コメディ・ライト小説(新)

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暁のカトレア
日時: 2018/07/21 14:40
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

初めまして。あるいは、おはこんにちばんは。四季と申します。
今作もゆっくりまったり書いていく予定ですので、お付き合いいただければ幸いです。


《あらすじ》
レヴィアス帝国に謎の生物 "化け物" が出現するようになり約十年。
平凡な毎日を送っていた齢十八の少女 マレイ・チャーム・カトレアは、一人の青年と出会う。
それは、彼女の人生を大きく変える出会いだった。

「小説家になろう」にも投稿しています。こちらの方が少し遅れていることをご了承下さい。


《目次》
prologue >>01
episode >>04-08 >>11-65


《コメント・感想、ありがとうございました!》
夕月あいむさん
てるてる522さん

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Re: 暁のカトレア ( No.61 )
日時: 2018/07/15 13:46
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

episode.56 妥協点を探しつつ

 目の前には大蛇の化け物。
 頭部を勇ましく持ち上げたそれは、高さが二メートルくらいありそうだ。胴は太く、私よりも高い位置に頭がある。一般人が目にすれば、パニックになるか硬直するかの二択だろう。
 それでも、あの夜私の生まれた村を焼いた巨大蜘蛛の化け物に比べれば、まだ小さい。この程度の大きさなら、何とかならないこともなさそうである。
「駄目だよ!マレイちゃん!」
 背中側から聞こえてくるのはトリスタンの声。
 焦ったような声色だ。
「君一人じゃあれには勝てない!勝てるわけがない!」
「それでも、ここでやられるわけにはいかないでしょ!?」
 私は鋭い言い方をしてしまった。
 心から尊敬するトリスタンに、鋭い調子で物を言うなど、本来ありえないことだ。けれど、その「本来ありえないこと」をしてしまった。それは、危機的状況にあったからだと思う。
 ……言い訳だと思われるかもしれないが。
「マレイちゃん、僕が!」
「動いちゃ駄目よ。トリスタンは無理しないで」
「僕は平気……っ」
 トリスタンは大きな声を出しながら、立ち上がろうとして、すぐに膝を折った。手で右足首を掴み、顔をしかめている。どうやら右足首が痛むようだ。どこからどう見ても平気そうではない。
 私は彼に駆け寄りたい衝動に駆られた。
 痛みに苦しむトリスタンを一人にしておきたくない。せめて、傍にいて励ましてあげたい。
 だが、そんな呑気なことをしている暇などない。
 今は大蛇の化け物を倒すことに集中しなくては。
「トリスタンはそこにいて」
 座り込んでしまっている彼を一瞥し、柔らかな微笑みを浮かべる。
 少しでも安心してほしい。そんな思いからだった。
 そしていよいよ、大蛇の化け物へ視線を向ける。大蛇の化け物もこちらを見ていたらしく、視線が交わった。背筋を冷たいものが駆け抜ける。
 化け物と直接対決をするのは怖い。寒気がするほどに、恐ろしい。
 けれども、今さら退くことなんて不可能だ。既に引き返せないところまで来てしまっているからである。ここまで来てしまったら、戦い、倒すなり何なりするしかない。
 私は大蛇の化け物へ、腕時計を装着した右腕を向ける。戦いの幕開けだ。
「はぁっ!」
 赤い光球を撃ち出す時、気合いのこもった声が自然に出た。
 確かに私なのに、私ではないみたいな声だ。まったく別の誰かに操られているかのような、不思議な感覚である。
 腕時計から放たれたいくつもの光球。それらは、大蛇の化け物に向かって、一斉に飛んでいく。
 数秒後、私が放った赤い光球は、大蛇の化け物へ命中した。
 ドドッ、という低音が響く。
 これだけ浴びせれば、それなりのダメージは与えられただろう。もしかしたら虫の息にまで追い込めたかもしれない、とさえ思った。

 その時。
「危ないっ!!」
 耳に飛び込んできたのは、トリスタンの鋭い声。
 私は咄嗟に身構える。
 刹那、大蛇の化け物の尾が迫ってくるのが見えた。
 ——避けないと。
 本能的にそう感じた。
 あの太いものを叩きつけられては、間違いなく怪我をする。それも、大怪我になることだろう。そんな目に遭うのは嫌だ。
 私はその場から離れようと試みる——より一瞬早く、トリスタンが私の体を抱いていた。彼はその体勢のまま、飛び退く。抱き締められているせいでトリスタンの白い衣装しか見えない。だが、衝撃がこなかったことを考えると、恐らく、尾はかわせたのだろう。
「大丈夫?」
 床を転がり、その勢いに乗って中腰になると、彼は尋ねてきた。
「え、えぇ。平気よ。トリスタンは?」
「大丈夫だよ」
 トリスタンは、こちらへ視線を向けて、優しく微笑む。
 リュビエに連れ去られる前と変わらない、ふんわりとした笑みだった。眺めているだけで穏やかな気持ちになってくるのだから、凄いことである。
「やっぱり、マレイちゃんにはまだ無理だよ。ここからは僕が」
「いいえ。まだ戦えるわ」
「いや、後は僕がやる。君にこれ以上無理はさせられないからね」
「それはこっちの言葉よ」
 私とトリスタンは、大蛇の化け物の動きが止まっている間、そんな細やかな言い合いをした。
 こうして近くにいられること。触れ、言葉を交わせること。
 一見当たり前のようだが、今はそれが、心臓が大きく鳴るほどに嬉しい。上手く言葉にはできないが、とにかく喜ばしくて仕方ないのだ。
「いいから、僕に任せて」
「嫌よ。私も役に立ちたいの」
 こんなことをしている場合ではない。それは十分理解している。にもかかわらず、こんな無意味な言い合いを続けてしまうのは、トリスタンが近くにいるという安心感ゆえだろうか。
「とにかく、私も戦うから!」
「……そっか。そこまで言うなら仕方ないね」
 トリスタンは、じゃあ、と続ける。
「二人で!」
 それが彼の出した提案だった。
 私はその提案に、首を縦に振る。
 トリスタン一人に戦わせて私は何もしない、というのはもう嫌だ。私だって化け物狩り部隊の一員だもの、無力な存在ではありたくない。
 けれど、二人で、というのは良いと思う。
 二人で戦うのなら、トリスタンの負担を軽くするよう努められる。そして、私一人で戦うよりも、敗北するリスクは低い。お互いフォローしあえるというのは魅力的だ。
「そうね。そうしましょう」
「決まりだね」
 二人で戦う、に決定。
 しかし、次の疑問が生まれてくる。
「トリスタン武器は?素手はさすがにまずいわよ」
 すると彼は、どこからともなく、ナイフを取り出してきた。
「これを使うよ」
 装飾のない、短めのナイフだ。刃の部分に紫の粘液がこびりついているところを見ると、既に、化け物と戦うのに使用したものと思われる。
「それでいいの?」
「うん。マレイちゃんの援護があれば、これで十分」
 トリスタンの均整のとれた顔には、余裕の色がはっきりと浮かんでいた。自身に満ちた口元と、凛々しさのある目つきが、印象的だ。
 それから彼は、ナイフを持ち、構えをとる。
 先ほど痛そうにしていた右足首が問題ないのか、少々気になるところではある。だが、今の彼を見ている分には、問題なさそうだ。だから、「大丈夫なのだろう」と前向きに考えるように心がけた。
 今、二人の見つめるものは同じ。
 目の前にいる大蛇の化け物を倒す——ただそれだけだ。

Re: 暁のカトレア ( No.62 )
日時: 2018/07/18 21:32
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

episode.57 合流

 大蛇の化け物は視線を、私からトリスタンへと移す。
 トリスタンが前へ出たため、彼を敵であると認識したのだろう。
「——行くよ、マレイちゃん」
 寒い冬の夜のような、静かな声だ。その冷たさに、身が引き締まる思いがした。いつもは冷静でも優しさを忘れない彼が放つ、すべてが凍りつくような声には、不思議な力を感じる。
 私はそっと頷き返す。
「えぇ。援護は任せて」
 それを合図に、トリスタンは床を蹴った。
 化け物特有の薄紫色をした粘り気のある液体が、べっとりとこびりついたナイフを手に、彼は勇敢に挑んでいく。
 目つきは鋭い。
 けれどもその青い瞳は、凪いだ海の如き静寂を映し出している。
 腕時計がないため、今のトリスタンは、いつものようには跳べない。巨大な敵と互角に渡り合うほどの身体能力は持っていないのだ。それでも彼は迷うことなく、大蛇の化け物を真っ直ぐに見据えている。見上げた精神力である。
 大蛇の化け物は尾を大きく振りかぶり、トリスタンに狙いを定める。恐らく薙ぎ払うつもりなのだろうが、そうはさせない。私は光球を放ち、バランスを崩させる。
「ナイス!」
 光球を受けてバランスを崩した大きな隙を、見逃すトリスタンにではない。彼は一気に距離を詰め、大蛇の化け物にナイフを突き刺す。
 深く刺された大蛇の化け物は、まるで悲鳴をあげるかのように、太い体をうねらせた。その動き方からは、最期の抵抗、といった必死感が漂っている。絶命する直前の者を見ているかのようで少しばかり胸が痛むが、同情している場合ではない。今だけは心を殺すよう努めた。
 トリスタンは一度ナイフを抜く。
 そして、再び突き刺す。これでもか、というほどの強い力を込めて。
「あと少し!?」
 いつでも光球を放てるよう準備しておきながら、トリスタンに尋ねた。大蛇の化け物が懸命にうねる光景を見続けるのが辛かったからである。少しでもいいから早くこの時間が終わってほしい、と思った。
 もちろん、大蛇の化け物に同情する必要性などない。それはまぎれもない敵なのだから。
 そのこと自体は理解しているつもりだ。
 それでも疼く、この胸の奥の一部は、良心という名の部分だろうか。
「すぐに終わるよ!」
 トリスタンは答えてくれた。はっきりとした口調だった。
 触れるほど接近している彼には、大蛇の化け物がもうすぐ消滅することが分かるのだろう。

 ——それから数秒。
 大蛇の化け物は、トリスタンの予測通り、消滅した。

「終わったね」
 目の前の敵を見事に倒したトリスタンが、粘液のついたナイフを片手に、こちらへと歩んでくる。黒の短い手袋を装着している彼の手も、ナイフと同じように、薄紫に濡れていた。
「えぇ。トリスタン、さすがね。私が出る幕なんてなかったわ」
 すると彼は、柔らかく微笑んでから、首を左右に振る。
「ううん、速やかに終わったのは君のおかげだよ。バランスを崩してくれたのが大きかったから」
「そう?役に立てたならいいけど」
 私は赤い光球をほんの数発放っただけだ。それ以外は何もしていない。
 もっとも、正しくは「何もしていない」ではなく、「何かする暇がなかった」なのだが。
「凄く助かったよ」
 言いながら近づいてくるトリスタン。
 彼の穏やかな表情を目にし、安堵の溜め息を漏らしていると、彼は急に抱き締めてきた。トリスタンは、がっしりとした男性的な腕ではないはずなのだが、その力はというと結構なものだ。
 全力で抱き締められると、私の力では抵抗できそうにない。
「……ありがとう」
 抱き締める体勢のまま、トリスタンは私の耳元で囁いた。
 それは、信じられないくらい弱々しい、消え入りそうな声。それは、日頃の穏やかで優しい声とも、戦闘時の勇ましく落ち着きのある声とも、違う。
「ちょ、ちょっと。いきなりどうしたの?」
 突然の意外な声色に、私は動揺を隠せない。
 弱さを感じさせるトリスタンを見るのは初めてで、彼が彼であると信じきれていない私がいる。
「寂しかったな」
「だから、急にどうしたのよ。何だか様子が変よ?」
「しばらく一人だったから……誰かに甘えたい気分なのかもしれないな。ごめんね、マレイちゃん」
 謝りつつも離れないところがトリスタンらしい。
「……怒ってる?」
 いかにも「怒っていない」という返事を聞きたいかのような問いが来た。
 狙いが見え透いているところが何とも言えない。
「怒ってはいないわ。……って言ってほしいのよね?」
「あ。気づかれた?」
「分かるわよ、そのくらい。私だってそこまで馬鹿じゃないわ」
 するとトリスタンは両の瞳を輝かせた。
 深海の如き深みのある青が、希望という名の輝きで満たされていく様は、「美しい」という言葉が似合う。
「やっぱり!マレイちゃんは僕を深く理解してくれているんだね!」
 ……え。
 いきなり、何を言い出すの。
「僕の深いところを見てくれるのは、やっぱり、マレイちゃんだけだよ。嬉しい」
「え?ちょっと待って、どういう展開よ?」
 抱き締められたままなので、胸元が圧迫され息苦しい。私は「そろそろ離してちょうだい」と言いながら、体を軽く左右に振ってみる。すると、トリスタンは私の心に気がついたらしく、両腕を離してくれた。
 ほっ、と安堵の溜め息をつく。

 その時。
「終わったようですねぇ」
 私たち二人の背後から声が聞こえてきた。聞き慣れた声だ。
 振り返ると、そこにはゼーレが立っていた。
 顔に装着した銀色の仮面には、先ほどまではなかったと思われる傷がいくつか刻まれている。リュビエとの交戦で刻まれたものだろうか。そして足下には、高さ一メートルの蜘蛛の化け物が、一体這っていた。
「ゼーレ!?」
 現れたゼーレを視認するや否や、トリスタンは顔を強張らせる。声は鋭く、表情は固く、一瞬にして変化している。
「リュビエは?」
「何とか上手くすり抜けてこれました」
「倒したわけじゃないのね……」
「えぇ。私がリュビエを倒すなど、不可能です」
 リュビエを倒しておいてくれたなら、少しはゆっくりできたのだが。
「今のうちに戻りましょう。カトレア」
 ゼーレは淡々とした声色で言った。
 それに、私は頷く。
 意思疎通ができている私とゼーレを目にし、トリスタンは怪訝な顔になっていた。私が化け物側の者と普通に接していることに、戸惑っていたのかもしれない。

Re: 暁のカトレア ( No.63 )
日時: 2018/07/19 17:25
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

episode.58 二度手間は、避けるに越したことはない

 リュビエが来る前にここから離れるよう提案するゼーレ。
 しかしトリスタンは納得できない顔だ。ゼーレを信頼できない、ということなのだろうが、こんな時に頑固になるのは止めていただきたいものである。
「マレイちゃん、本当に信じていいの?」
「えぇ。今は彼を信じるしかないもの」
「それはそうだけど、でも、ゼーレはマレイちゃんを狙って……」
 トリスタンはまだゼーレを信じられそうにない。
 そこへ、ゼーレが口を挟む。
「余計なことは言わず、さっさとしなさい」
 淡々とした声できっぱり言われ、眉間にしわを寄せるトリスタン。
「……何様のつもりかな」
 不快そうな顔つきをしながらもトリスタンは落ち着きのある声を放っていた。しかし、声の落ち着いた響きとは裏腹に、今にも食ってかかりそうな感じだ。
 だがゼーレは言い合いを望んではいないようで、トリスタンの言葉を無視した。
 彼は機械の片腕を伸ばし、ここへ来た時と同じように空間を歪ませる。空間の歪みは徐々に広がり、人一人が通れる程度の大きさに近づいていく。
 到底現実とは理解できないような現象に、私の横に立つトリスタンは、目を大きく見開いていた。よく考えてみれば、トリスタンはこれを見るのは初めてだ。驚くのも無理はない。
 やがて、空間のゆがみが広がりきると、ゼーレは私たち二人の方へ視線を向ける。
「戻りましょう」
 ここを通過すれば、基地の地下牢へ帰られるのだろう。
 こんなところ、一刻も早く脱出したい。
「えぇ、そうね。それがいいわ」
 私はすぐ横にいるトリスタンへ目をやり、それから、彼に向けて手を伸ばした。
「トリスタン、帰りましょ」
 すると彼は、数秒してから、私の手をとった。
 まだ納得しきれてはいない顔色だったが、「そうだね」と言ってくれる。
「それじゃあゼーレ。ここからは、よろしく頼むわ」
「えぇ……任せて下さい」
 やや不満げな声なのが気になるが、まぁ、それほど気にすることでもないだろう。
 こうして私たちは、基地への帰路についた。

 ——それから少しして。
 気がついた時、私は、基地の地下牢に立っていた。詳しい場所を言うならば、ゼーレが拘束されていた個室を出てすぐのところ。扉のすぐ外側である。
「ここは……?」
 私と手を繋いだままのトリスタンは、不安げな表情で辺りを見回している。理解不能の展開に動揺しているらしく、青い瞳が揺れていた。
「場所はここで良かったのですかねぇ……」
 近くにはゼーレの姿もあった。
 銀色の仮面、黒いマント、どちらも健在である。
「えぇ。ゼーレ、ありがとう」
 私は素直に礼を述べた。
 トリスタンも一緒にここへ帰ってこれたのは、ゼーレが私に協力してくれたおかげだ。本当に、感謝しかない。
「貴方のおかげで助かったわ」
 そう言うと、ゼーレは気まずそうに顔を背ける。
「……別に。感謝されるほどのことではありませんがねぇ」
「相変わらず素直じゃないのね」
「うるさいですねぇ」
 素直に「どういたしまして」って言えばいいのに。
 ……まったく、ひねくれているんだから。
「何よ、そんな言い方しなくていいでしょ。ねぇ?トリスタ……ひっ!」
 思わず上ずった声を出してしまった。
 というのも、トリスタンが凄まじい形相でゼーレを睨みつけていたからである。恐怖を覚えるほどの迫力が、トリスタンから溢れ出ていた。
「いつの間にそんなに仲良くなったのかな……?」
「何です。もしや嫉妬ですか」
 ゼーレはこの期に及んでまだ余計なことを言う。
 相手を刺激するような言葉を敢えて言うのは、ゼーレらしいと言えばゼーレらしい。ただ、正直迷惑なので、止めていただきたいものだ。

 トリスタンとゼーレが険悪な空気になりつつあった、その時。
「……マレイちゃん!?」
 唐突に可愛らしい声が聞こえてきた。
 咄嗟に振り返ると、そこには、フランシスカの姿があった。ミルクティー色の柔らかな髪に包まれた愛らしい顔は、驚きの色に染まっている。
「どうして!?」
 フランシスカはミルクティー色の髪を揺らしながら駆け寄ってきた。
「どうしてマレイちゃんがっ!?」
 それから彼女は、近くにいたトリスタンとゼーレを見つけ、余計に混乱する。
「えっ、どういうこと?どうしてトリスタンもいるの!?トリスタンはさらわれたんじゃ」
 長い睫毛をぱちぱち動かしながら、早口に言葉を放つフランシスカ。彼女は完全に混乱しきってしまっている。
「待って。フランさん、落ち着いて。今から説明するから……」
「しかもゼーレまで!どうしてっ!?」
 このままでは収まらない。
 そう判断した私は、鋭く叫ぶ。
「落ち着いて!!」
 声は人の気配のない地下牢に響いた。
 そして、静寂が訪れる。
 トリスタン、フランシスカ、ゼーレ、私。四人だけの空間から、音は完全に消えた。
「フランさん、今からちゃんと説明するわ。何があってどうなったのか、一つ一つ、きっちりと説明するから。だから、聞いてほしいの」
 一から話せば長くなるだろう。それは目に見えている。けれど、こうなってしまった以上、説明する外ないだろう。
「……う、うん」
 ようやく落ち着いたらしいフランシスカは、少し目を細めながら、ゆっくりと頷いた。この様子なら、ちゃんと話せそうだ。
「じゃあ最初から……」
 私が言いかけた時、フランシスカは「ちょっと待って!」と重ねてきた。
「どうせなら一回の方がいいだろうから、グレイブさんのところへ行かない?事情の説明、グレイブさんにも聞いてもらった方がいいよっ」
 確かに、その通りだ。
 今ここで説明し、後ほどグレイブにもというのは、完全な二度手間である。まとめて説明できるなら、それに越したことはない。
 なので私は頷いた。

Re: 暁のカトレア ( No.64 )
日時: 2018/07/20 20:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

episode.59 私には言えない

 今後の予定をある程度考えた後、私たちは移動することとなった。
 フランシスカは、グレイブに連絡しながら先頭を行く。その後ろにトリスタンと私。そして最後にゼーレ。ちなみにゼーレは、一人の牢番に見張られている。
 リュビエに奪われたトリスタンの腕時計を、さりげなくゼーレが取り返していたことは驚きだった。
 そんなことを考えつつ、私はトリスタンに話しかけてみる。
「あそこで一体何をされたの?怪我は?」
 すると彼は、金の髪をなびかせて歩きながら、優しい声で答える。
「たいしたことじゃないよ。マレイちゃんに言うほどでもない、小さなことだから、気にしないで?」
「ごまかさないで」
 トリスタンは私には隠すつもりなのだろう。
 だがそんなことは許さない。
「ちゃんと教えてちょうだい。仲間でしょ」
「……そうだね」
 廊下を歩きながら、トリスタンは諦めたように発した。ようやく話す気になってくれたようだ。
「いろんな化け物と戦わされてね、そのデータを記録されたんだ」
「トリスタンの戦闘データを?」
「うん。今後の化け物開発に使うとかなんとか」
 つまり、トリスタンとほぼ同等の戦闘能力を持った化け物が開発される可能性がある、ということ。
 それは、正直困る。
 トリスタンの戦闘能力は、この化け物狩り部隊の中でも、かなり高い部類だ。そんな彼と同じくらいの力を持った化け物なんて、厄介としか言い様がない。
「それはグレイブさんに報告しておいた方が良さそうね」
「怒られないかな……」
「何を言ってるの。トリスタンは怒られなんてしないわ」
 グレイブに怒られるとしたら、私の方である。
 トリスタンは私を庇って連れ去られただけ。彼には何の落ち度もない。すべて私の力の無さゆえに起こったことだ。
「生きて帰ってきてくれただけで満足よ」
 不安げな顔のトリスタンに、私はそっと微笑みかける。
 彼の中の不安が少しでも和らぐことを願って。
 いくらグレイブでも、私を庇っただけのトリスタンを怒るなんて、そんなずれたことはしないだろう。彼女とて馬鹿ではないのだから。きっと、「よく戻ってきた」と、温かく歓迎してくれるはずだ。

 その後、グレイブと合流。そして私は、彼女に、ここに到るまでの一連の流れを説明した。
 正しく伝わるよう、一つ一つ丁寧に説明するのは、なかなか大変だった。けれども、グレイブが落ち着いて聞いてくれたのは、良かったと思う。
 結果的に、トリスタンはもちろん、私も怒られずに済んだ。
 私は怒られるだろう、と予想していたため、少々意外な結果である。もっとも、怒られるより怒られない方がありがたいことには変わりがないのだが。

 説明が一通り終わると、トリスタンはフランシスカに連れられて、救護班のもとへ向かった。傷の程度を確認し、必要な手当てを行うためらしい。
 そうして部屋に残ったのは、私とグレイブ、そしてゼーレ。
 三人だけになってしまった。しかも、何とも言えない気まずさのある、最悪な組み合わせだ。
「時にゼーレ」
 沈黙を破ったのはグレイブ。
 彼女は、私が座っている椅子の後ろに立たされているゼーレに、視線を向けている。漆黒の瞳から放たれる視線は、静かながら熱いものを感じさせる、不思議な視線だ。
「……何です」
「なぜマレイには力を貸した?」
 壁や天井など、ほとんどが白い部屋では、グレイブの黒髪はよく映える。頭が動くたびにするんと揺れる髪は、艶やかで、大人の女性らしさを演出していた。
「トリスタン救出に協力する気は微塵もない、と言っていただろう」
「えぇ……その通りです」
「にもかかわらずマレイには力を貸した。その理由は何だ。彼女に恩を売りたかったのか」
 グレイブとゼーレは話を進めていく。
 私は放置だ。
「残念。惜しいですねぇ。正しくは、恩を返したかった、です」
「マレイに、か」
「カトレアには色々と世話していただきましたからねぇ」
 ゼーレがそんなことを言うなんて。天変地異の前触れかと思ってしまうくらい珍しい。
 しかし、私が彼へ目をやると、彼は顔を背けてしまった。
「なるほど。多少は恩を感じているのだな」
「だからといって貴女たちにつく気はありませんがねぇ」
 ゼーレの発言に、グレイブは眉をひそめる。
「次は解放しろとでも言う気か」
 彼はやはり、戻ってしまうのだろうか。リュビエたちのところへ、帰ってしまうのだろうか。
 そうなれば、私たちとは、また敵同士だ。正直それは悲しい。
 ——そんなことを思っていると、無意識のうちに、目元が湿ってしまっていた。
「マレイ?」
 私の異変に気がついたらしく、グレイブはこちらへ視線を向ける。訝しむような表情だ。
「どうした、マレイ」
 指で目元の雫を拭うと、私は答える。
「ゼーレと……もう敵に戻りたくない」
 言ってしまってから、後悔した。こんな発言、化け物絡みには特に厳しいグレイブが、許すわけがない。
「何だと?」
「あっ……あの、これは、違って……」
 何とかごまかそうとして、余計に不審な言動をとってしまう。
「それはつまり、マレイはゼーレと仲間でいたいという——」
「違います!!」
 私は心にもないことを言ってしまった。
「ゼーレを仲間だなんて!そんなこと、思っていません!!」
 こんなことを言えば彼を傷つける。それを分かっていながら、私は、保身のためだけに酷い言葉を吐いた。
「それが本心でしたか」
 ゼーレは腕を組みながら、ぽつりと漏らす。
 金属製の腕が触れ合う音は、どこか物悲しい雰囲気を漂わせていた。
「やはり使い捨てだったのですねぇ。……そんなことだろうと思っていましたが」
 ——違うの。
 そう言いたかったけれど、言えなかった。
 あんなにはっきりと断言した直後に、「違うの」なんて……。
 私には言えない。

Re: 暁のカトレア ( No.65 )
日時: 2018/07/21 14:38
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2

episode.60 臣下は今日も騒がしい

 ゼーレとの誤解は生じたまま、夜は明け、翌日が訪れる。
 今日は特に仕事がないため、私は、訓練に励むことに決めた。しかしトリスタンは、さらわれていた間に負った傷の様子を見ておかなくてはならない。そのため、代わりにグレイブが付き合ってくれることになった。
 場所は修練場のメインルーム。
 誰もいないこの場所は、私たち二人で使うには広すぎる空間だ。
「よし。では早速戦闘を始めよう」
「はい!」
 約束を破り勝手にトリスタン救出へ向かってしまったことを責められないか心配だ。
 だが、今はそんなことを考えている暇はない。
「まずは腕時計を外せ」
「えっ?」
「腕時計無しで戦う、ということだが」
「えぇっ」
 無茶だ。
 光球を使わずにグレイブと渡り合うなんて、私にできるわけがない。彼女はいきなり厳しすぎる。
「もちろん私も腕時計は使わん。これで文句はないだろう?」
 いや、そういう問題ではない。
 グレイブは腕時計が無くともそれなりに強いだろう。それに比べて私は、腕時計無しでは無力。何もできないに決まっている。
「待って下さい!無理です!」
「何を言う。無理を無理でなくするのが訓練というものだろう」
「だからって、いきなりすぎます!」
 私が意見を述べた、その瞬間だった。
「いきなりすぎないですよぉぉぉー!!」
 突如修練場内に響いたのは、シンの大きすぎる叫び声。
 そのうるささといえば、反射的に両耳を塞いだほどである。
「おぉ、シンか」
 私は鼓膜を貫かれそうになっているというのに、グレイブは眉ひとつ動かさない。
 この巨大な叫びに、耳が痛まないのだろうか。もしかしたら慣れれば大丈夫になるものなのかもしれない、と、私は密かに思った。
「お部屋にぃぃぃ!いらっしゃらなかったのでぇぇぇー!探していたらぁぁ、ここまでぇぇ、来てしまいましたぁぁぁ!」
「おい、シン。落ち着け。もう少し静かに話せ」
「できませんよぉー。グレイブさんがいなくなってしまったかとぉぉぉー」
 シンは半泣きのようになりながらグレイブにもたれかかる。
 だがグレイブは甘い女性ではない。もちろん、気安くもたれかかることなど許すような性格でもない。
 そのため、彼女はシンを厳しく突き放していた。
「用があるならさっさと言え。何もないなら帰れ。今私はマレイの訓練中だ、ダラダラと話す暇はない」
 血のように赤い唇からこぼれる言葉は、厳しく、そして冷たい。
 まるで、棘に護られる気高き薔薇の花のよう。
「え……えぇとぉぉ……」
 シンは、頭をくしゃくしゃと掻きながら、言葉を探していた。
 それでなくとも豪快に外向きにはねている髪を、さらに手で乱すことによって、頭部が凄い状態になっている。
 そのことに、彼は気づいていないのだろうか……。
「えぇとぉぉー……」
「速やかに言わないのなら、何もなかったと解釈するからな」
「そ、そんなぁぁぁー」
 なかなか話し出さないシンに見切りをつけたグレイブは、何事もなかったかのように私へ視線を戻す。
 真夜中のような漆黒の瞳に見つめられると、何とも言えない感覚を覚えた。
「よし。では開始しよう。マレイ、全力でかかってきて構わん」
「は、はい」
「何だ、その返事は。小さい!」
「あっ……はい!」
 何だ、そのノリは。
「もっとはっきりと」
「はい!」
「もっと、だ」
 ええっ。
 大きな返事に意味はあるのだろうか。謎だ。
 けれど逆らうというのも何なので、一応、しっかりと返事をしておく。
「はい!!」
 するとグレイブは、ようやく満足したらしく、話を進める。
「よし、では訓練開始だな」
「頑張ります!!」
 返事はいつもより大きめの声にしておいた。
 また先ほどのように、「もっと」と言われる気がしたからである。もっとも、これといった具体的な根拠はないが。

 そしてお昼頃。
 訓練を終えた私は、グレイブやシンと食堂へ行く。
「マレイ、何を食べるんだ」
 席につくや否や、グレイブが尋ねてきた。
「私ですか?」
「あぁ。貰ってきてやろう」
 グレイブは妙に親切だ。
 彼女は厳しい人だが、時にこんな風に親切なので、不思議な感じがする。クールビューティーとちょっとした優しさ。そのコントラストは、この心をときめかせて仕方ない。
 そこへ、シンが乱入してくる。
「ではぁぁ!ボクはカレーライスでぇぇぇー!」
「マレイに言っているのだが」
「ボクもぉぉぉ、グレイブさんにぃ、貰ってきてほしいですよぉぉぉー!」
「断る」
 ばっさりと拒否されたシンは、大袈裟に肩を落とす。ショボーン、という効果音が本当に聞こえてきそうなくらいの、派手な落ち込み方だ。
「で、マレイは何を?」
「カレーでお願いします……」
「分かった」
 グレイブは一度頷くと、速やかに席を離れる。取りに行ってくれたようだ。ありがたいが、少し申し訳ない気もする。
 シンも彼女についていき、私はその場に一人になってしまった。
 賑わう食堂内で一人というのは、少々寂しさがある。けれど、今私がここから離れてしまっては、席を他の人にとられるかもしれない。だから私は、ぽつんと椅子に座ったまま、グレイブたちの帰りを待った。

 そんな時だ。
 見知らぬ女性三人組が話しかけてきたのは。
「ちょっといいかしら?」
 最初に言葉を発したのは、三人組の真ん中の女性。パサついた茶髪が目立つ、二十代後半くらいのパッとしない女性である。
「マレイさんよね?」
「はい」
「貴女、トリスタンに構ってもらっておきながら、例の人型化け物にまで手を出したんですって?」
 私は一瞬、何を言われているのか分からなかった。
 手を出したなんて、まるで、私が悪い女であるかのような言い方ではないか。なぜそのようなことを言われねばならないのか、理解不能だ。
 戸惑いのあまり言い返せずにいると、パサついた茶髪の女はさらに絡んでくる。
「貴女って、随分男好きなのね。どんな技で迫ったのか、ぜひ伝授いただきたいわ」
「え?何を……?」
 彼女は一体、何を言っているのだろう。
 まったくもって理解できない。
 しかし、そんな中でも一つだけ、分かることがある。それは、目の前の女性たちが面倒臭い人たちだ、ということだ。


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