コメディ・ライト小説(新)
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- Lunatic Mellow Mellow
- 日時: 2021/04/21 23:44
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: vQ7cfuks)
あの美しい月は、人の心を狂わすのです。
* * *
半年以上小説を書いてなかったのでリハビリを兼ねて。
最初から >>001-
ぷろろーぐ「 愛を殺したい 」>>001
mellow001「 夏は君の匂いがする 」>>004 >>005 >>006 >>007 >>008
mellow002「 優しく騙して、甘い嘘で 」>>012 >>013 >>014
mellow003「 忘れないで、夏の嘘 」>>015 >>016 >>017 >>018 >>019
mellow004「」
mellow005「」
mellow006「」
mellow007「」
登場人物
□篠宮藍
■香坂飛鷹
■茅野咲良
□三原あんず
- Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.24 )
- 日時: 2020/09/02 23:26
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: d6rzi/Ua)
mellow005「 優しい愛の呪い 」
欲しいのは、愛させてくれる存在、ただそれだけ。
藍はそっくりだね、俺と。あいつはそう言って私の頭を優しく撫でて笑った。
背筋が凍り付いて、口角が引きつった。あいつの私を見る瞳に悪寒がした。
「愛してるよ、藍」ああ、吐き気がする。死んでしまえと、私は何度も心の中で呪った。
闇が私の心の中まで侵食してくる。自分が自分じゃなくなっていくような感覚がした。
太陽が沈んでいくにつれて私の影は伸びていく。あいつの影と重なって、沈むと同時に消えていった。私を汚すあいつの手が、酷く気持ち悪かった。
■
初めて彼に会った時のことを鮮明に覚えている。高校三年生の夏の日。バイト終わりでスマホを確認すると咲良からメッセージが入っていて、私は通知の文字を確認しないまますぐに咲良のメッセージを見た。
瞬間、吐き気がして、私はすぐにスマホの電源を落とした。
「意味わかんないんだけど、なにこれキモい」
たぶん、それは怒りに近い感情だったのだと思う。シフト終わりのかぶった後輩に「お疲れ」と声をかけて私は外に出る。自転車の鍵をはずしてペダルに足をかけた。漕ぎ出す足になかなか力が入らなくて、私は大きくため息をついた。
「父さんが再婚することになったよ」咲良の短いメッセージに私は既読だけつけて返信することはなかった。わざわざ私にそれを知らせてくるあたり、咲良の考えていることは分からない。咲良にとっては私もいまだに家族だよ、ってそういうことなんだろうか。でも、私があいつのことを死ぬほど嫌っていることは咲良だって知ってるだろうに。
帰り道にあるコンビニに立ち寄って私は夜ご飯とお茶を買っていく。コンビニのレジ袋を自転車のかごに乗せて、私はようやくスマホの電源を付け直した。と、同時に着信があった。私はそれをとるのを一瞬躊躇って、コール音が二十回を超えたあたりで決心して電話を取った。
「もしもし」
声がすこし不機嫌になっていたのかもしれない。
『姉さん、明らかに機嫌悪いのわかっちゃうよ。それ』
電話の主の咲良は笑ってそう応えた。自転車のサドルに腰をかけて私は電話口でカラカラ笑う咲良の声を聞いていた。
『不機嫌な原因は父さんの再婚かなあ?』
分かっていってるのだろう。昔ほどあどけない可愛さを感じなくなった気がする。
むしろ私の反応を面白がっている。私の痛いところをついて、私がどんな態度で返すのか、きっと気になって仕方がないのだろう。咲良は賢い子だから。
「別に。どうでもいいのよ、あの男が私の知らないところで勝手に幸せになっていればいいと思う」
『姉さんなんかドライじゃない? もっと何かないの?』
「なにかって、なにか言うのであれば再婚相手の女性が死ぬほど可哀想ってことぐらいかな。咲良はちゃんと助言してあげたの?」
『ちょっとだけはしたよ。息子さんにだけど、あの人はお勧めできないですよ~って軽くだけど』
「……へえ、ってちょっと待って」
『……?』
咲良の言葉の中に紛れ込んでいた「息子さん」というワードに私はすぐに気づくことができなかった。あまりにも咲良があっさり言うから、私の心の準備ができていなかったこともあるかもしれないけれど、それにしても突然すぎる。
「待って、それってさ、咲良にさ」
『うん、お兄ちゃんができるんだあ』
愛しい弟の優しい呪いの言葉に、私はこの日二回目の地獄へ落される。
- Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.25 )
- 日時: 2020/09/04 23:37
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: d6rzi/Ua)
話し方がいつもよりふわふわしてる気がして、私は咲良に問い詰めると絶賛事務所の飲み会中で、少しお酒を飲まされたのだという。
「周りに女の子とかいるの?」
「うん。いるよお」
「じゃあ、迎えに行くわ」
時刻は夜の九時半を過ぎていた。咲良が飲んでいる店はここから自転車で十分ほどの駅の近くの居酒屋で、私はスマホをポケットにつっこむとすぐに自転車を進めた。
夏の夜の生温かい風が皮膚を優しく撫でる。街灯がちかちか点滅を繰り返して、夏の虫の鳴き声がじーじー音を響かせる。ペダルをこぐたびに、私のママチャリは歪な音を立てていた。買い替えなきゃいけないとは思っていたけれど、これはもう寿命だ。
「ここらへん、のはず」
咲良から送ってもらった居酒屋の名前を検索してマップ表示で場所を探す。ぼんぼりの灯りがいくつか連なっている通りの奥に、一際明るい照明の居酒屋が目に入った。咲良が送ってくれた名前と同じ居酒屋。私は自転車を隅に置いて中に入った。
店員に話をして、奥の大部屋に通してもらう。ドアを開けた瞬間、どっと笑い声が私の耳を突き刺した。私の嫌いな空気がそこには広がっていて、思わず吐きそうになった。
居酒屋独特のお酒の匂いと濃い油物の異臭。酔っぱらった人間の頭の悪そうな笑い声。ドアの近くの男が私に気づいたのか「どちらさん?」と笑いかける。もう酔いつぶれ間近なのか、顔は赤く林檎のように染まっていた。
「あの、咲良を迎えに来たんですけど」
「さくらあ? ああ、茅野くんね、奥の席にいるわ。あ、ちょっと待って。どちらさん?」
「咲良の姉の藍と申します」
咲良とのやり取りのメッセージを見せると、男は顔を突き出して眉をひそめながら凝視したあと、なるほどねと一人で納得して「飛鷹ああああ」と大きな声で叫んだ。
私は咲良を呼んでほしいのに。この男の謎な行動に私は少し動じながら、彼の手招きによって隣の座布団に座らされた。
「なんすか、社長」
それは聞いたことのある声だった。聞きなじみのある声、というほうが正しいのかもしれない。
知り合いとか、そういうのじゃなくて、私が一方的にずっと聞き続けていたあの声。
香坂飛鷹だ、と私はその声の主の顔を見る前に気づいてしまった。
眠たそうな飛鷹、と呼ばれた男は私の前に座らされて、私の方をちらりと見る。
「あたらしいアイドル希望の子ですか」
「あー残念ながらそうじゃないんだよな、残念ながら、ああでもどう? 顔もスタイルもめっちゃいいしアイドルとか興味ない?」
「興味ない、です」
へらっと笑う男は、さっき社長と呼ばれていた。私はびくつきながら咲良を探す。
「お酒飲む?」と男はにんまり笑いながら私にアルコールを進めてきたけれど、私は未成年といって断った。いまどき珍しいいい子ちゃんだね、と褒めてくれたけれど、それは半分馬鹿にしているのに等しいと思った。
「この子、茅野くんのお姉さんなんだって」
社長と呼ばれた男が私の腕を引っ張って自分の身に近づけた。「可愛いでしょう~」と酔っぱらってるからなのか元々なのか分からないけれどまたへらっと笑った。
香坂飛鷹は私をじっと見て、口を開こうとしてすぐに閉じた。代わりに近くに置いてあった飲み物を少し飲んで私から視線を逸らした。
「あ、飛鷹さん」
それは音割れのような、耳は激しく拒否をしている。
私は知りたくないことからずっと目を逸らし続けていた。だって、気づいてしまったときはもう遅いから。私はそれを許せない。
私は私の大事なものが汚されるのを死んでも許せない。そんな自分が嫌いだ。私は私を許せない。
咲良の声は上から降ってきた。アルコールを片手ににんまり笑って。
「姉さん、さっき言ってた新しい」
次の言葉は分かっている。私は勘がいいのかもしれない。
予測ができることはいいことではないのだと私はこの時に、私から目を逸らしたこの男を見て確信した。
「お兄ちゃん」
甘ったるい。私の愛する弟は、私がどうすれば傷つくのか熟知している。
- Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.26 )
- 日時: 2020/09/08 23:35
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: d6rzi/Ua)
一次会が終わって咲良をタクシーに乗せて、無理やり帰らせた。まだもうちょっと、なんて言うから私は内心怒りが表情に表れてないか心配だった。
咲良を見送る隣には香坂飛鷹の姿があって、咲良がばいばいと可愛く手を振った相手は私ではなく彼の方だった。無意識なのか、狙っているのか、いまだに分からない。咲良は私の心を傷つけるのが本当に得意だと思う。
「名前、なんだったっけ」
ふいに隣から声がして私はちらりと視線を彼の方に向ける。街灯の光に照らされて、彼の顔が青白く光っていて少しだけ怖かった。飲み会に参加していた他の人たちは二次会に行くらしく、私たちも誘われたけれど断った。香坂飛鷹も私に便乗するように断って、いま私の隣にいる。
近くにあった自動販売機でジュースを買って私に一つ渡す。キンキンに冷えたレモンティのふたを開けてぐっと口元に飲み口を持って行った。体に入っていった水分は、この暑さで簡単に汗になって消えていく。じわり、と皮膚を滑るように汗が首筋を伝っていく。
「藍です。篠宮藍」
「咲良と苗字違うんだ」
「離婚した後、私は母親の方に引き取られて、だから苗字が」
「ふうん」
少し歩いた先に公園があって、そこのベンチに香坂飛鷹は腰をおろした。とんとん、と自分の隣を叩いて私に座るように促して、私は正直もう帰りたかったけれど渋々そこに腰をかけた。
「咲良からよく話は聞いてる」
「はあ」
「事務所のお金とかも全部君が出してるんだってね」
「……まあ。父親は咲良のことに興味がありませんから」
「そうなの?」
「知らないんですか」
自分の新しい父親なのに? 私は言ってはいけない言葉を付け加えようとしてしまった。
ぐっと唇を噛んで自制して、私は何も知らないふりをしてにこりと笑う。だけど、香坂飛鷹の表情は変わらずに「なに?」と聞き返す。
「……咲良に忠告されなかったんですか。あの人のこと」
「あの人って。お義父さんのこと?」
「あの人はやばいから――早く別れたほうがいいですよって、そんな他人が何言ってるんでしょうね」
「初めて咲良の家族と会った時、そんなこと言ってた気がする。あれでしょ、浮気癖があるとか」
浮気癖、という簡潔な言葉に私は思わず動揺してしまって、彼の顔を凝視してしまった。香坂飛鷹は何も知らないという顔で、きょとんと私の顔を見ている。私は言わなきゃいけない言葉を、ぐっと飲み込んで、持っていたレモンティで全部流し込んだ。
「香坂さんは、何も知らないままが一番ですよね」
私は怖かった。人の不幸をこのとき予知できていたのに、私はそれを言葉にできなかった。
この瞬間壊れるか、いつ壊れるか、時間の問題だったのに。私は何もせずに放置した。
咲良が何も知らないわけないのに。それでも、咲良が守りたかったものは何だったのだろう。
咲良は私のことがきっと嫌いなのだ。全部あの男にそう吹き込まれたのだろう。
あの日から咲良は変わってしまった。
あの男のことを、信用してはいけない。
私はもう、忠告することもできないのだ。
- Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.27 )
- 日時: 2020/09/25 00:24
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: d6rzi/Ua)
【 参照1000突破 】
大変遅くなりましたが参照が1000を突破しておりました。ありがとうございます。
去年の夏の間に完結させる予定だったのにもう一年経過してました。時の流れは早いものですね。
今年の冬までには完結しますので、それまでお付き合いいただけると幸いです。
読んでくださる皆様に感謝の気持ちをこめて。ありがとうございました。
- Re: Lunatic Mellow Mellow ( No.28 )
- 日時: 2021/02/07 01:18
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: vQ7cfuks)
愛の形はいろいろある。
歪んでいても構わない。私は咲良に対するこの感情が真実の愛だと疑いもしなかった。
□
咲良の所属するlunaticはデビューはしていないものの、SNS上で話題になり、小さな箱を借りてやるライブはいつも満員になるくらいに人気になった。その原因が咲良の義理の兄になった香坂さんと知ったとき、私は心臓をぎゅっと握られた感覚というか、上手く言葉にできないけれどひどくショックを受けたのを覚えている。
咲良の所属するグループが人気になったことはもちろんうれしいけれど、香坂さんの引き立て役にしかなっていない残りのメンバーを見て私はただ愕然とした。ファンができるのはlunaticではなくて、香坂飛鷹という男に、というのが見てて痛いくらいに伝わってくる。歓声の大きさ、グッズの売れ方、コメントの多さ、何をとっても目で見て分かるレベルで香坂飛鷹という男は別格だった。
事務所も香坂さんが一番人気と分かってからは、そういう路線に方向性を変えて、だんだんと他の三人のメンバーが薄れていった。香坂さんにはテレビやCM、雑誌の表紙などの仕事がきて、他のメンバーとの確執がどんどんと浮き彫りになっていく。気持ちが悪くて吐き気がした。
私はただの身内なだけだったからいいけれど、ファンが見たらもっとショックを受けると思う。
それでも、キラキラした咲良を見たくて私はライブハウスに通った。
香坂さんにしか声のないライブでも、咲良は笑って歌いながら踊っていて、私は見ていて泣きそうになった。嬉しいのか悲しいのか自分の感情がよくわからない。
「みんな、今日は来てくれてありがとう」
咲良が舞台の上で私を見つけて手を振る。
私はそれが嬉しくて、たったひとり。この場で咲良のファンが私ひとりでも、それでも私さえ咲良の良さを分かっていればいいと思った。
私は、もうこの時から異常に歪んでいたんだ、きっと。
□
「今日も来てたんだ」
ライブが終わったあと、出待ちをする人だかりから離れるように私は帰り道をとことこ一人で歩いていく。後ろから声をかけられて振り返ると、そこにはさっきまで見ていた顔があった。
「なんでいるんですか」
「なんでって、出待ちがいるから別出入り口からでてきて、そしたら藍さんが見えたから」
「見えたからって、追いかけてこなくてもいいじゃないですか」
「藍さんって俺に嫌悪感出まくりだよね。俺のこと嫌い?」
爽やかに笑う香坂さんに、私は足を止めて振り返った。
「見てください」
私は今も香坂さんが出てくることを信じてやまないひとだかりを指さした。
「あれだけ、あなたのファンがいるんです。私はあなたのファンでもないし、むしろあなたに興味がありません。できれば話しかけないでいただきたい」
「でも、俺は藍さんに興味があるんだよ」
真剣な言葉に軽口で返される屈辱。私は咲良のグループのリーダーということもあって邪険にもできず、めいいっぱい嫌そうな顔をしながら彼の隣を歩いた。
香坂さんは何を考えているか分からないからいやだ。結局彼は私が乗るバスまでついてきて、おやすみと言ってきた道を戻っていった。私に車道側を歩かせない紳士さに腹が立って、夜道が心配だったのか送ってくれていたことに気づいてまたむかついた。
そういうところが嫌いだ。
そういうところが、私の感情をゆがませていく。