ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- 壁部屋
- 日時: 2012/03/09 22:00
- 名前: ryuka (ID: ODVZkOfW)
——————— 冷たい。
黒天の夜空から、さんさんと、粒が降る。
人通りがすっかり途絶えた夜道は、霧のような細かい雨が降っていた。何の明かりも見えない。街全体がぼうっとした闇で包まれていて、少し先もよく見えない。
……足がいたい。着物が重い。眠い。疲れた。
吐く息も白く結晶する寒さと、針のような霧雨は容赦なく体の奥まで響いていく。手の先足の先が寒さで痺れて、感覚もおかしくなって、本当にこれらが自分の一部であるのかさえ曖昧だ。
けれどこれも、あと少し。
思うに、
この寒さを感じることさえ、きっと幸せなことなのだから。
- Re: 壁 部 屋 ( No.23 )
- 日時: 2011/10/07 21:51
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: gb3QXpQ1)
………八人の悪人を殺して、一人の子供が助かる。
あの鬼は約束を守るだろう。鬼は嘘をつけない。そんなことぐらい教えられなくとも知っている。
扉の前で呆然と立ち尽くしていると、後ろから苦しそうな声がした。熱で頭のおかしくなったリトが、もうこの世には居ないはずの母親を呼んでいるのだ。
急いで近づくと、俺の姿を見てリトは擦れた声を精一杯に張り上げた。
「母さま、ねぇ私ね、私、体が重いよ。うまく息ができないの。」ぽつり、ぽつり。まるで喉を絞るように、言葉を紡ぐ。
「阿呆、無駄に喋るな。」
「母さまったら、ひどい。」それでも、苦しそうな笑顔を見せる。
“人を殺すのが怖いのか?罪深いのか?”
ふいに耳元で、鬼の囁く声が聞こえたような気がした。銀色の長い髪が、目の前でちらついたように感じた。
……違う。人殺しだなんて、そんな下賤な存在にはなりたくないだけ。
“何を云う?お前は奴婢だ。綺麗に生きようなど、もとより叶わぬ願いではないか”
“少しだけ、死ぬ日にちがずれるだけだ。少しだけ”
“それともお前は幼子が目の前で苦しもうとも、平気なのかな?”
邪鬼の問いかけが、頭の中で永遠にガンガンと響いた。両耳を塞いでもあの鬼の声ははっきりと、むしろより明確に聞こえてくる。一瞬の間も開けずに。同じトーンで、何の抑揚もなく。
それはまるで、人を狂わす呪いのよう。
だんだんと、正常な思考が侵されていく。
「リト、一刻ほどで帰ってくる。それまで傍にいてやれんが、許してくれ。」
リトは、やっと会えた母親が留守にしてしまうのは残念だったが、強がって微笑み、母さまいってらっしゃい、と小さな声で付け加えた。
………一刻、そんな小さな時間、黙って耐えて見せるんだ。
- Re: 壁部屋 ( No.24 )
- 日時: 2011/10/23 16:48
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: 4pf2GfZs)
それからしばらく。
暗い蔵の中でふと、リトが目を覚ますと目の前に見知らぬ人影が立っていた。黒い布袴姿の若い男で、裾から少し、赤の衵が見える。着ている衣服の豪華さとは対照に頭には冠など無く、長く灰色の髪は結いもせずに腰まで無造作に垂らされていた。
「だれ?」
すると男は感情の無い、低く冷たい声で答えた。「名乗らぬ奴には名乗らぬ。契約を果たしに来た。お前に憑く病の怪を取ってやろう。」
すっと、男の腕がリトの顔面に差し出された。驚いて男の手を見ると、掌の中央には緑色で、何やら文字が書いてあった。
「読め」男が囁いた。「さすれば怪は離れる。」
リトは困ったような表情をする。「えと、ごめんなさい。私文字読めないの。」
すると、男の呆れたようなため息が聞こえた。「お前は勘違いをしている。もう一度よく見ろ、そして感じたままを声と成せ。文字とはそういったものだろう。」
「……ふーん、そうなんだ。」
言われるがままに、リトは再度、男の掌を見つめる。絶対読めないのに、と思いつつ、何となく適当に発音してみた。
が、い、と、う、ぼ、う、こ、う、が、ま、
「なんだか恥ずかしいや。こんな感じでいいの?」窺うように聞くと、男はゆっくりと頷いた。
リトが発音すると同時に掌に書かれた緑色の文字は赤色に染まり、まるで溶けるかのようにゆっくりと、空気に消えていった。
「うわー!お兄さんの文字、すごいね!」感心して言うと、男は何も言わずに立ち上った。
「………朝まで眠れ。」
そう言うと男はリトに背を向け、蔵の外、洞々と深まる外の闇へと姿を消していった。
一人、蔵に残されたリトはどうしてか、とても眠くなった。このまま起きていて、苓見に今の不思議な男の話をしてやりたかったが、あまりにも眠すぎて、到底無理そうだ。
いいや。どうせ苓見は私がまだ起きていたら怒るだけだろうし。
明日の朝にでも話してあげることにしよう。
- Re: 壁部屋 ( No.25 )
- 日時: 2011/12/23 22:33
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: hTgX0rwQ)
「……はぁ。」
ため息をつくと、黒天の夜空に、吐いた息が白く映った。
全身が凍るように冷たい。浴びた飛沫の匂いに思わずむせ返った。
「やっぱり、あなただったんですね。土我さん。」
ジャリ、と目の前の砂利を踏む足音が遠くから迫ってくる。それと同時に、自分の意識も少しずつ、少しずつ薄れていくのが分かった。
身体は嫌と言う程冷たさを訴えているのに、意識だけが熱でも出ているみたいに火照っている。……どうにも、立ち上がる気が失せてしまったのでそのまま地に寝転がっていた。
「……違う。」
「八人。土我さんは八人やりました。」ジャリ、と最後の足音が止んだ。目の前に現れた女は、由雅だった。「罪人でも、その命はやはり人と同じものです。あなたの罪は一生消えない。あなたは死ぬまで人殺しだ。」
さらさらと、背後の小川が綺麗な音を立てて流れている。「どうとでも言え。」どうしてお前がここに居るんだ、と心のなかで毒づいた。
「まぁ結構です。それで、七日目の入れ墨は土我さんが入れられましたよね。そして、」由雅が着物の右袖をまくし上げた。右腕の中程に、八匹の蛇の絡みついた模様があった。「ほらこの通り、八日目の入れ墨はこの私が入れられましたとさ。覗き見してたらこの通りですよ、全くツイてないわ。」
「お前も俺も不運だったな。」どうした訳か、眠くて眠くて舌が回らない。「眠い。放っておいてくれ。」
「やがて夜が明けます。ここに居たら人に見られますよ、血まみれなのに。」
「……放っておいてくれ。眠い。眠いのだ。」
それを最後に、俺の意識は綺麗に途絶えた。
その晩見た夢は、どうしてかとてもいい夢だった気がする。
翌朝。
寒さのあまりに目が覚めた。暗かった空は少しずつ白み始めていた。
ふと、自分の手を空に翳すと、赤かった。ああ、やはりアレは現実だったのだな、としみじみと思った。
けれど、これで、リトが救われるのなら別にいい。
もう、リトや矢々丸とは会わない。こんな迷惑な知人は居ない方がいいのだ。
よっこらしょ、と気を取り直して立ち上った。これからどうするのかを考えなくてはいけない。取りあえず、寒いが川で汚れを落とすことにしよう。
まるで突き刺さるような冷水に、足の先から入った。その冷たささえ、今は心地が良かった。
水は、早朝の空の色と同じ、淀んだ灰色だった。
小川の岸には、背の高い葦が群を成して生えていた。その中に、周りの灰色から際立って、藍色のものが見えた。あれは何だろう。
近寄って見てみると、藍色の上等な着物であった。もっと言うと藍色の着物を着た、由雅だった。葦と葦の間にもたれ掛るようにして、目を閉じてじっとしている。
「おい、何をしている、お前。」
話しかけても返事が無い。まさか死んでいるのじゃないだろうな、と思って肩を揺らすと、そのまま由雅はがっくりと頭を垂れた。
「おい、おい!」
本当にヤバいのかもしれない。急いで由雅の体を岸に上げ、自分も岸に上がった。たっぷりと水を吸い込んだ着物が、やけに重かった。
- Re: 壁部屋 ( No.26 )
- 日時: 2012/03/10 00:04
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ODVZkOfW)
いくら揺さぶっても何の反応も見せない。ぐったりと垂れた頭が、力の抜けた白い腕が、冷たく細い肩が、全てがすべて死んでいるかのようだった。昨日までの知り合いの女とはまるで違う、別人のように。
頭が真っ白になった。この女は、もしかしたら死んでいるのかもしれない。死ぬ?こいつが?
有り得ない、有り得ない、有り得ない。
「おい、おいったら!」
馬鹿みたいに呼んで叫んで。でも自分にはどうすることもできなくて。どうしよう、何をすればいいんだろう何ができるんだろう。
立ち止まっていると頭の中が壊れてしまいそうで、おかしくなってしまいそうで、本当にどうにかなってしまいそうだった。気が付けばいつの間にか腕に抱いた由雅を抱え直して、まだ薄暗い道を走り出していた。灰色の明朝の街は、ひっそりと静まり返っていて、自分だけ一人世界に取り残されたみたいだった。
何も考えずに走り続けて、どうしてだか辿り着いた先はいつの日にか一度だけ来たことのある、由雅の家だった。同居人が居るのかどうかよく分からなかったが、勝手に家の中に上がり土間で草鞋を脱ぎ捨てて適当な横戸を開けた。
「なっ…」
横戸に手を触れた瞬間、頭の後ろの方に鋭い痛みが走った。遅れて、背後からガツンという金属の鈍い音。あっという間に目の前が暗くなる。真っ暗な世界の中で、頭に残る痛みと、首筋に伝うぬめりとした自分の生暖かい血の感触が気持ち悪くて、やけに印象的だった。
————————————————————————————————————————————
あの夜。
河原で土我さんが眠ってしまったのを見届けて、一人、綺麗な星空を見上げた。彼の目にも、この星空は私と同じようにキラキラと輝いて見えているのだろうか。
それから、子どもだったころの、一番平和で、一番幸せだったころの夢を見た。
まだ宮廷にいて、まだ愛されているんだと錯覚していて、一生懸命にあの女の可愛い装飾品になりたかったころの。
今じゃもう顔も覚えていない、時の左大臣だったらしい父の声。
本当に、何も知らなくて、幸せだったなぁと。
夢から目が覚めると、自分は血に塗れた汚い男の隣に座っていた。彼のはだけた着物の間から、肌に掘られた刺青の蛇の目が、まるで私を嘲笑うかのように覗いていた。
相当ぐっすりと眠っているのか、聞こえる呼吸はとてもゆっくりで、妙に安心させられる。
「土我さん、」無意識に、話しかけていた。もちろん返事は無い。「私、宮へ上がるんです。どうしたんでしょうかね、急に。今まで連絡なんてしてくることなかったのに。」
さらさらと、川の水が流れる音が、私の独り言を優しく消していった。どうしてあの女が私に宮上がりを命じてきたのかぐらい、本当は分かっている。流石に宮廷一美人だったあの女も、もう年老いて興味を無くされてしまったのだ。
「でもね、嫌なんです。嫌、イヤ。宮廷でいいように使われて、結局人の玩具になって、年老いたら捨てられるなんて。そんなの結局娼婦と変わりないじゃあないですか。嫌だ、そんなの嫌なんです。」
眠っている土我さんは当然ながら私の話なんか聞いていない。最初から独り言のつもりなのに、なぜだか土我さんの、あの、面倒臭そうな相打ちが無いのがとても寂しく思えた。
「あはは、この私が宮仕え。でもまぁ、この刺青のおかげで全部チャラです。」
昨日自分の右腕に掘られた、鬼の刺青を見ながら、急に可笑しくなって一人でくつくつと笑ってしまった。
結局、悔しいが自分は嬉しかったのだ。もう母子の縁を切ったつもりでいたあの女から連絡が来て。その内容がどうみても彼女の贅沢をしたいがための都合であっても、やはり自分は嬉しかったのだ。まだ必要とされているのだと、まだ綺麗な装飾品で居れたのだと。
理性ではあんな女、私は自分のしたいことをする、などと決めつけていても、結局は認めて貰いたくって仕方がなかったのだ。きっと、私は未だにガキのままなのだ。
けれどそんな幻想も、これで終わり。
私は誰からも必要とされない。だってこんな刺青のある女なんて使い物にならないから。
それとも、逆に考えれば、この刺青は私を自由にしてくれたのか。
“私は私、自分の生きたいように生きればいいじゃない!”
まだ少しだけ残っている、馬鹿みたいに前向きな思考。そんなの、不幸な身の上を見苦しく飾り立てて、自分を納得させたいだけ。自分を幸せ者だと、不幸じゃないんだと騙していたいだけ。
———— 死んじゃおうかな。
ふと、そんな考えがよぎった。普段の自分だったら、馬鹿馬鹿しい捗々しいと鼻で笑ってしまうような。
けれど、どうしてか、今の自分にはとても魅力的なことに思えたのだ。
- Re: 壁部屋 ( No.27 )
- 日時: 2012/07/16 22:00
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: BoToiGlL)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode=view&no=186
◆お知らせ◆
随分更新が滞ってしまいました……orz
この土我を主人公とした作品は前々からかなり構想を練っていて、完結作品にしたいなと思っております。
しかし書き始めた当時の自分はかなり勉強不足&経験不足でした。そして今回のシリアス小説板過去ログ化に伴い、新シリアス板にて書き直そうと思い立ちました。ちなみに現在、三話まで書きました(参照のURLがそうです)
少しだけネタバレますと、
第二次世界大戦前のヨーロッパが舞台で、土我が偶然知り合った魔女のギーゼラという少女に自分の過去を語る形で物語は展開します。
まとめとしては、今作品「壁部屋」は、題名を「昨日の消しゴム」に変え、新シリアス板にて執筆中です!
もし、これからもお付き合いいただけましたら嬉しい限りでございますm(_ _)m
□今までありがとうございました□
この掲示板は過去ログ化されています。