コメディ・ライト小説(新)

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乞い求めたはずの恋 【短編集】
日時: 2019/01/13 14:06
名前: 雛風 ◆iHzSirMTQE


 手を伸ばした。届かなかった。

 空を切る手を空しいと思った。憎んだ。
 
 好いていた人を恨み。

 求めていたはずの恋を無きものとする。

 そうすることで救われると。

 * * *

 こんにちは、雛風です。最近全然書いていないので、たまに短編を置いていく感じにしていきます。
かなり読みにくいと思いますが生暖かい目で見ていただけると嬉しいです←
 ジャンル雑多になっていく気がします。

〔 目次 〕

ラバーズ >>1-2

Page:1



Re: 乞い求めたはずの恋 【短編集】 ( No.1 )
日時: 2019/01/13 14:43
名前: 雛風 ◆iHzSirMTQE

 久しぶりの一人称多めの小説。急いで書いたやつ←


【ラバーズ】

 長滝水澄ながたきみすみさんは、学校でも結構人気のある女子だった。
 普通に可愛いし、普通に優しい。気づいたら誰とでも話しているし、普通に男子と仲が良く女子とも普通に仲が良い。女子、という観点では他に高嶺の花的な子がいるが、友人としての人気は男女ともに長滝さんが圧倒しているだろう。ただ、彼女に憧れ以上の感情を抱く者も多い。
 そんな女の子に、告白をされてしまった。
 朝日が廊下の窓から差してきて、まるでスポットライトが当たるかのように彼女の周りを明るく照らす。
 俺は、ずいぶん前から彼女のことを好きだった。他の奴に負けないほど前から。ただ、告白しようにも彼女の前には人気という壁がそびえている。まさか、そんな彼女から告白されるなんて思ってもみなかった。
 夢でも見ているのだろうか。我ながら気持ち悪い妄想である。
「あ、の……」
「あ……ごめん。えっ、と……」
「だ、から、その……吉岡君。もし良かったら、私と、付き合ってくれませんか」
 夢じゃなかったらしい。
 俺が呆然としていると、長滝さんは不安げに声を漏らした。彼女は頬を少し赤らめてうつむき加減になり、詰まりつつも言葉を紡ぐ。彼女の黒い目も告白直後は俺に向いていたが、羞恥心からか窓のほうに反らされた。羞恥を耐えるように唇を軽く噛んでいて、その目はどこか潤んでいる。長滝さんのその姿に自然と脈が速くなっていた。
 誰にでも愛想を振りまく彼女が、なぜ俺を選んだのか。思い当たる節は、色々ある。
 元々、俺の家と長滝さんの家は隣り合っている。同じ幼稚園に通い、卒園後も小中高と同じ学校に行っていて全て同じクラスだった。いわゆる幼馴染みである。
 小さな頃からよく二人で出掛けたり夏祭りに行ったりしていた。高校に入ってからは以前にも増して他の人たちが長滝さんの周りに付くようになり、あまり彼女に近づけなくなっていた。
「その……長滝さんが良いなら……」
「! ほんとにっ……? ありがとうっ」
 俺が返答すると、長滝さんの不安げな顔が一気に明るくなった。嬉しそうに頬を緩ませ、口許を手で隠しつつにっこり笑う。彼女の笑顔に誘われ、気づいたら俺も笑っていた。
 その後、告白からの交際という状況に俺も長滝さんも恥ずかしくなりお互い無言で一緒に教室に戻った。

 教室の前まで来ると何やら中が騒がしくなっていた。長滝さんは後ろで不思議そうな顔をしている。教室の扉を開けると、中で男子が二人取っ組み合いの喧嘩をしていた。
「お前が先に殴ってきたんだろ!」
「突っかかってきたのはお前の方だろ。つか、手加減してやったのにあんなんで痛がるとか弱すぎだろ」
「あ? だったらあれと同じ強さで殴ってやるよ!」
 喧嘩していた男子の一人が相手に殴りかかろうとする。他の男子が慌てて止めようとするが振り払われてしまい、拳が相手の顔へと勢いよく振り下ろされる。
「おい、止めとけ」
 しかしそれが顔面を打つことはなく、誰かの手に掴まれて収まった。凛とした声が教室内に響き騒音を一気に沈める。
 声の持ち主は、さっき男子の拳を受け止めた人、追萩香おいはぎかおる。同じクラスの女子で、目付きが悪く口調も荒いからかヤンキーだと思われている。
「……追萩さんってさ、強いよね」
「だねー。でも私はちょっと、怖いかなー」
「まあね」
 追萩が二人の仲裁に入り事を納めているなか、周りで女子が何人かコソコソと話していた。
 追萩は目付きの悪さや口の荒さ以外にも、常に無表情で周りの奴らに少し淡白だったり筋肉が結構ついてて物理的力が男子顔負けだったりする。だから多くの人間が彼女に近づかない。
 ただ、例外が一人いる。
「香ちゃんは怖くないよっ。香ちゃんピーマン苦手なんだよっ」
 後ろで様子を見ていた長滝さんが教室に入っていき女子の会話に物申しにいった。長滝さんが教室に足を踏み入れた瞬間、全員の目が彼女へ向いた。今まで張りつめていた空気が一気に緩和する。
「お前はアホか……それに嫌いだったのは去年までだし」
「今は食べれるのっ? おめでとー! 偉い偉いっ」
「殴って良いか」
 追萩は長滝さんの声を聞いてすぐにそちらを向き、彼女の言葉にツッコミを入れた。呆れてため息をつきつつ彼女のもとに行く。
 追萩に近づかない人間が多いなか、例外として一番すぐに出てくるのが彼女、長滝さん。二人の仲が良い理由は俺と同じで、二人が幼馴染みだからだ。
 追萩の家は俺や長滝さんの家とわりと近いところにある。ただ追萩は小さい頃から目付きが悪く雰囲気が悪い、他人をあまり寄せ付けないタイプだった。俺や近所の子達は両親から、彼女に近づかない方が良いと教えられ、そして俺たち自身も全く彼女に近づこうとはしなかった。
 しかし長滝さんは追萩と会ったその日からずっと、彼女に会いに行き続けていた。聞いたところによると、長滝さんの両親も追萩のことをさほど気にしていなかったとか。
 追萩も小中高と俺や長滝さんと同じ学校に行っていた。しかもほとんど毎年同じクラスだった。高校に入り俺がなかなか長滝さんに近づけなくなってからも、二人はずっと一緒にいる。

――追萩香は長滝水澄の用心棒である――

 こんな言葉がいつ生まれたのかは分からないが、真実か否かで言えば真実だろう。
 長滝さんの人気は時に危険を伴う。彼女に熱を上げている奴らが過激な行動に出たとき、追萩はそいつを殺しにかかる。
 彼女は長滝さんのことになると容赦しない。まず外見からして怖い上に、強いという評判もあって怖がられやすい。ある意味、長滝さんが危害を加えられる前に抑止力の効果も果たしている。
 ただ、追萩は見た目はヤンキーのようで、中身はクソ真面目なことで有名である。そして、見た目や態度に反してかなり優しい。男女関係なく困っていたら、不機嫌で仏頂面ながらも然り気無く助けてくれたりする。
 以前に他校の男子がカツアゲに遭っていたところ、カツアゲをしていた大学生の一人に飛び蹴りを食らわせたことがある。そこにいた仲間の大学生に殴り掛かられたらしいが、一蹴したとか。
 ただ、いつものごとく目付きの悪さが恐怖を与えたらしく、助けた男子は逃げていったらしい。こいつほど性格を容姿に邪魔されてる人間はいないと思う。
 俺は追萩とそれほど仲が良いわけじゃない。彼女は俺と長滝さんが付き合ったと聞いたらどういう反応をするんだろうか。
「…………」
「っ……」
 追萩へ目を向けていると、彼女がこっちを見てきた。まだ長滝さんも俺も、交際に関して何も口にしてないのに怒りの眼差しで凝視され、俺は慌てて席に戻った。

 放課後になると長滝さんはいつも追萩と一緒に下校している。しかし今日は長滝さんが追萩に一言断り、俺のところに来た。
「その……一緒に、帰らない……?」
「う、うん……良いよ」
 学校から出て長滝さんの隣を歩き下校する。学校から出るまでも、出て以降もかなり周りの視線が痛い。羨望の眼差しを受けて、改めてこの状況が希少だということを実感した。
「えっと、じゃあまた明日ねっ」
「うん……また明日」
 お互い緊張してあまり話せないまま家の前についてしまった。勿体ないことをしたな。もっと話しておけばよかった。けど隣に長滝さんがいるだけで、いつもの下校時間が楽しく思えた。
 長滝さんは笑顔で言い、お互いぎこちなくなりながらも手を振って各自の家に入った。

 それから頻繁に登下校を共にすることになり、俺と水澄ちゃんも慣れてきて最初よりはぎこちなさもなくなってきた。お互いに下の名前で呼ぶようになったが、女子に正真しょうまと呼ばれるのは少し慣れない。
 付き合い初めて一ヶ月くらい経ったが、やっぱり長滝さんの周りは彼女を見張っている人が多く、俺と交際していることはすぐにバレてしまった。そのことは学校内に光の速さで広まっていった。男子に殴りかかられそうになったが、追萩がそれを阻止してくれた。彼女の反応が気になったが、特になにも言及せず、睨みもせずいつも通りにしている。


「うわー……」
「今日の夕方は降水確率0%だったのにね……」
 八月のある日、放課後いつものように昇降口で靴を履きかえて帰ろうとしたが、外に出ると大雨が降っていた。あいにく俺も長滝さんも傘を持っていない。
「どうしよ……しばらく雨宿りでもしようか」
「そうだね……」
「やべ、すげー降ってんじゃん」
「走って帰ろうぜ」
「うわっ!?」
 後ろから男子たちが走ってきて肩がぶつかった。押されて前にバランスを崩してしまう。
「正真君っ!」
「っ……!?」
 前に転けて大きな水溜まりに落ちた。けど顔が地面にぶつかることはなく、俺の体は何故か水の中に飲み込まれていった。

 目の前は真っ暗で何も見えず、冷たすぎない心地良い温度の水が肌を撫ぜる。けど、特に息が苦しいわけではない。しばらく暗闇で水に流される感覚が続き、目の前に光が現れた。それは俺が流されるにつれて輝きを増していく。
「っ……ここ、風呂……?」
 光が強くなり眩しくなって目を瞑る。光の先に体が流され俺の体は水から上がった。波を打つ大きな水音がして体に水が伝う。たださっきまでの冷たさはなく、お湯が俺の周りを囲んでいた。
 見慣れた景色に目を見開く。さっきまで学校にいたはずが、今は自分の家の風呂場にいた。
「瞬間移動……? って、そんなことより水澄ちゃん置いてきちゃったじゃん」
 状況についていけず困惑しつつ目下の浴槽のお湯を見つめる。大雨のなか水澄ちゃんを一人残してしまったのを思い出して慌てて風呂場から出る。びしょびしょに濡れた服を脱いで体を拭き着替えて玄関に向かった。
 どういう訳かは分からないが、家に戻ってこれたなら傘を持っていけるからちょうど良い。玄関に行こうとしたが、途中キッチンに母親を見つけて足を止めた。あれ、今日は仕事が早帰りなのか?
「母さん……?」
「あ、正真。今日はずいぶん、早起きね。朝御飯食べていかないの?」
「え……? 朝御飯?」
 母さんは少し驚いて問ってきた。その言葉に呆然とするが、母さんはそんな俺を不思議そうに見ていた。
「いや、いま夕方の五時だろ」
「なに言ってるの……? 朝の七時前だけど」
 母さんは怪訝けげんそうにしてリビングの時計を指した。母さんの言った通り、時計は確かに午前六時五十分を示していた。
「どういう……」
「夜更かしして頭働いてないんじゃないの? 昨日ちゃんと寝た? まあ、いつもより早いからゆっくり朝御飯食べていきなさい 」
「あ、うん……」
 母さんに促されてリビングの椅子に座り朝御飯が出てくるのを待つ。日時を改めて確認しようとスマホをつけてロック画面を見る。そこには、さっきまで俺が過ごした日付が示されていた。時間はもちろん朝。もしかしたらスマホがずれているだけなのかもと思いテレビに目を向けるが、結果は同じだった。
 これはやっぱり、過去に戻ってしまったということだろうか……。
「お待たせ。ねえ、それなに? 何かのメモ?」
「え……」
 母さんは朝食を机に出したあと、俺の右手を見て問った。何のことか分からず自分の右手を見る。右手の甲には『9』と数字が刻まれていた。俺が書いたんだろうか。あまり見覚えがないが。マジックで書かれているのかと思い、手洗い場で洗うが全然落ちない。
「……もしかして」
 手洗い場の排水口に栓をして水を溜める。今の日付と時間を確認し、息を吸って水の中に顔をつけた。するとさっきのように水は俺を飲み込んでいった。
 暗闇が続き、しばらくしてまた光が前に現れる。流されるままに光の方へ行き、水から出る。
 が、出た瞬間に俺の体は前転して壁に頭がぶつかる。
「いってっ! っ……と、トイレ……マジか」
 頭を擦って目の前を確認すると、便器があった。洗面台の水からトイレの水に流されてきたのかよ……。
 何とも言えない不快感に見舞われるが、それよりもまずは日時の確認だ。濡れた服を脱いで絞りトイレから出てリビングに行く。テレビをつけて確認すると、さっきと同じ日で、時間はさっきの十分前だった。
 ここまでは良い。右手の甲を確認すると、前までは『9』だった数字が『8』に変わっていた。
「やっぱりか……」
 この手の数字はタイムリープできる回数なんだろう。いつの間についたのかは分からないが。
「あ、正真。珍しいわね、こんな早くに起きるなんて。というか髪濡れてない? 朝風呂でもしたの?」
 母さんがキッチンで朝食の用意をしつつ尋ねてきた。何でもない、といつものように返答する。朝食ができると食べて学校に向かった。もちろん傘も忘れずに。もう一度、授業を受けるのは少し億劫だが、水澄ちゃんと相合い傘をできるなら全然OKだ。
 その日は一度聞いた内容の授業をもう一度受け、以前したことと同じ事を繰り返した。今回は水澄ちゃんと相合い傘をして無事に雨のなか下校することができた。
 それからというもの、何か不都合があれば、タイムリープに頼ることが多々あった。そして手の甲の数は後二回になってしまった。
「ねえ正真君。その数字、前は6だったよね?」
「え、あ……うん」
「何かのカウントダウン?」
 水澄ちゃんは俺の右手の甲を指して不思議そうに言った。さすがにずっと一緒にいれば疑問に思うよな。
 けど、本当のことを言うわけにもいかない。仮に言ったとして信じてもらえないと思うが。
「ま、まあそんなところかな」
「そっかっ」
 水澄ちゃんは俺の返答を聞いて、疑うこともなく微笑んだ。近くにいた追萩が疑わしげに俺を見ていたが無視して水澄ちゃんと他愛もない話を進めた。
 
 * * *

「明広ってさ、今気になってる子いるでしょ?」
 長い黒髪を揺らして、美少女はそう言った。彼女は黒坂優月くろさかゆづき、学校の高嶺の花として君臨している。成績優秀で眉目秀麗、性格も良いらしく、校内どころかどこでも人気をかっさらっていく。
 ただ、俺は少し彼女が苦手だ。普通にしているように見えて、鈍感なように見えて、その実、その目は鋭く相手の最奥まで見透かしている――気がする。
「……まあ、女の子は皆可愛いし俺も惚れちゃうわけよ。優月ちゃんのことも好きだしね。……! そうだ、今日の放課後よかったら俺とディナーでもどう?」
「相変わらず明広って変わってるよねー」
「え、無視?」
「ずっと誰彼構わずナンパしてるけどさ、一人に熱上げたりしないの? 例えば――水澄ちゃん、とか」
 こういうところだ。彼女は異常に鋭い。手中にある信者の情報網を使ったわけでもないのに、誰にも言っていないようなことを言ってのける。
「……さっきも言ったように俺は全女性を愛し」
「そうやって誤魔化してるから、吉岡君に先を越されちゃったんじゃないの。最近ずーっと元気ないの、そのせいでしょ?」
 優月ちゃんは俺の言葉を遮って問い詰めてきた。気づいてたのか。
 吉岡が水澄ちゃんと交際したときいて落ち込んだが、一応周りにバレないように普段通りやっていたつもりなんだが。
「……まあ、な。でもまあ、それは優月ちゃんには関係ないことだし」
「……私が手伝ってあげようか」
「え? いや何言って……」
 彼女はいたって普通に、提案してきた。いきなりの変わった申し出に唖然として優月ちゃんに目を向ける。手伝うって、つまりは水澄ちゃんと吉岡の邪魔をするってことだろ……?
「大丈夫だよっ。ちゃんと上手くやるから」
「いや待てって、そういう問題じゃ」
「でも好きなんでしょ? このまま諦めちゃうの? せっかく私が味方するんだから、ちょっとくらいはやってみようよ?」
 優月ちゃんはグイッと近づいてきた。押されて机の上に座らせられ、彼女に頬を撫でられる。
 優月ちゃんの目が俺の目を捉えた。獣を食らう兎の目。愛らしくも歪んでいて、どこか魅力的なソレに、気づかない内に捕らわれていた。
 ヒエラルキーの上層に君臨する彼女なら、使えるものは腐るほどある。もし本当に彼女が俺についてくれるのだとしたら――いけるかもしれない。彼女が言うように、本当に、滅多にない好機だ。
 頭の中で思考が渦巻き、優月ちゃんの言葉が甘くとどろき脳に溶けて染み渡る。
「…………」
 気づけば俺は頷いていて、目の前で彼女は満面の笑みを浮かべていた。

Re: 乞い求めたはずの恋 【短編集】 ( No.2 )
日時: 2019/01/13 14:35
名前: 雛風 ◆iHzSirMTQE

 * * *

 放課後、先生から頼まれて資料室に荷物を運びに行くことになった。水澄ちゃんは先に追萩と一緒に帰っていった。先生は荷物が多いということで、もう一人頼んだらしいんだが……。
「吉岡君とこうやって改めて話すのは初めて、かな?」
「そう、だね……」
 そのもう一人、というのは黒坂さんだった。幸い放課後で人も少ないから誰かに睨まれるなんてことは避けられている。これが普通に生徒が行き交う時間なら俺は黒坂さんのファンから膨大な恨みを買っていたかもしれない。
「クラス一緒なのに、全然仲良くなれてないね……これを機に仲良くなっちゃおうかっ」
「えっ……ま、まあ……黒坂さんが、良いなら」
 彼女はにこにこと笑った。子供のような明るい笑顔に胸の奥が暖かくなり癒される。学校の高嶺の花からそんなことを言われれば、誰でも舞い上がってしまうだろう。少し照れくさくなって顔をそらしつつ資料室に向かう。

「んー……あっついねー」
「っ……そう、だね」
 資料室に着き荷物を下ろし、黒坂さんは制服のシャツのボタンを外していった。ボタンが外されて着崩れた制服から黒坂さんの肌が見え、慌てて目をそらす。
 人が出入りしない限りは密閉状態なため、部屋には熱がこもっていた。早くここから出たいが、先生から頼まれて探さないといけないものがある。黒坂さんは帰して俺だけでやるべきかもしれないな。
「黒坂さん、後は俺がやっとくから」
「あ! 先生が言ってた内の一つこれじゃない?」
「って、聞いてないし……」
「あはは、ごめんね。でも暑いのは吉岡君も一緒でしょ? なら私だけ楽するわけにはいかないよ」
 一応は聞いていてくれたのか、黒坂さんは微笑んで言った。こういう優しいところ、水澄ちゃんと同じだな……。
「これで最後だね。じゃあ戻ろっか?」
「うん……」
「……? どうしたの?」
 持ってきた荷物を片付け、頼まれていた資料を全て見つけ終えた。帰ろうとすると後ろから服を掴まれて振り返る。後ろにいた黒坂さんはどこか寂しげにしていて、口を開閉しながら何か言おうとしていた。
「ね……ねえ、キス、していい?」
「えっ……」
 ほんのり頬を赤らめて下から見つめられ心が揺さぶられる。言われたことを理解するのにしばし時間が必要だったが、理解した途端、体に熱が巡る。
 皆の言う通り、やっぱり彼女は一番可愛い。そんな美少女から、キスを誘われてしまった。彼女は、俺と水澄ちゃんが付き合っていることを知らないのか。
 身長差で見下ろすしかないのだが、そうすると俺の目は目下にある彼女の鎖骨に向いてしまう。ボタンがいくつも外された制服は彼女の動きに合わせて、その下の肌を晒す。綺麗な鎖骨。その最下に伸びる膨らみ以前に、そこへ導く谷に目を奪われる。
 彼女は少し近づき、不安そうな顔をして時おり体を少し動かす。それに膨らみも連動していた。わざとにしか見えないのに、どうしても感情を乱され、思考はソレに絡めとられる。
「やっぱり……ダメ?」
 小首をかしげる。細かく綺麗な黒の横髪が揺れて俺の目を奪っていった。彼女は恐らく、知っているんだろう。末尾に発した言葉が、選択を半ば導くようなものだということを。知らずにここまでやるほど、彼女は警戒心がない天然じゃない。きっと、知っててやっている。黒坂さんって、根はそういうキャラだったのか。
 長滝水澄という、簡単には手の届かなかった女の子は、もう既に手に入れることができている。もしキスしたのがばれて彼女との間に亀裂が入っても、幼いころから元々築き上げていた仲で彼女を保持することはできるかもしれない。でも目の前のこの美少女は、一度逃したらもう二度とチャンスは巡ってこないんだろう。だとしたら――
「っ……一回、だけなら」
 返答するまでに、そんなに時間は掛からなかった。
「ほんとにっ? じゃあ、目、瞑って……」
 黒坂さんは背伸びをし、俺の頬を撫でた。俺が目を瞑ると、口に黒坂さんの柔らかい唇が触れた。初めて触れたものに優越感が溢れ出す。それがあの黒坂優月のものだから、余計なのかもしれない。
「吉岡君が、私を選んでくれたら何度でも、してあげるよ」
「っ……」
「ふふ、じゃあまたねっ」
 彼女のが触れたばかりの唇を指で撫でる。最後に黒坂さんが残した言葉が頭の中で何度も響く。優越感と幸福感に満たされしばらく余韻に浸っていた。


 二人のキスを物陰で見ていた者が一人いた。壁に凭れ掛かっていたその少女は、背をコンクリートから離した。少女――追萩香は無表情なまま足を動かしそこから離れた。普段通りの無の顔に張り付いた目には、確かな怒りが宿っていた。

 * * *

「あ、香ちゃんおはよー」
「…………」
「香ちゃん?」
 翌朝、教室に来た香を水澄が笑顔で迎える。普段は明るく返しているところだが、香は無言で彼女を見つめて水澄の席の前に座った。普段と様子が違う香を水澄が怪訝そうに見つめる。
「……なあ水澄、吉岡のこと好きか」
「へっ!? っ……ま、まあ……」
 香は後ろを向き、水澄に問いかける。彼女の突然の問いに水澄は顔を赤くさせた。恥ずかしそうにしながら、その答えを小さく述べる。
「……こんなこと言うのもあれだが……あいつは止めておいた方がいいぞ」
「……? 香ちゃん、正真君と喧嘩でもしたの? 前までは全然反対した様子なかったのに……」
「別に……」
 普段と様子の違う香を、水澄は不思議そうに見つめる。しかし、本当のことを言っても水澄が傷つくだけかもしれない、と香は曖昧に返した。

 * * *

 登校しながら、俺は黒坂さんに言われた最後の言葉を思い出していた。あんなことを言うんだから、彼女は俺に少しでも興味はあるんだろう。
「もし黒坂さんを選ぶとして、今のままだと水澄ちゃんを振らなきゃいけなくなる……」
 当然そんなことになったら水澄ちゃんは落ち込むだろう。好きな人を悲しませたくはない。でも黒坂さんとのせっかくの好機、逃したくはない……。
 水澄ちゃんと黒坂さんを天秤にかけ、脳内がパンクしそうになる。苦悩していると、右手の数字が目に写った。
「! そうだ、過去に戻ってやり直せば良いんだ」
 水澄ちゃんと付き合う前に戻れば、彼女を振って傷つけることもなくなる。その場合、黒坂さんがその時点で俺に好意を持っているかは分からないが。
「まあ、やってみなきゃ分かんないな」
 周りに水がないか辺りを見回す。水溜まりはないが、川はあった。ただその水深は深く、もしタイムリープできなかったら溺れるかもしれない。少し躊躇いつつも川に近づく。しゃがんで手を水に触れた瞬間、吸い込まれるようにして水に飲み込まれていった。
「っ、いって! っー……ここは……学校か」
 勢いよく水から体を放り出されて思いっきり地面に打ち付けられる。導かれた場所は、学校の廊下に取り付けられた手洗い場だった。
 体を擦りながら立ち上がる。スマホで日時を確認すると、水澄ちゃんに告白されたあの時間の数分前だった。
 やばい。水澄ちゃんに告白される前に黒坂さんに会いに行かないと。
「吉岡君……?」
「っ……長滝、さん」
 急いで黒坂さんに会いに行こうとした瞬間、後ろから声をかけられる。聞き慣れた声、好きだが今は必要のない声。
「あ、あのね、吉岡君……ちょっと話が」
「ごめん! 俺やることあるからっ。じゃ!」
「えっ、あ……」
 何か言われる前に逃げるようにしてその場を去った。

「…………」
 水澄は素早く消えていく正真の背中を寂しげに見つめる。止めようと思えば腕を掴んででも止められるが、彼に嫌がられるのも怖くて、何も言わずに見送った。耐えるようにして両手をギュッと握りしめていた。


「あれ、吉岡君。どうしたの、そんなびしょ濡れになって」
 今求めていた声が聞こえてきた。教室に向かっていると黒坂さんが前から歩いてきた。彼女は制服から水を垂らしている俺を怪訝そうに見つめていた。
「あー、いや、これはその……」
 やばい、引かれたかな。
「まあ、冷えて風邪引くとダメだから。はい、これで拭いて」
「あ……ありがと」
 黒坂さんは持っていたハンカチを俺に差し出した。少し遠慮しながらも、それを受けとる。
「ね、少し時間ある? ちょっと二人っきりで話したいことがあるんだけど」
「あ、うん……」
 俺が体を拭いているのを見ながら、黒坂さん尋ねた。彼女から誘われるとは思っていなかったが、俺からも誘おうとも思っていたため了承する。体を拭き終え、二人で人気のない階段の踊り場に行った。
「あ、私が話す前に、何か用があってきたんだよね?」
「っ……あ、うん。その……よかったら俺と、付き合ってくれませんか」
 黒坂さんは思い出して問った。黒坂さんに告白するというこの状況に激動する心臓を抑え、詰まりながらも言葉を紡いだ。彼女がこの時点で好意を持っていなければ、後から水澄ちゃんの告白を受ければそれで良い。
 頭の中で黒坂さんの『ごめんなさい』という言葉が想像されて響く。好かれていたかもしれないけど、やっぱりこの時点では
「その……お願い、します」
「へっ……」
 まさか本当に了承されるとは思っていず驚いて彼女を見る。黒坂さんは頬を少し赤くして、恥ずかしがりながらもしっかり俺を見つめ返していた。
「ほ、ほんとに良いの?」
「うん、もちろん。えと、これから宜しくねっ」
 慌てて問い返すが、黒坂さんは微笑んで頷いた。そして顔を赤くしつつ笑った。やっぱり、彼女を選んで正解だったな。

 あれから黒坂さんと二人で登下校することが多くなり、昼休みも一緒に過ごすことが大半になった。付き合って二ヶ月以上も経つが、いまだに歩く度に男子たちの目が痛い。ただ彼女がそばにいれば殴りかかられることはない。こんな美少女と付き合って、放課後にデートまでして優越感と幸せでいっぱいだった。
 けど、少し気になることがある。
「水澄ちゃん、今日もよかったら一緒に俺とデートしない?」
「ふふ、良いよ」
 最近、水澄ちゃんは高木と仲が良い。高木明広たかぎあきひろ、隣のクラスの男子で、黒坂さんの幼馴染みらしい。黒坂さんと仲が良いことで有名だが、その中に恋愛感情が含まれないことは皆知っている。だから高木は羨ましがられることはあっても、男子の恨みを買うことは少ない。
 水澄ちゃんとはそこまで仲良くなかったはずが、今では学校で二人が一緒にいるところをよく見かける。いつでも水澄ちゃんの笑顔が高木に向いていて、少しイライラしてくる。
 水澄ちゃんは俺のことが好きなんじゃなかったのかよ。もしかして二人は付き合ってるのか? 直接本人に聞くのもあれだし……。

「で、私に聞きに来たのか」
 目の前で追萩は仁王立ちで俺を見ていた。こいつ背高いから見下ろされる形になって凄い威圧感あるな。
「その、水澄ってさ……高木と付き合ってんのか……?」
「……ああ」
 さっそく聞きたいことを口にする。否定してくれ、と頭の中で叫ぶ。しかしその思いに反して追萩の声は俺の問いに肯定してきた。
「いつから」
「そんなこと知ってどうするんだよ」
「…………」
「お前、水澄のこと好きなのか」
 見透かされ、図星で目をそらす。追萩は気づいているだろうが、それで容赦するほどコイツは優しくはない。
「でも黒坂も好きなんだろ」
「っ、まあ……俺は黒坂さんは好きだけど、でも水澄のことも好きなんだよ。黒坂さんと過ごす時間は楽しかったしもういいから、ちゃんと水澄に気持ちを伝えたい」
「あ゛?」
 俺が言葉を言い終えると、すぐに、目の前からドスの効いた声が聞こえた。追萩の顔を見ると、彼女の鋭い目はこっちを睨んでいた。顔は普段のように無表情なのに、目だけが怒の感情を溢れさせている。普段から目付きの悪い彼女でも見せないような、人を殺しそうな目に、身体が急速に冷えていく。
「っ……お、追萩……?」
「おちょくってんのかテメー」
「いや、だって……黒坂さんに想われてたのを断るの勿体ないし。でもやっぱ俺は水澄のことが好きだって思って」
「お前って、クズだよな」
 いつもなら怒号を浴びせて胸ぐらを掴んでくるはずだが、追萩は怒りを声色で露にしながらも冷静を保ったまま言葉を投げてくる。
「だって……水澄は優しいし、黒坂さんは水澄より可愛いし。どっちも好きになったんだ! どっちか選ぶなんて無理な話だ。仕方ないだろ!」
「…………」
「追萩……?」
 思ったことがすぐに口から出ていく。その声は自分が思うよりも結構強く大きかった。
 やばい、次は絶対に怒号が来る。冷や汗が出てきて全身を焦燥が駆け回る。
 しかし、追萩の声は一向に返ってこない。
「少し痛いが我慢しろ」
「は? なに言って」
 追萩が何のことを言っているのかさっぱりで聞き返そうとする。しかし俺が最後まで言い終わる前に、彼女の体が回転した。
 振り上げられる彼女の足。それは勢いよく俺の腹部を打ち付けてきた。
「っ!? げほっ、っ……てめ、何すんだよ! 」
「軽々しく水澄の名前を呼ぶな」
 思いっきり回し蹴りされて激痛が走り、圧されて後退する。足がもつれて尻餅をついてしまい更に痛みに襲われた。恨みがましく声を上げるが、もちろん追萩にはそんなもの全く威嚇にならない。いつもとは違う低い声が彼女の口から吐き捨てられた。こいつ相当、怒ってる……。
「……306教室」
「へ……」
「本当に水澄のことが好きなら、来い」
 急に教室名を言われて呆然とする。追萩はそんな俺に構わず背を向けて歩いていった。

 腹の痛みが収まるとゆっくり立ち上がる。さっき追萩が言っていた教室に行って何かあるんだろうか。
「……まあ、行ってみるか」
 蹴られたところを擦りつつ三階の教室に向かった。放課後で完全下校が近づいてきているからか人は全然見当たらない。追萩に指定された教室の前までつくと、彼女の声が聞こえた。それと共に水澄の声が聞こえて慌てて壁に体をつけて隠れ、バレないようにして空いた扉から中を覗く。
「お前、吉岡のこと好きなんじゃないのか」
「っ……べ、別に好きじゃないよ。私は高木君が好きだから」
 自分の名前が出てきてビクッとなってしまう。追萩の問い掛けに、水澄は言葉を詰まらせながら答えていた。好きじゃないと言われ心にグサッと槍が刺さる。
「嘘へたすぎだろ」
「え……」
 しかし追萩が彼女の言葉を否定し、つい声を漏らしてしまう。追萩の目が一瞬こっちに向いていて慌てて顔を教室の扉から離す。
「っ……嘘じゃ」
「お前は確かに今は高木のことが好きだが、その裏でまだ吉岡のこと諦められてないんだろ」
「っ……高木君に告白されて受け入れて、忘れようと思って。でも、忘れられなくて。黒坂さんと吉岡君が仲良くしてるの見ると、苦しくて……高木君が好いてくれてるのに、彼と付き合ってるのに。心の中には別の人がまだいてっ。私、酷い人だねっ、最悪だねっ……」
 追萩に詰められて水澄は俯きつつ、小さく頷いた。そして途切れ途切れに言葉を繋げながら、ポロポロと涙の粒を溢していた。
「っ……」
 水澄の涙なんて初めて見た。胸が酷く苦しくなりグッと制服の胸部を掴む。
「ご、ごめんね。泣いてどうにかなるものじゃないのに……も、もう行くねっ」
「水澄、待っ」
「ひゃっ。ご、ごめんなさ……あ、っ……」
「っ……」
 水澄がこっちに来そうになり焦って隠れようとするが、考えてる間に水澄が勢いよく教室から出てきてしまいぶつかってしまった。水澄は俺から離れて慌てて謝ろうと俺の方を見た。鼻や頬は赤らんでいて、彼女の目には涙が溜まっていた。その顔に胸がさらに痛くなる。水澄は俺の顔を見た途端、目を見開き拳を握り、急いで走っていってしまった。
「……さっき水澄、俺のことまだ好きだって……」
「お前が気づいてなかっただけだ」
「っ……」
 追萩は俺のところまで歩いてきて呆れ言った。水澄がまだ俺を好きだったなんて。彼女の泣き顔を見て冷えきった心の中に温もりが注がれる。誰に言われるでもなくその場から離れ、水澄を探しに向かった。

「水澄!」
「っ……吉岡君……」
 体育館の裏の階段で座り込んでいた水澄に駆け寄る。彼女は俺の声を聞いて驚き、立ち上がり慌てて逃げようとする。逃がすまいとその腕を掴む。
「待って」
「は、離してっ」
「お前、俺のこと本当に好きなのか」
「っ……」
 俺が問うと彼女は言葉を詰まらせた。しかし頷こうとはせず俯く。その頬に涙が伝っていて、腕を引き彼女を強く抱き締めた。
「ひゃっ……は、離してっ。ダメだよっ」
「水澄……ほんとのこと言ってくれ」
「っ……」
 腕の中で水澄が暴れるが、黙り込んでいる間は離す気はない。お互い無言の静かな時間が流れる。
「……好き、だよ。でも、もういいの。黒坂さんにも悪いし。ちゃんと諦めるから。今度はちゃんと、忘れるから」
 水澄が話し始めたので力を緩め、彼女を腕から解放する。涙声で訥々とつとつと話す彼女に心が揺さぶられる。
「……俺も水澄のこと」
「それ以上はダメだよ……黒坂さんのこと、大事にしてね」
 自分も想っていることを伝えようとするが阻止されてしまう。水澄は泣きつつも、しっかりと笑って見せた。
 その笑顔が俺の心を砕いてきた。体の動くがままに、俺は水澄の腕を引く。そして気付けば彼女の口にキスをしていた。
「っ!?」
 諦めようとしていた水澄の目からまた涙が溢れていく。掴んだ腕が抵抗の意を見せるがそれを制する。しかし空いた片手で胸を押されて離れてしまう。
「っ……ズルいよ」
「水澄っ!」
 水澄はあふれでる涙を腕で拭い、俺を押し退けて走り去っていった。彼女が去ったあと、タイミングを計るようにして追萩が体育館裏に来た。
「お前もう少し考えて行動しろよ……で、どうするんだよ」
「過去に戻ってやり直す」
「は?」
 過去に戻ってやり直し、もう一度水澄と付き合ったら黒坂さんと別れる手間も省けるし、今までの時間、水澄を悩ませ泣かせることもなくなる。大丈夫、まだタイムリープは後一回残ってる。
「お前は分からないだろうが、俺にはできるんだよ。大丈夫だ、絶対に水澄を悲しませない」
 不審そうに俺を見る追萩に言い、彼女の横を通りすぎて校舎に戻る。学校のシンクに残った水に手を伸ばし、それに飲み込まれていった。


「過去に戻ってやり直す、ね……」
 香は正真が去っていったあと、小さく呟いた。
「それってたんに、自分が水澄を悲しませた事実を消したいだけじゃねえのかよ」
 苦々しそうに舌打ちし、誰に言うでもなく言葉を吐き捨てた。

 * * *

「いってっ!」
 体が水から放り出される。前に何度か回転し、その先の壁に背中がぶつかる。手の甲の数字はもう『0』になっていた。場所を確認すると、そこはまた学校の手洗い場だった。日時は水澄ちゃんに告白される日、その時間の三分前。
「行かねえと」
「吉岡君? そんなに濡れて大丈夫?」
 行こうと立ち上がった瞬間、後ろから声をかけられた。その声は今は聞きたくなかったもの。
「く、黒坂さん……ご、ごめんちょっと急いでるから」
 嘘だろ。黒坂さんって、この日この時間は教室近くにいたはず……。一言断ってその場から去ろうとするが、ガシッと腕を掴まれる。
「ちょっと話したいことがあるんだけど、いい? ほんとにちょっとだけだからっ」
「っ……いやその」
「黒坂ここにいたのか。センコーが呼んでたぞ」
「! 追萩!」
 少し潤んだ目で下から見つめられ、言葉に詰まる。目をそらし言葉を探していると、追萩が歩いてきた。
「そんなはず」
「いたいた黒坂っ! ちょっといいかー?」
「っ……は、はーい」
 黒坂さんは追萩の伝言に驚き否定しようとするが、当の先生が彼女を見つけて名前を呼んだ。黒坂さんは少し嫌がった様子を見せつつも先生のところに走っていった。
「さ、サンキュー追萩」
「そんなことより、水澄に想いを伝えに行くんだろ」
「え、何で知って……」
 追萩が何でそんなことを知ってるんだ? 確かにさっきまで彼女とその話をしていたが、今は二ヶ月ほど前の過去に来たはず。
「ん……」
「ちょっ、おまっ……って、それ……」
 俺が問うと追萩は元からボタンを外していたシャツを躊躇いなく広げて見せた。赤面し慌てて顔を背けようとするが、その前に鎖骨から谷間にかけて何かが書かれているのが目に入った。それは俺の手の甲にあったものと同じもので、示す数字は『0』だった。
「お前も、時間を移動してたのか?」
「まあな……それを伝えたところで何にもならないから言ってなかっただけだ。それより、行くんだろ」
「あ、ああ」
 言われて思い出し、すぐにでも向かおうとするが追萩に腕を掴まれる。
「その前に、一つ聞いておきたい……もう二度と、黒坂に目を向けないか」
「……ああ」
「その間は何だよ……大した覚悟もないまま水澄を振り回すな。今度またアイツを裏切ったら、ミンチにするからな」
「いっ……と、止めないのか」
 腕を離され、今度は頬をつねられる。つねる力が並みじゃないから本当に痛いんだが。
「……どちらにせよ、水澄はお前が好きなんだ。その邪魔をする気はない」
「けど……」
「吉岡君? 香ちゃんも」
 俺達が話していると水澄ちゃんがこちらに来てしまった。どうしたの? と不思議そうに見つめられ、さっきの彼女の涙が頭の中に浮かぶ。
「おら、ほんとに好きならさっさと行け」
「おわっ、っ……」
 躊躇っていると追萩に後ろから背中を蹴り押される。転けそうになりながら水澄ちゃんの前まで来る。後ろの追萩に助けを求めようとするが、いつの間にか消えていた。
 気づけば二人っきりになっていて、気まずくて目をそらす。
「あの、吉岡君……」
「ま、待って長滝さん。俺からいい?」
「え……あ、うん」
 続く沈黙を水澄ちゃんが破った。おそらくこの後は告白が続くのだろうが、俺が先に言いたい。彼女を制止させ、口を開く。
「良かったら俺と、付き合ってくれませんか」
 震える唇で出た声は、情けないほど弱かった。けど彼女にはしっかり届いていたらしく、水澄ちゃんは顔を真っ赤にして目をそらした。手を組み指を絡ませ、ほどき、絡ませを繰り返し落ち着きなく動く。
「っ……お、おねがい、しますっ」
 言う決心がついたのか俺の方に顔を向けると、頬を赤くしながら力強く想いを告げた。

 * * *

 結局、水澄と吉岡は最初のごとき関係になった。
 水澄を助けたかったのは事実だ。吉岡が嫌いなのも、それでも水澄に報われて欲しかったから根回ししたのも、事実だ。
 でも、ただ親友のために動いてたわけじゃない。私はそんな、善い人間じゃない。私はただ自分のためにしたに過ぎない。
「あのさ、ちょっと良いか」
 落ち込んだ様子の高木のもとに行き、顔を覗く。ずっと目で追っていた人間。水澄が仲良くしていると、モヤモヤしてしまっていた。羨ましかった。
 水澄は良い子だ。でもずっと、ある種、邪魔だったんだ。彼女は私の想いにとっては障害でしかなかった。だから、何度も挑んだ。
 傷心した人間は、慰められるのに弱い。
 私は――
「カフェにでもいかないか。奢ってやるよ」
 私は、卑怯者だ。

「っ、ははっ! どうしたんだよ香。俺がお前をナンパして誘ったら殴ってくるくせに。ツンデレかよ」
「るっせ」

 * * *

「――つまんな」
 優月はベッドの上で横向きに寝転びながら、スマホの画面を見て舌打ちをした。下着しか着ていず肌が思う存分、露出していた。
 彼女の目先の画面には、個人チャットの正真のプロフィールが写っている。そのアイコンは正真と水澄が仲良く二人並んで写っている写真だった。
「なあ、他の男ばっか構ってねえで俺にも構えよ」
「チッ、ウザイんだよ。ベタベタしないで」
 優月は思いっきり舌打ちをすると不機嫌そうに横で寝ていた男を蹴りベッドから降りる。
 男は二十代後半ほどで、学生の優月と違いおそらく社会人だろう。彼も優月と同じく下着以外の服を着ていなかった。
「はあ……女って訳わかんねえタイミングで怒るよな」
「はあ?」
「ほら、そうやって怒る」
「ウザ」
 いちいち勘に障る言い方をされ、優月はイライラしてソファーに置かれていたクッションを男に投げつけた。
「いって。あーあー、悪かったって。んな怒んな……そういやさ、お前のそれ、ほんとにタトゥーなのか?」
「そうだけど」
 男はクッションを顔面に受けて苦笑いしつつ、面倒くさそうにして頭を掻く。優月はベッドから少し離れたところにある椅子に座り足を組む。男は、じっと彼女の体を見て、太股で目を止める。そして尋ねた。
 彼の言う『それ』、とは優月の太股に刻まれた数字のこと。正真や香にあったものと同じ、タイムリープの可能回数を示したもの。刻まれた数字は『1』。
「……! 良いこと思い付いた」
「何だ……?」
「内緒。そうだよ、面白くない物語は、最初からやり直せば良いんだよ」
 優月は何かを思い付くと勢いよく立ち上がった。不思議そうにする男に笑って曖昧に返す。

「あと一回、どうせなら派手に使ってやる」
 優月は口角を上げ、心底楽しそうに笑った。

Re: 乞い求めたはずの恋 【短編集】 ( No.3 )
日時: 2019/01/13 18:17
名前: 雛風 ◆iHzSirMTQE


【止まったときの中で】


 少女はただ悩んでいた。
 誰もいない、電灯のついていない教室の中央一番後ろの席で、ただ頬杖をついて前方の黒板を眺めていた。
 十代後半のその少女は服のボタンを全て閉め、文字通りきっちりと制服を着ていた。静寂に包まれた空間に彼女の気息がはっきりとした音として聞こえる。窓からさす茜色の夕日が教室を同じ色に染めていた。

「いつまでそうしているつもりだい」
 少女以外、今まで誰もいなかったはずの教室に少し低めの男の声が聞こえた。少女の後ろには、黒いスーツを着た二十代前半の青年が顔に笑みを付けて立っていた。
 視線は相変わらず黒板に向けたまま、少女は彼の問いに答える。
「いつまでも」
「本当、好きだね」
 彼女の返答に青年は溜め息をき肩をすくめる。彼は自分に背を向けたままの少女に近づき、後ろから抱き締めた。しかし青年がいくら体を寄せようと、いくら顔を近づけようと少女は微動だにしない。
「君は本当に僕のことが好きなのかな?」
「好きですよ」
 青年は何の反応も見せない少女に少々気を落とし問う。すると、意外にもその答えは瞬時に、肯定の意と共に返ってきた。しかし彼女の顔には照れや笑みなどはない。
「好きじゃなかったら、こうやって時の狭間に閉じ込めたりなんかしませんよ」
 少女は近くにある青年の顔を見たあと窓の外に目を移す。彼女は長らくこの教室にいるが、窓の外には、その席についた時と同じ茜色の景色が見える。時計の針は少女が席をついたその瞬間、十七時七分から一分、一秒も動いていない。
「言ったでしょ? 僕は君と同じトキを生きているって」
「でもあなたは私より多くの時間を生きている」
「それは……」
 少女の返しに青年は言葉を詰まらせ目をそらす。心なしか彼の自分を抱き締める力が弱まるのを感じ、少女は今になってようやく青年の方に目を向けた。
「なぜ? なぜあなたと私は同じ歳ではないの? なぜあなたと私は師弟関係にあるの? なぜ、あなたと私は付き合えないの」
 少女はまるで青年を尋問するかのように彼に問いを投げ掛ける。彼女の目は真っ直ぐで、けれどその中には恋をした者の持つ熱と、それが叶えられないことへの悲しみが込められていた。
「私には時を操れても、止めることしかできない」
「……それはそれで凄いけど」
「ダメ、何の役にもたてやしない……あなたが私くらいの頃に時を止めておけばよかった」
 再び青年が少女の方を見ると彼女はまた黒板へ目をやっていた。少女は悩みに悩み、小さく欲望を口にする。
「もっと、時を戻したり進めたりできれば……」
「おー……僕の人生が君にめちゃくちゃに弄られるのか」
「あなたと愛し合えるなら、そんなこと構わない」
 少女は貪欲なまでに青年との愛の成熟を求める。しかしいくら彼女が時を止められようと、どれだけ彼女が望もうと、既に過ぎた時を変えることなどできやしない。
「あなたがもう少し遅れて生まれてくれば……あなたと私は弊害なく愛し合えたのに」
 少女は止めた時の中で更にトキを操ることを望む。

Re: 乞い求めたはずの恋 【短編集】 ( No.4 )
日時: 2019/03/14 19:28
名前: 雛風 ◆iHzSirMTQE


 『ラバーズ』の続きのようなもの。短め。

 * * *


『暗夜に咲く優雅な月』


――黒坂優月は誰よりも美麗である――

 もはや言われ過ぎて、陳腐と化したこの言葉。生まれた頃から端麗な容姿だった、と周りは私を持ち上げる。
 その美麗さとやらで危険な目に遭うことも多いが、私には特別な力がある。それで何とか今までやり過ごしてきた。
 その力というのが、タイムリープである。
 小さな頃から太股に変な数字が刻まれていた。昔は何のことかさっぱりだったが、ある日私は、過去に戻るという珍妙な体験をした。そしてそのとき、太股の数字が1減っていた。何度か試してやっと、自分がタイムリープできるということを確信した。
 容姿は完璧。学力は必死で食らいつき何とか蓄積した。美麗な人間が馬鹿だなんて、嗤われるのはごめんだから。運動だって得意、習い事だって、家事だって、恋愛だって。
 完璧な人間に見えるようには、した。
 けど私には一つ、足りないものがある。

「ん、誕プレ。大したものじゃないけど」
「えっ!? マジか……ありがとーっ。よっしゃ、SNSに載せとこー……って、秒で星きたじゃん。めっちゃ星増えてる! 拡散もすごー! さすがゆづちんだねー。これだから合コンにも欠かせない」

――私には『友達』がいない。

 よく話す子は居る。でも彼女たちは、私を見ていない。『黒坂優月』はとても、ブランド力があるらしい。その名一つで、人が集(たか)ってくる。
 友人らしき人たちも、本当に行きたい場所には他の子と遊びに行く。私と遊びに行くときは皆、楽しそうな顔を張り付けていた。その顔の下に、どんな面が潜んでいるのか。
 でも私とのことを自慢するときには、羨望を受けるときには――決まって楽しそうな顔をしていた。
 私が見たかったその顔は、『黒坂優月』の元でしか現れてくれないらしい。

「……あ、あー。なんだ安物のグロスか……どうせならもっと高いの買って欲しかったなあ」
 スマホを片手にはしゃぐ彼女は、乱雑に封を開けて呟いた。


 皆が皆、私は素晴らしい人間だと豪語する。皆が皆、遠くで私を見ている。

――彼らの中で私は、どこにいるの?


「ね、黒坂さんだよね?」

 一人でむなしく帰っていたら後ろから声を掛けられた。声の主は風に黒い髪を遊ばれながら、にっこりと微笑んでいた。
 長滝水澄(ながたきみすみ)、勉強も運動も平均程度の普通の女子生徒。顔は特に美形というわけではないが、男女ともに仲が良く、気づいたら誰とでも話しているような人。私が高嶺の花なら、彼女は路傍の華だろうか……。
「よかったら一緒に、帰ってもいいかなっ?」
「……うん」
 頭の中で『どうせ彼女も』なんて言葉が出てくる。
 しかし、その続きが出る前に長滝さんの言葉と行動が私の脳を突いた。
「二人きりで、帰ろっ?」
「えっ……ちょっ!」
 ぐいっ、と引かれる腕。容易に引っ張られ、人気(ひとけ)のない路地まで彼女に導かれる。
「……なんのために」
 長滝さんには、私にはない確固たる人望がある。そんな人間がどうして私に媚を売るの。
「んー、なんでだろっ」
 意味も理由もない、ただ本能で動き笑う。バカに見える彼女の言葉が、理由のない笑顔が、今の私には、とても温かく感じた。
「ふふっ、貴女ちょっと抜けてるのね……」
 久しぶりに自然と笑った気がした。


 あの日から彼女と二人で昼食を取ったり、下校したり、遊んだりすることが多くなった。彼女はこの関係を誰かに見せつけるでもなく、どこかに広めることもない。ただ二人だけの時間を過ごしていた。人生で初めて、楽しみを感じた気がした。

 でも――そんな楽しかった日は呆気なく終わりを告げた。
 吉岡正真よしおかしょうまという男が水澄ちゃんと交際を始めたとか。
 聞いた話では彼は水澄ちゃんの幼馴染みらしい。そして彼も、タイムリープの能力を持っていた。
「あのねっ、正真君からブレスレット貰ったのっ! 円満になれるおまじないが籠ってるんだってー」
 隣でのろけ話をする水澄はいつも以上に可愛かった。彼女をこんなに幸せにできるのは好きな人だけ。私じゃきっと――。

 もちろん最初は、二人の恋愛を応援しようと思っていた。
 あれを見るまでは。

「え……」
 二人が付き合い始めて二週間くらい経った頃だろうか、アイツが誰かとキスをしているのを見かけてしまった。夕陽に照らされて相手の顔は余計赤くなっていた。
 けど、それは――
「ん……」
「ふ、んぅ……」
 水澄じゃなかった。

 ただの浮気。普段なら軽蔑して済ませるだけのそれが、酷くムカついて仕方なかった。
 だから私は、


――好きなんでしょ? このまま諦めちゃうの? せっかく私が味方するんだから、ちょっとくらいはやってみようよ?――

 水澄のことが好きで、アイツよりマシな男をその気にさせて、

――ん……――
 好きでもないのにアイツにキスをして、

――吉岡君が、私を選んでくれたら何度でも、してあげるよ――
 引き離したのに
 

 水澄ちゃんのもう一人の幼馴染みが根回ししてしまって、アイツは結局タイムリープを使って水澄ちゃんとの関係を戻してしまった。
 あいつのタイムリープ残量は0。

 肌を晒せばすぐに囚われる。キスを誘えばすぐに乗ってくる。あんな奴と付き合ったところで、いつかまた同じ事を繰り返すはずだ。その時、アイツはもうタイムリープは使えない。やり直せない。
 たとえ水澄が傷ついても、泣いたとしても。彼女に嫌われたとしても。その悪徒がただの友達なら、まだマシなはずだ。自分勝手だと言われても関係ない。
 あの子が行く先に、愛する人間から傷つけられる可能性があるのなら――

「絶対に壊してやる」
 優月は学校の備品庫にあった全身鏡に手を当てる。太股の数字が1から0へと変わった。鏡に触れた彼女の手は沈み、鏡の中へと飲まれていった。


 優月が完全に姿を消した後、それを物陰から隠れてみていた人物が顔を出した。
 女子制服のスカートが夕陽で赤く染まる。彼女、長滝水澄はゆっくりと鏡の前に来る。
「――やっぱり優月ちゃんも正真君のこと……」
 水澄は小さく呟き、バンドが巻かれた自身の左腕を見る。バンドを外した先に見えたのは、『9』という数字。優月と同じ、タイムリープの可能残量を表すもの。
「優月ちゃんの想いを壊すことなんか、したく、ない……でもっ……」
 水澄はその場にしゃがみ込み右腕に目をやった。右腕のブレスレットは薄く消えかかっていた。
「やだ……消えないで……」
 小さく唸る願望は誰にも留められぬまま薄暗い部屋に溶けていった。


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