、今すぐこの場で膝を屈し、命乞いをしてしまいたい
衝動に駆られる。
彼らの命を奪わないで、と。
そんなことをしても無駄だというのは
痛いほどにわかっているというのに。
ただ己の無力さを痛感して、
天を呆然と仰ぐしかなかったフレヤの目に
新たな黒い点が映った。
その黒い点は徐々に大きくなる。
フレヤは声もなくそれらを見つめ続けていた。
いぶかしく思ったのかステファンも一瞬ほほえみを消して
背後を振り返る。
空には何匹もの龍が空を飛んでいるのが見えた。
ぐんぐん近づいてくるいくつもの色鮮やかな龍たちの中で
ひと際美しい白龍の姿が目に留まった。
その頭の上に黒い人影が見えた。
あの威風堂々とした傲岸不遜な立ち振る舞い。
あれは、まさか。
いや、そんなことはありえないはずだ。
少し前に袂を分かったはずの人の姿だ。
「……し、う?」
ダークエルフたちの攻撃対象が瞬時にこちらの兵から
龍たちに変わった。
しかし、宙をはためく旗のごとく
彼らはひらりひらりと猛烈な魔法攻撃をかわしている。
その隙に白龍がぐっと低空を滑空した。
猛烈な風が起こり、思わず目をぐっと閉じる。
「だから言ったであろう。
苦労をすると」
弦楽器のような豊かな響きが耳をかすめる。
次の瞬間、ステファンは人間とは思えないほど
素早い動きで地面を強く蹴ってその場から距離を取った。
一拍遅れて赤と黒を基調とした軍服に身を包む
吸血鬼の皇帝がその場に降り立った。
いつ見ても他を圧倒するような迫力と美貌を兼ね備えた
シウが立っていた。
呆然としているフレヤは、どうして、と
小さく呟くしかない。
「汝は、己が決めたことには折れぬ故、
どうせ止めても国に帰ってしまうだろうと思った。
今頃、配下の愚かな人間どもに裏切られて、
地下牢にでも閉じ込められているやもしれぬと来たのだが……」
シウの真っ赤な目がちらりとフレヤたちの背後を見た。
そこにはアルハフ族の戦士たちと騎士たちがいるはずだった。
「……汝は、裏切られなかったのだな」
「ええ」
「来るのが遅くなったことは詫びる。
我は、一度国に帰って、味方となる異形の者どもに
召集をかけてから、もう一度ここに来た」
そうだったのか。
フレヤたちが勝手にシウたちから離れたときに
追ってこなかったのは、単に見放したのではなく
さらなる味方を集めに国に戻っていただけなのだ。
「どうして、助けてくれるの」
小さく問うと、シウはフンっと鼻を鳴らした。
さらりと絹糸のような黒髪が軍服の上を滑り落ちる。
「勘違いするな。
これは我のためだ。
一度手を差し伸べた者を見捨てるなど
寝覚めが悪くてたまらぬ故」
偉そうなのにどこか子供っぽい言い方に
こんな時だというのに、思わず吹き出してしまいそうになった。
そんな様子のフレヤに気付いたらしく
シウは一瞬むっとした表情を見せたが
軽く息を吐くと、それに、と言葉をつづけた。
「我は、我とは違う汝の行く末を、
どうも見てみたいと望んでいるようだ」
人間を信用しようとして、その人間たちに裏切られ
陥れられ続け、人間を信じられなくなったシウ。
どれほど人間に裏切られても、歩み寄り、
差し伸べる手を下ろさなかったフレヤ。
対照的な二人は戦場で今、向き合って互いを見つめている。
白龍がまた低空を滑空して強い風が起きた。
強い風が二人の長い髪を揺らして去っていく。
空を見れば龍だけでなく、鴉天狗の者達や
見たことのない異形の生物たちが宙を舞っていた。
フレヤは、改めて視線をステファンに戻した。
絶望に染まりつつあった心に希望の灯が灯った。
勝てるかもしれないと。
しかし、彼女の顔はいぶかし気にわずかに歪んだ。
ステファンはまだ微笑んでいる。
フレヤに援軍が来たというのに、
その絶対的な勝者のほほえみはまだ崩れていない。
シウの乱入にもさほど驚いてはいないようだった。
「これは良い。
殺す人数が増えるほど、
希望が貴方の胸に灯るほど、
より高みからあなたの心を絶望に突き落とすことが
できるというものだ、フレヤ様」
「……知ってはいたが、下種な男だな」
シウは吐き捨てるように言った。
その目は油断なくステファンに向けられている。
やはり、ステファンの崩れない余裕に対して
何か感じるものがあるのだろう。
「そろそろ、始めようか。
絶望の宴を」
アイスブルーの瞳に絶対零度の光が宿り、
太陽神の姿をした悪魔はぱちんと指を鳴らした。
黒を帯びた紫の魔法陣のようなものが再び空中に現れた。
おんっ、と不穏な波動が地上からでも感じられた。
これは、まずい。
とてつもなく危険だと本能が告げるが体が動かない。
その空気の波動を危険だと判断したのか、
龍たちは一度、空中のダークエルフたちから距離を取ると、
空気を吸い込むような動作を見せた。
ボゴオウゥゥッッ
空気砲のような圧縮された息が龍たちから発せられた。
龍族のブレスだった。
それは、ダークエルフたちを散らすと、
空中の魔法陣に直撃した。
水晶のようなキラキラした粒子が宙に飛び散り
魔法陣の形がもやのようにわずかに崩れる。
それによって、ダークエルフの攻撃は
何とか防げたようだった。
思わずほっとして息を吐く。
「ずいぶんとクリームの様に甘い攻撃で
いらっしゃるようだ」
ステファンはくすくすと笑っている。
瞬時に散ったはずのもやは魔法陣を形作った。
言葉を発する暇もなかった。
ズガアァァァァァンッッッッ
それは稲妻のような猛烈な攻撃だった。
身体をふっとばされるような地響きに加え轟音と共に
鮮烈な光が当たりいっぱいに広がり
一瞬、視力と聴覚を失う。
視界が白と黒に明滅し、土煙の中、瞬きを繰り返して
ようやく視力が回復したころには、全てが終わっていた。
その場に立っているのは、フレヤとステファンだけだった。
ばっと背後を見れば、地面に倒れ伏し、
かすかにうめき声をを上げる
騎士たちとアルハフ族の戦士たちの姿があった。
前方を見れば、小さくかすれた声をあげて
色とりどりの龍が地面に横たわっていた。
自分の周りには、チノ、シウ、カインの三人が倒れ伏してる。
「みんな……っ!?」
「安心して。
貴女には傷一つ付けないから」
声を掛けられ、睨みつけるようにしてそちらを見る。
何事もなかったかのように柔らかな声で
話しかけてくるこの美しい男が
今何よりも恐ろしかった。
耳鳴りがする。
ぞっとするほど何の音もしない。
今、この状態を招いたのは自分だというのか。
「馬鹿な皇子。
東の果てで朽ちるまで暮らせばいいものを
フレヤ様の魂の輝きに魅せられて、
こうしてのこのことやってくる。
まぬけにもほどがあると思うのだが」
シウの誇りを踏み時るような言葉の数々に
彼は真紅の瞳を怒りできらめかせた。
しかしステファンにはなんの変化もない。
いくら血が薄くなっているとはいえ、
やはりシウの目の力の影響は受けないらしい。
「さて、フレヤ様。
宴を楽しんでいただけているだろうか?」
「ふざ、けないで」
怒りで声が震え、かすれる。
仲間は全員ダークエルフの魔法攻撃にやられたらしく
身体がしびれているのか身動きが取れないようだった。
その苦悶に歪む表情がから、
全身に激痛がはしっているに違いない。
フレヤには魔法の知識はないため、
どうすればいいのかなにもわからない。
本当に、何一つとして自分がどうすればいいのかわからなかった。
「美しい。
貴女が怒りで心を揺らすと
その目はどんな紅玉よりも美しい。
ずっとずっと眺めていたい」
どこか陶然とした口調でそう言うと、
ステファンはこちらを見つめてくる。
狂気じみているのに、その目は水晶のごとく
純粋で澄んでいるのが怖かった。
恐怖で震える指先をぎゅっと握りしめることで誤魔化す。
「私の指示一つで、彼らはたやすくこと切れる。
どうなさる?
私に、頭を垂れて、命乞いでもなさるか」
「……」
命乞い。
甘美な響きだった。
自分が頭を下げるだけで彼らの命が助かるのなら
いくらでも地面にこすりつける。
だが、この男はそんなことはしないと分かっている。
ステファンは、彼らの命を何とも思っていない。
フレヤの魂に彩を添える飾り程度にしか認識していない。
きつく唇をかみしめると、口の中に鉄の味が広がった。
思考はめまぐるしく変化し、最善の策を打ち出そうと必死だ。
だが、何も思いつかない。
圧倒的敗北だった。
「……私は」
フレヤは護身剣を抜いた。
夕日はとうに見えなくなっていて、
銀の刀身は己の青い髪を反射して青く輝いた。
「我が剣たちと共に、運命を共にする。
私の意思、誇り、命、魂、それらはあなたなんかに渡さない。
すべて私のもののまま、私は私として、終わる」
「それは許さないよ」
瞬時に距離を詰められ、強く手首をつかまれた。
間近に見るアイスブルーはもう何度目だろうか。
無機質なくせに美しいその瞳に何度この胸を焦がしたことだろう。
深くて暗くて、底の見えない目。
風が強く吹いて、揺れるステファンの前髪の毛先が
フレヤの額に少し触れた。
腰に回った腕は、少しもびくともしない。
ステファンがダークエルフの長だとか、王だとか
そういうことの前に、彼が男であるのだと強く意識した。
ただ、怖い。
力では、彼にかなうことなどないからだ。
精いっぱいの抵抗として、至近距離から強く睨みつけた。
ステファンの瞳にひきつった顔で睨む自分の姿が
反射しているのが見えた。
それこそ追い詰められた獣のような表情だった。
「っ……!!」
「その凛と伸びたまっすぐなまなざしを
完膚なきまでに折って、屈服させたい。
私のものだけにしたい。
その強いまなざしは、私にしか向けなくていい」
恋の睦言のごとくささやかれる言葉は
炎を氷で包み込んだような押し殺した調子で
せわしくなく囁かれる。
そのせわしなさがなぜか
ステファンの必死さの現れであるような不思議な錯覚を覚えた。
まるで、これでは、ステファンが狂気じみた
純粋な恋心をフレヤに抱き、愛を乞うているような
気さえしてくる。
気のせいだ、ただの錯覚であり、
ただのまやかしだと思いたいのに
ステファンの瞳はあまりにも澄み切っていた。
- Re: マーメイドウィッチ ( No.98 )
- 日時: 2017/10/31 00:35
- 名前: いろはうた (ID: Fjgqd/RD)
奥歯を噛みしめて、その輝きに囚われないように
己を強く保とうとしたその時、
フレヤの耳はここにはいないはずの人の声をとらえた。
『止まりなさああああああぁぁぁい!!』
「……っ!?」
「ぐっ!?」
それは北の領地に避難したはずの妹ヘレナの声だった。
全力で叫んでいるのであろう声は、
風に紛れて消えてしまいそうだというのに
確かに耳に届いた。
ステファンのほほえみが消え、
その顔は驚愕に染まった。
しかし、それはフレヤも同じだった。
ヘレナ、と妹の名を紡ごうとした唇は動かなかった。
体の自由が利かない。
首をねじって背後を確認したいのに、
指先一つ動かなかった。
これは、この声は。
二人とも不自然な体勢でいたため、
ぐらりとバランスを崩してしまうが、抗うすべはなかった。
フレヤはステファンの方に、ステファンはフレヤのほうに
向かって倒れていく。
フレヤの右手に持っている銀の短剣が
ゆっくりとステファンの左胸に吸い込まれていった。
手に肉を断つ独特の重い感触が響く。
ステファンが耳元で低くうめいた。
フレヤは、目を乾くほど見開いた。
しかし、二人は体の自由が利かないまま
なすすべなく地面に向かって倒れていく。
フレヤの目は空に向けられ、次々と空から地面へと墜落していく
ダークエルフたちの姿を映した。
なんだ、この状況は。
理解が追い付かない。
夢を、見ているのだろうか。
地面に倒れ伏す寸前に、ダークエルフたちの攻撃で
倒れ伏していたはずの騎士団の者達が
勇ましい雄たけびを上げてダークエルフ達にとびかかる姿が見えた。
「フレヤ様!!」
倒れ伏していたはずのカインが、
フレヤの体が地面に激突する前に抱き留めてくれた。
どうして動けるのか。
ダークエルフによる魔法攻撃を受けたのではないのか。
そう聞きたいのに声帯が凍り付いてしまったかのように
声が少しも出ない。
丁寧な仕草でフレヤの体を抱き起すと、
カインは素早くステファンと距離を取った。
しかし、ステファンは地面に倒れ伏したまま動かない。
それは、チノとシウも同じことだった。
おかしい。
姿は見えないが、どうやってここまで来たのか、
ヘレナの声で間違いない。
彼女には異形としての特殊な力はないはずだ。
仮に、その力に今まで気づけなかっただけであったとしても
異形の力は人間にしか効かない。
しかし、今この状況だけをみると、
まるでヘレナの声が異形の者にだけ効いているように
すら思えてくる。
「お姉さま!!」
馬に乗ったヘレナがこちらに駆けてくるのが見えた。
声を出したいのに、わずかに吐息が漏れただけだった。
少しもたつきながらも馬から降りると、
ヘレナはこちらに駆け寄ってきた。
彼女の長い金髪が風になびいて広がる。
彼女ははっとしたようにフレヤから視線を外した。
いや、ステファンの存在に気付いたのだ。
その表情は驚きと恐れに染まった。
カインは、フレヤを地面に横たえると剣を手に取り、
ヘレナを手で制した。
ゆっくりとステファンに近づき、
地にうつ伏せているステファンの体を剣でひっくり返した。
ステファンが呻いた。
まだ生きているのか。
信じられない。
偶然とはいえ、フレヤの短剣はステファンの心臓近くに刺さった。
普通の人間なら息絶えている。
これがダークエルフの力だというのか。
しかし、そのかんばせには先ほどまでの余裕はなく、
痛みのせいか苦悶の表情を浮かべている。
「ぐっ……ぅ……」
カインは油断なく剣の切っ先をステファンに向けている。
ステファンの顔からは生気が消え失せていた。
澄んだアイスブルーの瞳は焦点を結ばない。
誰の目から見ても、
ステファンに死が近づいているのは明白だった。
「私は……死ぬのか……」
ぜひゅーぜひゅーと小さく乾いた風がステファンの
青白い唇から洩れる。
フレヤは、ようやく少しだけ動くようになってきた
身体をなんとか動かそうとした。
ステファンの左胸には深々と銀の短剣が突き刺さり、
真っ白な軍服には赤いしみが広がっていた。
それは見ている間にどんどん広がっていく。
自分は不死身だと言っていたステファンが
瀕死の状態になっているのは、魔を断つといわれている
銀の剣のおかげなのか。
それとも、人魚の魔女の、
王子の心臓をつきさせば人魚姫の命は助かる、という
呪いのせいなのか。
フレヤには何もわからない。
アイスブルーの瞳は夜空を映したまま閉じていく。
「私は、ただ、
……魂から強く愛し……愛されたかっただけなのに」
愛を知らぬ孤独な男の唇から最後の吐息が漏れた。
しばらく、誰も声を発しなかった。
誰も動けなかったと言った方が正しい。
咄嗟に目の前で起きていることを理解できなかったのだ。
やがて、遠くから声が聞こえた。
それは、騎士団の雄たけびなのか、
主を失ったダークエルフたちの悲鳴なのかはわからない。
フレヤは目を閉じた。
そして目を見開いて、己の手で殺してしまった
最愛の人だった王をもう一度見つめた。
その美貌は月光のもと光り輝くようだった。
ステファンの閉ざされた瞼の端には
ひどくきれいな雫が浮いていた。
フレヤの目じりからも、すっと雫が零れ落ちた。
なんの涙なのかはわからない。
吐息が漏れた。
声にならなかった。
ふらりと傾いた体を、体を起こしたチノが受け止めてくれた。
身体がようやく動くようになってきた。
ゆっくりと瞬きを繰り返し、焦点を合わせる。
フレヤは事実を受け止めた。
コペンハヴン国の勝利だった。
- Re: マーメイドウィッチ ( No.99 )
- 日時: 2017/10/31 22:00
- 名前: いろはうた (ID: CkpTUGPA)
ヘレナは大人しく北の地に避難したように見せかけて、
民の避難を確認した後、すぐに国境に向かったらしい。
「私が、自分の声の力に気付いたのは……
……カルトのおかげです」
フレヤたちは一度本陣に戻った。
ダークエルフ達は、騎士たちによって
一人残らず切り伏せられてしまった。
しかし、まだ援軍が残っているかもしれないから
という理由で国境近くに留まったのだ。
フレヤとフレヤは、たき火を囲んで
温かい紅茶を飲んでいるところだった。
温かなカップが冷え切った指先に
じわじわと温もりを与えていく。
ヘレナの近くに座っているカルトが途端にでれっと相好を崩した。
おそらく、ヘレナに名を呼んでもらえたのが嬉しかったのだろう。
「どういうこと?」
「私の力はお気づきかもしれませんが、
人間以外の血を引く者にのみ効くようです」
フレヤたちが城を出立する際に、カルトの姿が見えず
遅れてタイに戻ってきたのには目を瞑った。
大方ヘレナに別れのあいさつでもしているのだろうと思ったのだ。
実際、カルトはヘレナに会いに行っていた。
その時、ヘレナはカルトに頬ずりをされそうになって、
近づかないで!!、と強く言った際に
彼が吹っ飛んだことによって力に気付いたのだという。
そう言いえば、ヘレナは王宮で共に暮らしていた際には、
フレヤに対して何かを強く言ったりすることはなかった。
花の精のように愛らしくおしとやかな姫君だったのだ。
ヘレナの声はフレヤに大きく影響を及ぼせたはずだが、
フレヤに強く何かを言うことがなかったので
力に気付けなかったのだ。
ヘレナは、見た目は人魚の末裔というよりも金髪碧眼という
人間の王族としての見た目をそのまま受け継いでいる。
誰もがヘレナには特別な力がないと思い込んでしまっていたのだ。
「な?
妹のこと、もっと信じろって言ったろ?」
飄々とした笑みに得意げな色が混じる。
今回ばかりは、カルトの言うとおりだった。
ヘレナの力がなければ、全滅していた。
ただの偶然だった。
だが、運命だったのかもしれない。
カップをもつ手が震えた。
肉を断つ感覚がまだ手に残っている。
目を伏せる。
偶然だろうが運命だろうが、この手でステファンを殺したのだ。
嘆くでもなく、恐れるでもなく、
フレヤは静かに認めた。
その事実が何度も自分の中で反芻している。
「ヘレナ。
ありがとう。
貴女のおかげでこの国と私たちは助かった」
「そ、そんな!!
お姉さま顔を上げてください……!!」
顔をあげれば、ヘレナの慌てた顔が目に入った。
いつも微笑んでいる印象の強いヘレナの
新しい表情を見て新鮮な気持ちになる。
フレヤは紅茶を飲み干すと、立ち上がった。
「このまま何もなければ、明け方には城に戻るわ。
今のうちに体を休めておきなさい」
「はい、お姉さま」
じゃあ、おれが四六時中見張っていてあげると
抱きつこうとするカルトを押しのけながらヘレナがうなずいた。
カルトの扱いが前見た時よりも手慣れたものになっている。
フレヤはどこかほほえましい二人を横目で確認した後、
自分のテントに向かって歩き出した。
騎士たちやアルハフ族たちは思い思いに体を休めている。
その様子をわずかに笑みを浮かべながら見つめ、
彼らの隙間をぬって歩いた。
フレヤの姿を見て騎士たちは慌てて居住まいを正し、
片手を軽く振って楽にしていい、と仕草で伝える。
目的のテントが見えてきた。
その前には沈鬱な表情を浮かべた騎士がいる。
彼がそこにいるとわかっていてテントを目指したのだ。
フレヤの存在にすぐ気づいた騎士は、
すぐに居住まいを正した。
「カイン」
名を呼ぶと彼はさらにピリリとした緊張をまとった。
長躯をぐっと折るとカインは低い声で言葉を紡いだ。
「……お待ちしておりました」
硬い声音だった。
その目には覚悟が見え隠れしていた。
カインは最低限身を清めただけの姿だった。
鎧は取り去り、シャツにズボンという
いつものカインにしてはラフな格好だった。
あれだけ騎士制服をいつも身に着けていたカインが
主であるフレヤに正式に面会しようというのに
この格好であるということ。
それは、騎士としてではなく、
カインという一個人の人間として
話をしたいということだろうか。
「……本日より、騎士の任を解任していただきたく存じます」
決意のこもった言葉はある程度予想のついていたものだった。
これだけまじめな人だ。
主を裏切って、何もなかったかのように
暮らせるような人ではない。
ふれやは、カインの前に立つと、小さく息を吐いた。
「あなたも私の護衛騎士として何年も過ごしているから
私のことはよく知っているでしょう。
絶対に、認めません」
「フレヤ様、今回ばかりは、話の次元が違います……!!」
カインの猛省っぷりは見ればはっきりとわかる。
今にも剣を抜いて自害しそうな勢いだ。
さて、この堅物な騎士をどう説得するかと、
フレヤは遠い目になった。
「あなたも、反省しているし、
今回の件に関しては、あなたを不安にさせてしまった
私の言動に責任があるわ」
「いいえ。
己が主を信じられず、あまつさえ裏切った者など、
万死に値します」
「私の剣」
静かに呼びかけると、カインは、はい、と小さく返事をした。
グレーの瞳は蝋燭の火のようにゆらゆら揺れている。
それでも彼はまだ、フレヤのことを主だと思ってくれている。
「あなたはもう折れてしまったの?
私があなたを握り、振るうことはもう許されていないの?」
「この命果てるまで、私は貴女の剣でいるつもりでした。
しかし、その刃を己が主に向けるなど……」
「剣とは諸刃の剣よ。
使い方を心得てなくて怪我をした愚かな主であっただけよ」
「そんなことは……!!」
カインは言い募ろうとして口ごもった。
彼はフレヤの表情を見て、迷うように口を開いた。
「貴女様は、いまだ私を剣だと認めてくださっているのですか?
また、貴女様に使っていただけるのだと、
夢見ることを許されるのでしょうか」
「最後の最後にあなたが選んだのは私よ。
もっとも、あなたがステファン様を選んでも
平手打ちでも体当たりでもして
目を覚まさせるつもりだったのだけれど。
あなたが私以外を選ぶだなんて、許さないわ」
フレヤは無表情でそう言ってのけた。
騎士はぽかんとした。
どうやら己の主が言った苛烈な言葉に
理解が追い付かなかったようだ。
やがてその顔に苦笑めいた、
何かを諦めてような、だけど温かな笑みが浮かぶ。
「貴女様は……やはり変わってしまわれたようだ」
城に戻ってから平穏な日常を取り戻すまでは少し時間がかかった。
安全を確認し、オスロ国から援軍が来ないのを見て
避難命令を解除した。
しかし、このままでいいわけがない。
避難を解除したからと言って、彼らが幸せな日常に
戻れるわけではない。
彼らの生活は一部の者を除いて、貧しい者が多い。
彼らの暮らしを改善しなければ何も始まらない。
大臣たちによる政治の腐敗もまだなにも変えられていない。
隣国オスロ国との関係も微妙なものになっている。
ステファンの遺体を丁寧に整えてから返上し、
あったことを包み隠さず全てオスロ国の大臣達に話した。
驚く者、怒る者、呆然とする者、さまざまだったが、
どうやらステファンは裏では冷徹なことで知られていたらしい。
どの者にもどこかでほっとしたような表情が
見え隠れしていた。
奴隷制度撤廃や、王族の在り方の再考など
オスロ国でも静かに変革が始まっているようだった。
女王のフレヤが直々にオスロ国に赴き謝罪し
事情を話したことが功を奏し信用はしてもらえた。
しかし、それで、関係は良くなったわけではない。
フレヤは両国の関係改善を進めながらも
国の改善に奔走していた。
そんなある日、ついにアルハフ族とシウたちの一行が
コペンハヴン国を今日発つと告げてきた。
フレヤは思わず書類にサインをしていた手がとまり
大事な書類にぽとりとインクを垂らしてしまった。
彼らは国を救ってくれた者たちとして
国賓として扱っていた。
好きなだけいてくれて構わないと伝えていたはずなので
もう出発するとは思わなかったのだ。
急いでメイドに言われた玄関に行ってみると
身支度を整えたシウたち東の異形の者達と
アルハフ族の者達がフレヤのほうを一斉に見た。
その中にチノの姿を見て胸に今までにないほど強い痛みが走った。
重いもので頭を殴られ冷水をかけられたような衝撃。
そうだった。
チノはアルハフ族の族長だ。
期間限定の護衛役であっただけで、
彼はいつまでもここに留まるような人ではない。
アルハフ族は流浪の民だ。
流れゆく季節と共に転々と土地を渡り歩いていく。
チノはその導き手でもあり守り手でもある人だ。
どうしてそれを忘れていたのだろう。
いや、忘れていたのではない。
忘れてしまいたかっただけだ。
「もう、行ってしまうの……?」
自分のものとは思えないほどか細い声が出た。
行かないでほしいと、その思いは伝わったはずだ。
だというのに、その場にいる者達は静かにうなずいた。
「我には異形の者のための国を作るという使命がある。
戦いの傷も完全に癒えた故、
ここにとどまっている理由はない」
そっけなく聞こえる言葉だが、声音には温もりがあった。
ふん、とメノウが鼻息あらく息を吐いた。
そらりとつややかな金髪を荒っぽくかきあげる姿は
すっかりアルハフ族のそれだ。
「私があなたを陥れた時、肥えている富裕層でもなく
苦しむ貧困層でもなく、あえて中間層を
味方につけたのかわかりますか?
彼らが、漠然を未来に不安を抱き、
漠然と現状に不満を抱きやすいからです。
せいぜい足をすくわれないように
気を付けることですね」
「……ええ」
言葉はきついがメノウなりの忠告なのだろう。
それには頷きながら答えた。
これ、メノウとたしなめるようにして言ったのは
アルハフ族の呪術師トンガだ。
祖母の叱責にメノウはむっと唇を閉ざした。
なんだか見ていてほほえましい。
二人の間のわだかまりがほぼなくなっているように見える。
「孫をすくってくれたこと、礼を言うよ」
「いいえ、礼は……」
改めて正面から礼を言われると照れて戸惑ってしまう。
うろたえていると、アルハフ族のみんなから
さざなみのような小さな笑い声が広がった。
それは決して嫌なものではなくて温かいものだった。
それを受けて、自然にほほえみが浮かんだ。
「私からも、ありがとう。
力を貸してくれて、嬉しかった」
その場に和やかな空気が満ちる中、
シウがくるりと踵を返した。
「では、我らはもう行く。
汝を妃とできなければ、ここにいる価値などない。
……いくぞ」
「あなた達が困ったときは、
今度は私たちが助けとなるから!!
だからいつでもまた来て!!」
黒衣をひるがえす背中にフレヤは叫んだ。
シウは一瞬ちらりとこちらを振り返ったが、
何も言わないまま王宮から出て行ってしまった。
しかし、その唇に笑みが浮かんでいたのは
気のせいではなかったはずだ。
「では、我らも去ろう」
「今までの非礼、許してとは言わない。
ただ全国民を代表して謝罪はさせてほしい。
ごめんなさい。
本当に、ありがとう。
どうかまた来て。
私たちはいつでもあなた達を歓迎する」
アルハフ族の面々はそれぞれに頷くと、
静かに王宮から出ていく。
フレヤはそれを見送ることができず、うつむいていた。
チノが自分から離れていく姿など直視できない。
何より、チノからは何も言われていないまま
去られることがショックだった。
泣くまいと唇をかみしめた。
「戻るぞフレヤ。
まだ公務があるのだろう」
「ええ。
……えっ……!?」
思わず勢いよく顔をあげてしまった。
クマができているな……と、フレヤの目の下のあたりに
手を伸ばしてくるその人を信じられない思いで見上げた。
「な、なんで、チノ。
みんなと一緒に出発するんじゃ……」
「おまえがいるのに、するわけないだろう」
即答だった。
呆然としてチノを見る。
「族長は……?」
「トンガに任せた。
メノウが補佐するから問題はないだろう」
「いいの、そんな勝手……?」
「フレヤが番だと言ったら、折れた」
唖然としてしまう。
どうやら、獣としての独特な文化もあるアルハフ族では
番の存在が何よりも優先されるらしい。
「傍にいてくれるの……?」
「何度言えばわかるんだ。
おれは、おまえが何を言おうとおまえの傍から離れな……」
チノの言葉は途中で消えた。
フレヤが勢いよくチノの体に抱きついたからだ。
人目をはばからない行動にさすがのチノも驚いたらしい。
言葉が降ってこない。
優秀なメイド達はさっと主の方から目をそらした。
そして空気を読んで、静かにその場から退散していく。
「……嬉しい」
「え……?」
「どこにも行かないでチノ。
ずっと傍にいて。
私を、離さないでいて」
チノの服がしわになるほど強く強く抱きしめる。
腕の中でしなやかな筋肉がこわばるのが分かったが
それでも離さない。
もう、離してなどやれない。
やがて、大きな手が頭を柔らかく撫でて
フレヤの顔をあげさせた。
熱を帯びた緑の目がひどく近くにあった。
その目に吸い込まれてしまいそうな錯覚に陥る。
「あ、いたいた。
フレヤー?」
「ちょっ、放しなさい!!
放しなさいったら!!」
気の抜けるような声が聞こえてきて、思わずそちらを見た。
見ればカインとその腕の中で暴れているヘレナの姿があった。
腕の中で暴れているのにもかかわらず、カルトは
ひどく楽しそうにヘレナのことを横抱きにして歩いてくる。
何故かチノの方から殺気のようなものが
ゆらゆらと立ち上っているが気のせいだと思いたい。
「……邪魔をするな、カルト」
「あー悪い。
ヘレナのことしか目に入らなかったわごめんな?」
呼びかけられた自分はどうすればいいのかと
チノに抱きついたまま固まっていると、
カルトの目がこちらに向いた。
「と、まあ冗談は置いておいて、
フレヤ、おれ、アルハフ族みんなとは行かないから、
そこんとこよろしくってだけ」
そんじゃ、と言うとカルトは去っていこうとしたが
フレヤは、カルト!、と慌てて彼を呼び止めた。
面倒そうにカルトが振り返る。
「なに、まだなんかあるの?」
「なんで」
「馬鹿なこと聞かないでよ。
ヘレナがいるからに決まってるだろ。
なー、ヘレナ―」
「くっ!!
離れなさい!!」
ぐりぐりと頬ずりしてこようとするカルトの顔を
全力で押しとどめているヘレナは必死の形相だ。
なるほど。
ここにも一人、番という特例を認められた者がいたようだ。
じゃ、というと、カルトは本当に歩き去ってしまった。
その腕の中にはとれたての魚のごとく
暴れるヘレナの姿があって、目を丸くするしかない。
ヘレナは、カルトといると本当の自分でいられるようだから
良いことかもしれない、と姉の観点から思ってしまった。
そんなことを考えていると、
腕の中からするりとチノの体が抜けた。
唐突な行動に寂しくなって思わずチノの顔を見上げたら、
額に唇が落ちてきた。
「……まだやるべきことが終わっていないのだろう?」
「そう、だったわ」
今の今まで忘れていたが、署名しなければならない書類が
山のように残っているのだった。
あわてて部屋に戻ろうとしたら、
すばやく手首をつかまれた。
見れば、チノが不機嫌そうに目をすがめている。
「おまえはすぐに女王としてのおまえに戻るから
面白くない」
「そ、そういわれても……」
拗ねたように言うチノがなんだか可愛らしい。
そう思っていたら、唐突にぐいっと引き寄せられた。
「……今夜、公務が終わったら、お前の部屋に行くから、
そのつもりでいろ」
耳元で囁くと、チノは手首をぱっと離した。
騎士団の鍛錬に参加してくると、スタスタとその場を去っていく
チノを呆然と見送った。
「そのつもりって……どのつもりなのかしら」
フレヤのつぶやきにこたえる者は、誰もいない。
コペンハヴン国は人魚の魔女の末裔の王国だ。
人魚の末裔の女王がたった年は、国は魔物から守られ
国交も広がり、国は豊かに栄えたのだという。
彼女の傍にはいつも狼のような黒衣をまとった護衛役が
ひっさりと控えていたそうな。
その女王は数年後に双子を生み、
彼らは互いを助け合う良き王になったのだという。
その髪は海原のごとく青く、その瞳は森よりも深い緑の
それは美しい者達だったそうな。
我らがコペンハヴン国に幸あらんことを。
ーコペンハヴン歴史書より一部抜粋ー
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