ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

bleed wizard
日時: 2011/11/22 13:12
名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: 5YBzL49o)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=11214



はじめましての方も、そうでない方もこんにちは。
調子にのって、シリアスにまで手を出し始めた黎です。

ちなみに上のURLは複雑・ファジーにて書いている小説です。

今回は魔術系のお話がベースです。イギリスを舞台に裏社会などを交えて描きます。ここまで徹底して書くのは初めてに近かったりするので、頑張ります。

 まず最初に……

Ⅰ.流血シーン&グロい表現が有るのでご注意を。

Ⅱ.高クオリティーを求めてはいけません←

Ⅲ.荒しはしないでください

Ⅳ.不定期更新気にしないぜ

以上、この四つが平気だと言う方は是非とも見て行って下さいww
それ以外の方は回れー右!!
コメントやアドバイスはいつでも待ってます。してもらうと私が狂ったように喜びます←

【呟き】

やっと秋だと思ってたら、直ぐに肌寒くなってきましたね。
風邪にはお気をつけて下さいな。
ふぅ…そろそろまたテストが有るので、更に更新が遅くなります><

Story

prologue>>1

episode Ⅰ>>4>>7>>12>>16>>19>>20>>21>>22>>23>>24>>25
 登場人物

※近日更新


[私の心を支えてくれる素晴らしきお客様]

朝倉疾風様 比泉 紅蓮淡様 紅蓮の流星様


八月 一日 執筆開始

Page:1 2 3 4 5



episode Ⅰ ( No.21 )
日時: 2011/09/10 20:39
名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: WbbkKfUP)
参照: http://ameblo.jp/happy-i5l9d7/



ウォルはそのあとしばらく眠りについていたが、バスのアナウンスで夢から引き離される。

「まもなくブライトン、ブライトンです」

 乗った時と変わらないやる気が微塵も感じられない声が耳にはいる。ウォルは目を擦りながら、ふと後ろを振り返る。そこには最初に見かけた女性も男性もおらず、ウォルが寝ている間に降りたようだった。
 もう一眠りしたいようだったがあと数分もしないでブライトンの駅へと着くため、わずかな明かりが灯る街中の光景を見る。

 次第に道は広くなり、明る過ぎる駅へと着く。ロンドン程ではないが、二時近いというのに傘をさした人がまばらに歩いている。

 プシューという音と共にバスが停車し、ドアが開く。
 ウォルは立ち上がると前へ歩みを進め、お金を払う。不意に運転手の視線を感じ、軽く会釈をしてバスから降りる。
 外に出て傘を開く。ウォルは温度差に驚き、足を前へ動かすのも躊躇ってしまうようだった。息をフッと吹けば、白い靄が夜空を舞う。それは何の変哲もない光景だったが、ウォルにとっては息をしていること……すなわち生きていることを目で感じられるこの季節が好きな理由の一つだ。

 ウォルの足は意識せずとも一年通っているパブへと向かう。大通りを左右見渡しても目に写るのはシャッターばかりでつまらない。そのつまらない物たちの間をいくつか越えていくと左側に細い路地裏が見えてくる。

 ウォルの口角が少しだけ上がるのが分かる。その表情は“表”とはまた違う。どこか大人っぽいが生意気そうな“裏”の顔。

 裏通りへと一歩入ろうとした時だった。ウォルにとって見たくない者たちが数人裏通りで何か話しているのが見えた。ウォルは足を引っ込め息を殺してその場でじっと耐える。珍しく強張ったその表情、そして額からは汗が流れ落ちる。頭を過ぎるのは嫌で嫌で胸が張り裂けそうな予感だけだった。

 もう一度覗いて見れば、もうその者たちの姿形はなく、反対側へと行ったのだと大きく息を吐く。
 と、同時に裏通りに足を忍ばせる。パブへと入るための地下に向かう階段の目の前に来た時に、避けていた答えが突き付けられる。

「……冗談はよしてくれよ」

 手にしていた傘を広げたまま落とす。階段前に張られていた強力な魔術結界が破かれていたのだった。ウォルはギュッと強く目を閉じ、次の瞬間には階段を転げ落ちるようにして降っていた。もう一つ、絶対に見たくなかった“血痕”を見てしまったからだ。

 階段を降ったウォルはパブの中へと入る扉の前まで来ると、赤黒い血がべったりとついたドアノブを押す。

「……えっ? み、んな…………ゲホッ、ゴホッゴホ、ガッッ」

 ウォルの目の前に広がったのは正しくこの世の地獄だった。いつも酒の匂いで溢れていたこの場所は酒と血の鉄の香りの生臭さが混ざり合い、吐き気がするほど臭く、むせる。内臓とおぼしき物や肝臓、あらゆる臓器が引きずりだされ血の上に散らばっている。そしてウォルの視点が定まらない瞳には幾人もの死体らしきものが写る。ウォルは胃がせりあがり口に手をあて、前屈みになりながらも地の海と化した床をぴちゃぴちゃ音をたてながら歩いていく。

「レノア? ジーク? 誰、か……生きてないの?」

 ウォルの涙声は頼りなく、震えが激しい。どれだけ呼びかけても目の前の血だらけの死体たちは動かず返事などしない。
 どこを見ても一面死体だらけ。体を切り刻まれた者、体を銃で貫かれた者、体をばらされた者、目を開けたまま苦しげな顔つきの者、ウォルを除いて誰一人として生きている者はいない……はずだった。

「……ル、ウォル……ウォル」

 不意にウォルの真後ろからかすれた低音の太い声が聞こえた。その声が誰なのか顔を見ずに分かった。

「マスター何があったんだ!?」

 ウォルはマスターの姿を見ずに真後ろに駆け寄る。しかしそこにいたのは予想以上のマスターの無惨な姿だった。仰向けで横たわりグラスの破片で切ったらしい頭からは血が流れ出し、銃弾が貫通した右胸からは服に染み渡った真っ赤な血が今だに流れ出している。
 しかしそんな状況に陥りながらもウォルに何かを伝えようと、口を動かすが出てくるのは息と血だけ。

「喋らなくていい、じっとしてて」

 自分が答えを求めたことによってマスターが死の淵へと近づいていることに気づく。起き上がるのを止め、破れ落ちていた誰かの服を掴み右胸に押し当てる。
 だがマスターは首を緩く左右に振り、顔を苦痛に歪ませながら命と引き換えに伝える。

「ウォ、ル……家に、戻…………れ、グフッ、お前、ガハッ、“奴ら”に狙われて、る…………」

 マスターはそこまで言い終わるとウォルを見る。そしてそのまま目を閉じた。

 この瞬間生きている者はウォルを除いて全て散った。

episode Ⅰ ( No.22 )
日時: 2011/09/23 20:45
名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: WbbkKfUP)
参照: 修正しました



マスターを看取った後、ウォルは最後にマスターが残した言葉を胸に忍ばせ、魔術を使って大好きなあの丘へと来ていた。此処なら昼間から人気がなく、ましてや夜中に誰かがいることなどないと言って過言ではない。
 しかし今日来たのは癒しを求めているのではなく、家へと直接迎えないためだった。
 ウォルは唇を強く噛み締める。血がじんわりと滲みでる。

——“奴ら”が家にいるのだとしたら……見られてはいけない——

「……マスター、あの言葉はどういう意味だよ」

 ウォルは重々しい言葉を吐き捨てる。
 どんよりと灰色の雲のたちこめた星の無い夜空は不安をより一層煽る。険しく苦しそうな表情、額から流れ落ちる汗の量が尋常じゃない。下り坂になり走る速度が徐々に速くなるのと同時に口から出る白い靄が多くなる。胸がきりきりと痛んでいる。
 ウォルは“裏”の人間でもある。それは存在してはならない者たち。しかしそれと同時にそういった者たちがいないとこの世界は成り立たない。矛盾した、だが秩序のある世界。ウォルは消されるべき存在。でもたとえそうだったとしてもウォルには“狙われている”理由が分からなかった。

 色んな事を考えて考えすぎていたのに足は、体は、勝手に家へと向かってくれていた。そんな正直な身体と裏腹に心はそれを蔑む。

 細い路地裏から大通りへと飛び出す。
 雨が強く全身にたたき付けてくる。ウォルは既にびしょ濡れで、走る度に体や髪の毛から雫が雨に混じって跳ねる。雨を吸い込んだ服が肌に張り付き気持ち悪いのと同時に重く感じる。服が濡れているため体温が奪われていく。それは心までも冷たくしていくようだった。

 疲れきって濁ったウォルの瞳にようやく家の周りが見え始める。何故か心の奥がほんの少しホッとする。しかしおかしな異変に気がつく。真夜中だというのに近所の大人達が家から出てきて何処かを見ながら何かを話している。ウォルの瞳孔が見開かれていく。疲れていたはずなのに足が前へ前へと進む。
 颯爽と自分の家の前にウォルは踊り出た。

「なんだよ……これ」

 家のドアが無防備に開いていた、否、壊されていた。ウォルは動揺し、その場から動けない。
 いきなり飛び出てきたウォルに近所の大人達は驚いたような表情を目に浮かべ、お互いにひそひそと話し合っていた。きっとこんな真夜中に何でびしょ濡れで外出しているのだとかそんな事であろう。
 気まずいがこの状況を詳しく聞こうとウォルが思った時、中から階段を降りてくる足音と何かを引きずっている音が耳に入った。ゆっくりとゆっくりと近づいてくる“それ”が母親ではない事は分かっていた。“それ”が“奴ら”かもしれないということも。

 逃げようと足に力を入れるが地面とくっついてしまったかのように動かない。手も首も金縛りにあったかのように動かない。自由な目をそらそうとするが真っ暗な玄関を凝視してしまう。

 ウォルの耳には近所の大人達の会話も、雨の音も聞こえない。その耳には足音と何かを引きずる様な音しか聞こえていない。最後の一段を降り終えて、玄関に近づいてくる。あと三歩……二歩…………一歩。


 玄関に人影がかすかに浮かび上がる。奴だった。全身深い紺色一色の自衛隊が着ているような服に同色のマスクが表情を覆っている。

「見つけた。ウォル・クランス……いや、“ウォル・ハーソン”」

 マスクから男の人のくぐもった低温の声が放出される。ウォルは奴の言っている意味ができなかった。
 何を言ってるんだ、ウォルがそう声に出そうとしている時だった。女性の耳を切り裂くような叫び声が響き渡る。ウォルは体の拘束が解かれ、瞬時に振り返る。

「あ、あれ……あの人が右手で掴んでるのクランスさんよね?」

 女性は目に涙を浮かべ、左手で口を押さえながら、かたかたと震える右手の人差し指を奴へと向ける。
 ウォルはもう一度振り返り、奴へと、奴の右手辺りを見つめる。一点を見つめていた瞳が揺らぎだす。

「え……かあ、さん? 母さん!!」

 奴が乱雑に掴んでいるのは間違いなくウォルの母親、イヴ・クランスだった。
 奴の右手が少し動いた瞬間、奴の指に絡まっていたイヴの数本の金髪が暗闇で輝いた。

「何をした……お前らは俺の大切な人達に何したんだよ!! お前らの狙いは俺だけなんじゃないのかよ!?」

 怒りに任せてウォルは涙声で感情をぶちまける。近所の大人達は自分達が今現在置かれている状況が分からず、呆然としていた。

episode Ⅰ ( No.23 )
日時: 2011/10/30 22:15
名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: 5D6s74K6)
参照: http://profile.ameba.jp/happy-i5l9d7/



奴の顔はマスクに隠れて見えないはずなのに冷笑を浮かべたように感じた。
 ウォルの沸点が限度を超えた。震えていた右手をコートの懐に突っ込む。現れたのはパブに落ちていたウォルの仲間の鮮血がべったりついた短剣だった。ぎちぎちと強く握り締め奴の顔を充血した目でキッと睨むと、指で器用に回し刃を奴に向け真っ正面に突っ込む。

「何とか言ったらどうなんだよ!!」

 一瞬の隙をも与えない無駄のない軽快な動き。流石に奴も片手がふさがっているためか、動じたように足を一歩下げる。

 一秒がやけに長く遅く、スローモーションのようにウォルは感じていた。奴まであと十メートルくらいの場所に到達した時に事態は急展開を見せる。奴は右手で乱雑に掴んでいたイヴの髪の毛を離したのだ。ゴンッと床に頭がぶつかる鈍い音が響く。そして腰に装備していた少銃の銃口をウォルの頭に向ける。
 ウォルはあと七メートルの所に迫った時に、ようやく事の非常事態に気付いた。相手は銃で自分は短剣、どちらが有利かを考えれば圧倒的だった。方向転換を試みるが、後ろ姿を見せたらそこでウォルの短すぎる生は幕を下ろすだろう。


——俺の人生、ここで終わるのか。大切な者を奪った奴に何一つ出来ないで——


 ウォルは一か八かで更に速く足を前へと動かすが、奴の指が引き金を引こうとするのが分かった。ウォルは目を閉じながら突っ込む。
 ウォルはその時にわかに風が横切ったのを感じていた。それはほのかにシャンプーの爽やかな香りを含んでいた。何故か死に直面しているのに心地好く、安心させてくれる。


 パァンッと乾いた銃声が真夜中の住宅街という似つかわしくない場所に轟いた。

 ウォルは痛みを全く感じていなかった。ああ、死んだからか、と思っていたが頭や肩に人の温もりを感じていた。それが誰かの腕の中だと気づくのに数十秒かかった。恐る恐る目を開く。そこには想像もしなかった光景が造形されていた。
 奴が左胸から暁のような血を滴らせながら仰向けに倒れていた。しかしまだ息の根は止まってないらしく、体を捩りながら悶え苦しんでいた。

「その服着てると一発じゃ死ねないんだ。ふぅん、ありがとう。勉強になったよ」

 ウォルのすぐ後ろで発する声変わりを終えた男性の低音な声。そして銃声がまた鳴り響いた。

「お勤めご苦労様でした。怨まないでよね。 ……こっちだって“仕事”なんだ」

 それはどこかで聞いた事があるはずなのに思い出せずもどかしい。何がどうなったのか分からないウォルは真後ろにいる男性を見ようと振り返った。しかしその瞬間視界がぐんにゃりと曲がり、揺らぎ、真っ暗になる。そのまま地面に後ろ向きのまま倒れそうになるが、男性が背中をそっと支える。ウォルは消える意識の中見たその男性は会った事のない人間だった。

「ひ……ひ、人殺し!!」

 女性が甲高い悲鳴の入り混じった声をあげる。男性はその声に反応し穏やかな顔付きで眠っているウォルから視線をそらし、ゆっくりと地面に寝かせる。死んでいる人間へと目を向ける。顔の中央と左胸には真っ赤な薔薇が咲き誇っていた。口は薄く開いていてそこから血が流れだし、目は何かを見て驚いたかのように見開かれていた。
 男性は死んだ人間の瞳に自分の姿を、殺した者の姿を最期に写す。そしてしゃがみ込むと左手で瞼を下ろさせた。何の意図があったのかは分かる事がなかった。

「ここから速く離れないとまずいな」

 男性は近所の者が一人減っている事に気付いていた。おそらく警察にでも通報したのだろう“人殺しが出た”からと。今さっきまで生きていた奴はもっと沢山の人を殺めたというのに、何も罰せられないなんて不公平だった。世界なんて上に属する者が下に属する者を都合の良いように操っている。それを反発したのがウォルやその仲間だった。

 視線をもう一度奴に向ける。その目はどこか怒りがこもっているのと同時に悲しみが入り混じっていた。

「ずるいよな。“捕まえる側”の人間は全てが味方をしてくれる」

 そっと静かに苦笑をもらすとウォルを肩に担ぐ。そして周りの空気に溶け込むようにしてその場から二人は跡形もなく消え去った。

Re: bleed wizard ( No.24 )
日時: 2011/11/02 20:21
名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: 5D6s74K6)
参照: 修正致しました



パブのある路地裏に一人の物影が壁によっ掛かるようにして立っていた。俯いていた顔が天を仰ぐ。その表情は灰色のフードで隠れていて読み取れなかったが、唇が緩く弧を描いていた。

「……来たね」

 影がゆっくりと壁から背を放す。その拍子にフードからはみ出た長めの金髪がバサリと揺れた。そしてその声に導かれるようにして二つの影が突如現れた。

「おっ、シェイカ来てたんだ。ちゃんと連れて来ましたよっと」

「遅いわよ、馬鹿スタット」

 スタットが喋り終わって間もなくシェイカは苛立った声で静かに不満をもらす。スタットは苦笑いを浮かべていたが若干口の端が引き攣っていた。そんな様子に気付いているのか、いないのか分からないがシェイカは全く動じない。

 スタットは一つ軽くため息をつくと肩に担いでいたウォルを貴重な骨董品を扱うかの如く静かに丁寧に丁重に地面に仰向けに寝せる。
 浅く息をしているウォルを二人はまじまじと見つめる。シェイカの空色の眼光は鋭くウォルを射止める。 ウォルの瞼がピクリと動き、瞳がゆっくりと二人の顔を映す。

「ウォル、大丈夫か? 痛い所とかないか?」

 スタットは心配そうに寄り一層顔を近づける。寝起きだからなのか警戒心を一切出さずにウォルは頷くと上半身を起こし、シェイカとスタットを交互に見つめる。そして輝きを失った瞳から一滴の血が頬を伝った。その光景にシェイカは軽く瞳を見開くと、にやりと不気味な笑みをたたえた。

「やっぱり貴方“ハーソン家”の生き残りだね。」

 シェイカは切れ長な瞳をウォルに向ける。そしてすらっとした長い人差し指でウォルの頬の血を一滴残らず絡め取る。自分の顔の前まで指を持って行くと少し開いた形の良い唇へと運ぶ。そしてもう片方の手でウォルの顎をくいっと上げる。
 ウォルは何が起こったのか分からないらしく呆然としていた。ただ無意識なのか、頬が赤く染まっていた。

 シェイカはペろりと唇の端から端までを舐めると、深くため息をつく。ウォルは痺れの抜けない右手を自分の右目へと持って行く。

「……何がどうなってんだよ。お前らは誰なんだ? 奴らの仲間か!?」

 ウォルはシェイカの手を振り払うと立ち上がり、よろめきながらも二人に対して強い殺意をぶつける。
シェイカはその様子をぽかんと見つめていたが、しばらくすると腹を抱えながら笑い出す。

「貴方ねぇ……あたしは分からなくても許せるけど、こいつには気づいてあげなよ」

 シェイカは必至にどこか呆れたようにそれだけ言うとスタットを指差しまた笑い出す。
 ウォルはシェイカの指の先に目をやる。そこには罰が悪そうに顔を歪めて立っているスタットがいた。

「俺はこんな奴に会った事なんか……あ、れ?」

 ウォルは先程も感じた何とも言えない気分になる。
 何かが喉に突っ掛かって口から出せない。

「シェイカ、言ったらいけないんじゃないのかよ?」

 スタットはシェイカに問う。
 必至に糸口を引っ張り出そうとしているウォルと目があう。

 艶のある漆黒の髪。異性、そして同性をも引き付けるような金色の瞳。

 その瞬間ウォルの中でパチンと記憶の断片が飛び散った。それはスタットと結び付く。元が一つであったかのように。

「お前、まさか……な。“ネル”なのか?」

 動揺を上手く隠しきれないたどたどしい声だった。
 スタットがため息をつくのと同時にシェイカは指をパチンと鳴らす。

「ビンゴ。正解です」

 シェイカは満足そうに微笑む。ウォルは頭がごちゃごちゃになり、スタットを見て呆けていた。

 そしてシェイカはその様子を見ると表情というものを消していた。


 忘れてはいけない事を彼は記憶から抹消しようとしていた。それでもそれを過去にしてはならない。彼にはまだやらなければならない事と、知らなければならない事があるのだから。そしてその後どうするのかは、まだ誰も、彼さえも分からない。

episode Ⅰ ( No.25 )
日時: 2011/11/22 13:07
名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: 5YBzL49o)
参照: http://profile.ameba.jp/happy-i5l9d7/



シェイカはウォルを見ながら固く閉ざした唇を薄く開く。そしてそこから吐息がもれる。

「ねぇウォル。今の状況分かってる?」

 静かで凛とした大人っぽい声は、今までのシェイカの印象から遠退く。
 ウォルは和らいだ瞳をシェイカに向けた。優しげな瞳は今までの事を全て拒絶し、抹消していた。それらの出来事は悪夢、嘘、偽りへと変換されそうになっていた。シェイカは唇を噛み切るとウォルに言い聞かす。起こった事、そして誰が発端で、これからしなければならない事を。

「……貴方の仲間は死んだの。お母様もみんな死んだんだよ。そしてそれは貴方の中に通う血が原因。貴方を手に入れるために起こった。言ってる事、伝えたい事分かる?」

 シェイカは俯いていた顔を少し上げ、上目遣いでウォルを見る。普通なら可愛らしい仕草だが、その瞳は鋭く背筋がゾクリとし、伸びる。しかし、どうしてもウォルをまともに見る事が出来ない。これを告げたらどうなってしまうか分かっていたから。その言葉がウォルを連れ戻し、現実へと呼び戻す。逃れられない運命と共に。 ウォルは頭を抱え、しゃがみ込む。

「俺が原因でみんなが死ん、だ?」

——

皆は奴らにめった刺しにされ、風穴を空けられて、殺されて

訳の分からないまま散りいって

あがらうことも、拒むこと出来ずに死んでいった

それなのに、ぼ、く……俺は生きていて

なのに、なのに元凶は俺で





じゃあ、だったら皆を殺したのは……ぼく? 僕じゃないか


——

「あ、あぁァ……あああああァあああああああああああアアああああああああああアああああぁ」

 耳を突き刺すような叫び声。シェイカはその光景を、ただただ黙りこくって見つめていた。しかしその空色の瞳に分厚い灰色の雲がかかり、淡くにじんでいるように見えた。
 スタットは驚きながらも口を開く事はなく、ただただ目の前で起こっている事実を、背けることなく眺めていた。ウォルの叫び声は鮮やかに咲き誇っていた花が枯れるが如く、次第に掠れ小さく萎んでいった。

「ぼ、くが、僕が、何をしたって言うんだよ」

 傍にいても、聞き取れないんじゃないかと思う程の静かな怒声。顔は繊細な髪に覆われて見えないが、泣いているのだろう。両膝を地面についたまま、立ち上がろうともしない。シェイカはそれを小さな耳で掠め取ると、乱雑にウォルの胸倉を掴み、立ち上がらせる。そして鋭い光を放つ両の目でウォルを見つめる。

「甘ったれるな。ウォル、貴方は“裏社会”に踏み込んだんだよ。どんな理由かなんて知らないけど、覚悟してこの世界にいるんでしょ? だったらな……何かを背負ってはいけない」

 シェイカの最後の方の言葉はどこか寂しさと悲しさを織り交えたようだった。ウォルは涙の跡の残った顔で、シェイカを見つめる。ウォルの方が背が高いため、シェイカが胸倉を掴んでも地に足がついていた。それでもシェイカの視線からは逃れられずたじろぐ。その空色の瞳が心なしか影を宿し、全てを見透かされたような気持ちに包まれる。目を閉じ息を吸い込む。そして目を開く。その紅い瞳は一点の迷いもないものだった。

「そうだな……シェイカ、ありがと」

 少し照れ臭そうにするウォルを見て、シェイカは驚いたように目を見開く。そして自然とウォルの胸倉を掴んでいた手は緩くなっていた。

 シェイカから解放されたウォルは、苦しかったらしくむせていた。そして服の汚れた箇所を叩き、きちっと直す。
 その一部始終を黙って見ていたスタットは眠たそうに欠伸をすると、ようやく口を開く。

「で、このあとどうすんの?」

 その声にワンテンポ遅れて二人はくるりと振り返る。
 ウォルは顔を歪め、目を伏せる。シェイカはそんな彼の心情を読み取ってか、顔を斜め上へと向け、宙を仰ぐ。その表情は先程よりもさらに険しが、さっきまでは無かった迷いが見え隠れしていた。
 この言葉を口にしたら、彼はきっと“壊れてしまう”に違いない。それでもシェイカは告げる。彼を信じているから。


Page:1 2 3 4 5



この掲示板は過去ログ化されています。