コメディ・ライト小説(新)
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- 噛み跡はメランコリー
- 日時: 2018/12/29 16:18
- 名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: RkLyPv1r)
その彼を表すのは、貴方の言葉だけである。
それが真実なら、真実である。
それが嘘なら、嘘なのである。
宇野円
美しい男。貴方から見た彼だけが真実。
episode1【ハルモニア】
- Re: 噛み跡はメランコリー ( No.1 )
- 日時: 2018/12/29 16:18
- 名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: RkLyPv1r)
私から見た彼は、いつだって切ない笑顔を浮かべていた。
【ハルモニア】
「ーー今日は聴きに来てくれてありがとう。良かったらまた会いに来てね」
マイクから唇を離し、私自身の声でお礼を告げる。小さな空間でも、私たちの世界を作り、魅了させる。それが私にとっての使命だとすら感じている。
たくさんの拍手に見送られながらステージを去る。多くの笑顔に少しの切なさを感じながら。
「梓、歌詞飛んだの珍しいね」
バックステージに戻った後、ギターの橘巡から背中に声が掛かる。一瞬言葉ぬ詰まってしまうが、唾を飲み込んでから振り返らずに言葉を返す。
「盛り上がっちゃってさ、煽りやったら飛んじゃったんだよね」
「あー今日めっちゃ煽ってたもんな」
「そうそう、じゃ、私明日朝からバイトだから先に帰るね」
鞄を持って錆びれた扉に向かう。またな、という言葉を噛み締めながら外に出た。
ガチャ、と閉じると同時に扉に背中を預けて長いため息を吐く。肩に掛けたショルダーバッグの紐を掛け直して歩き出した。
小さなライブハウスの外に出てふと空を見上げると、月の光が生温く感じる。
街から少し外れたライブハウスの周辺は夜になると淋しくなる。音がない空間では余計に視覚が働いているようだ。
先程までの煌びやかな照明の光を懐かしく感じながらも、月光に安心感を覚えるのは、本能的なものなのではないか。
そんなことを考えて立ち止まっていると、ひとつの足音が近付いてくる。
「ーーあの、“Heaven”の梓さんですよね」
「あ……そうです」
同じ位の年齢かと思われる青年が立っていた。
先程のライブに来てくれたお客さんだろうかと思い、笑顔を作る。
「巡の友達で、ライブ後に会う約束してたんだけど……まだ出てこないですか?」
「巡の? どうでしょう、まだ帰り仕度をしてたような……」
「忘れられたかな」
苦笑を含ませた言い方に人の良さを感じ、迎えに行こうかと提案しようとすると、彼の方が先に口を開いた。
「ところで、さっきのライブすごく良かったです。特に“ハルモニア”がすごく好き」
「ありがとうございます、嬉しいです」
「いつも笑顔で歌ってると思ってたけど、あんな風に切ない顔もするんですね」
え、と喉の奥で声にならない音が出る。どういう意味かと聞き返そうとすると、後ろの扉が開く音がした。
「悪い円、連絡くるまで忘れてたわ……って、梓? 明日早いんだろ? 行かなくていいのか?」
「お前が来るまで付き合ってくれてたの。ってか明日早いのに、引き留めてたんだね。ごめんなさい」
「あ、いえ……」
巡が彼の隣に並び、軽口を叩き合っているのを見て、友人同士の距離を感じる。
「じゃあ今日は俺ん家する? 明日円も休みだろ? 飲もうぜ」
「はいはい。じゃあありがとう、お疲れ様です梓さん」
「お疲れ、梓」
巡と円と呼ばれた彼が連れ立って歩き始めるのを見つめていると、ハルモニアの歌詞がグルグルと頭を回り始めた。
「ーー梓さん」
彼が振り返る。月光に柔らかく照らされた彼が、驚く程顔が整っていることに気付く。
「”あとどれだけ優しくなれば 何もかも愛しく思えるの“のところ、すごく切なくて愛しかったよ」
彼の綺麗な微笑が添えられた言葉に、私はどうしようもなく切なく思えた。
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