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いつだって、そうだった
日時: 2014/05/30 17:40
名前: 苺大福 (ID: U0ZlR98r)


●登場人物紹介
レイモンド>>09

少女>>17

●目次

◆第一話 【彷徨う者】>>01
◆第二話 【出会う者】>>04
◆第三話 【素直な者】>>05
◆第四話 【駆ける者】>>06
◆第五話 【明かす者】>>10
◆第六話 【託した者】>>11
◆第七話 【見通す者】>>12
◆第八話 【越える者】>>13

突破記念
  【参照100突破記念】>>14

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Re: いつだって、そうだった ( No.13 )
日時: 2014/06/01 00:12
名前: 苺大福 ◆GttcwRKaXs (ID: U0ZlR98r)

◆越える者


レイモンドはうっすらと目を開ける。そこには何も無かった。ただの闇が広がっていた。だから本当に瞼を開けているのか分からなくなってしまいそうだ。その闇は何処までも深く暗かったが、暖かかった。表現に困る暖かさだ。恐怖を感じる闇と安らぎを感じる闇となら、今目の前に展開されるは後者、だと思う。酷く気持ちが良い。
先程まで感じていた痛みは溶けてしまったかのように無かった。何処にも力が入らない。何処にも、力を入れる気は無い。ずっと……こうしていたい。

ずっとこうして漂っていたい--------外で野宿をしていても町の宿で泊まっていても、レイモンドは常に神経を尖らせている。少しでも異変があれば飛び起きるためには当たり前の様に必要な事で。レイモンドが生きる世界は、町の中で暮らす人々より物騒で危険で、剣を片手に相手を黙らせるそんな世界なのだ。だから、こんなに落ち着いて安らかで安心して、だらしなく全身の力を抜いたのは酒で酔った時以外で何年振りだろうか。

そこでようやく、レイモンドは此処がどこなのかと回らない頭で廻らせた。起き上ろうにも足に力を入れられない。なにより踏ん張る地面の感触が何処にもない。自分は本当に空中に浮かんでいるのだろうか? そんな馬鹿な発想をぼんやりとしか考えられなかった。

「……!」

「?」

何処からか声が聞こえる。近くから聞こえるのか遠くから聞こえるのか今のレイモンドに判断できなかった。しかし、朝の霧靄のような思考が少しはっきりと色を帯びてきた。それと同時に、甘い匂いが漂ってくる。ここはきっと昔聞いた極東の国にある浄土と言う所なのだろう。レイモンドは口を歪めた。少し笑ったのだ。こんな自分でも浄土へ天国へいけるのだと。ではこれは、天使の声なのだろうか。


そう思ってもう少し笑った。天の国で仏頂面は良くないよな……開けていた目を閉じて(なにぶん感覚が無いので定かではないが)、口をそっと開いて笑顔を作ろうとしたその瞬間。
ふと少女の顔を近くに感じた。微かな吐息が額にかかる。目を開ける愚は犯さない。聞こえてくる心臓の音は自分のものか、あるいは少女のものか? 少女の独特の甘い匂いと共に柔らかな何かがレイモンドの唇にあてがわれた----------酷く、甘い気がした。

          *

「レイモンド様っ!」

突然覚醒した耳に届いた悲痛な叫びにレイモンドは今度こそ目を開けた。……と同時に甘ったるい味が口を一杯に満たし、鼻孔をくすぐる風に思いっきり顔をしかめた。

「う……っ。げほっけほ」

いつの間に自分は倒れたのだろう? 少女は膝の上にレイモンドを寝かせているらしい。後頭部に柔らかな膝の感触を受け、口に残る味と少女の手にする袋でようやくレイモンドは状況を理解した------少女は気つけに、革袋の中身であるラカナーをレイモンドの口に流し込んだのだ! 確かに下手な気つけ薬より効果テキメンだったが、今は口直しに酒が欲しい。


……否。寝ぼけていたとは言えども醜態をさらしたのはこちらで、今はレイモンドが少女を見上げる形になっている。それに、正直残念だった……、その上勘違いをした自分が情けない。まさか、顔は赤くなっていないだろうな? それを誤魔化すにも酒が欲しい所だ。

動かせない体を、少女に手伝って貰いながら起こすが、特に肩の方は全くと言って良いほど動かない。少女の膝は、レイモンドを寝かせたままラカナーを流し込んだため、ビッショリ濡れている。レイモンドが咽返ったのも、ラカナーの甘さでは無くて只単に少女の手荒さにだったのだろう。下手をすれば窒息しかねないなとレイモンドは少女の手元のラカナーに目を落とした。


朝まで。人目がある時に問題を起こす事はこの地を治める領主への反感へ繋がりかねない。そしてレイモンド達を追っている男達は少女の父親------または父親の部下のそのまた下の者達らしいのだ。
朝まで逃げ切れれば、レイモンド達に勝機はある。……実質勝利する訳ではない。とりあえずの危機回避なのだが、今はそれさえも難しい状況だった。

少女に半ば引き摺られるようにしながらレイモンド達は一歩一歩確かめながら歩き始めた。星の位置からしてレイモンドの意識が飛んでからそこまで時間は経っていないようだ。それでも、着実に捜査網は狭まっているに違いない。
「行くぞ」
「ぁ……でも」
「急いだ方がいい。俺は大丈夫だ」

先程からずっと犬の鳴き声が聞こえるが、夜の町に響いているのか近くにいるのかも判断出来ずにいた。そこでレイモンドは自分が耳に集中出来ない事に気付いた。物音に対する反応も遅い。足の感覚が痺れ、考えがまとまらない……。戦では冷静さを欠いた方が大概追い詰められる。それは焦りもまたしかり。そしてレイモンドは焦っていた。

今の状況を考えれば考えるほど悪いのだ。

戻って来た感覚を頼りに怪我をした所を見ると、何処かで見た布が巻かれていた。少女の外套の一部だったか。真っ赤に染まった布が下手くそながらに巻かれている。(礼の代わりに少女の頭に片手をポンと置いて見たのだが、振り返った少女の顔は案の定理解していない)
出血が酷い……誰が見ても明らかな大怪我だ。そして--------獣はいつだって血の匂いに敏感なのだ。


足元がふらついて、失血による酷い眩暈がした。------と思うと次の瞬間目の前が黒く滲み、気が付くと狭い路地の壁に両手で倒れ込むように縋りかかってなんとか立っている有様だった。壁に頭を擦りつけるような恰好のせいで必然に見えた自分の脚は小刻みに震えている。何だ? こんなにも自分は弱っていたのか?

背中をさする少女の心底心配した目がレイモンドを映す。只でさえも白い少女の顔が、蒼白を通り越して骨の様だ。目には大粒の涙が浮かんでいた。泣いた跡もあるから、大方レイモンドが気を失った時の物だろう。少しでも安心してほしくてレイモンドは笑顔を向けたが、正直上手く笑えているのか分からない。
怪我した方の足を引き摺りながら、前へ前へと歩く。

「無理なさらないで……レイモンド様」


少女の肩に腕をまわし、少女は少女でレイモンドの腰を抱えあげる様に支え、完全にレイモンドが足手纏いなのだがそれでも少女は見捨てない。それどころか今もこうして、涙を浮かべるほどに心配までしてくれている。今は、それだけで十分だと思っていた。少し前までなら質問を浴びせる様にしていたかもしれないのだが、今はここで良い。このままで良い。そう思った。

レイモンドは自分が女性に対して鈍感だと自負しているし、経験も浅い。なるべく近付かないようにしていたのは自分の為でもあったが相手の為でもある。そうであったはずなのに、この目の前の少女には心配ばかりかけているようだ。…少しは自分が男をみせてもいいのかもしれない。


少女の顔を振り返るが、タイミングが悪かった。


「居たぞ! こっちだ!」

こんな時に見つかってしまったのだから。神様女神様、こんな俺でごめんなさい。


          *


咄嗟に入った横道は袋小路だった。怪我人と女。剣が一本。地の利無し。助けなし。どちらも疲労困憊。相手は今の所二人。犬が四匹。それぞれ棍棒あり。チームワークあり。そんなワードがぐるぐると働かない頭でまわっている。先ほど見つかってから、距離は離せたが振り切ることはできなかったようだ。足音と犬の吠え声はまっすぐにこちらを目指していた。

「レイモンド様…」



此処までか? 

「物騒な世のなかに生まれたくなかったもんだな」


諦めともとれる負け犬の様なセリフに自分で笑い出しそうになる。これぐらい負け犬なセリフが今の俺に丁度いい。剣を再び取り出し、一歩前へ出ようとした瞬間。


少女が先に前へ出た。支えをなくしたレイモンドは不様に地面に倒れ込む。あぁ……どこまでカッコ悪いのだろうか。剣を地面に突き立てなんとか立ちあがろうとしたが、重力に逆らえずまた崩れた。

「いいえ、レイモンド様。もう……良いのです」

「何を、言っている?」

泣き顔かと思いきや、少女の顔は聖母の様に穏やかで。うつ伏せのレイモンドの頬を包み込む両手はやさしい。少女は月明かりがうっすら差し込む中、凛とそこに存在している。確かな存在感が人を安心させる。
……これで犬の吠え声が無ければと思うのは不謹慎だろうか。

「もういいのです。私の為にあなたは此処まで時間を稼いでくれました。その時間のおかげで、私はやっと決心できた…」

「諦める、のか?」

その言葉に少女は返答しない。レイモンドは体に鞭打って少女の細い手首を掴む。こんな細い腕、少し力を加えればあっけなく折れてしまうだろうと思った。レイモンドはうつ伏せに倒れた状態なので見上げる形になり、少女の向こうに月を見た。まるで月を背負っているかのような光景に、力を振り絞って精一杯に声を絞り上げる。

「諦めるのか……! ようやく……、会えた、のに!」
--------ようやく? 口を衝いて出たその言葉。

「レイモンド様。あなたはここまで、よく頑張りました。……さぁ、この手を離して」

「何をしようと……っ」

その言葉は最後まで言えなかった。


突然の事で声が出ない。それは一瞬の出来事だった。



少女の顔が自分のすぐ近くにある。
唇に、柔らかな感触。


少女の長いまつ毛が細かく揺れているのが見えた。



頬に添えられた小さな白い手、細い指。

頭の中が真っ白になり、思わず掴んでいた手の力が抜けてしまう。



少女はレイモンドの頬から手を離し、立ちあがった。その立ち姿は一種の威厳さえ漂う。それとも、月明かりの所為か。レイモンドが腕を伸ばしても少女に届かない。

本当に一瞬のことで、触れるだけの口づけだったが、レイモンドにとって初めてのキス。初めてのキスは、口に残る故郷の味。

「レイモンド様、耳を塞いでください。……もう、見ないでください。これ以上あなたに嫌われたくないのです!」

有無を言わせぬ迫力に、レイモンドは両手で己の耳を塞いだ。先に走り出した犬 二匹がすぐそこまで来ていた。何をしている逃げろと叫びたかったが、口から洩れる声は、端から呻き声になってしまう。カサカサの唇を噛み締めるしか無かった。追手の目的は少女を捕らえる事だとしても。少女が下手に手を出せば何されるか分からない。

          

時は戻らない。流し過ぎた血のせいで視界がチラチラ点滅しているが、そんなこと、今更どうだって良い。まるで怖がりな子供のように両耳を押さえ、時が過ぎる事を待つしかないこの状況。自分より非力な少女一人止められずに行かせて。

動けない自分が酷く情けない------
守れない自分が酷く情けない------



耳を塞いだ静寂の中。蜂蜜色の月ばかり眩しくて。

俺を越えて遠ざかる少女を見ている事しか出来なかった。


【越える者】終

Re: いつだって、そうだった ( No.14 )
日時: 2014/05/31 01:15
名前: 苺大福 (ID: U0ZlR98r)

【参照100突破記念】
200なのに今更ですいません。
全く意味の無い内容の短編にしようかと思いましたが、やっぱり本編に添わせる事にしました。
その名も-------レイモンド・グランスのそれまで

本編が始まるちょっと前です。では長々と失礼しました。

          *



起きているのか寝ているのか。まだ夢を見ているような少し気だるい早朝。


目覚めてもそこにあるのは一重に同じ。けれど、この世に不変など無いと俺は知っている。一見同じだが、少しずつ日々は違うし、小さな変化が何時の間にか大きな変化になっていたりする事が往々にしてある。今見える空も石も。形ある物、いつか壊れると誰が言ったんだったか?


一体、この世に何を期待する? 何を求める?


一つ依頼をこなすと、いつもそんな事を考えてしまう。目の前の依頼主とは金で繋がっているだけの関係でしかなく、誰かにこの問いを聞いてもらう事は無い。今の俺に腰を並べる友はいない。そんな事実は色を失った今の俺の生活にあまりに当てはまる。

傍に片時も離さず置いている物がペンから剣に変わったあの日に。商人になりたいと夢見た俺が懐かしくて。雇う側であった未来の自分はいつしか幻影となり、気が付けばあの時から俺の時間は止まってしまった。

変わらない、変われない。味気無い今を生きる、自分の為に生きている。それは……生きていると言えるのだろうか?

そろそろ、約束の時間だ。----------出掛けるか。



          *



差し出した手に落とされた報酬が少しばかり契約と違うので異論を唱えようと歩み寄った。大胆に値切ったもんだと毎度、感想を抱かざるを得ない。

「これはどういう事だ?」
「……はてさていかがしたかな?」
「とぼけるな。契約と違うだろう」
「おやおや、初めの契約で一般 銅貨30枚でしてそこから……」
「いや、違うな。初めは33だ」
「ははは。それはさておき、道中賊に襲われましたでしょう?」
「それがどうした。ちゃんと命も商品も助かっているじゃないか」
「それが、一つ助からなかった」
「? だってあんたはあの時全部無事だと」

 「時間ですよ」

ふざけているのかと怒鳴りたかった。腰にある長剣の柄に伸ばし掛けた手を辛うじて止める。が、音を立てるほど握り拳を作って堪える。レイモンドは杏子色の髪を鬱陶しそうに軽く振って誤魔化したが、商人の顔は更に嫌な笑顔でしわを深めた。

「『時は金なり』という言葉はご存知でしょう?」
「……何が言いたい」
「商品は無事だった。しかし、予想以上に時間が掛かっています」
「俺は商品と命を守る事を契約した。時間は含まれていないっ」
「いえいえ。私達にとって早い商売は一つの売りでもあります。……ですが、成功報酬として間を取りまして--------」

          *

   
今レイモンドの懐には銅貨31枚が入っている。商人達は時に強引に、陰湿に、しかもしつこく値切り交渉をしてみせたり恫喝を交えたりする。その横暴で理不尽な理屈に、驚きを通り越して飽きれてしまう時もあった。
よほど憲兵より肝がすわっている厄介な連中だ。

「はぁ……」

人混みと気温が最もピークであるアドミナの商業地区にて、次の契約もとい護衛依頼の時に必要な物を揃える為に、隙間を埋め尽くすような露店を渡るが、人混みというのは下手に運動するより疲れることもある。

朝の出来事と合わせて、体中に鉛をくくられたかのような体を引き擦るように歩いていた。酷く疲れたので宿に戻りたいところだが、準備を怠る事は出来ない。
もう少し人がいなくなってから……という考えもあったが、この様子では甘い考えは捨てた方が良さそうだ。



アドミナの町は規模としては小さい部類で、その割に人口が多い。全体的に密集した感想を持つが、特に、商業地区は狭い土地を割いて開放的であることが特徴だ。どの建物も窓にガラスは無く、多くは砂岩を削り出して建てられるといった伝統的な様式がこの町には多く残されている。こじんまりとした、しかし個性的な町ともいえよう。

万人に開かれた商業地区は活気付いていて、それと関係してなのか、この町に住む人々も大らかな人が多いように思う。人混みは難儀するが、住んでみればきっと良い町だろう。

そんなアドミナの商業地区にて盛大にため息をついてしまうのは今朝の値引きの件についてだ。今回の仕事は食料や武具、生活用品を買い足して銅貨32枚掛かってしまった。先程の交渉から考えれば損となる。レイモンドは仕事をして損を拵えたマヌケである。


休む暇もなく次の契約を結んできたが、次こそ儲けねば明日買う物にさえ困る生活に陥りかねない。そんな生活を続けるにも限界が来るだろう。子供にだってわかる事だ。そして、時と運が悪ければ腕一本、足の一つで済んで良かったという事態になってしまう事だってある。そうなれば目も当てられない。

「はぁ……」

剣を振っているだけでは金は貯まらない。世知辛いと言えば良いのか……剣と体を使うだけでなく、どうやらレイモンドは頭も使わなければならないようだ。
今日何度目か分からないため息をもうひとつ、青い空に溶かす。


自然と漏れてしまうため息に、すれ違った婦人が怪訝そうに振り返った。レイモンドは少し思い改め、朝の事は今更どうしようもないと割り切る事にした。傭兵は切り替えが大切だ……いつしか同じ庸兵団だった親友(戦友?)の言葉だ。
--------なにより、こんなにも天気の良い陽気なアドミナの町で暗い顔は似合わない。

そう思って空を仰げば、砂埃と熱気の向こうに海の青さが広がっていた。白い波一つない随分と穏やかな、それでいて眩しい海がある。

海を越えて、商人になってまだ見ぬ彼方へ--------と夢を見ていたかつての自分を思い出す。あの頃のレイモンドは今にして思えば幸せだった。そして子供だった。将来への期待をしていた無垢な自分はいつの間にか消えてしまったと気付いた時、商人になると言う夢は捨てた。

今更悲しいとは思わないが、あの瞬間を思い出すだけで虚無感と喪失感に押し潰されそうになった。それを乗り越えて剣を取った。いや、乗り越えるべく剣を取ったのか。

ハ、 と吐息を小さくこぼしてレイモンドは目当ての品を探そうと人混みに滑り込む。
もう、将来ばかりに目を向けるレイモンドは居ないのだ。目の前の現実は変わり映え無い。きっと次の旅も変わらぬ日々の一つに過ぎないだろう。何度も往復し、コツコツ貯めた金で船に乗ろう……いつか、いつか。


海を渡って、ここではないどこかに……そんな浮足立った考えに、我ながら苦笑を滲ませ、依頼先の紙を無造作に取りだした。


……さて次の護衛先は……ナバールだったか。






一つの奇石が投せられた。波紋をつくり、彼、レイモンド・グランスの運命を大きく揺り動かしていく----------


Re: いつだって、そうだった ( No.15 )
日時: 2014/05/31 01:17
名前: 苺大福 (ID: U0ZlR98r)

◆遂げる者


この日、この時、この一瞬。

人生をぐるりと変えてしまうそんな一瞬を、果たして誰が忘れ得ようか?

この選択は間違っているかなんて、頭の悪い俺には分からない。けど……いつだって。


          *


レイモンドは、この冷たく、透き通った夜の空気を口に含んで目を閉じた。まだ口に、ラカナーの咽返るような甘さが残っている。それと対するように体中が痛み、軋み、既に満身創痍と言っても過言ではない。立ちあがろうと膝と腰に力を入れようにも酷く体が重い。まるで自分の体でないようだ。
気を緩めば手放しそうな意識の中、暗くなってきた視界で、町を照らす月ばかりが頼りとばかりに見あげたが、ため息が出るほど美しい月がぽっかり浮かんでいるそれだけ。体に力がみなぎるだとかそんな奇跡は一向に起きないらしい。

崩れて行くおぼろ月を見てようやく自分の頬を、熱い滴で濡らしている事に気が付いた。きっと今のレイモンドは酷い顔をしているだろう。それを嘲笑うでもなく浮かぶ月を、憎らしく思うのはいささか理解できない。

この後におよんで、レイモンドは自分が少女について知っている事があまりに少ないことを嘆いた。鼻の奥がツンと痛かった。耳を塞いだ静寂の中、自分の鼓動と息遣いだけが響いている。不思議と、恐怖は無かった。底とない悲しみと、切望に似た感情で押し潰されてしまいそうだった。どうして、こんなにも胸が苦しい? 
俺にとって、彼女は一体何なのだろう。


躾の出来ていない獣とは、レイモンドからしてみれば貧弱そうな少女が、一人で太刀打ちできるような相手ではない。
せめて怪我しないようにと庇う盾にもなれず、むしろ守られている側の位置にいるレイモンドは歯痒い物がある。ここぞという時に役に立てずに、何が守るだ。自分の言った言葉一つ守れず、諦めようとした少女のその手を半ば強引に引いたのに、それも叶わないらしい。


少女目掛けてけたたましく吠えながら犬は歯をむき出したのと、少女が立ち止り、口を開いたのは同時だった。


耳を塞いでいたが、レイモンドは直感で分かった。
風に傾く柳の様に揺れる少女の細い背中。抑揚を付けた唇。




これは、唄だ。


レイモンドに旋律は聞こえないが、唄を唄っているのだ。不思議な事に、狂犬ばりに騒いでいた犬達が、少女もとで足をとめた。剥き出した歯を仕舞い、少女の声を聴いているようだった。

レイモンドは手を離して唄を聞いてみたいと思う反面、本能でこの唄を聞いてはいけないような、そんな気がした。

女子供がこう言った場面で唄うのはあまり聞かないが、無い事ではない。敗戦国の村々から弔いの意味でも、救いの意味でも、嗚咽混じりの唄が聞こえることは、全くない話ではない。


そして----------その月の下で、奇妙な事が起こった。





少女の足元で唄を聞いていた犬達が、一匹残らずその場で倒れたのだ。眠る様にして、その犬達が静かに動かなくなっていく。安楽死、その言葉を体現しているかのようだった。異常な事が立て続けに起きているのに、静かで穏やかな空気はどこまでも澄んでいる。


その犬達をけしかけた追手は、異変に気付き早々に撤収したらしい。もう姿は見えなかった。レイモンドも、本能がここを急いで離れろと警告している。追手と同じように自分もこの場を離れた方が良い、逃げろと五感が騒ぐ。しかし、その思考は一瞬にして飛んだ。


「お……ぃ?」

ゆっくりと振り返った少女の顔が青白くて、レイモンドは一瞬息を留めた。元から色白い少女は、更に血の気が引いて骨のようである。月光の下であるせいか不気味な顔色に見え目はおぼろげ。
レイモンドが動揺したのは--------顔色が死人同然だったからである。次の瞬間、まるで糸が切れた人形のように少女はその場に倒れ込んだ。

レイモンドは、慌てて半ば這う様に、足腰構わず少女の元へ駆け寄ったが、少女は起き上ろうともせず横たわったままである。そっと抱き起こしてみるが、この光景は……レイモンドが行き倒れた少女を砂漠で見つけた光景そのままだった。
あの時みたいに、突然目を覚ましてくれないのだろうかと淡い期待を抱くも、少女はみるみる衰弱している。
レイモンドが傍にいる事を感じたのか、少女は震える瞼を開くものの、息は細く、脈は今にも止まってしまいそうだ。

「何でこんな……? 一体、何があったんだ」

レイモンドは少女の細い肩を抱き寄せるも、弱々しい少女の震えは止まらない。少女は触れるようにレイモンドの手に自分の細い手を重ね、こう言った。それはあまりに突然のことで、俄かに信じられるような内容では無かったが、この少女を見る限り真実なのだろう。

「レイモンド様……良く、聞いて下さい。あなたには話しておきたいのです。もう、あなたに隠し事をしたくないの……」

「……」

「レイモンド様は……旧聖教書をお読みになられましたか?」

「……あぁ」

「今は再生の女神として奉られているハピネイアは旧聖教書以前では死を司る女神でもあったのです」

「……」

「死の女神の唄声は、聞く者に安らかな安楽死を与えたと言います。後に女神ハピネイアは愛する人を失い、愛する人の眠りを覚ます為に、生き返らせようと……それは、禁断の術でした」

「……何を、言って……?」

流れる様に紡がれる少女の言葉は止まらない。まるで目の前に読むべき聖文があるかのようだった。

「禁術を用いた女神は神々から永劫の咎を与えられ、最も不名誉とされる--------悪魔憑きの印を押され、追放され……人への転生を強いられたのです。蘇生を試み、死と転生を繰り返す呪われた運命……それが、女神を再生の神として知らしめました」

「……。……おい……もう、喋るな」

「まだ分かりませんか? 私は生まれながらにして……印を抱く、悲劇を約束された……女神、の……」


「……! おい、しっかりするんだ」

少女の顔に張り付いた黒髪を掻き上げてやると、顔色は更に悪くなっていた。レイモンドの腕の中で、少女は衰弱し続けている。

「ぁ……。ほら……もう、手の感覚が……無いの。こうやって、徐々に弱り、最期は……眠る様に……安楽……」

そういってレイモンドの顔にそっと伸ばされた手は既に冷たい。レイモンドは頬に触れる少女の手に、自分の手も重ねる。

「……お前は……神の生まれ変わりだと言うのか? だから、こんな?」

「私は、生まれながらに罪を背負う者。……野放しにしておくには、あまりに危険な私は……自由も許されない……」


ハ、と苦しそうに息をはいて、少女の声はさらにか細くなり、顔をかなり近付けないと聞こえない。

「レイ……モンド様。非業の死を約束されて……いたとしても、わたし……は……」

「おい……? どうした……?」


少女は怯えたように、レイモンドの名を呼ぶばかりだった。小さな手が、震えている。澄んだ瞳から絶えず涙がこぼれていた。

「ぁ……そんな。レイモンドさま……いますか? まだ……ここに、傍、に……」

「しっかりしろ! 目が見えないのか? 俺はここに、傍にいる!」

レイモンドの声は届かないらしい。細い体を軽くゆすっても、感覚が無いのだろうか、少女はレイモンドを探すばかりだ。少女の、小さな嗚咽混じりの声は、今にも消えてしまうほど。


「なぁ、おい! 何もしてやれないのか! このまま……黙って……お前が弱っていく姿を……!」

その瞬間、レイモンドは悔しそうにうめいた。何もしてやれないどころか。あることに、気が付いたのだ。


「…………こんな時に、名前さえ……呼んでやれないのか……?」





遂げる者 終わり

Re: いつだって、そうだった ( No.18 )
日時: 2014/05/31 05:38
名前: 苺大福 (ID: U0ZlR98r)

●登場人物紹介!


【少女:???】
(……甘い考えだと嘲笑われようと、地に足が着かない私にはどうでもよかった。)


性別:女♀
性格:温和 天然? 世間知らず(わがまま3割無知7割)
格好:黒い外套ですっぽり。
容姿:目も髪も基本黒。肌は驚くほど白い。

多くの秘密を抱えている。なぜか追われているようだが……? 砂漠で倒れていたのも、世間知らずなのも、追われているのも、どうやら抱える秘密にあるようだ。

レイモンドに出会い、すこし心を開こうとするが、自分にある罪の意識が邪魔をする。
自由を求めて無茶な事をしたり、好奇心旺盛だったりと意外とお転婆なのだが、そうした姿を見られるのは恥ずかしいらしい。

(ボイス)

「きっとあなたはいい人。私を助けてくれたんですもの」

「レイモンド様、楽しかったです。でも、ここでお別れですね」

「私は覚悟を決めなければならない」

Re: いつだって、そうだった ( No.19 )
日時: 2014/06/01 00:27
名前: 管理人 ◆cU6R.QLFmM (ID: QYM4d7FG)

こんばんは、管理人です。

小説の移動が完了しました。
ご確認ください。


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