コメディ・ライト小説(新)

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暁のカトレア
日時: 2018/05/21 18:54
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。


《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。


《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-26


《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん

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Re: 暁のカトレア ( No.22 )
日時: 2018/05/16 18:25
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

episode.17 嬉しくない評価

 突如として現れたその男がゼーレであると気づくのには、それほど時間がかからなかった。というのも、黒いマントに顔全体を覆う銀色の仮面という、非常に個性的な格好をしているのである。こんな奇妙な容姿の者はそうそういない。
「また現れるとはね。何の用かな?」
 トリスタンはゼーレへ、冷ややかな視線を向ける。
「そちらこそ、またしても邪魔をする気とは……少々面白くありませんねぇ」
 ゼーレの足下付近には、高さ三十センチほどの蜘蛛の化け物が数匹這っていた。彼と同じく、闇のような黒。その形もあいまって、凄まじい気味の悪さだ。
「勧誘ならお断りだよ。マレイちゃんは渡さない」
「私は貴方に聞いてはいませんが」
「マレイちゃんは帝国軍に入るよ。これはもう、決定事項だから。今さら勧誘したって、もう遅いよ」
 トリスタンとゼーレが言葉を交わしている間、私は不安に苛まれていた。
 フランシスカやグレイブがいる時なら、ゼーレが現れても心強かったのに。トリスタンと私だけになったところを狙うとは、卑怯の極みだ。
「……なるほど。こういうのは私の趣味ではありませんが……」
 刹那、ゼーレが動く。
 あまりに素早く、私の目では動きを捉えられない。
「実力行使、も仕方がありませんねぇ」
「くっ!」
 ゼーレの拳をトリスタンは防いでいた。
 あの速度の動きを見きり、剣の刃部分で防ぐとは。ゼーレは速いが、トリスタンの反応速度も結構なものだ。常人を遥かに超えている。
「どうしたのです?まさかこの程度で動揺するのですか?」
「…………」
「そんなわけ、ありませんよねぇ。貴方はいつもあれほど大口を叩くのですから、私よりずっと強いのでしょう」
 挑発的なことを言われても、トリスタンは答えない。表情は夜の湖畔のように静かで、落ち着いている。
 良い判断だと思う。
 実力がほぼ同等の二者の戦いにおいて、心が乱れるというのは、敗者になる可能性を高めるだけだ。ゼーレもそれを分かっていて、挑発的な発言をしているに違いない。
「……無視ですか」
 呟いた直後、ゼーレは片足を振り上げ、トリスタンの脇腹めがけて蹴りを繰り出す。
 先日巨大蜘蛛の化け物にやられた傷を狙った蹴りだと、私はすぐに気づいた。そこで、それをトリスタンに伝えようと、口を開きかける。しかし、それより先に、トリスタンは蹴りを避けた。
 一歩下がり、体勢を整えるトリスタン。
 ゼーレはそこへ、さらに襲いかかる。今度は拳だ。
 しかしトリスタンは冷静そのもの。彼の青い瞳は、ゼーレの体だけをじっと捉えていた。
「甘いよ」
 彼は白銀の剣を一振りする。
 ——その刃は、ゼーレの胴体を確実に切り裂いた。
「……っ!」
 腹部の傷から赤い飛沫が散り、さすがのゼーレも動揺した声を漏らす。それから彼は、トリスタンの剣に斬られた腹部を片手で押さえ、一歩、二歩、と後退した。
 傷を庇うような動作をしていることを思えば、痛覚は存在するようである。
「死にたくないなら、今のうちに退いた方がいいよ」
「……は?貴方は馬鹿なのですかねぇ。このくらいで退くわけがないでしょう」
「馬鹿じゃなくて、親切なんだよ」
 今のトリスタンの一撃で、二人の立ち位置が逆転したように感じる。
 さっきまではトリスタンがやや劣勢だった。しかし現在は、ゼーレの方が不利な状況である。
 傷を負ったこともそうだが、真にゼーレが不利な状況を招いているのは、彼のその性格だろう。ここは一度撤退して体勢を立て直すのが賢い手。それはほぼ素人の私にでも分かること。けれども、彼の高いプライドは、撤退などを許しはしない。
「親切……ですか」
 ゼーレはぼやきながら、金属製の右手を前へ出す。
「それは侮辱の間違いでしょう!」
 そういう問題ではない。
 相応しい二字熟語を選択する会でもない。
「やはり貴方は不愉快極まりない男ですねぇ!消すに限ります!」
 どうやらゼーレは、トリスタンの「親切」発言に腹を立てたようだ。口調は激しく、声色は荒れている。
 その数秒後、彼の足下に這っていた蜘蛛の化け物が、一斉にこちらへ進んできた。
 もはや地獄絵図。トリスタンの背後に隠れている私でさえ、半狂乱になりかかったほどである。……もちろん、声を出すのは何とか我慢したが。
「小賢しい真似は通用しないよ」
 トリスタンは淡々とした声で述べ、地面を這う蜘蛛の化け物に剣先を突き立てる。
 一匹二匹刺し潰すと、蜘蛛の化け物は彼から離れ始めた。これはあくまで推測だが、このままでは殺られる、と本能的に察したのかもしれない。
「まぁ……そうでしょうねぇ」
 言いながら、ゼーレは一瞬にしてトリスタンの背後へ回る。
 彼の狙いはトリスタンではなく、私だった。
 ゼーレは無機質な腕で私の襟を掴む。この前と同じパターンだ。黒い彼の姿は、近くで見ると余計に恐ろしい。
「ではシンプルに行かせていただきます。マレイ・チャーム・カトレア、私とともに来なさい」
「……そんなの、嫌よ」
「おや?この短期間で変わりましたねぇ。前は怯えて何も言えなかったというのに」
 こんな評価のされ方、ちっとも嬉しくない。
「さすがですねぇ、マレイ・チャーム・カトレア。この成長ぶりなら、ボスが気になさるのも理解できます」
「マレイちゃんから離れろ!」
 トリスタンが剣を握った手を動かそうとした瞬間。ゼーレは襟を掴んでいるのと逆の手で、私の首を握った。
 首にひんやりとした感覚を覚える。恐らく、ゼーレの手が金属だからだろう。
「動かないで下さい」
「それ以上はさせない!」
「動けば、彼女の首を締めますよ」
 ゼーレは、ふふっ、と笑みをこぼす。
「一歩も動かないで下さいねぇ。分かりました?」
 化け物狩り部隊は一体何をしているのか——そんな思いが、私の中でじわりと広がっていく。

Re: 暁のカトレア ( No.23 )
日時: 2018/05/17 18:31
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

episode.18 次は

 私はゼーレに首を掴まれている。彼がその気になれば、こんな細い首、一瞬にして握り潰されるだろう。もしそうなれば呼吸ができなくなり、私は死へと大きく近づくこととなるに違いない。
 だからトリスタンも、ゼーレへ手を出せないのだ。
「……卑怯者」
 整った顔を悔しげにしかめるトリスタンを見て、ゼーレは小さく笑う。
「急に大人しくなりましたねぇ。それほどマレイ・チャーム・カトレアが大切なのですか? 実に面白いですねぇ」
 ゼーレは、手を出せず悔しそうな顔のトリスタンを見ることを、楽しんでいるようだ。つくづく嫌な男である。
「不便ですねぇ、感情とは」
 凄く楽しそうなゼーレを見ていると、私は殴りかかりたくなった。
 トリスタンを馬鹿にするような発言を放っておくわけにはいかない。彼への言葉は私への言葉も同然——だから、腹が立つ。
 ただ、殴りかかることなどできないことも、分かっている。首を掴まれたこの体勢ではどうしようもない。それに、私の力でゼーレにダメージを与えられるとも思えない。仮に今暴れたとしても、恐らく、こちらが危険な目に遭うだけだ。
「貴方たちレヴィアス人も、感情など捨ててしまえば、もっと強くなれるでしょうに。実に憐れな人たちです」
「君が何者なのか、真実は知らない。でも、化け物を使って他国を攻撃する君の方が、ずっと憐れだと思うよ」
 ゼーレの言葉に対し、トリスタンは迷いなく返す。濁りのない、深海のような青の瞳は、ゼーレを真っ直ぐに捉えている。
「仮初めの強さを得るために心を捨てて生きるなんて、虚しいと思わない?」
 トリスタンは問いかける。
 何を言っても無駄だろう。ゼーレに届くわけがない。悪魔のような、闇のような、ゼーレ。彼にそんなことを問いかけたところで、「馬鹿だ」と笑われるのが関の山だろう。
 私は、そう思っていた。

 ——けれど。
 この首を掴む彼の顔を見た時、私は信じられない気持ちになった。
「……同じなの?」
 思わずそう漏らしてしまったほど。
「違うものと思っていた。けれど」
 なぜ信じられない気持ちになったのか?
 それは、トリスタンへ目を向けるゼーレの瞳が、悲しげな色をたたえていたからである。
 銀色の仮面を装着しているため、彼の生の顔を見ることはできない。それでも彼の顔色は分かった。偶然か、至近距離にいるからか、それは分からない。けれど今、私は確かに、彼の胸に潜む何かを感じていた。
「貴方の感情も……私たちと同じものなのね?」
 口から自然に言葉が出た。
 それを聞いたゼーレは、急に様子がおかしくなり、私の首から手を離す。
 半ば突き飛ばすように勢いよく離されたため、バランスを崩し、転んでしまった。打った腰が、じん、と痛む。

「馬鹿らしい!」

 ゼーレは今まで、私に対しては丁寧だった。それはもう、不気味なくらいに。そんな彼が初めて声を荒らげた——そのことだけで、私の発言が的を射ていたのだと判断できる。
 彼はトリスタンに「感情を捨てればもっと強くなれる」と言った。その言葉の裏には、恐らく、自分が感情を捨てきれないコンプレックスが潜んでいるのだろう。
 そうでなくては、彼がトリスタンにそんなことを述べる必要性がない。
「マレイ・チャーム・カトレア!そんな馬鹿らしいことを言えば、次は許しません!」
「貴方に心がないのなら、許すも何もないはずよ。力なき反抗者は殺す。単純にそれでいいじゃない」
 なぜこんな強気な発言をできたのかは、私にもよく分からない。
「……っ!まったく、うるさいですねぇ!」
「そうやってごまかさないでちょうだい!ゼーレ。貴方、感情を捨てきれないことを気にしているのでしょう?隠しているつもりでも、私には分かるわよ」
 言いながら、トリスタンを一瞥する。彼は白銀の剣を握ったまま、目を見開いて、きょとんとした顔をしていた。
「馬鹿らしい発言は慎みなさい!」
「質問には答えて!」
「答える義理など、ありはしません!」
 そう叫んでから、ゼーレは私から数歩離れた。
 仮面で顔が見えなくとも、動揺していることは容易く分かる。
「……気性の激しい女は、話になりませんねぇ」
「問いにはなるべくちゃんと答えなさいって、小さい頃に親から習うでしょ!」

「習うのでしょうね、親がいれば」

 それを最後に、沈黙が訪れる。
 迂闊だった。
 そもそも、ゼーレはレヴィアス人ではないだろう。それに、こんなことを生業としているのだから、まともな家庭で育ってきたわけがない。
 完全に失言だ。今の発言は、間違いなく彼の心の傷を抉った。
 分かるの。私も親を失った身だから。
「あ、あの……、ごめんなさい。ゼーレ。今のは言い過ぎたわ」
 ちょうどそのタイミングでトリスタンが駆け寄ってくる。
 ゼーレが私を即座に殺せない位置まで下がったからだと思われる。
「マレイちゃん。大丈夫?」
「えぇ、平気よ」
「それなら良かった」
 ほっとした顔をするトリスタン。
「とにかく、一度避難しよう。普通の化け物くらいなら僕で倒せるから」
「えぇ。そうしましょう」
 トリスタンに返してから、私はゼーレに向けて言い放つ。
「ゼーレ!貴方はこれからも、私のもとへ来るのでしょう!待っているわ!」
「……ま、マレイちゃん!?」
「私が貴方について行くことはない。でも、分かり合うための努力ならしたいと思う。意味のない戦いを終わらせられるかもしれないもの」
「一体何を言っているの?マレイちゃん、気は確か?」
 不安げな表情のトリスタンの言葉に、私はそっと頷く。
 その隙に立ち去ろうとするゼーレ。
「だからゼーレ!次は襲撃ではなく、話し合いに来て!」
 黒い背中は何も答えなかった。
 ……これで、少しでも何かが変われば良いのだが。

Re: 暁のカトレア ( No.24 )
日時: 2018/05/19 02:13
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

episode.19 複雑な気持ち

 ゼーレが私たち二人の前から去り、数時間。
 午後になった頃には、襲撃は完全に収まっていた。一瞬にして終わったその様は、まるで、嵐のようであった。
 基地内が落ち着いた後、私とトリスタンは、メインルーム内にて、フランシスカやグレイブと合流する。
「無事だったか、トリスタン」
「はい。一応は」
「マレイも無事のようだな」
「は、はい!」
 私はしっかり返事をしようとして、逆にうわずった声を出してしまった。妙に大きな情けない声になってしまい恥ずかしい。
「心配したよっ、トリスタン!」
「……そう」
「何それっ。反応薄くない!?」
 グレイブの言葉にはちゃんと返すトリスタンだが、フランシスカの言葉に対しては愛想なく返していた。いつものことながら、不思議な感じがする。なぜそこまで露骨に差をつけるのだろう、といった気分だ。
「ところでトリスタン。ここにも化け物は現れたか?」
「はい」
「やはり蜘蛛の形をしていたか?」
「蜘蛛の形もいましたが、人間の形もいました」
 淡々とした調子でトリスタンが答えると、グレイブはあんぐりと口を空ける。彼女の横に立っているフランシスカも、その可愛らしい顔に、驚きの表情を浮かべていた。
「人型もいたのか!」
 トリスタンが「はい」と返す隣で、私は小さく何度も頷く。
「今まで人型というのは聞いたことがない。まだ見ぬ種がいたとはな。それで、交戦したのか?」
「少しだけですが」
「どの程度の強さだ?」
「未知数な部分はありますが、おおよそ、僕と同じくらいでしょうか」
 その言葉によって、場にさらなる衝撃が走る。まさかトリスタンほどの戦闘能力を誇るとは想像もしていなかったのだろう。
 それからも、グレイブの人型に関する質問は続いた。
 内容は、意思疎通の可不可や戦闘スタイル、狙いなど。大雑把な質問から細やかな質問まで、トリスタンは幅広く尋ねられていた。
そして最後の方には「なぜ捕らえなかった」という話になる。グレイブとしては、より多くの情報を収集するため、人型を捕獲してほしかったようだ。
 だが、あのゼーレを捕獲など、できるわけがない。彼女はゼーレの強さを知らないからそのようなことを言えるのだろう。一度でも実際に交戦すれば、捕獲は不可能ということくらいは分かるはずである。

 話が終わると私は服を着替え、トリスタンに案内してもらった。
 目的地はもちろん、私の自室だ。
 化け物狩り部隊の隊員には、原則、個々の部屋が与えられる。つまり、個室を与えられることになった私は、隊員として認められているということなのだろう。そう考えると、少し嬉しい。
「今日からここが、マレイちゃんの部屋だよ」
 言いながら、トリスタンは扉を開ける。
 すると室内が見えた。
 狭めの部屋だが、清潔感が漂っている。床には埃はなく、壁紙も透き通るような白。部屋の一番奥にはベッドが設置されており、クローゼットや手洗い場もある。最低限生活に必要な設備はすべて揃った、贅沢な部屋だ。
 私は目の前に広がる光景に興奮し、大きな声を出してしまう。
「凄い!凄いわ!」
 アニタの宿屋は比較的綺麗な方だと言われていた。けれど、この部屋は、あの宿屋よりもずっと綺麗だ。
「トリスタン、本当にこんな良い部屋を借りて大丈夫なの?」
「そんなに良い部屋じゃないよ」
「でも、でも、凄く綺麗だわ!清潔そのものだし!」
「嬉しそうだね」
 くすっと笑みをこぼすトリスタン。
 もしかしたら、私はまたおかしなことを言ってしまったのかもしれない。だが、あくまで本心を言ったまでである。
「それじゃ、今日はゆっくり過ごしてね。マレイちゃん」
「行ってしまうの?」
「僕は今から訓練があるんだ。だからまた夜にでも遊びに来るよ」
 そう言って、優しげに微笑む。そして彼は部屋から出ていこうとした——のだが、一歩部屋の外へ出た瞬間に振り返る。絹のような金の髪が回転に乗ってサラリと揺れた。
「……トリスタン?」
 彼の青い瞳がこちらをじっと見つめていたため、私は首を傾げながら呟くように言う。
 すると彼は口を開いた。
「マレイちゃん。あの時……ゼーレに、どうしてあんなことを言ったの?」
「え?」
「『待っている』なんて」
 トリスタンの声はいつになく静かだった。
 私の発言を怒っているのだろうか、と少々心配になってしまう。
「ゼーレは君を狙っているんだよ?」
「……そう、よね。私にもよく分からない」
 自分でもよく分からない。
 ゼーレは敵。化け物を引き連れて襲撃し、私を狙い、トリスタンと戦った、正真正銘の敵なのだ。
 だから、情けをかける必要などないし、歩み寄ろうとする必要もない。
 ——なのに私は。
 彼と分かり合えるかもしれない、と思い、その方向で言葉を発した。普通ならありえないことだ。
「トリスタン……怒ってる?」
「いや、怒ってはいないよ。少し気になっただけなんだ。どうしてあんな風に言ったのか、ってね」
 声が若干柔らかくなった。怒っていないというのは本当のようだ。
「……変よね、私。あんな人と分かり合えるわけがないのに。なのに、一瞬……」
「一瞬?」
「同じなんじゃないかって、思ってしまった」
 トリスタンから「虚しいと思わない?」と言われた時や、別れる直前に私が親の話をした時に、ゼーレが見せたあの表情。
 それらは、私たちレヴィアス人と異なるものでは、決してなかった。
「余計なことばかり考えていてごめんなさい。グレイブさんたちの前では、あの赤い光もちゃんと出せなかったし。……でも、まだ諦めない。もう一度あれができるように頑張るわ」
 トリスタンに見離されれば、帝国軍に私の居場所はない。だから、彼に見離されること——それだけが怖い。
「だからトリスタン。私を見離さないで」
 すると彼は、久々に、その整った顔に笑みを浮かべた。
「まさか。むしろ感心しているくらいだよ」
 その顔を見てほっとした私は、安堵の溜め息をつきそうになったが、なんとかこらえる。
 人前で大きな溜め息はさすがにまずい、と思ったからだ。
「君はきっと帝国軍に新しい光を運んでくれる。そう思ってはいたけど……もう動き始めるとはね」
 トリスタンの言葉の意味は、私にはよく分からなかった。
 だが、彼が怒っていないということを知れただけで、今は十分である。

Re: 暁のカトレア ( No.25 )
日時: 2018/05/20 14:42
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

episode.20 遊びに行かない?

 帝都へ移り初めての休日。
 朝、私がまだベッドの中でむにゃむにゃと寝惚けていると、フランシスカがやって来た。彼女が訪ねてきたのがあまりに唐突だったため、私は寝起きのだらしない格好で彼女を迎えることになってしまった。
「マレイちゃん、今日遊びに行かないっ?」
 いきなりのお誘い。
 私は暫し、ぽかんと口を空ける外なかった。
「なになに?行きたくない感じ?」
 怪訝な顔で首を傾げる彼女は、既にお出掛けに相応しい服装になっている。
 空色をした膝より上の丈のワンピース、太股までの長いソックス、そして紺のリボン付きパンプス。大人びながらも、愛らしい顔と上手く混ざり合う、絶妙なバランスが印象的だ。ちなみに、パンプスのヒールは低めである。
「い、いえ。ただ少し驚いてしまって……」
「そっか!マレイちゃんって、あまり友達いなさそうだもんねっ」
 無邪気に言われ、何とも言えない気持ちになる。
 確かに、友人は多い方ではなかった。人付き合いにおいて器用な質ではないことも理解している。
 ただ、改めてこうもはっきり言われると、複雑な心境だ。
「でも安心して!フランが帝都を案内してあげるから!」
「私でも楽しめそうですか?」
「それはもちろん!フラン、そういうのは得意なのっ」
 フランシスカは自慢げだ。
 妙に自慢げで、頼んでもいないのに恩を売ろうとしてくる女——普通なら迷惑以外の何でもない。だが彼女の場合は、その愛らしい容姿ゆえに、迷惑だとは感じなかった。
 容姿ひとつでこれほど感じ方が変わるのだから、面白いものである。
「分かりました。じゃあ今から用意します」
「それじゃあ、ここで待ってるねっ」
 言いながら、私の自室内へドカドカと入ってくるフランシスカ。彼女は私の部屋でも、まるで自分の部屋にいるかのように振る舞っている。まさに自由奔放である。
「服は、えぇと……」
 私は余所行きの服に着替えるべく、クローゼットを開ける。
 しかし、そこに入っているのは、二着だけだった。一着は、ダリアから帝都へ来るときに着ていたワインレッドのワンピース。そしてもう一着は、帝国軍の制服。これは先日作ってもらったばかりの、ほぼ新品である。
 休日のお出掛けとなると、どちらを着ていくべきなのか……。
 考え込んでいると、フランシスカが歩み寄ってくる。
「なに迷ってるのっ?」
「あ、着ていく服を」
「そっか。どんなのがあるのっ?」
 言いながらクローゼットの中を覗き、愕然とした顔をするフランシスカ。
「え……これだけ?」
 彼女は、新人類を目にしたかのような表情で、こちらを見つめてきた。
 クローゼットの中に二着しか入っていないのが、よほど驚きだったのだろう。
「マレイちゃんって……一体何者?」
「えっと、マレイ・チャーム・カトレアです」
「そうじゃないよっ!」
 フランシスカは心なしか調子を強める。
「女の子なのに余所行きがこれだけって、どうなってるの!?」
 宿屋で働く分には余所行きの服など必要ない。ちょっとおしゃれな感じなら何でも良かったのだ。だから、活動する時と寝る時は同じ服を着用していた。その方が効率的だと思うからだ。
 だが、その考えは帝都では通用しないのだと、今初めて知った。
 いくら観光客が多いとはいえ田舎の域を抜け出しきれないダリアと、レヴィアス帝国の中心にある帝都では、話が違うのだろう。
「二着だと、おかしいですか?」
「おかしいよ!っていうか、おかしいおかしくない以前の問題だよっ!」
 そういうものなのだろうか。
「じゃあ取り敢えず、そのワインレッドの方を着て!」
「こっちですか?」
 私がクローゼットの中からワインレッドのワンピースを取り出すと、彼女は一度、こくりと頷いた。
「そう。それでまずは服屋さんまで行こう。もう少し数を増やさないと!」
「でもフランさん。私、そんなにお金を持っていません」
「それならフランが買うから!」
 両手を腰に当て、上半身をやや前に倒して、ぐんぐん迫ってくるフランシスカ。その瞳は真剣そのものだ。
 距離が縮まると、ミルクティー色の髪から良い香りが漂ってきた。それは極力気にしないように心掛け、落ち着いて言葉を返す。
「いいですよ、そんなの。フランさんに買っていただくなんて申し訳ないです」
「じゃあ入隊祝いで!」
「駄目ですよ、そんなの。自分の服は自分で買わないと……」
 すると彼女はくすっと笑みをこぼす。
「フランが買ってあげるのはね。外出着二着しか持ってないような娘と並ぶのが嫌だからだよっ」
 ここまではっきり言われると、少々落ち込みそうになる。
 しかしフランシスカのことだ、悪気はないのだろう。純粋に思ったことを言っているだけに違いない。
「楽しみだねっ。マレイちゃん」
「は、はい……」
「何それっ。楽しみじゃなさそう!」
「ごめんなさい」
「もしかして、本当に楽しみじゃないのっ!?」
 私がこんなことを言うのも何だが。
 フランシスカ——彼女は結構、面倒臭そうな感じがした。トリスタンと接する時の様子といい、今のずけずけ言ってくるノリといい、いろんな意味でややこしそうだ。
 ゼーレには狙われる。隊の仲間は面倒臭い。そして、強くならなければならない。そう考えると、帝国軍での暮らしも楽なものではなさそうだ。むしろ、アニタの宿屋で働き続ける方が楽だったかも、と思ってしまったくらいである。
 けれど、私はこのくらいでは挫けない。
 嫌なことがあっても、辛いことがあっても、これは私の選んだ道だ。
 だから大丈夫。
 きっと進んでゆける。

Re: 暁のカトレア ( No.26 )
日時: 2018/05/21 18:53
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

episode.21 帝都散歩

 今私がフランシスカと歩いているのは、帝都の中でも特に賑わう商店街。太い道の両脇に、いくつもの店が立ち並んでいる。しかも、たくさんの種類の店があり、見たことのないような店も多い。
「あのお店は何ですか?」
「ネイルサロンだよっ」
「ネイル……サロン?」
「爪を綺麗に飾ってもらえるお店!」
 ダリアにはなかったような店が多々あるため、こうしてのんびり歩きながら眺めるだけでも楽しい。
 それに加え、疑問に思ったことはフランシスカに尋ねられる。だから、疑問が疑問のまま放置されることがなく、まるでどんどん賢くなっていくかのようだ。
「あっちのお店は……服屋ですか?」
「惜しいっ、ブランドバッグの店だよ。ま、服もないことはないけどねっ」
 美少女の隣を歩くのは若干緊張する。
「あれは?」
「腕時計のお店だよっ。でもフランたち、腕時計ってあまり使わないんだよねっ。これがあるし」
「ですね。二本もあるとややこしくなりそうです」
「うんうん!」
 私とフランシスカは、そんなたわいない話をしながら、すたすたと道を歩いていく。
 人は多い。それも、若めの女性が。
 しかし、帝都へ来て数日経ったというのもあり、だいぶ慣れてきた。この程度の人混みなら、今はもう平気である。
「いろんな店があって、面白いですね」
「そう?フラン、普通だと思うけど」
「私がいたところにはこんなに色々なかったので、新鮮で楽しいです」
 ずっと帝都暮らしのフランシスカには、この喧騒や様々な店を新鮮に感じる心などありはしないのだろう。彼女にとっては、きっと、これが「普通」なのだ。
 そうこうしているうちに、私たちは一軒の服屋にたどり着いた。
 二十代から三十代くらいの女性が店員の、瑞々しくおしゃれな雰囲気が漂う服屋である。
 慣れない空気に立ち竦んでいると、フランシスカが手を引っ張ってくれた。そのおかげで私は、無事店内に入ることができた。
 私一人では入る勇気はなかっただろう。
 そういう意味では、彼女がいて良かった。
「いらっしゃいませー」
「この娘に似合う服、お願いっ」
「分かりましたー」
 フランシスカと女性店員の会話はそれだけ。
 それから私は、その女性店員に案内され、色々な服を見て回った。
 服装へのこだわりなどほとんどなかった私にしてみれば、正直そこまで興味はない。サイズが合っていてちゃんと着られるなら何でも、といった感じである。
 しかし、色鮮やかな服の数々を眺めること自体に嫌悪感はなかった。
 むしろ心が弾んだくらいである。

 その後。
 私とフランシスカは、服屋の隣の喫茶店へ入った。
「あの……良かったんですか?本当に買ってもらって」
 かっちりした、紺のジャケットとプリーツスカート。白色のブラウス。そして、真面目な雰囲気のローファー。
 シンプルなデザインではあるが、肌触りが良く、着心地は最高だ。それだけに、「結構な価格だったのでは?」と少々心配である。
 だがフランシスカは、私の心配などよそに、にこにこしていた。
「大丈夫大丈夫っ」
 本人が「大丈夫」と言っているのだから大丈夫なのだろう。
 だが、軽さが逆に心配だ。
「働いて返しましょうか?」
「いいって。フラン、別に貧乏じゃないしっ」
 笑顔のまま軽くそう言った。
 そして、店員にコーヒーと苺のロールケーキを注文する。
 フランシスカに「どうする?」と尋ねられたため、私は遠慮気味に「同じでお願いします」と答えた。すると彼女は「コーヒー駄目なんじゃないの?」と言ってくる。
 まさに、その通り。
 私はコーヒーはあまり飲めない。
 そんなことで私がもたもたしているうちに、フランシスカはさらっと注文してくれる。
「それじゃ、アイスティーと苺ロールで!」
 た、助かった……。
 今日は出掛け慣れているフランシスカに助けられてばかりだ。
「注文する時は、はっきり言ってよねっ」
「分かりました」
 向かい同士に座ると顔と顔の距離が近い。そのせいもあってか、妙に彼女の顔を見つめてしまう。
 睫毛は長く、瞳は潤んで大きい。ミルクティー色の髪はいかにも柔らかそうで、まるで可愛らしい人形のよう。化粧は薄く、あっさりしているにもかかわらず、まさに美少女といった雰囲気があった。
 しかも良い香りがする。
「それで、どう?新しい服を着た気分は」
「すっきりします」
「え、すっきり?ま、まぁいいけど」
 フランシスカはそう言いながらも、その愛らしい顔に困惑の色を浮かべていた。
「服装なんて考えたことはなかったですけど、ああやって色々見ていると、段々面白いと感じるようになってきました」
 この言葉は真実だ。
 別段興味はなかったが、服屋で色とりどりの服に囲まれているうちに、楽しくなっていく自分がいた。それは確かである。
「それなら良かったよっ。フラン、マレイちゃんはもっと可愛くなれると思う!」
「なれたら嬉しいです。さすがにフランさんには敵わないでしょうけどね」
「そりゃそうだよっ」
 きっぱりと言われてしまった。
 私だって、フランシスカより可愛くなれるとは、端から思っていない。けれど、さすがにこうもきっぱり言われては……って、こういうの、何度目だろうか。

 この後、私とフランシスカは、ゆったりとお茶をした。
 私はアイスティー、彼女はコーヒー。そして共通の苺ロールケーキ。まさに、おしゃれな女性のティータイム、といった雰囲気である。
 まさか私がこんな会に参加する日が来るとは。そんなこと、夢にも思わなかった。


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