コメディ・ライト小説(新)

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Lunatic Mellow Mellow
日時: 2020/08/02 22:14
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)

 あの美しい月は、人の心を狂わすのです。







 * * *

 半年以上小説を書いてなかったのでリハビリを兼ねて。
 タイトルは略して「LMM」です。特に意味はないです。

 ぷろろーぐ「 愛を殺したい 」>>001
 mellow001「 夏は君の匂いがする 」>>004 >>005 >>006 >>007 >>008
 mellow002「 優しく騙して、甘い嘘で 」>>012 >>013 >>014 
 mellow003「 忘れないで、夏の嘘 」>>015 >>016 >>017 >>018 >>019
 mellow004「」
 mellow005「」
 mellow006「」
 mellow007「」


 登場人物

 □篠宮藍
 ■香坂飛鷹
 ■茅野咲良
 □三原あんず

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Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.17 )
日時: 2020/07/22 17:18
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)

 何が現実なのか、よくわからなくなった。二年前のちょうど今とおんなじくらい暑い夏の日。私はタクシーに乗り込んで急いで病院に向かった。


 □


 仕事以外でこんなに必死に走ったのは久しぶりだった。呼吸が荒くなって、息がうまく吸えなくなる。自動ドアをくぐって受付の人に病室の場所を聞くとすぐに私は階段を駆け上がっていた。
 頭の中は空っぽだった。何を考えればいいのか分からなかった。
 吐きそう。お昼ご飯は軽食で済ませたからか胃の中が空っぽで、なんだか気持ちが悪かった。病室の前に来て、私は一度立ち止まる。ぜーぜーと荒い呼吸を必死に整えようと大きく息を吸って、止めて、吐き出した。
 篠宮藍、というネームプレートを見て、また吐きそうになる。

「咲良くん、いる?」

 ドアを開けると、カーテンの外には一人の男性がいた。咲良くんじゃない、ことだけは一目見ただけでわかる。だけど、私は彼のことを「知ってはいた」けれど直接話したことがなかったから、声をかけることに躊躇いがあった。
 ドアの音で私の存在に気づいたのか、彼はこちらを見て一礼した。私も思わず頭を下げる。

「すみません、咲良はこれから生放送があってあと一時間ぐらいしたら終わると思うんで、そしたら戻ってくるかなとは思うんですけど」
「……あ、そうなんですね。ありがとうございます」

 スマホを確認すると、彼の言ってたことと同じような内容のメッセージが咲良くんから届いていた。
 
「え、と。初めまして、ですよね。ご挨拶が遅れてすみません、香坂飛鷹と申します」
「あ、知ってます。藍からよく話を聞かせてもらってて。三原です。三原あんず、あ、名刺渡しときますね」

 カバンをゴソゴソと漁って名刺を取り出す。彼は「すみません、俺も名刺とか持ってたら良かったんですけど」と困ったように笑って受け取ってくれた。
 すごい、有名人が、芸能人が、目の前にいる。それがその時の純粋な感想だった。仕事柄、スタジオで遠目で人気のアイドルもベテラン俳優もたくさん見てきたけれど、こんなに近くで見るのは初めてだった。やっぱりオーラが違った。整った顔が私をじっと見ている。そう思うと少しだけ緊張した。

「あの、藍はカーテンの向こうでまだ眠ってて。頭を強く打った以外に大きな怪我とかはないみたいなんですけど、記憶がちょっとだけ曖昧になってるみたいで」
「あ、そうなんですね」

 どうしてカーテンをわざわざひいて、しかも外側に出ているのか、私は聞くことができなかった。
 
「目は覚めたんですけど、俺のこと覚えてないみたいで、たぶん頭うった衝撃で一時的なものだって医者は言ってるんですけど」
「……はあ」

 香坂さんはカーテンを開けて、すやすやと眠る藍を私に見せて安心させようとしたのだろう。でも、彼の表情はとても暗くて、見るに堪えられなかった。

「今日、連絡があったんです。藍から。忙しくてあんまり話せなかったけど、珍しくあの子から電話してきて、内容はあなたとのことでした。あなたと上手くいってないってことを相談されて、私は大丈夫だよとしか言ってあげられなくて、でも最後にあの子言ったんです。自分は面倒くさい女だって。その時にちゃんと気づいてあげなきゃいけなかったんだって」
「……彼女が過去に精神的なことで今回みたいにおかしな行動に出たことは?」
「なかったです。だけど、他の人間より狂っていたのは確かだと思います。香坂さんもなんとなくわかるでしょう、咲良くんへの異常な愛情。あの子が今まで軽率に死のうとしなかったのって、全部咲良くんのためなんですよ、きっと」


 自分の生きる意味とか価値とかを藍自信が持っていたのかは今になってはわからない。だけど、昔から危うい存在だということは痛いほどわかっていた。だから、側にいて支えなければいけないと、ちゃんとわかってはずなのに。
 自分の人生でいっぱいいっぱいになってしまった。藍が壊れていくのを私は気づかないまま。きっと咲良くんも香坂さんも言わないけれど、彼女は自ら車の前に飛び出したのだろう。こんな偶然あってたまるか。


「藍のこと、好きですか?」


 綺麗な寝顔。藍は本当に天使みたいな愛らしくてかわいい。
 私が守ってあげなければいけない。次は今日みたいに遅くなっちゃいけない。誰よりも藍の幸せを願ってるのは私なんだから。どれだけ愛が香坂さんのことを好きでも、藍を傷つける人間を彼女のそばに置くことは許せない。

「……好きだよ」

 香坂さんはきっといい人だ。藍とのすれ違いもきっと時間が解決してくれることだ。だけど、そんな猶予はない。だって、それよりも前に藍は死のうとしたんだから。

「じゃあ、藍から離れてください」



 許せなかった。
 誰を。香坂さんを?
 違う。一番は、彼女のSOSに気づけなかった愚かな自分を。


 藍のためだ。全部、藍のためだ。
 心の中で何度も唱える。言い聞かせる。私は彼に言った、お願いだから、藍の前から消えてくれ、と。

 

Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.18 )
日時: 2020/07/29 16:21
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)



 自分がこんなにも性格が悪いとは思っていなかった。
 自分のエゴで人を傷つけることを躊躇わなかった。そうしないと自分が自分でいられなくなる気がした。これはきっと反動だ。今までずっと我慢してきたことが、一気に弾けてしまったのだと思う。


「それって、藍と別れてほしいってこと、なのかな」
「……」

 香坂さんが藍の頬を優しく撫でながら、私に問いかけた。私はうんともすんとも言えずに、ぎゅっと拳を強く握りしめた。

「俺と別れたら、藍は幸せになれると思うんだね、君は」

 冷たい声だった。心臓を一突き。
 香坂さんの顔を見ることができなくて、私はぐっと視線を地面に向けた。
 病室の独特のにおいが気持ち悪くて、言い返す言葉も見つからなくて、爪は掌にどんどん食い込んでいく。

「そうだね。そのほうがいいのかもしれない」

 香坂さんがぼそっと何かを呟いたときに、病室のドアが開いた。ふと顔をあげると、そこには咲良くんがいて私を見るなりにこりと笑った。

「あ、来てくれてたんですね、あんずさんっ」
「……咲良、くん」

 昔と変わらないあどけない笑顔。高校三年生になって身長もあの頃よりずっと伸びて大人っぽくなった。テレビで見る回数も増えて、もう今では人気アイドルの彼が、私の前ではただの親友の弟としての顔を見せてくれる。私も笑おうと口元に力を入れるけれどうまく笑えなかった。

「……藍の記憶っていまぐちゃぐちゃなの?」
「ああ、名前はなんとなく憶えてるみたいなんだけど、どういう関係性だったかとかが思い出せないんだって。俺もまだ直接話してないからどうかはわからないんだけど」

 ピンと、何かが閃いてしまった。絶対に考えてはいけないこと。
 親友に嘘をつくことになってしまうから。親友を裏切ってしまうことになるから。だけど、私にはそれしか方法がなかった。藍からこの男をどうしても引き離したかった。だって、きっと彼といると藍は普通の女の子になってしまうから。弱くて脆い、愛に一喜一憂する彼女が言った「面倒くさい女」に。


「藍の彼氏は咲良ってことにしてくれないかな」






 □



 記憶の上塗り。チャンスは今しかなかった。
 あいにく咲良くんは藍と苗字が違うし、記憶が曖昧ないま無理やり「咲良が付き合っていた彼氏」と思い込ませればいい。
 ズルだった。だけど、藍がまた死のうとしないために、私ができる最大限のことはしないといけないと思った。


「それって、飛鷹さんのことはどうなるの?」
「別れてもらうよ、そりゃ。藍をここまで悩ませたんだから、私は許さない」
「でも、これって姉さんの思い込みなんでしょ。お互いまだ相思相愛で、もう一度姉さんが記憶を戻したらうまくいくかもしれないじゃん」
「そんなのもう遅いの!!」


 目を大きく見開いた咲良くんは、悲しそうな顔で香坂さんのほうを見た。「それでいいんですか?」咲良くんの問いかけに香坂さんは黙って頷く。「仕方ないよね」と、たった一言。


 結局それくらいの感情だったんだ、この男は。
 呆れてしまった、正直。この男には藍の恋人になる価値もない、と。

「じゃあ、俺は明日朝から仕事だから」


 病室を出ていった香坂さんの表情はあまりよく見えなかった。
 残された咲良くんは、どうすればいいのかわかんないという風に泣きそうな顔をして、でも腹は括ってくれたのだろう。


「姉さんが生きてくれるなら、そっちのほうがいいのかもしれない」


 何が正しい選択化はわからなかった。私も、咲良くんも。
 でも、また同じ道を辿れば藍が死を選ぶのはなんとなく想像がついた。あの子には百かゼロしかないから。失うときは一気に全部を失ってしまう。だから、私が助けなければいけない、私は彼女の寝顔を見ながら誓った。次はこんな風にさせないと。


 うまく嘘をついてコントロールをしたつもりだった。
 案の定、藍は私と咲良くんの嘘を信じてくれたし、もともとブラコンだった記憶が弟から恋人に変わっただけだったから違和感がなかったのかもしれない。
 だけど、一つだけ上手くいかなかった。





 そのあと、一か月もしないうちに香坂飛鷹はlunaticを脱退したのだ。


Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.19 )
日時: 2020/07/31 23:29
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)

 嘘の記憶を植え付けた。丁寧に、絶対にばれないように。
 もう二度と君を失わないために。




 ■



 すべてうまくいっているはずだった。彼が芸能界を引退するまでは。
 ネットニュースの大きな見出しに私は唖然とした。思わず手に持ったスマホを落としてしまうくらいには動揺していたのだろう。連絡をとろうにも私は彼の連絡先を知らないし、そもそもどう話しかければいいのかもわからなかった。
 藍は香坂さんのことをまだ思い出さないし、このほうが都合がいいのかもしれない。私は全力でかぶりを振って、決心する。私はこの嘘をつきとおさなければいけない。

 二年後、咲良くんが自殺するまでは。



「咲良、が死んじゃったよ」




 震える藍の声を電話越しで聞いて、嫌な予感が、背筋が凍り付くような感覚が、あの日のことがフラッシュバックした。
 駆けつけた時にはもう遅かった。彼女はまたあの日のように死のうとしていたのだ。ずっと茅野咲良の訃報が流れるニュースが流れている部屋。窓一つ空いてない、室内の温度は三十五度を軽く超えていた。彼女は死んだように眠っていた。
 幸いまだ軽度の熱中症のような症状だったから良かったものの、そこからはまた地獄だった。彼女はほんのちょっと放っておくとすぐに腕を切ろうとしたり階段から飛び降りようとする。何度注意しても聞いてくれなかった。


「咲良のいない世界で生きてる意味なんてないじゃん」




 知ってた。彼女は誰かに依存しないと生きていけない人間なのだと。だから、二年前のあの日、香坂飛鷹に捨てられるかもしれないと思って死のうとしたんだ。その原因さえ切り離してしまえば、またいつもの藍に戻ってくれると思っていた。でも、それは私の願望だった。


「お願い、死なないで」
「私はなんのために、嘘をついたの」
「助けてよ。藍を誰か止めてよ」


 自業自得だ、そんなの分かってる。
 私は歪んでる藍自信をどうにか変えなきゃいけない場面で、ずるをして周りの環境を変えてしまったから。だから、こうなった。


 いつかこうなっちゃうこと、わかっていたのに。




 芸能界の関係者で行われた茅野咲良のお別れ会で、私は一人の男と再会した。二年ぶりの再会だった。
 気づいたのは向こうから。肩をとんとんと叩かれて、彼はにこりと微笑んで「お久しぶりです」と、一言。私の全身がざわざわと騒めき立った。


「……お、ひさし、ぶりです」
「すみません、藍にはもう会うつもりはなかったんですけど、咲良と最後に会えるのがもうここしかなくて。でも、藍は、いないみたいですね」
「あの子、咲良が死んだショックですぐに死のうとするから、今は病院で隔離してもらってるんです」
「……そうなんですね」

 相変わらず香坂さんの表情は読めなくて、少し怖かった。私のことを恨んでいてもおかしくないのに、彼の表情は穏やかで優しかった。

「……ひとつ、聞きたいことがあるんですけど」
「何ですか」
「どうしてlunaticを脱退したんですか。私が藍に近づくなって言ったからですか?」

 私の質問に、香坂さんはぱちくりと目を見開いた後、何が可笑しいのか軽く口角をあげて笑った。
 「そんなこと気にしてたんですね」香坂さんの声は、やっぱり優しい声だった。



「藍のこと、好きですよ。あなたが前に俺に質問したときと、俺の気持ちは何一つ変わらない。あの子を愛してます。だけど、俺はあのとき、藍の気持ちを蔑ろにしてしまったから。なんて答えればよかったんですかね、あのとき、俺は」





 あの日、藍が私に電話をかけてきた日。
 それより前に彼女は香坂さんと連絡を取っていて、

 忙しくて会えない香坂さんにこう聞いた。




 私よりも、やっぱりお仕事のほうが大事ですか?



 自分自身でも言っていた「面倒くさい女」の典型的な台詞。
 でも、あの日香坂さんは、こう答えていた。
 「そんなの、藍のほうが大事だよ。今日仕事終わったら必ず連絡するから。会おう」
 藍はその言葉に「ありがとう」と返したらしい。何一つ、彼女が死を選ぶはずのない返答だった。それなのに、




「どうすればよかったんでしょう」
「そんなの俺もわからないよ。藍は俺たちとはちょっとだけ考え方が違うから」
「私はあの子が死のうとするたび、怖くて怖くて仕方ないんです」
「それは、あなたがそれだけ藍のことを大事に思っている証ですよ」
「でも、藍を救えるのは私じゃないから」



 最低な私は、また最低な提案をした。
 この時にはもう私はしばらくの海外出張が決まっていたため、彼に藍の見張りを頼んだ。どうか、彼女が死なないように。
 記憶が戻ってもいいから、だから。


 藍を助けてください。
 弱くて情けなくて恥ずかしかった。香坂さんは「俺でよければ」と涙でぐしゃぐしゃになった私の頭を撫でて笑った。
 地面を踏みしめる足が、ぐわんぐわんと揺れる。ずっと私は、間違っていたことに気づいていたのに。

Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.20 )
日時: 2020/08/04 22:19
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)

 mellow004「 君が本当に大嫌いなんだ 」



 あんずが額を地面にこすりつけて謝る。
 壊れた玩具みたいだった。繰り返し「ごめんなさい」と口から毒素を漏らし続ける。もう一生綺麗にはなれないのに。
 花瓶の花が枯れていた。水分を吸いきって、喉がカラカラになって死んでいったのだ。
 過呼吸みたいに、息を吸うのも苦しくなったのか、あんずは涙でぐちゃぐちゃの顔でじっとこちらを見た。私はどんな表情をすればいいのか、わからなかった。




「何が正解なんだろうね」
 
 部屋に夏の匂いを閉じ込めて、吐き出したかった過去を全部ぶちまけて、それが許されることでハッピーエンドなのでしょうか。
 汚い感情を誰にも知られたくなくて、必死に隠したんだ。どこに隠せばいい。誰にもばれないように、簡単には見つけられない場所。
 私は、本心を誰にも気づかれたくなかった。

「私はあんずが思う通りの人間なんだと思うよ。きっと」

 依存しなきゃ生きていけない。誰かのために、そう思わないと自分に生きる価値を見いだせなかった。



「私はその当時のことを何一つとしてちゃんと覚えてないから、だからそのときの私が何を考えていたのか分からないけれど、きっと、私が飛鷹さんに求めてた答えは」


 ■





 呼び出し音が三回なって、ぷつっと音がしたと思うと、聞きなじみのある優しい声が私の耳を擽った。
 「久しぶり」と、一言。何もなかったかのように。ここ一週間で二、三十回も電話をかけてきていたのに、心配なんてしてなかったよというニュアンスで彼は電話越しで笑った。

「……私たち、本当に付き合ってたんですね」
「三原さんが吐いちゃった?」
「覚えてないって残酷ですよね」
「さあ、俺はもう仕方ないなって割り切っちゃってるから。藍ちゃんがそう思うなら、それでいいんじゃないかな」
「じゃあ、飛鷹さんは私が求めていた答え、もう分かってるんですか」

 捲ったカレンダーを裸足で踏みつぶす。もう、この時間は戻ってこないから。
 飛鷹さんは少しの沈黙の後、そうだね、と軽く相槌をうって言葉を連ねた。


「藍はハッピーエンドが必ずしも最高の結末だとは思っていなかった。結婚イコール幸せとも絶対に思わない。そういう子だったよ」
「質問にちゃんと答えてください」
「ははっ、ごめんね。でも君は何も答えを求めてなかったから」



 断片的な記憶が、少しずつ彼の笑顔を見て蘇っていく。
 パズルのピースが、綺麗にはまる。





 それはたぶん、思い出したくない私の過去のお話。






「篠宮藍は死ぬほど俺のことがきらいだったからね」



 飛鷹さんが私の顔を見て悲しそうにくしゃりと笑う。
 私は彼の表情が直視できなくて、思わず顔を伏せた。

 記憶が戻っても、私はあの日の篠宮藍の気持ちが何一つわからない。もう、あの人は他人だから。私じゃない。あんな、最低なことを言う人間、私じゃない。あんな、酷い、



「思い通りに物事が進んで藍はきっと喜んでると思ってた。君のそれも「忘れたふり」だと、ちょっとだけ思っちゃったよ」


 私は何も言えなかった。
 思い出す。まるで草を歯で磨り潰してごくんと飲み込むみたいに、不味くて不味くて今にも吐き出しそう。

 私は、答えを見つけられずにいる。
 篠宮藍という人間の、本当の真意に。

Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.21 )
日時: 2020/08/07 00:23
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: rtUefBQN)

 好きだよ、それはあの子にとって呪いの言葉。










「死ねばいいのに」

 第一印象は、綺麗な子。
 そして、吐き捨てられたその言葉に、蔑むように見下ろされたその瞳に、俺はぞくぞくした。整った顔が引きつるように笑みを浮かべ、俺の頭を掴んだ。

「私から咲良を奪う奴はみんな死んじゃえばいい」

 その日、すべてがクラッシュした。
 他の人間から聞いていた篠宮藍という人間が、いま目の前にいるこの女性と同一人物だとは思えない。誰も教えてくれなかった。いや、誰も知らなかったのだろう。



 篠宮藍の異常な本質を。




***



 俺が小学生の時に母親が知らない間に某アイドル事務所に履歴書を送ったらしい。それが俺がアイドルになったきっかけ。
 それが事務所の社長の目に留まったみたいで、半年もしないうちに俺は当時入所していた別の男の子とユニットを組まされた。そして、高校生になるときにはメジャーデビュー。CDの売れ行きも良かったみたいで、バラエティや音楽番組に引っ張りだこになり、俺はいつの間にか大人に操られるがままに動いている人形になっていた。
 笑ってと言われれば笑う、泣いてと言われれば泣く。それが求められていることならば、正解はそう。二十歳になるころには感情というものが少し欠落しているのか、すべてのことに対して「どうでもいい」と思うようになっていた。

「お前さ、それでいいのか」

 一つ年上の俺の相方はいつも俺のことを心配してくれていた。
 鬱陶しいくらいに何度も俺に話しかけてきて、気持ちが悪いくらいに俺に気を遣う。そこまでされる理由もわからないし、わかろうともしなかった。

「俺さ、このままじゃ良くねえ気がするんだ」

 二十一になるほんの少し前に、相方は大事な話があると俺を呼び出した。そこは彼の行きつけの居酒屋で、慣れたように彼は生ビールを注文した。お前は、と聞かれ俺は無言で首を振った。

「良くないって何が。なんかした、俺」
「そうじゃないよ。だってさ、このままお前アイドル続けてても幸せになれない気がするじゃん」
「別に俺は楽しいけど。お前は俺とやってて楽しくないわけ?」
「いや、そういう話じゃねえんだよ」

 口ごもる相方はため息を一つついて、ジョッキを勢いよく口元にもっていった。喉がごくんと音を立てて、彼はビールを飲み干した。

「いや、まあそうなのかもしれねえな」

 飲み干したあとの彼の言動は少しおかしかった。
 さっきまでの強気な態度が豹変して、しおらしくなったというか弱気になったというか。


「俺さ、怖いんだよ。いつかお前に捨てられるのが」

 彼は笑ってそういった。今にも泣きそうなそんな笑顔で。
 俺は「そんなこと言わないよ」と言ったけど、彼は嘘だと言ってきかなかった。


「お前の幸せはたぶんこのまま俺と続けていっても手に入らない。だってお前が求めているものは、」



 彼が解散の話を切り出すのは、その言葉を聞く前から薄々気づいていた。そして、俺はずっとそれをどうやって濁すかこの時間ずっと考えていたけれど、やっぱり上手くいかなかった。
 「お前が幸せになれねえのは、よくねえや」もう酔っぱらっているのか彼はヘナヘナと笑って、そのあと泣き上戸の上に絡み酒になって、飲みが終わるころには深い眠りについていた。


「どうしたらよかったんすかね。俺」

 彼の言葉は間違ってなかった。だから、俺は「嫌」と言えなかった。
 言われたことを言われた通りにやるマニュアル人間、大人たちの操り人形、このままで俺は幸せになれるのだろうか、そう考えたこともあった。それでも俺はこの人の隣で頑張っていきたかったのに。


 言わなかった。自分の本当の気持ちを。
 だって、それが正解なのか誰も教えてくれないから。


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