コメディ・ライト小説(新)

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  の甼
日時: 2019/01/06 23:15
名前: Garnet

題名は『  の甼』です。
『の甼』ではありません。

※次回更新分は、最新レスに加筆、という形で掲載させていただく予定です!
 一章分をキリのいいレス数に収めたいというこだわり。


Contents >>


【Citizen】(おもな登場人物 隣のかっこ内は誕生日)

氷渡ひど 流星りゅうせい  (12/23)
上総かずさ ほたる (5/4)

佐久間さくま 佑樹ゆうき
柳津やなぎつ 幸枝さちえ
 >>23(本編未読の方は閲覧非推奨)

志賀しが 未來みらい
小樽おたる あずみ
すぎうち たえ
池本いけもと ゆずる
柳津やなぎつ 睦実むつみ
 >>


○ひよこ
○てるてる522
○亜咲 りん
○河童
○上瀬冬菜
(敬称略)


 2018年夏 小説大会 コメディ・ライト小説部門 銅賞
 投票してくれた皆さん、ありがとう。正直、あまり実感がわいてないです

彼らがうまれた日◎2016年5月4日
執筆開始◎2016年5月7日

イメージソング
『Crier Girl&Crier Boy ~ice cold sky~』 GARNET CROW


*





 ──────強く、なりたい

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11



Re:   の甼 ( No.3 )
日時: 2016/05/14 20:07
名前: Garnet






 しかし、やはり、夢などではなかった。

「お話ししたいことがあるの」

 今日はひとりで土手を歩いていたんだけど、いつもの橋の前で、あの、青い瞳の少女と鉢合わせした。
 誰もいない河川敷に目をやって、正直ホッとしながら、階段のほうへ右向け右しようとしたのだけど、左腕の裾をちょこんと、引っ張られたのだ。おそるおそる振り向けば、ちょうど僕が昨日つまづいてしまったところに、彼女は器用に爪先を突っ掛けている。
 また、同じ色の世界に彼女は現れたのだ。今日も太陽は赤い色たちを集めて、彼女は青い瞳で、じっと僕を引き留めた。
 内心はバイブレーション並みにがたがた震えているんだけど、ここで逃げてしまってはいけないような気がする。だから僕は、ひきつる首筋を歪ませ、無理矢理にでも頷く。
 一瞬、二人の間に沈黙が澱んで、少女はそっと、小さな手のひらを解いた。

「あっちに下りようか」

 自然と口から出てきた言葉に、自分でも驚いた。怖すぎて冷静になっているのか、別の僕が僕を操っているのか、はたまた幽霊なんじゃないかと疑っていた彼女に触れられたことに、何処か安心なんかをしているのか。それは解らないけれど…………

「うん!」

 睫毛をふわり、綺麗な色の瞳に夕陽の光が灯ったのが、久し振りなほどに僕の心を揺さぶった。
 この子は、大丈夫だ。と。
 心なしかはしゃいでいる彼女は、慣れた様子で緑の斜面を滑り降りていった。僕も真似してみたら、昨日みたいに転んだりはしなかった。

「ねえ、今日はいつも一緒にいる子、どうしたの?」

 ブルーアイの彼女は、膝を揃えて座り、指を脚の前で組むと、訊いてきた。
 何かほかの感情が覗く、上目遣いで。

「あ、佑樹のこと、か? アイツ、風邪引いて寝込んでるらし……ってちょっと」
「ごめんなさい、あなたがいつも此処に来るとき、彼といるのが見えるから……」
「そ、それはそうだよね」

 ほんの少しだけ距離をおいて、彼女の斜め後ろに、僕も腰を下ろす。河の光を浴びる横顔が綺麗だ。
 仮病なのか本当なのかは知らないけど、佑樹は今日、風邪で熱を出して休んでいるので、一日中ひとりで過ごした。勿論下校のときも。別に困ることはない。いつだって、紙を捲れば美しい世界が待っているのだから。
 それでも、帰りが一人きりというのは、寂しかった。やっぱり、僕が悪かったんだろうか。

「…………あっ」

 夕焼けの感傷に足を取られそうになっていたら、彼女が僕のほうを向いて、声を上げた。
 首をかしげる。

「言い忘れてた。わたし、上総かずさほたる。あなたは?」
 「僕? 氷渡ひど流星」
 「リュウセイ?」

 やはり聞き慣れない名前なのか、ほたるさんが不思議そうに眉を寄せた。
 確かにそうだろうな、半ばキラキラネームだし。

 「ながれぼしの流星と、同じ漢字だよ」

 しかし、そう教えると、彼女は脚を倒して僕のほうへ寄ってきた。

 「へえ、素敵。ロマンチック」
「ロマンチック? 漫画の登場人物みたいで、僕は好きじゃないよ」
「……そう…あ、わたしの下の名前。ほたる、は平仮名だよ!」
「…………わかった」

 また静けさがかえってくる。波の音に吸い込まれそうだ。
 遠い記憶が懐かしくなって、暗くなってきた世界に目を細める。その表情に何か思ったのか、ほたるさんがまた、声をかけてきた。

「その制服、近くの中学のだよね? 何年生なの?」
「に、2年だよ」

 迫ってくる笑顔に思わずたじろいで、喉に言葉が引っ掛かる。

「そっかあ、同い年だ!」
「え、ほたるさんも中2なの? ……学校は?」
「………………行けないの」
「え……?」
「もう、2度と行けないの、たぶん」

 彼女がここに現れたのには、僕が彼女に出逢ってしまったのには、何か深い理由と意味がありそうだ。
 ほたるさんが俯いて、さらさらと髪が垂れていく。
 小さな手のひらが地面のクローバーを握り締めているのを見たら、こっちまで心が痛んできた。
 ──逃げたりなんて、するんじゃなかった。もっと早く、話を聞いてあげれば…………。

「ねえ、流星くん」

 自分は、自分が思ってるよりも、ずっとずっと、弱い。

「いろいろ、わたしに訊きたいことはあるよね」

 世界に張り付く夕方の色が、太陽を追いかけていく。

「でも、できれば……何も訊かないでほしい」
「うん、訊かないよ」

 僕が静かに頷くと、ほたるさんは心なしか強ばっていた表情を緩めてくれた。
 そして、乱れていた姿勢を正して、真正面に向かい合うように正座すると。

「……あのね、流星くん。わたしが、あなたを怖がらせてしまってまでここから離れなかったのには、訳があるの」

 これまでにないほど、柔らかい目元を引き締めて、じっ、と見詰めてきた。

「どうしようもないお願い、きいてくれる?」

 その真っ直ぐな顔にデジャヴを感じたのは、気のせいか。
 懐かしさに似た違和感に苛まれながら、間も作らずに頷いた。ともかく僕は、夕陽色の世界にひとりぼっちで閉じ込められたほたるさんを、助けたかった。
 何処か僕に似ているような気がする、ほたるさんを。
 いつのまにか、空の奥から群青が染まり始めていた。

Re:   の甼 ( No.4 )
日時: 2016/05/17 01:23
名前: Garnet

「あのね、わたし、ある人を捜してるの。でも、それが誰なのか思い出せないし、何処にいるかもわからない。」

 ?
 僕の小さな脳みそでは、この時点で容量制限の警告が発せられる。
 それでも、ほたるさんは話を続けた。

「わたしには、帰る家も、そこで待ってくれているはずの家族もいないの……だから、頼れるのは流星くんしかいなくて」
「えっ、なんで、」
「お願い、わたしといっしょに、その人を捜して!」

 涙ぐみながら、すごい勢いで手をとられ、握られた。…………いけないいけない、何も訊かないでと言われたばかりなのに、すぐに知りたがる。
 彼女の色白な肌はどうしようもないほど温かくて、充分すぎるくらいに僕を困らせた。
 この子の心が綺麗だということは、この1週間あまりの時の中でも理解できたつもりだ。でも、幾らなんでも無茶な頼みだと思う。頼む側も頼まれる側も何処の誰だかわからない人間を、ふたりで捜そうだなんて。ていうか、何で僕なんかと。
 応えに困って目を泳がせていたら、ついにほたるさんが、その青い瞳にいっぱいの涙を溜め始めた。

「やっぱり、だめに決まってるよね?」

 ぐぐっ、彼女が込み上げる熱を必死に呑み込もうとする。

「────そ、んな、泣かないでよ」
「だってぇっ……」

 どうしよう。
 こんなことしてないで、さっさとYesと答えてしまえと叫ぶ自分がいる。どうせ無理に決まってる、振り切って帰ってしまえと後ろ髪を引っ張ってくる自分もいる。
 本当は、他人に巻き込まれるなんて嫌だ。でも、それじゃあ、ほたるさんが僕を待ってくれていた意味が……。
 彼女は今も、涙を流すまいと唇を噛んで、僕を見詰めている。

「お願い…………このままじゃ、わたし、ずっとひとりぼっちだよ」

 ひとり、ぼっち

「ほたるさん」

 ぼくも、ずっとひとりぼっち。
 新しい教室へ足を踏み入れても、結局はずっと、そうなのかもしれない。
 佑樹にだって"あいつら"みたいに腐った笑いを向けられたんだ。
 誰にも解ってもらえなくて、信じてもらえなくて、信じたくもなくて、ずっと、ずっと………………。
 この子だって、今、同じ想いを抱えているのだとしたら?
 ずっと、ひとりぼっちで、この世界にいたとしたら?
 それなのに、僕が無駄に怖がって距離を置こうとしていたんだとしたら?
 もうそれは、逃げようのない真実こたえ

「わかった……僕といっしょに、その人を捜そう。何とか手だてを考えるから、それまで待っててくれないかな」

 宥めるように優しく応える。
 握ってくる力の弱まるほたるさんの手を、今度は僕が握り返した。
 すると、彼女の涙がすーっと引いていく。

「ほんと?」
「うん」
「ほんとに、ほんと?」
「ほんとだって」
「わ……流星くん、ありがとう! ほんとにありがとう!」

 綺麗に舞い散っていきそうなほど咲いた笑顔が、いきなり飛び付いてきた。
 ビックリしたのと力を入れ忘れてたのとで、呆気なく芝生の上に倒れ込んでしまう。
 けっこうな勢いで背中を打ってしまった。たぶん、リュックの中の英和辞典が犯人だ。
 いだだだ、とうめいていたら、ほたるさんが慌てて僕から離れた。

「ご、ごめんなさい! つい嬉しくなっちゃって……大丈夫?」
「へーき、へーき」

 また変な声を出しそうになりながら、情けなくも手を借りて、起き上がる。
 しかし、彼女の手を離した途端、痛みが何処かへと消え去ったのだ。

「……ん?」

 服の乱れを直しながら背中に触れてみるけど、痛くも痒くもない。
 気のせいだったんだろうか。

「どうかした?」

 暗くなってきた世界のなかで、悪戯でも仕掛けてきそうな明るい笑顔が覗きこんでくる。
 何でもないよ。
 ならいいけど。
 また、辺りが静かになって。

「……そろそろ僕、帰らないと」
「もう随分暗くなっちゃったもんね」

 名残惜しいけれど、もう家に帰らないといけない。
 自分のはもちろんだけど、遅くに帰ってくるお母さんの分も、ご飯を作らなくてはならないから。
 さっきよりも軽くなった身体で立ち上がって、リュックをせおいなおすと、彼女もすっと立ち上がった。
 よく見てみたら、結構身長の差があることに気づく。さっきまではすごく離れてたからか、背は同じくらいだとずっと思い込んでいたみたいだ。

「あ、ほたるさん」
「なーに?」
「お腹空いてるんじゃない? カップラーメンでもよければ、家に来なよ。上がるのが嫌なら、外で食べていいし」
「あぁ、ありがと、気持ちだけいただいておくね」

 ずっと此処にいたのなら、帰る家がないのなら、お腹くらい空いてるんじゃないかと思ったけど、そんな様子はないし、何よりも彼女自身が大丈夫だと言うので、今はこれ以上気にしないことにする。
 風が吹きこんできて、ワンピースと髪が大きく揺れた。
 ぼやける表情の向こうで、曇る明かりたちがちらちらと瞬き始めた。それは星だったか、街灯りだったか、それとも別の何かか。

「そう……無理しないで。じゃあ、また。明日も来るよ」
「うん、ここで、待ってる」

 透明な闇にほぐれる笑顔を見た気がして、冬のにおいのする草を踏み締めながら斜面を駆けのぼっていった。
 今日はすごくお腹が空いた。めんどくさいからカレーかシチューでも作ろう。

「わたしは、大丈夫だから」

Re:   の甼 ( No.5 )
日時: 2016/09/29 13:24
名前: Garnet







 ぼふり。
 パジャマで布団にダイビングする。
 カレーをぐつぐつ多めに作って、一人分でお腹一杯になってしまった。自分でも気づいてなかったけど、僕、実は少食みたいだ。
 うつ伏せは苦しいから仰向けになった。
 豆電球だけ点けた部屋の電気は、紐を揺らして影をちらつかせる。
 手を伸ばして探った先から目覚まし時計を掴むと、まだ8時半だった。いくら何でも早すぎたか。

──あのね、わたし、ある人を捜してるの。でも、それが誰なのか思い出せないし、何処にいるかもわからない

──お願い、わたしといっしょに、その人を捜して!
 
 身体の疲れはほとんどないけど、精神的にはかなり疲れたかもしれない。
 毛布を手繰り寄せながら、うたた寝に見た夢みたいな出来事を思い返してみたけれど、どうも心地好いものではなかった。
 …………帰る家がない、家族もいない。さらには、学校には二度と行けない。そう言うのに、毎日あんなに綺麗な格好をしている。
 そして、彼女が現れるときに度々起こる、あの現象。
 ほたるさんがいたところは一面芝生や雑草で、隠れるところなんて無かった。橋は近くにあるものの、あの下は立ち入り禁止の柵が張ってある。だから、あそこに潜むなんてもちろんのこと、くぐり抜けるなんてもっと難しい。
 それなのに、魔法のように現れたり消えたりするなんて。
 信じてあげたい、力になりたいと思う一方で、むくむくと別の何かが膨れ上がってくる。

──頼れるのは流星くんしかいなくて

──このままじゃ、わたし、ずっとひとりぼっちだよ

 僕なんかに頼るより、こういうことは"彼等"に頼んだほうが一番良いんじゃないだろうか。とも思う。
 ……このままでいると、考えすぎて頭がおかしくなりそうだ。
 電気の紐を引っ張って真っ暗にすると、不思議なくらい静かに眠りへ落ちた。








 佑樹は今日も学校を休んだ。熱がなかなか下がらないらしい。
 時期が時期だから、インフルエンザなんじゃないかと、クラスメートたちが騒ぎだす。
 流石に僕も心配になってきたけど、どんな顔をしてお見舞いに行けばいいのかわからないし、うつされたくもない。仕方なくまたひとりで1日を過ごし、昨日見つけた答えを、ほたるさんに伝えにいくことにした。
 日を追うごとに彩度の乏しくなっていく夕焼けに包まれて、彼女は大きな目をぱちくり、何度もまばたきさせる。
 その奥に光る瞳の色は、変わらない美しい青のままだった。
 僕なりに色々、考えたんだけどね。そう言うと、ほたるさんはその双眼を輝かせて、幼い子供のようにひょこりと座ったんだ。でも、僕がある8文字を発すると、たちまちその笑顔が陰を帯びていった。

「警察に行こう」

 無造作に座り込んだせいで、投げ出した脚の間から、ワンピースが風に小さく浮かぶ。

「………………けい、さつ?」

 枯れ行くシロツメ草のなかから、まだ生きている彼らを見つけたのだろうか。また、頭に白い冠を被っていた。
 表情の色を変えたほたるさんを見つめながら、僕もリュックサックをおろし、座って目線を合わせる。

「僕個人だけじゃ、どうしようもできないと思うんだ。こういうことは、プロに任せたほうが良いよ」
「流星くん───」
「家族だってきっと待ってるんじゃない? 家出なら、早く此処から、」
「流星っ!」

 突然彼女が声をあげる。
 今までに見たことのないような顔をしていた。

「頼れるのはあなただけなんだって、言ったのに……! どうして? わたしってそんなに信用できない?」
「ほたるさん……僕はそういうことを言ってるんじゃ」
「じゃあどういうこと?! 面倒なことは警察に押し付けて…………約束、してくれたよね? それなのに? 出会ったときだってそう、結局あなたは弱いだけなんだよ」

 その言葉は嫌になるほどストレートに、心を貫いていった。
 そう、僕は弱いだけ。
 乾く唇を湿らせたら、血の味が舌を這っていく。
 目の前で、あの子は立ち上がって。

「嘘つき……」

 視界の外で呟くと、音もなく背を向け、夕焼けを追って景色に溶けていった。
 この場所は、前と変わらぬ、何の変哲もない、ただの河原に戻ってしまった。時間差を作って、後悔と、空しさと、情けなさがのし掛かってきて息苦しい。
 この感情は、昔から、もう何度も味わってきた。
 慣れたつもりだった。
 傷付くことに。
 でも、今この瞬間は、今までのどの場面よりも心が痛い。倍に痛い。
 だって今度は、相手まで傷つけたんだから。

「そう、僕は弱いままなんだよ、ほたるさん」

 重い荷物を肩に引っ掛け、僕は何度も転びそうになりながら斜面をのぼっていった。今日はお母さんが早く帰ってくるから、ふらついても足を引きずりながら家を目指す他ない。
 疲れを滲ませるサラリーマン、大きなエナメルを抱える他校の中学生、小学生、膨らんだ買い物袋を指に食い込ませるおばさん……すれ違う通行人たちが、ひとつだけ、願いを聞いてくれるとしたら、頼みたいことがある。

 誰か僕を、思いきり殴ってくれ。




 

Re:   の甼 ( No.6 )
日時: 2016/09/29 13:28
名前: Garnet





「流星」

 手元の本へと伏せていた目を、僕を呼ぶ声のほうへ向けた。眩しさに目を細める。

「色々、ごめんな」

 昨日まで高熱に魘されていたらしい、少し大きいマスクを付けた佑樹が、席の前に立っていた。
 ほとんど目元しか見えないけど、すっかり快復したみたいだ。
 僕たちのほかには誰もいない教室へ、青い空との境界線を溶かすかのように、白銀の光が差し込んでくる。

「オレ、心が汚いからさ、そういう話を信じられないんだ。信じたいとは思うんだけど、何処かで馬鹿にしてしまう自分もいる。……あと…………お前の過去のこと、母さんから聞いたよ」
「な、何でっ」

 そのひとことに、肩がビクリと跳ねる。
 押さえていた本のページがあっという間に早送りされ、寒々しい裏表紙のみが取り残された。

「勤め先が近いのは知ってるだろ? それで、あっちの駅前のカフェで会ったんだとさ」

 佑樹は、僕の過去のことを語りはしなかった。
 同情ならしないでほしい。申し訳ないけど、解ったふりをされるのは癪だし、そういう目で見られるのも嫌だから。
 そして何より、自分自身が情けなくなってくるから。

「そのこと、誰にも言わないでくれるなら、これからも友達でいたい」

 だから、今の僕にはこんなことしか言えなかった。

「……え? あ、うん、ありがとう」
「何マジな顔してるの」
「あ、いや、うん……勿論、母さんと妹には口止めさせておいたから。でもさ、母さんに怒られちまったよ。だれがそんな大事なこと言いふらすか! ってね」
「……」
「痛感したわ、オレって、すんげー子供だなって。もうさ、大人になれる気がしない」

 しん、と空気が流れるのを止めて、僕たちに絡みつく。

「いや、子供なのは僕のほうだ」

 大人になりたいと思った。大人になれないと思った。
 どうせなら、ずっと子供のままがいいとも思った。
 押し潰した声は、俯く佑樹には届かない。
 今さら気づいたけど、わざわざ走って学校に来たんだろうか。随分髪が紊れている。
 それからのこと、もう冷たい空気を感じることはなかったものの、僕たちは、ほたるさんのことを一度も口にしなくなった。
 気を遣いたかったのか忘れてしまいたかったのかは知らない。
 このまま彼女の存在が消えてしまったらどうなるのだろうと、馬鹿なことまで考えてしまう。








 昼休みの終わりごろ、朝の快晴が嘘のように、突然分厚い雲が立ち込めて霧雨が街をすっぽりと覆い隠した。
 外体育で持久走が始まる予定だったから、僕としては……いや、大半がラッキーだと思っただろう。
 しかしその代わりに、ここぞとばかりに保健の授業を詰め込まれる。自習時間を期待していた身としては少々残念だ。
 まあ、体育館で走らされるよりはましだと思うことにする。
 普段の授業とは比べ物にならないほどスカスカな板書をとりながら、紺青色のフィルターの掛かる窓の向こうを眺めようとしたけど、室内の明かりが反射してまったくと言っていいほど見えない。
 ジャージ姿のみんなが異口同音に寒いと言うので、先生が暖房を付けてくれた。清掃の時間になった今も、窓は開けたくせに、変に粘ってクラスメートは消したがらない。
 そういえば、もう冬みたいなものなんだよね。

「にしても、雨が降るなんて聞いてないよ……天気予報マジクソ。傘持ってきてねーし」

 教室の後部に押し付けられた机たちの陰。
 汚い色に濁るバケツの中に雑巾を突っ込みながら、目の前の佑樹がぼやく。
 僕も雑巾を放り込んで、指先でぐるぐる渦を立てた。
 小学生のとき、誰かが「洗濯機だ〜」とか言ってふざけてたっけ。

「職員室に借りに行ってももう無いだろう。さっき他のクラスの人が通りかかったとき聞こえてきたけど、あと数本しか無いって言われたって。意外とみんな、学校の物でも構わないって借りてってるらしい」
「うっわ、ひでーの。この雨、めっちゃびしょ濡れになるやつだろ?!」
「僕は折り畳み傘を常備してるから……男同士のせまーい相合い傘が嫌なら、ひとりで濡れて帰ることだ」
「ハイハイ相合い傘お願いしますー!」

 怒りながら笑ってくるので、こちらまで笑いたくなってくる。
 真っ黒な雑巾をつまみ上げてじょぼじょぼ言わせながら、ジャージを捲って鳥肌が立つ彼の腕に水をお見舞いしてやった。案の定喚くから面白い。
 …………と。

「ちょっと男子! 騒いでないで掃除しなさいよ!!」

 僕たちを含む男性陣に向け、女子高志望の学級委員の怒号が廊下まで響き渡っていく。まあ僕のことは見えてないだろう。物理的にも心理的にも。

「ほんとアイツウザい。昭和の学級委員って感じー」
「わかる、つーか昭和ってウケるなそれ」

 男子か女子かわからない、小さな声が何処かから聞こえてきた。机の端から確認してみたけど、当の本人は全く気づいていない様子。
 ああいう人は、事実を知ると僕みたいな人間に降格するだろう。14年間生きてきた経験上、きっとこの予想は的中する。
 しかし、彼女はそんなこと認めたくないはずだ。だから僕も見ないようにしている。あの人のことを。
 そんなことを思っているうちに、僕の脳裏にも人影が掠める。残像が痛い。

「佑樹、傘のなかに入れてあげられるのは、橋の前までだから」

 まだ真っ白な雑巾をかたく絞って立ち上がり、机の影から離れて……僕は佑樹に無感情な声で云う。
 一瞬首をかしげたその人は、何言ってんだよ、と春を泳ぐ綿雲みたいに笑った。
 僕も笑っておこうと思った。

Re:   の甼 ( No.7 )
日時: 2016/06/13 23:57
名前: Garnet






「んじゃ、ありがとな」
「ああ、また風邪引いたりするなよ」
「バカだからこれ以上引かねーわ!!」

 いつもの橋の前に着いて、佑樹は黒い傘から出ていってしまった。軽く手を振って、"馬鹿"みたいに速い足で小さくなっていった。
 やっぱり家まで送っていけばよかったかな。酷くなってきた降り方にそう思ったけれど、青白い靄の中へ人々は消えていた。まるでファンタジーの世界に取り残されたみたいだ。
 そして僕は、意味もないのに河原へ下りる。橋の下に掛かる鉄柵の中はもちろん覗いたし、枯れ草の生え揃うこの場所を流れに添って歩いてみたりしたけど、誰もいやしない。

「もしかして、ほたるさんは本当に消えちゃうの?」

 足元の萎びきったシロツメクサを眺めながら、特に何の気持ちも込めずにあふれた言葉。
 それらが雨に打たれた途端、世界の音は何も聴こえなくなったし、かなり息も詰まった。目も見開いてたかもしれない。
 そして同時に、姿勢をバサバサ正しながら何度も辺りを見回していた。彼女が今までここにいたという証拠は何か無いものかと。
 よく、小説やドラマ、学校の人たちが話す怪談話とかで、こんな話を聞く。この目で見て声を聞いて、触れもしたのに、ある日を境にその者は姿を消していて、彼等の存在していた証拠まで全て消えている、ということ。彼等を通じて関わった人間の記憶まで抹消される、という場合もある。8割くらいは作り話なのだけど。
 ……フィクションを信じて、今度は物を探す。よく彼女が作っていた、シロツメクサの冠だ。ほたるさんの性格からして、川に投げ捨てたりはしないはずだから。

──頼れるのは流星くんしかいなくて

──嘘つき……

 笑う顔、泣きそうになった顔、試す目、信じる目。
 あっちこっちに点々と揺れる、丈の長い雑草が茂る場所を、いくつもいくつもかき分けた。傘なんて放り投げて。
 僕は、彼女を見捨ててしまったんだ。自分の弱さに蓋をして、キレイな言葉を繕って逃げようとした。いや、もうにげてしまったんだ。じゃあ、またひとりぼっちになってしまった彼女はどうなる?
 独、迷、悲、傷、忘、消────死。
 その結論に至った瞬間、自分の無力さに腹が立ってさえきた。立ち尽くすこの身に涙が打ち付けて、どんどん制服を冷たくしていく。
 泣くなんてことはできなかった。








 学校には腕時計も携帯電話も持ち込み禁止だから、具体的にどれほどその場に踞っていたかはわからないけど、随分長い間だということは確かだった。
 17時を知らせるチャイムが街中に響き始めて、それと同時に、雨脚もすっと遠退いていくのがわかる。風邪引くなよと他人に言っておきながら、これじゃあ自分が盛大に風邪を引いてしまうじゃないか。
 やっと冷静な頭を取り戻して、広げたまま転がっている傘をちびちびと折り畳んだ。見上げた空は、まだ厚い雲で覆われている。
 見事に湿った上着を背中から引っ剥がし、Yシャツとカーディガンの上から鞄を背負って。
 ほたるさんを探したい気持ちは山々だけど、もうこんな時間だから、家に帰って夕飯を作らなければいけないし、その前に文具店へ、授業用のノートを買いにいかなくちゃならない。使いやすくて気に入ってるやつだから、わざわざ家から遠いところに毎度通っているんだ。
 重たい脚で立ち上がって、斜面に足の裏をくっつけ……ようとして気付いた。教科書たちが全滅しているかもしれないことに。けれどそれはすぐに杞憂に終わった。ジッパーを割いた中身は、100均で買ったプラスチックのケースに入ったノートやワークなどが数冊と、500円玉を忍ばせたペンケース、使っていないネックウォーマーくらいしか入っていなかったから。
 今日は宿題も無いから良いんだけど、僕ってこんなに置き弁野郎だったっけ?
 前の学校のときから使っているペンケースを開きながら、まさか中弛みとお友達になってしまったのではないかと不安になってきた。大人たちから、教室でわーきゃー騒ぐ伸びきった連中と一括りにされるのはごめんだ。
 指先に薄く冷たいのをズボンのポケットへ突っ込み、気持ちを仕切り直して、地面を蹴りあげる。
 いくら走っても、雨の匂いからは逃れられないけれど。






「198円のお返しです! ありがとうございました!」

 地元に根付いた八百屋みたいに眩しい接客で、ずっしりとお釣りを戴いた。この店には50円玉と5円玉がいらっしゃらないのだろうか。
 こんなことなら財布ごとかばんに突っ込んでくればよかった。
 一先ずポケットにじゃらじゃらお金を流し込んで、差し出されるビニール袋を受けとる。中身はたかがノート一冊と複合ペンのインク一本。
 この時間帯は小中学生が多いので、かなり騒がしくなっていた。
 後ろに並ぶ塾通いのついでっぽい男の子があくびしたのを見て、そそくさと店を出ていく。また店員の彼の爽やかボイスが聞こえてきて、もう暗い空に押し潰されるのが億劫になってきた。それに、もういい加減この格好は寒い。早く帰りたい。だから嫌でも歩き続ける。
 ……ここからもう少し街の端っこのほうへ行った先に、安い揚げ物屋があったな。このお釣りくらいでコロッケ3個は買えたような。前にお母さんとこの辺に来たとき、帰りに買っていってたんだ。
 じっくり夕飯を作る時間も無さそうだから、助かった。
 固く冷たいアスファルトをスニーカー越しに感じながら、人気の薄い、すこし寂しい方へ潜っていく。

「…………あ、そういえばこの辺って」

 名前も知らぬ落葉樹たちの箒の集団がいくつかあるのを横目に、佑樹が前に言っていたことを思い出した。
 古くから建っているこの辺りの大きなお屋敷に、おばあさんが一人きりで住んでいるらしいって。
 何か他にも聞いた気がするけど、全然覚えていない。ただ、良い印象を抱かなかったのは確かだ。
 まあ、明日また訊けば良いか。何はともあれ早くコロッケを買いに行こう。と、足を速めようとしたそのとき。
 静かに隣へパトカーが止まって、出てきた人たちが駆け抜けていった。僕何かしたっけと一瞬だけ焦ったのは秘密の話。
 彼らを細い視線で追うと、その先には、赤色灯の光を不規則に浴びる人だかりができている。
 何事だろうと僕も走っていくと、スマホに向かったりざわざわと好き勝手にくっちゃべったりしている奥、雑木林のほうで暴れている大学生ぐらいの男が、数人の刑事に地面で取り押さえられているのが見えた。男の服に真新しい赤のシミが大きく滲んでいるのが見えて、思わず背中が震える。

「ここから先は立ち入りを制限しています! 危ないですから離れ…………………」

 この場に濃くこびりつく雨の匂いと、赤い色と、彼らの険しい表情から逃げるように、僕はその場を走り去った。
 温かいコロッケを買って小銭は少なくなったけど、この恐怖感はちっぽけな心を覆い隠して離れてくれない。
 曇って聞き取れない無線の話し声が、今も遠くに流れているような気がしてくる。
 ニュースのなかにいたあの人達が、こんなに近いところにいた。それはあまりにも、あまりにも……。

「うぅ…………ぐっ」

 立っていられなくなって、近くの濡れたガードレールに指が触れた瞬間。誰かの呻き声が聞こえてきた。時々咳き込んで、靴と地面が荒く摩り合う音もする。
 少ない街灯が淡く道を照らす以外には何もみえない。

「……」

 しかし、また怖くなってきて、大通りのほうに向かおうと、ガードレールを飛び越えようとすると。
 斜め向かいの、立ち並ぶ一軒家の路地裏から、見覚えのある人影がよろけながら現れたのだ。
 ひどく乱れた柔らかい髪、土に汚れた白いワンピース。そして、彼女の、涙ぐむ虚ろな瞳は、その名前の通りに、暗闇に青く光をこぼしていて。

「ほ……たる……さん?」

 恐る恐る、掠れる声で呼び掛けたら、目が合った。何処かから、真っ赤な血が地面へ滴り落ちた。
 一秒も掛からずに答えが導き出される。さっきの人たちにやられたんだ。あの怪我じゃあ、すぐにでも手当てをしないと……。
 ガードレールを掴んでいた手に力を込め思いきり飛び越えたのに。
 彼女は僕に背を向け、走り出していた。
 …………いや、これは思いきり逃げられてるよね?

「ちょっとっ、ほたるさん?!!」


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