コメディ・ライト小説(新)
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- 不良君は餌付けしたい
- 日時: 2021/05/01 23:26
- 名前: Thim (ID: SG60l.ki)
一身上の都合により、小説カキコを去ることになりました。
楽しみに待ってくれていたかた、申し訳ありません。
しかし、“不良君”は私にも思いれが深い作品で、例え別の場所であろうと、書いていきたいと考えています。
今はまだ、どこで書いていくかのめどは立っていませんが、決まったらこちらに報告したいと考えています。
もうここは二度と更新されませんが、それでも、今まで投稿した分を楽しみたいと思って下さる方がいらっしゃいましたら、これほど作者冥利に尽きることはありません。
どうぞ、楽しんでいって下さい。
***
辛くて、苦しくて。どうしようもなくて。でもそんなとき君が助けてくれた。
いつの間にこんなに君を大切に思っていたんだろうね。だって、初めて会った時はこんなふうになるなんて思っていなかった。
―――二人出会えたのは偶然でも運命でもなくて、必然なんだって信じたいんだ。
「んんっ。これも美味しい~っ」
「ん……」
そうやって、一等幸せそうに笑う顔が見たくって
今日も不良君は餌付けをする。
◇◆◇◆
おはこんばんは。Thim(ティム)です
行き当たりばったりで始まった、まったく料理をしない作者によるお料理サイト便りの、作者が楽しければ良しという友情恋愛(時々)グルメ小説がぁ………………
はっじまっるよー!(白目)
すみませんでした。という事で初めての小説投稿……緊張します(^ω^)ドキドキ
どうか、初めてのおつかいではりきっている子供を見るような優しい目で見守っていただけると嬉しいです!
※更新は不定期かつ、いつ挫折しやめるか分かりません
※よく編集します。気になる所は徹底的に治したくなっちゃう主義なんです。この話好きです!って言われたところは残します……。
〈目次〉
◇第一話 はじまりのオムライス◇
>>1-15
◇第二話 もりもりおにぎり◇
>>16-
- Re: 不良君は餌付けしたい ( No.13 )
- 日時: 2020/05/24 21:17
- 名前: Thim (ID: SG60l.ki)
暫く店内が無音に包まれた。
「金の事なら心配ねえ。俺が払う」
いつの間にかエプロンを脱いでいた鬼山くんが私の席から数歩離れた所に立っていた。
眉間にしわを寄せ、変わらず私を睨んでいる彼だったけど、この時はなぜか恐怖は感じなかった。あぁ、この感じ、学校でもあった気がするなぁ。
「もともと俺が無理やり連れてきたんだ。責任は取る」
「! そ、そんな、そんなことしなくていいよ! ほ、ほら、私もう見てるだけでお腹いっぱいに……」
―――グゥルルルルルル……
本日二度目の、時が止まる。
彼の提案を断るためについた嘘も、極限の状態に加えかおるバターやスープのいいにおいに触発されたお腹は、体は、あまりにも正直すぎて木っ端みじんだ。恥ずかしいを通り越して情けない。
そんな自分に幻滅して遠くを見るような目をしているだろう私の元へ、鬼山くんは近寄ってくる。手には……ケチャップ?
彼はそのケチャップを巧みに操り、オムライスの上に何かを描き始めた! そうして描きあがった絵を見て私は……
「わぁ」
なにこれ。
馬…いや、にしては……じゃあカバ?
「猫。お前の鞄についてたやつ」
「(あ、猫なんだ。カバとか言わなくってよかった)」
私のカバンについているキーホルダーには似ても似つかない……いや、でもこのぶちゃって感じの顔つきは似てる……かも。
「これは、お前の為に作った」
鬼山くんの言葉に、視線を鬼山くんへと向ける。
「だから、残しても良いから、一口でもいいから食え。お前が食わねぇんだったら、これは捨てる」
「なっ! なんでそんな! 勿体ないよっ」
「じゃあ食え。捨てられんのが嫌だったら食え」
「……っ」
彼の言葉に、一瞬揺れる。捨てられちゃうくらいなら。ほ、本当に食べていいの? いや、でも……。
オムライスを目の前に、ぐらぐらと揺れること数十秒。その時、静かな低い声が思考に割り込んできた。
「やっぱ……」
オムライスに奪われていた視線を上げ、彼を見て驚いた。
眉間にしわを寄せているのは変わらない。でも、目を伏せて、ぐっと唇をかみしめている姿は怒っているというよりもむしろ、泣くのを我慢しているような悲痛さを感じさせた。
―――どうして、そんなに悲しそうな顔をしているの。
「俺みたいなのが作ったやつ食うのは、嫌か」
「そうじゃない!」
彼が全て言ってしまうか、しまわないかの時にかぶせるように否定した。そんなことはない。彼が作ったから食べたくないなんて、そんな事を考えていたわけではない!
どうしてそんな勘違いを、いやそれよりもその誤解を解かなくちゃ。私をきょとんとした様子の鬼山くんとなんでか微笑ましそうにこちらを見る郁恵さんを横目に、必死になって言葉を紡ぐ。
「そ、そうじゃなくって、やっぱりおごってもらうとか悪いし。こんなに沢山作って貰ったのに……それに、あのっ」
「気にしなくていい」
「そうよ。それにどうしても悪いって思うなら、また後日払いに来るといいわ」
郁恵さんが微笑みながら鬼山くんの援護をする。鬼山くんはさっきとは打って変わって、なんだか晴れやかな、うきうきしているような表情をしながら私にスプーンを進めてくる。私が日ごろ使っているスプーンよりも一回り二回りほど大きなスプーンだ。
「いやじゃないなら、食ってくれ」
そんな、そんなこと、そんな顔で言われちゃったら……。
少し震える手で、鬼山くんからスプーンを受け取る。スプーンを両手ではさみ
「い、いただきます」
そう言って少しだけオムライスをすくい、二人の視線を感じながらそれを口に含んだ。
- Re: 不良君は餌付けしたい ( No.14 )
- 日時: 2020/05/23 00:43
- 名前: Thim (ID: SG60l.ki)
大きなスプーンを咥えたま、私は衝動のまま叫ぶ。
「~~~~~っ!」
―――美味しい。
もう、それしか考えられなかった。
口に食べ物を含んでいたから、叫ぶと言ってもふがふがしか言えなかったけど、この私の様子を見ただけで二人は何となく察しがついたらしい。さっきまで心配そうに見ていたのに、一気に上機嫌になった。
とろとろの卵と、少し硬めに炊かれたケチャップライスが絶妙で。所々にある小さく切られたチキンも良い触感のアクセントになっている。
気づけばもう一口、もう一口と口に含んでいた。もっともっとと口が欲しがるものだから、頬がパンパンになるまで詰め込んでいく。
暫くして、脇に置かれていた琥珀色のスープを見る。湯気が立っていて、明らかに熱いのがわかる。お椀を持つとやっぱり熱かったから数回ふーふーと息を吹きかけて、恐る恐る口に含む。あ、コンソメスープだ。ほぅ、と息をつく。ゆでて柔らかくなったトマトの酸っぱさ。シャキシャキとした触感が残るキャベツ。ジャガイモはほろほろだし、ベーコンも良い。具沢山のスープは飲んでいると心が解きほぐされたような気がした。
次に山盛りのブロッコリーサラダ。ブロッコリーオンリーじゃなくて、少しだけ上にスライスした玉ねぎが乗っている。食べてみるとブロッコリーと玉ねぎのシャキシャキとした触感。そしてこれは……和風ドレッシング? 時折鼻がツンッとする感覚は、おそらくわさびが入っているんだと思う。メインとスープが洋食だから、サラダだけが和風だと一見おかしく感じるかもしれないけど、全然そんな事は無くて、むしろ一度口がサッパリとすることで一層食欲を掻き立てられ……ハッ!
オムライスにまた伸びていた手を止める。私……なにを。一口食べたら終わろうと思っていたのに、こんなに食べちゃった!
慌てて持っていたスプーンを置く。もっともっとと欲しがる口と胃を理性で押さえつける。なんとなく二人を見る事も出来ず、暫く固まっていたけど、覚悟を決めてそろ~っと視線を上げてみる。目の前に座り、頬杖を突きながらこちらを見ていた鬼山くんの視線とばっちりあった。
彼の表情は今までと変わらず、怒ったように目じりを吊り上げ、眉間にしわを寄せ、口をへの字に曲げていたけど、私を見る視線はどことなく優しさを含んでいるような、そんな気がした。
「おい、もうくわねぇのかよ」
その声は、言葉の荒らさとは反対に、私を気遣っているような声色をしていた。
恐らく、私がここで食べるのをやめても、彼は怒ったりしない。彼の事は何も知らないのに、その事だけは確信をもてた。
ここで食べるのをやめたほうが良い。もうたくさん食べたし、十分でしょ。早く学校へ戻って、鞄を取って家に帰らないと。
そう思うのに、なのに―――
「…………」
私の指は、置いたスプーンへと延びていた。
私が食べるのを再開すると、鬼山くんはとっても驚いていた。でもしばらくするとフッと笑う声が聞こえて、チラッと見てみて、今度は私の方が驚いた。だって鬼山くんってば少しだけ、ほんの少しだけだけど口角をあげて、頬もうっすら染めて、本当にうれしそうに微笑むんだもん。
ずるいなぁ。そんな顔されたら食べるほかないじゃん。
結局私はあの大きなオムライスも、ブロッコリーのサラダも、熱々のスープもコメの一粒、スープの一滴残すことなく平らげてしまった。
- Re: 不良君は餌付けしたい ( No.15 )
- 日時: 2024/09/23 11:20
- 名前: Thim (ID: SG60l.ki)
私が完食し終わると、鬼山くんは洗ってくるって言って食器を持って台所へ行ってしまった。
私はぎゅうぎゅうだよーと満員を訴えるお腹をさする。こんなにお腹いっぱいになるまで食べたのは、久しぶりだなぁ。
「樹ちゃんって、思ってたよりいっぱい食べるのね」
そこへ入れ替わるように郁恵さんがやってきて、さっきの言葉を言った。
郁恵さんは目の前に座り、にこにこ微笑んでいる。
「樹ちゃんすっごく細いから、あの量食べられるか心配だったの。でも全然大丈夫だったわね」
「ご、ごめんなさい。遠慮せずにあんなに食べちゃって……」
「あぁ、いいのいいの! さっき龍勝も言っていたでしょう? あれは樹ちゃんの為にあの子が作ったものなんだから」
そういう郁恵さんの表情はなんだか、嬉しそう。
なんでこの二人はこんなにうれしそうなのか、私にはわからない。そもそも、なんでこんな事態になったの? いまさらになって疑問が浮かぶ。恐らく空腹が満たされて余裕が出たんだと思う。
「あ、あの……なんで鬼山くんは私なんかにご飯を食べさせてくれたんでしょう……」
だって、こんな事をしたって意味がない。お金は絶対に払うつもりだけど、彼は私に自分が払うからと言ってまでご飯を食べさせてくれた。なんで初めて会った人にそんなことができるの? こんな事をしたってメリットも何もない。むしろ彼にとってはデメリットの方が大きいだろう。
そう言うと、一瞬郁恵さんは考え、すこし自慢するように言った。
「あのね。ここのお店の名前、“apaiser la faim”って言うの」
「あぺぜ、らふぇん?」
「そう。フランスの言葉でね、飢餓を和らげるって意味なのよ」
へぇ……と相槌を打つ。そんな意味を持っていたのか、と思いつつも郁恵さんがどうしてこれを教えてくれたのか、いまいち意図が分からなかった。
「この店名は龍勝が付けてくれたんだ。お腹をすかせた子にお腹いっぱい食べさせてあげたいんだって」
「!」
思わず郁恵さんを見る。郁恵さんは私ではなく、別の所を見ていた。郁恵さんの視線の先には洗剤を泡々させて、食器を洗っている鬼山くんがいた。
「昔からそればっかりでね。私が店を作った時も、料理させてくれって、乗り込んできたの。バイトじゃなくって、手伝いとしてでいいから、お金もいらないからーってしつこいくらい言うから料理だけ任せてるんだけどねぇ。人に食べさせるのが好きだから、ついつい大盛りで提供しちゃうの。困ったものよねぇ」
郁恵さんが鬼山くんを見る目はとっても優しくって。困っているような、でも誇らしげに言っていた。
彼女の鬼山君を見る視線には、母親のような、姉のような、そんな親しみのようなものが見えた。そしてさっきまでのお淑やかなお嬢様のような雰囲気ではなく、荒っぽい言葉遣いでも温かく何でも包んでしまう風呂敷のような雰囲気は、どことなく鬼山くんに似ている、って思った。
「ほら、ああやって皿洗いしてるだけで楽しそうでしょ? アイツ、貴女がご飯食べている時、あれよりももっと楽しそうだったのよ」
言われて鬼山くんをみて見ると、確かに鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌なのがここからでもよく分かる。
「あそこまで上機嫌になることもめったにないけどねぇ。……きっと、貴女だったからよ」
驚いて郁恵さんを見ると、悪戯な笑みを浮かべていた。「あんなに美味しそうに食べる人もめったにいないしねぇ」と言う言葉に、少しだけ恥ずかしくなるけど、すっと腑に落ちたような、そんな気がした。
「(そっか、そっか。鬼山くんって、そういう人なんだ)」
私があの時、すっごいお腹の音を鳴らしちゃったから。それでほっとけなくなって……。そっか、そっか、そうなんだ。ご飯食べさせるのが好きって、なんだか少し可笑しくって、自然と口元に笑みが浮かぶ。
あんまり怖い人じゃないのかなぁ。
「長い間引き留めちゃってごめんなさいね。あら、もう三時?」
郁恵さんが扉の近くにある時計を見た。その時、私は偶然ソレをみた。みてしまった。
ジリジリと焼ける炎のような、砂糖を沢山とかしたような、でもそれでいてこの世の一等大切なキラキラしたものを見るような、そんな視線。
私に? そんな筈がない。だって彼が私にそんな視線を向ける筈がない。なら誰に?
「鞄、学校に置き忘れちゃったのよね? 大変。早く戻らないとねぇ。龍勝! 貴方一緒について行ってあげなさい! 貴方が無理やり連れてきたんでしょう?」
「あぁ?」
私が彼の視線を認識したとほぼ同時に、郁恵さんが振り返った。
その瞬間、元からなかったように彼の視線の熱量は消えてしまう。本当に何事もなかったかのように話し出す彼ら。気のせい、かな。だけど、私は余計に違和感が膨らんでいく。
「もとからそーいうつもりだったっつの……」
「あ、あの! 大丈夫です、私一人で帰れます!」
「……はぁっ!?」
「ちょ、樹ちゃん!?」
あ、あれ?あれれ?
鬼山くんの言葉をかぶせてしまったけど、驚いている二人に今だとドアのほうへと駆けだす。
ドアノブに手を付けた瞬間、ハッと思い出して、慌てて振り返りいまだ呆けた顔をしている彼を見る。
「鬼山くん、今日は本当にありがとう! オムライス、とってもおいしかった!」
失礼しましたー! そう言ってお店を勢いよく出ていく。
ドアの向こうから郁恵さんと鬼山君の声が聞こえるも構わず全速力で賭けだ明日。
「(どうしようどうしようどうしよう!)」
久しぶりにお腹いっぱいになって、活力がいっぱいになったおかげか、普段よりも走れている気がした。
でも暫くして、やっぱり久しぶりの運動に加え食後すぐの運動のせいでお腹と足が痛くなった私は、人の邪魔にならないようにと路地裏に身を潜めた後、しゃがみこんだ。
ぶわっと汗が吹き出し、顔が赤くなるのを感じる。運動しているからだけではない。全く別のものが原因だってことは明白だった。両手を熱い頬に持っていく。
「すっごいものみちゃったぁ……っ!」
第一章 はじまりのオムライス 完
- Re: 不良君は餌付けしたい ( No.16 )
- 日時: 2020/11/22 17:27
- 名前: Thim (ID: SG60l.ki)
◇第二章 もりもりおにぎり/プロローグ◇
なんでこんなものが学校にあるんだろう、と言う疑問は置いておく。いつのまに準備したんだろう、という疑問も。
今重要なのは、目の前にあるこれだけ。
言われたからには開けるしかない。あの時の彼は人一人殺していそうな顔をしていた。開けないと私がどうなるか分からない。
でも、私はこれを開けたくはなかった。だって、見るだけで嫌な予感が脳裏を駆けめぐるのだ。
だめだ、だめだ。絶対に開けては駄目。
そう、理解している筈なのに、それなのに私の手はそれに近づいていき、指が硬いそれに――
「……っ」
ポチッ。ふわぁ。
「ほわぁぁっ」
だから、だからこれを、この炊飯器を開けたくなかったんだ! 鬼山くんに任された時点でこうなることが何となく予想ついていたから!
先まで緊張で強張っていた顔は一瞬で蕩け、胸は高鳴り、高揚に身体が一瞬震えた。胸に手を当て、ぎゅぅっと握りしめ正気を保とうとしたけど、それは到底無理な話だった。私の鼻は私の意志を置き去りに勝手にぴくぴくと動き、そのかおりを嗅ごうとする。
これは、これは――
「しあわせの、かおりだぁ」
嗅いでいるだけで心がほっとするような。でもぐっと締め付けられるような。きっとこれには人を魅了する魔力があるんだと思う。
押し込められていた湯気が逃げ出す様に炊飯器から出てくる。前にショッピングモールで美顔器スチーマーというものを母と一緒に試した事があるけれど、それとは比べ物にならない。こっちの方があついから、長い間は当ててられないけど、この一瞬だけでも幸福感が違う。
湯気が少しずつ晴れてくると、その下にはつやつやと光るお米たち。
――米しか勝たん。
どこで聞いた事があるわけではないのに、自然と頭に思い浮かんだその言葉。
マタタビを嗅いだ猫のようにとろとろになった思考で、全面的に同意していた。
「……お前、何してんだ」
あつくねぇのか。そう私に問いかける鬼山くんの顔は見れなかった。
- Re: 不良君は餌付けしたい ( No.17 )
- 日時: 2020/12/16 23:03
- 名前: Thim (ID: SG60l.ki)
朝。天気予報では昼間は晴れるみたいだけど、朝は曇っていてまだ少し暗くて部屋の中がよく見えない。パチン、と音を立てて部屋の電気をつける。
そのまま脱衣室へと向かう。春だけど時々肌寒い日があるから着ているのはクリーム色の生地で出来た長袖パジャマ。薄地だからもう暫く使えると思う。
上着のボタンを外し、パサッと音を立てて脱ぎ捨てる。同じようにズボンも片足ずつ足を取り出していると、ブルブルと特に寒いわけではないけど反射的に体が震え、鳥肌が立った。
脱衣所の壁に立てかけてある大きめの鏡に映るのは、タンクトップと下着だけ身に着けた自分。胸もなく、やせっぽちの貧相な体。でも少し……
「ちょっと太ってる……?」
タンクトップを捲り、お腹もじっくりと見つめる。顔、手、足。隅々まで見渡してみて、なにが、どこが、どうとかは言えないけど、確かに何かが変わったという違和感があった。うんうん唸りながら鏡を見つめていたけど、やはり見るだけでは分からないと、覚悟を決めて一角に置かれてある体重計に乗ってみると――
「あぁっ! やっぱり太ってる!」
悲鳴を上げて体重計の上に頭を抱えしゃがみこんでしまった。やっぱり、やっぱりだ。あまりの衝撃に同じ言葉を繰り返す。
やっぱり食べ過ぎたんだ。だって明らかに多かったもん。普段食べているのの十倍はあったもん。
――それを完食しちゃった私も私だけど。
後悔しても後の祭り。うなだれながらこれからの事を考える。
とりあえず、今日は鬼山くんに何を言われようとも断ろう。近寄ってきたらトイレに行くふりでもして避けよう。怖いけど、鋼の意志さえもていれば大丈夫。
うんうん、と一人で決意している間に時が過ぎ、もうそろそろ出ないと電車に遅れてしまう時間になった。朝ご飯は今日も抜いて行こう。お母さんが机に置いておいてくれた冷えた白米とお味噌汁、おかずたちを手早く冷蔵庫にしまう。
制服を着つつ、鞄をひったくって玄関まで急ぐ。ローファーを履きながら玄関を飛び出して――おっとっと、と家を振りかえり
「いってきます」
誰もいない家に私の声が溶けて消えていった。