ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

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神は世界を愛さない 
日時: 2011/09/23 17:38
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: PUkG9IWJ)

何度も作品を投稿し、申し訳ございません……。書いて書いて書きまくってやります。
色々コメントとか、参照とか気にしていた所もあった自分ですが、今回もう関係無くやります。
その結果を出せるように、やってみます。
頑張ります。人並みに。



【目次】
順序の始まり(プロローグ)>>1

〜第一幕〜
第1節:神はそこにいる
♯1>>2 ♯2>>3 ♯3>>6 ♯4>>7 #5>>10
第2節:神嫌い、人間嫌い
♯1>>11 ♯2>>12 ♯3>>13 ♯4>>14 ♯5>>19
第3節:世界は暗転する
♯1>>20 ♯2>>21 ♯3>>22 ♯4>>30 ♯5>>31
第4節:異常と異能の交差
♯1>>32 ♯2>>33 ♯3>>36 ♯4>>37 ♯5>>38
第5節:新たな日常=非日常
♯1>>39 ♯2>>40



【お客さん】
水瀬 うららさん
紅蓮の流星さん
旬さん
トレモロさん


コメント・励ましの言葉をいただき、ありがとうございますっ。

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Re: 神は世界を愛さない ( No.36 )
日時: 2011/09/22 23:03
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: PUkG9IWJ)

視界がブラックアウトし、全体が黒く、暗転した後に分かったのは、寒気とこの場所が普通ではないということだった。
風や、自然のものは一切感じられず、全てが作り物のように見えてくる。月夜も、この世界にはなかった。あるのは、電灯の光がパチパチと無機質な音を鳴らしながら、付いたり消したりを繰り返しているだけ。
目を覚めた瞬間、頭痛が走り、頭を軽く押さえながら俺は立ち上がった。地面は、アスファルトの地面のようだが、何だか普通と違うような気がしてならない。
そんな異変がこの場所には溢れていた。

「どこだ、ここは……」

次第に頭痛も治まっていき、頭から手を離して、冷静に周りを見渡した。電灯が一直線に設置されており、一つ一つに一定の間隔が空けられている。電灯と電灯の間が一番照らされていることになるが、それでも奥の方へ目を向けても、いくら電灯の光が付いていたとしても、暗闇しかなかった。
この世界は月がない。世界の光体ともいえる、月がなかった。その為、月夜という光源は無く、世界の夜の明るさは消えてしまっているような状態だった。
周りから聞こえるのは、電灯が鳴る無機質な音のみ。そんな空間に、俺はいつの間にかいた。
ゆっくりと思い出してみると、あの少女が再び俺の元へと来て、神がどうたらこうたら言われて此処に来させられた。
一体何なんだと頭を抱える所ではあるが、冷静に少女の姿が近くに無いか探し出した。

「——おい」
「ッ!?」

突然、後ろから肩に手を置かれ、声が聞こえてきたので驚く。後ろを振り返ってみると、案の定、少女の姿がそこにあった。
何やら不機嫌そうな顔をして、黒い髪に巻かれるようにして付けてある碑石を右手で弄りつつ、少女は俺をじっと見る。

「……何だ?」

思わずそう聞いたが、少女は全く無視して、ただ一言呟いた。

「行くぞ、異常人間」

と言うと、少女は猛スピードで走り出した。向かって行ったのは、電灯のある一直線の道だった。
わけもわからず、俺はどうすればいいか悩んだ末、少女をとりあえず追いかけることにした。
力を失っていたとしても、少女の足の速さはそこらの人間と比べれば確実に速く、元が運動神経抜群なのだろう。そこそこ運動は出来る俺ではあるが、この速さにはなかなか追いつけない。
次第に暗闇へと消えていく少女を追いかけて、続く暗闇の中へと飛び込んで行った。

「ふふふ……来客ですか?」

声が前方から聞こえて来る。そこから少し前方へ走ると、少女が突っ立っていた。そして、その前に居たのは——紳士の姿。
その紳士は、どこか不気味な笑顔を見せて、俺というか、少女を見つめていた。目が細く、本当に見えているのか分からないほどの不気味な笑みだった。

「んん? ……おや、君は噂の……ふふふ、思わぬ所で……いや、必然、かな?」

今度は俺の方へと向いて、紳士は話し始めた。ぶつぶつと、意味の分からないことを言っているように見えた。

「それに、君は有名な神殺し、毘沙門天びしゃもんてんじゃないか。やはり、噂は本当だったんだね」
「黙れ。お前らにどれだけ言われようが関係はない。私は私だ。この異常人間の力も借りずとも——お前を、断罪する」
「ほぅ……面白い、ですね」

二人が睨み合う中、紳士の言葉の中の毘沙門天、という名前に少し違和感を覚えた。
確か、毘沙門天というのは戦いの神だったような気がする。日本の七福神の一人で……。そんな記憶が後々から浮かんで来るが、どうやらその毘沙門天とやらは少女のことを指しているようだった。
この少女の名前は、毘沙門天だというのだろうか。

「ただの非力な人間の娘に成り下がった神殺しなど、私に敵うと思いますか?」
「……」

紳士の言葉に、少女は何も答えない。
その様子に、紳士は大層満足したように笑うと、そうかそうかと頷き、ゆっくりと手に持っていた松葉杖のようなものを少女に目掛けて構えた。

「では——スタートです」
「ッ!」

その刹那、紳士が一気に加速し、少女の元へと近づいたかと思うと、松葉杖で一気に少女を薙ぎ払った。
突然の攻撃に、反応できなかったのか、少女は松葉杖によって遠くへ飛ばされた。ただの松葉杖に見えるが、そうではないようだ。
少女は飛ばされた瞬間、受身を取り、無駄に地面から衝撃をもらうこと無く立ち上がる。そしてそのまま少女は走り、紳士の元へと駆けて行く。

「ふふ、ダメですねぇ」

少女は大きく飛躍し、そこから一気に踵落としを紳士に食らわせようとしたが、それも失敗に終わる。紳士は少し後ろへ後退し、それを避けた。その後、少女の踵落としがもの凄い速度で落下してきた。

「無謀ですよ、貴女ほどの方が」

紳士は吐いた言葉に合わせ、松葉杖を大きく回し、渾身の一撃を少女の腹元に目掛けて突いた。
そのまま力のベクトルによって真正面に弾き飛ばされた。受身を取る余裕も無く、今度はそのまま地面へと叩き付けられた。
そんな少女の姿を見ながら、自分は何をやっているんだと、俺は思っていた。俺よりも年下そうな少女が、"化け物"相手に戦っている。俺は、逃げているばかりだった。
ドクン、と心臓の鼓動が聞こえた気がした。

「ふふ、終わりですか? 勿論、立ち上がりますよねぇ」

勿論の意味が分からなかったが、少女は平気な顔をして立ち上がった。
その様子を見て、紳士はニヤリと顔を歪ませて笑う。

「さぁ、そろそろ終わりにしましょうか。この世界には、既に先客がまだいるのです」

先客がまだいる? ということは、俺のようにただ巻き込まれた人がここにいるということなのだろうか。それも、まだ喰われていない状態だということが、紳士の"まだ"という言葉からして分かる。
紳士の言葉の意味を、見渡して探す。そうしていると、突然少女の声が聞こえてきた。

「この世界に、お前の知り合いがいる! お前はそれを探せ!」

少女は俺を見ずに、紳士の方を見つめながら言った。
少女の体のあちこちが真っ赤な液体で染められ、液体量自体は少ないが、痛々しくその姿は映った。

「知り合い? それを探せ? ……ふははは! 神殺しが! 人間の為に!? なるほど、だからですか。ふふふ、なるほどなるほど……貴女は神殺し失格ですね。どうしたらそう思えましたか? 同情ですか? 何なのでしょうねぇ」
「……黙れッ!」

少女は傷だらけの体を立ち上がらせ、紳士の顔を睨みつける。しかし、紳士はその様子を見て、ただただ笑っていた。
もしかすると、少女はだからこそ力を求めなかったのかもしれない。そして、俺を此処に呼んだ本当の理由。すっかり、俺を利用して力を得ることだけに此処に呼んだのだと思っていた。だが、違う。人間が大嫌いだから、プライドに触るから俺に力を求めなかったんじゃなく、少女は——この世界にいるという、俺の知り合いを助けるが為に、力を求めなかったんじゃないのか。
確か言っていたが、ある一定の距離を離れると、少女の力は消えてしまう。つまり、探している途中に消えてしまうということ。
だから力を求めなかったのだろうか。いや、でも人間が嫌いだという事実は変わっていないはずだ。今もそうだ。実際に俺を殺そうとしたことはあった。もし人間が嫌いでないなら、俺を殺そうとしなかったのではないだろうか。

「悩んでいる、暇はないな……」

一人、俺は少女の姿から目を逸らし、この世界にいるという、俺の知り合いを探した。俺の知り合いというのは、一体誰のことかも分からなかった。そして、少女の目的も分からない。人間なんて大嫌いで、滅べばいいとも思っていて過言ではないだろう。
なのに、この言動と行動。わけが分からないことだらけで、頭が狂いそうだった。
暗闇の中を走る。その奥に、少女の思いの意味が分かることを願いながら。

Re: 神は世界を愛さない ( No.37 )
日時: 2011/09/21 21:50
名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: PUkG9IWJ)
参照: ボチボチ更新再開しますー

呼んでいる声がする。
それは、どこからか反響しては消え、また混ざっていく。そうして、聞こえるモノとして耳に届く。
ノイズ、エコーなのか。分からないけれど、ただハッキリと聞こえた。
呼んでいるんだよね? 私を。
待ってたよ。君はきっと救ってくれる。この世界を、私を。
だから私は君に使命を与えることにしたんだよ。君は、この世界が好きかな? 嫌いかな? 
憎まれても仕方ないよね。私は、君を奪った。今の君は、ただの抜け殻だよ。そんな君を僕は再び復活させようと思う。
喜んでくれるといいんだけど、けれど、その分私は君に嫌われるだろうね。

でも、それでも、いいや。

君の為になるなら。

愛してるよ、君。




闇が目の前に見えた。そこはどこか変な感じがして、それと同時に何か別のものを感じた。
いつもの、普段の温かさのようなもの。それが、この闇の中にはあるような気がした。けれども、それとはまた別に悲しいものがあるような気がした。それは、一体何なのか俺には分からないけど。
だけど、この感じは。確かに覚えがあった。

「——雪?」

闇の中に、腕を精一杯伸ばした。届くかは分からないけど、やらないと何も始まらない。
何でこんな風に必死になっているのだろう。そんな疑問は後から解けばいいだろうと思うが、どうしても心に引っかかる感じが拭いきれない。
一体なんだ。俺は何で雪の為にこんなことしているんだ。
こんな薄暗い、寂しい世界の中、闇に埋もれた雪かどうかも分からないものに向けて手を伸ばす俺。
いつもの俺なら無表情で突き通すだろう。けれど、この時の俺は——表情が強張っていた。それだけ必死だった。




ポツリ、と誰かが私を呼ぶ声がした。
何だか変な感じ。けれど、とても温かい。私が求めていたもの?
いや、私は……私は?
私は、一体何?

「やめて、助けて、怖いよ……」

どうしてこんなことを口走ってるのかも分からない。分かりたくもない。虫唾が走りそうで嫌。
何だろう、この感触。私の中に触れられて来られる感じがして、何なの、私の過去を——


「いやぁぁぁぁッ!!」


闇の奥にいた雪を見つけ、手を引っ張った俺は、次の瞬間、その雪の口から悲鳴と酷似したものが吐き出された。

「雪? 大丈夫か?」
「いや、やめてぇッ!」

雪は狂ったように頭を抱えては叫ぶ。一体どうすればいいのかも分からず、俺はとにかく雪の安全を確認してため息を吐いた。
それからもう一度よく考え、

「雪?」

頭を抱え込んで、まるで"怯えている"ような雪に触れようとしたその瞬間、頭の中に無数の何かが入り込んできた感覚に陥った。

「何だ、これ……ッ!」

思わず俺は頭を抱え込んで、叫び声をあげた。頭がぐちゃぐちゃに掻き回されるような痛みに地面にはいつくばってもがく。けれども、全然治まる気配も無く、その何かは脳内で形となって変化していく。

『可哀想に。あの子、あの歳で……』

誰かも知らない人の声が流れ込んできた。それは、映像と共に。

「こ、れは……雪、のッ……!?」

もがきながらも、何とか声を搾り出すが、痛みは何も治まらない。もう既に感覚も無くなってきて、意識も薄れていった。




「はぁっ!」

ゴツッ、と鈍い音が響いた。
思い切りドロップキックを目の前にいる紳士面した化け物に喰らわせてやった。頭に直撃したそのキックの衝動はそのままその力のベクトルに合わせて吹き飛んだ。後頭部から地面に強打した化け物は暫くそのまま倒れ込んでいた。

「ククク……面白いですねぇ」

しかし、効いた様子も無く、平然と笑いながら言葉を漏らした。その男が倒れている地面には、赤い血がこびり付いている。血は赤いが、人間ではないような雰囲気を醸し出すその男はそのままゆっくりと起き上がろうとしたが、

「まだ、まだぁっ!」

容赦のない力の入ったキックを横腹に入れる。ぐにゃ、と粘土のようにして横腹の部分が曲がったかと思うと、そこへ連続にして蹴りを真上から一気に振り落とした。ゴキッ、と骨が折れるような音が響いた。
しかし、男は、

「はは、面白い。人間になっても、基本身体能力は人間以上、化け物未満なんですねぇ」

笑いながら立ち上がった。
その様子を見て、少女は後退する。その表情は厳しい表情に包まれていた。紳士はゴキゴキ、と両肩を鳴らしながら、ゆっくりと後ろを振り返った。
その表情は、不気味に笑い、頭が血で真っ赤になっていた。

「さ、遊びましょうか」

ポキポキと腕を鳴らし、素早い動きで少女へと向かって行く。
それを待ち構え、組み手のように受け取ろうとした少女だったが、甘かった。それを予想したかのように、少女の受身の状態を掻い潜るように低い姿勢で、どこからか取り出したハサミのようなものを——少女に突き刺した。ハサミは横腹に突き刺さり、血の噴出す音と共に鮮血が空中を舞った。だが、それを気にした様子も無く、少女はあろうことか回し蹴りを放った。
男の首元に蹴りは入り、ボキッ、と砕けるような音が鳴ったかと思うと、そのまま流されるようにして吹き飛んで行った。
しかし、依然として笑いながら立ち上がり、男は言った。

「ふふふ……やはり平気ですか。なるほど。完全に、普通の人間になったわけではないのですね」

男は、少女の腹元に刺さったままのハサミを見ながら言った。その目線を追うようにして、少女は自分の腹元を見やり、突き刺さったままのハサミを思い切りよく抜いた。
鮮血が水鉄砲のようにして噴出すが、全く痛みに苦しむ表情は見られない。そのままハサミを地面に放り投げた。

「危険信号の消滅……。そして、寝ていれば回復する異常すぎる治癒能力もですかぁ? いいですねぇ、普通の人間ではない、貴女のそれも既に化け物の域ですね」
「……つい先日までは化け物だっただろう。こんなこと、別に——」
「よく言いますねぇ。貴女は、人間を捨てた。いや、捨てざるを得なかった、元人間の分際のクセをして」
「な……」

少女は絶句した。男がまさかここまで知っているとは知らなかった。
一体どこから手に入れたのかは分からないが、その事実は少女にとって弱みに似たようなものだった。

「さぁて……人間から化け物に望んで"成り下がった"お嬢さん? お相手しましょうか」

まるで本物の紳士のような笑顔で少女を見つめながら男は言った。
その男の背中から有り得ないものが飛び出しながら。それは、サソリの尾のようなものだった。

Re: 神は世界を愛さない ( No.38 )
日時: 2011/09/21 23:23
名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: PUkG9IWJ)

激しい頭痛がようやく解けた。
汗が全身を覆っているような感じがして、とても気持ち悪い。気付いたそこは元の世界ではなく、寂しい世界だった。
目の前には、眠るようにして気絶している雪の姿があった。

「もし、今見たのが本当だったら……」

雪の顔をじっと見つめたまま、暫く思考が止まってしまった。それは、俺と同じような環境だったからだ。
気付いた時から、親がいなかった。何故自分が此処にいるのかも分からない。そんな感覚を雪も味わっていた。その孤独感から救ってくれたのは、幼い頃の誰か。それは俺も覚えがあるような気がしないでもなかったが、どっちでもよかった。
その後、中学時代の俺と出会い、無理矢理にでも同一化させ、俺を勝手に幼馴染だと思い込んだ、というわけだろう。
しかし、俺の中学時代はそんなに幼少時代の男と似ていたのだろうか。雪自身も、その辺のことはよく分からないようだ。ただ、何かに縋りたいという思いがあったのかも分からないが、ただこの少女は孤独だったのだろう。人には言えない、親がいなかったという事実。簡単に言ってしまっては、何かが壊れるような思いがしたのかもしれない。児童保育所にいた期間に出会ったその男の子との楽しい思い出が、雪を何とか支えているのだろうが。

「ふぅ……」

けれど、俺には関係ない。
その男は、少なくとも俺ではない。幼少時代、雪と出会ったことなんてない。見覚えも何も無い。
その俺を幼馴染として扱う。それが世話のようなものに変わって、俺にあれだけお節介に似たようなものや、年頃の娘のような行動を起こしていたのだろうか。
その辺りまでは、分からないけど。ただ、この少女は俺に似ている気がどうしても捨て切れなかった。

「行くぞ、雪。早く戻って、お前、お父さんに一言言ってくれ。——年頃の子の行動ぐらい、把握しろって。あぁ、それと。毎日煮物のたけのこは勘弁してくれってな」

ゆっくりと、雪を背負って走り出した。




「おやぁ? もう終わりですかねぇ?」

少女は血塗れだった。
男は少女の前で、イカれたような笑顔を見せながら立っていた。その目の前で、少女は血溜まりの中に倒れ込んでいた。
見るからに酷い傷で、この小さな体を持つ少女のどこにこれだけの傷を負ってまで生きれる強さがあるのだろうと思うぐらいの外傷を負っていた。

「何か喋ってくださいよぉっ、一人じゃ、つまらないですよぉ?」

ニヤニヤと下衆な笑顔を浮かべながら、サソリの尾を振り回しては地面に打ち付けるのを繰り返し行っている。
少女の方は、ただじっと男を睨みつけていた。ボロボロの体で、立ち上がろうとしても、痛みが無いだけで体の骨がやられてしまっていた。叫び声は勿論、悲痛の声なんて出さない、いや、出せないが、睨み返す力はあるのに、体を起こす力が無いのは情けない話だった。

「あー、つまんないつまんないつまんない。つまんないですよぉッ! えぇ!? 神殺しさぁんっ!」

少女の首元を手で掴む。グググ、と力を段々と加えながら舌で頬に付いた返り血を舌で舐めた。
少女は締め付けられている最中、力が抜けるなぁ、としか感じない。苦しみを感じられない。そんな、人間ではない不条理なもののせいで、死ぬという怖さを知らない。
その瞬間、締め付けられているというのに、無理に首を動かし、その手を噛んだ。ガリッ、としっかりと噛んだ音が手元から聞こえ、男はニヤニヤと顔を歪ませたまま、その少女の顔をもう一つの手で殴り飛ばした。

「ッ!!」
「ふふ、まだそんな元気があるんだねぇ? 簡単に死ねないって、大変だねぇ?」

そして再び大きく手を振りかぶり、握り拳を作りながら男は笑って言う。その不気味な表情で。


「化け物でも、人でもない。生物という分類すら入るか分からない奇妙なモノとして、バイバイ?」


その手が振り下ろされた。
が、手は少女を殴る寸前で止められる。男は何だと後ろを振り返った瞬間、思い切り頬に激痛が走った。その勢いに任せて、男は左に吹っ飛んだ。
少女の目の前に現れたのは、先ほどの男ではなかった。

「悪いな。早く帰りたい一心で殴った」




俺は言葉とか、色々他にあるものを使わず、まず手と足を使って、目の前の奴を取り敢えず殴り飛ばした。
雪なら、少し離れた所で寝かせてある。だから、安心して殴り飛ばせた。

「お前……」

男を殴り飛ばしたその先にいたのは、ボロボロの少女の姿だった。初めて会った時、こんなボロボロどころか、俺を殺そうとした奴だったはずだ。それが今は、顔も何も痣とかいっぱいあって、綺麗に整った顔も腫れたりして酷いことになっていた。

「何か、面倒だ」
「は?」

そんな少女を見て、つい口にしてしまった。案の定、呆れたような顔をして返事をされたが。

「この世界にいるのが。それに、何か死にたいとか、どうして俺は此処にいるんだ、とか考えるのも面倒で、しんどくて、どうでもよくなった」
「……今話すことか?」
「話さないと、話す機会ないからな。取り敢えず、俺は気付いたが——結構俺はポジティブだったらしい」
「知らん。この状況でくだらない話はやめろ。お前、殺されるぞ?」
「誰にだよ」
「勿論——」

少女が目にやった方向に俺も目を向ける。すると、頬にヒビのようなものが入った男が俺を見て、いや、明らかに睨んでいた。凄い形相で。前に見た紳士のような作り笑いなども全て吹っ飛んで、怖い顔をしていた。

「おま、え……! 許さない……! お前が、この、力を、持っているなんてなぁ……! 甘く見ていたよ、お前をぉ……!」

男はゆっくりと俺の方へと向かってくる。背中方面から生えたサソリの尾のようなものが鋭く尖り、まるでハチの毒針のように、ピンと真っ直ぐに伸びた針のように見えた。

「おい」
「……なんだ。えーと、少女A」
「ふざけてるのか。私は少女Aなどというふざけたネーミングじゃない」
「ふざけてないですね。名前知らないからこう言っただけですね」
「言ってなかったか? そうか。私はな——」
「いや、それより。これはヤバいってことを伝えたかったんじゃないのか?」
「そうだった。気が早いな、小僧」
「小僧じゃない。俺は——」

男の方へ、俺と少女が見つめていた最中、男のサソリの尾の他に、男の手には槍のようなものが二つ握られている。どこから取り出したのだろうかという疑問はさておき、サソリの尾がさらに巨大に、3本に増えてこちらに向かってきていた。

「おい」
「何だ」
「逃げるぞ」
「どうやって?」
「勿論、私を背負ってだ」
「何で俺がそんなことしなくちゃならん。お前一人で行けるんじゃないのか。俺は多分、俺一人逃げることに必死になるからそれは無理な可能性が高いかな」
「じゃあ、腕輪に重ねろ、手を」
「断ったら?」
「殺す」

そうしている間にも男は既に俺達から数メートルというほどの距離まで近づいており、サソリの尾も伸ばしたら届くだろうという距離だった。
これはヤバい、と体の危険信号が告げていた。

「逃げよう」
「私も連れていけ」
「だから、お前は——」
「「あ」」

その瞬間、サソリの尾は頭上に振り上げられており、猛スピードで下降するという時だった。
体が自然に、俺は少女の腕輪に死に物狂いで触っていた。何とか、届いただろうか。後方かどこかも分からないが、取り敢えずもの凄い衝撃と、光に包まれたことは確かだった。
一体何が起こったのか。何分間か、時が止まった気がした。
ゆっくりと、意識が次第にハッキリとしてきた。そして、見えたのは——

「危なかったな、少年A」

俺を抱え込んでいる、初めて会った時の鬼気迫る感じの少女だった。翡翠色の光に包まれ、紅蓮や蒼色のオーラに似たものを纏ったその少女は、とても美しかった。
機械仕掛けの剣が右手には握られており、少女は悠然とした顔で目の前の化け物と化した男を見つめていた。

「ククク、面白い。面白いなぁ、やっと力が戻ったか。いや、その男の力によって、というのが正しいか」

男は頭を手で抱えながら笑いつつ、言い放った。相変わらず、俺が殴った後に出来た顔の不自然なヒビはそのままにして。
すると少女は、ゆっくりと剣を構え、

「教えてもらうぞ。お前は、どこまで知っている。この世界について。それに、この人間の男は何だ?」
「ふふ、質問が多いなぁ……。答えられないよ」
「ほう。なら、答えられるまで痛めつけるしかないか」
「出来るのならば……ねぇッ!」

男はもの凄いスピードで駆け巡り、三つのサソリの尾を振り回しては叩き付けるようにして振り下ろしてくる。それと同時に手に持っている槍を次々と突き出してくる。
それを間一髪の所で剣で受け流しては、隙があれば斬り落とそうと剣を振るう。だが、男もそれを予測していたかのように、ギリギリで剣を弾いては阻止しようとする。
右、左、上、という風に縦横無尽にサソリの尾と槍が襲いかかってくる。全て対応し、剣で流しながら少女は男に近づいていく。

「捉えた」

少女の一言と同時に、サソリの尾の一つが削ぎ落とされた。その瞬間、青い光がふわっとその断面から湧いて出る。しかし、男は悲鳴の一つもあげない。それどころか、どこか冷めた表情で少女を見つめていた。
全ての動きを止め、途端に男は「興冷めだ」と告げた。

「この世界のタイムリミットが来たようだ。閉じさせてもらおう」
「逃げるのか?」
「はは、まさか! 君には逆に助かったと思って欲しいね。どちらにしろ、この世界はこのぐらいの時間で丁度いいように設定してあったからね。君達のデータを取る為だよ。うん、いいデータだねぇ。うんうん」

男がそう呟いている中、この寂しい世界はパキパキと音を鳴らしながら、まるで鏡が割れたように崩れようとしている。それと同時に、地震が巻き起こった。

「くっ、待てッ!」
「ふふ、もうその人間の男と女は休ませた方がいいだろう? それと……男の方。お前はいつか、"貰いに来る"からね。楽しみにしててね」

そう告げると、男は世界からログアウトするようにして消えていった。
揺れ動く地面の中、少女は再び小さな光に包まれて、人間のような姿に戻った。その姿は、先ほどの血塗れの姿だった。戻った瞬間、少女は崩れ落ちるようにして座り込んだ。

「おい、大丈夫か?」
「ふん、人間風情に心配されるなど、あってはならないことだ」

そう言ってそっぽを向く少女。だが、どう見ても通常の状態とは思えない。言えば、死にそうだった。

「痛くないのか?」
「痛くないな。そういう体だからな。寝れば治る」
「そんなもんなのか」
「そんなもんだ」

壊れていく世界の中、俺と少女、そして近くで眠るようにして気絶している雪の三人がそこにいた。
少女は既に目を瞑って寝ようとしている。このまま放っておけば、世界から解放されるのか? いや、分からない。けれど、少女はこのまま。

「なあ」

だから、このさいだから、少女に聞いておこうと思った。

「名前、教えてくれよ」

少女はその言葉を聞く途端、とても意外そうな顔を俺に向けた後、すぐにそっぽを向いて、

「名前? ふざけるな。人間ではないのだぞ。化け物だ。私は、化け物。本当ならば、貴様も殺さなければならない。神殺しは、神を殺すが、人間も殺すさ。必要ならば、躊躇いもなく。お前らの言う殺人鬼のようなものだ。現に私はお前を殺そうとした。そんな奴の名前を聞いてどうする?」
「いや……俺は、そういうことで名前を聞こうとしたんじゃない」

あぁ、面倒臭いな。けれど、俺は言葉を紡いでいた。
世界は既に半壊し、世界というには、実に曖昧な空間と化してしまっていた。

「俺は、一人の少女に名前を聞いている。神殺しとか、化け物だとか、人間とか、関係ないだろ。お前、どっからどう見ても俺から見れば人間だ。生きている生物だ。生きている。此処にいる。お前も、此処に心臓があるだろ。心もある。ロボットでもない」

そう言いながら、俺は自然と少女の心臓の部分に手を当てていた。トクン、トクン、とゆっくりの速度で心臓の鼓動が……いや、急に速くなったか?
少女の顔を見ると、何故か顔を真っ赤にして俺を見ていた。

「この変態がぁっ!」

そう言って、手を振り上げて俺を殴ろうとしたが、傷のせいで腕が上がらないようだった。

「残念だったな」
「うぅ……! お前、覚えてろよ!」
「お前じゃなくて、俺は神嶋 憂」
「聞いてない、そんなどうでもいいことは」
「お前は?」

ゆっくりと問いかけてみる。少女は、少し戸惑ったような顔をして、言った。

「忘れた」
「え?」

その瞬間、世界は遂に壊れ、砕け散った。
少女は目の前から闇の中に埋められるようにして無くなっていこうとした。
忘れた。その言葉の意味が本当なのか、嘘なのかも分からずに。




——世界は、再び暗転した。

Re: 神は世界を愛さない 第4話完 ( No.39 )
日時: 2011/09/22 23:08
名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: PUkG9IWJ)

夢を見ていたような気がする。けれど、それは本当の出来事のような気もして、どこかおかしい。
ぼんやりと、頭が真っ白と真っ黒のコンテラストで彩られ、ただ淡々と思い返してみても、あまり実感というものがなかった。
俺は先ほどまでどこにいたのだろう、なんてことは、人間誰でもどうでもいいのことに近いんじゃないのだろうか、なんて考えている時点で既にどうでもいいことの連鎖に捉われているに過ぎない気がして、ちょっぴり憂鬱な気分で起き上がった。
まだ冴えない頭が認識していくには、さほど時間はかからなかった。何故か懐かしい感じに思える、太陽の光がカーテンから差し込み、何だかいつも通りだったはずの朝が来たのだろうか、という過去系に近いような状態でその日差しを見つめた。

「ここは、俺の部屋か?」

ぐるりと周りを見渡してみれば、そこは叔父さんの家の、最近俺の部屋になった個室だった。
布団こそ敷かれていないものの、その場で寝てしまったかのようにして畳の上で熟睡していたようだった。
だが、しかし。あれを全て夢として片付けられることが出来るのだろうか。いや、出来ない。それどころか、意識はハッキリとしていくごとに段々と夢のように思えた寂しい世界での出来事を思い出していくのだから、これは夢と言い様が無かった。
丁度その時、ドアがドンドンと音を鳴らした。少しそのドアを見つめてから、ドアの向こうにいるはずの相手は俺の返事を待っているのだろうと気付き、「どうぞ」と返事をした。
スーッと和風の香り漂う座敷の扉が横にスライドしたかと思えば、姿を見せたのは雪だった。それも、いつも通りの雪の表情ではなく、何だか怖い夢を見たような後の怯えた顔だった。

「憂……あのさ」
「……何だ」

それから暫く沈黙。
向こうから切り出してきたというのに、やり場のない両手をもじもじと重ね合わせたり、その少しショートめな髪を触ってたり、目を俺の顔から逸らしたり。
そんなこんなが続いていたが、俺は待った。相手から切り出してくるのを。普通ならこんなことはしないだろうな、なんて待っている最中に思ったが、そんなことは関係無かった。

「憂はっ、そのっ……」

ようやく切り出そうとしたのか、声が少し強めで声をかけてきたのはいいものの、何とも気まずいような表情をして雪は畳の地面を見つめていた。
雪の服装は学生服のまま。つまり、あのまま帰宅しようとしていた帰りと同じ服装ということ。これだけでも、昨日の出来事は夢ではないと思える。

「何?」
「え? あ、うん。えっと……だから、憂は——」

雪が遂に決心した顔で俺へと言葉を発そうとしたその時、

「おーい。二人共、ご飯出来たよー」
「お、お父さん!? 帰ってきてたの?」

雪の後ろには、叔父さんが笑顔で住職の格好をしたまま、お玉を持っていた。何だかアブノーマルな揃いなのだが、叔父さんのキャラや、表情からといっても風格が出ていた。

「今日の朝に帰ったんだ。ご飯、作ったから二人共食べにおいで。今日も学校だろう?」
「そ、それは、そうなんだけど……」

雪が俺の顔を気まずそうに見てくる。それに対して、俺は頷いた後、立ち上がった。

「叔父さん。今日の朝ご飯は何です?」
「今日? 今日の朝ご飯はー……白ご飯、味噌汁に、鮭の焼き魚。それに、煮物だね」
「わかりました、ありがとうございます」
「ん。早く下りて来なさいね」

叔父さんは笑顔のまま階段を下りていった。その姿を、雪は眺めて、小さくため息を吐いている。
そんな雪の隣まで歩き、「なぁ」と声をかけた。

「あの時、お前に言ったこと、ちゃんと果たしてくれよ」
「え? あの時って、もしかして……」
「いや、何でもない」

面倒臭いことになる前に、というより、この朝の内に話すにしては、内容がどうにもわけ分からないことに発展しそうだった為、やめておいた。
隣の方を通り、俺は階段を下りながら思った。
あの神殺しの少女は、どこにいるのだろうと。




食事はいつもと大して変わらず、ただ一つ、雪が風呂上りで少し髪が濡れているというぐらいで、他は何も無かった。
食べている最中も、雪は俺を何度も見てくる。一体何だと顔を雪に合わせようとすると、目を逸らされる。さらには、何故か顔を紅潮させる始末だった。
意味も分からず、ただ黙ってコリコリと、俺はたけのこを齧っていた。

「ご、ご馳走様ッ!」
「もういいのかい?」
「もういいって、いつもこれぐらいじゃないっ」

ぎこちない笑顔でその場から離れたがっているのか分からないが、雪は目をあちこちに泳がせながらパタパタと、忙しない足音を鳴らして用意を始めた。
昨日のことで、雪は俺に聞きたいことがあるのだろうと思ってはいるが、もし本当にそのことで聞かれたとしたら、何と答えればいいのだろう。
正直に話すのだろうか。いや、そうしたところで信じるのだろうか。けれど、雪は確かにあの世界に存在した。そして、俺が——

「いってきます!」

考えていることを遮るかのように、雪はドアを思い切りよく開けようとして、ガツンッ、と音がした。

「……鍵、閉めたまんまだぞ」
「先に言ってよッ! お父さんッ!」

慌てた様子と、顔をもっと赤くさせて、ガチャガチャと鍵を半ば乱暴に開けて飛び出るように外へと出て行った。
その様子をじっと叔父さんは見つめた後、俺の方へと向いて、

「思春期か?」
「さぁ……」

思春期って、もう過ぎたぐらいなんじゃないだろうか。
まぁ、どうでもいいことか。

俺もようやく食べ終わり、食べ終わって汚れしかない食器を台所にゆっくりと置いた後、制服に着替え、ゆったりと靴を履いて靴紐を結び直した。

「いってきます、叔父さん」
「あぁ、いってらっしゃい」

叔父さんの微笑ましい笑顔に見送られ、俺は外へと出て行った。
外を出た後、ゆっくりと歩き出す。外は晴れ模様で、梅雨時期のせいか、カエルが田んぼから道路へと飛び出している風景を見かけた。
そんなのどかな世界。それが、此処。

「綺麗だな、青空」

空を見上げて、俺は呟いた。それはまるで、新しい一日が来たのだと、実感するかのように。
丁度そうして歩いている内に、神社の入り口の傍まで歩いてきた。そのままそこを通り過ぎ、橋を渡って行く。
方向をそのまま神社を過ぎ去る形で行こうとしたその時、俺は何故か神社へと続く長い階段をふと見てしまった。
そこには——あの少女が仁王立ちで立っていた。
見間違いかと、俺は頭の中で整理してそのまま過ぎ去ろうとする。だが、その時背中に激痛が走ったのと同時に、俺は前のめりでアスファルトの地面に倒れることとなった。

「こっち見て目を逸らして普通に行くなボケェーッ!」
「……いや、それでキックするお前もどうかとはおも「言い訳はいい!」

言葉でこの少女に、いや暴力でこの少女には勝てないだろう。言葉では勝てる自信はあるが。
とりあえず、俺の背中が悲鳴をあげている。まだ軽い方なのだろうか。少女は楽な顔をして仁王立ちで俺を見下していた。
その見下しは、最初に出会った時の見下しとは違っていた。もっと温かな、普通の人間の顔だった。
こうして真近で見てみれば見てみるほど、顔は綺麗に整っていると思ったほど美人顔だった。

「俺に何か用か」

背中を擦りながら、俺は立ち上がりつつ、少女に聞いた。すると、少女は呆れた顔をして、

「契約、結べって言っただろ」
「言ってたか?」
「言った。だから、お前とちゃんとした契約交さないとな」
「いやいや、話の展開が読めない。ていうか、朝っぱらから何を急に」
「急じゃないだろ。前に言ってただろうが。契約を結べ、と」
「今またそれを思い出させてきたから急だって言うんだろう。とにかく、俺は学校に行かなくちゃいけないから、忙しいんだよ」

そこまで言うと、少女は眉をつり上げて、いかにも不機嫌そうな顔をした。
その様子を見て、俺は突然浮かんだ疑問を投げかけてみる。

「お前、怪我は?」
「怪我? 何のことだ」
「何をしらばっくれてる。あの世界で、あれだけ血塗れだっただろ。その欠片も今は見られないんだが」
「あぁ、当たり前だろ。私は人間じゃない。治癒能力は人間の何百倍もある。寝たら治るわ」

ショートの髪を得意そうに揺らして、ふふんと鼻で笑った。
その様子が何だか女の子っぽくて、本当に化け物なのかと疑いそうになるぐらい、人間ぽかった。

「で? 早く契約を結ばないと」
「いや、何の話ですか」

少女が突然、契約なんちゃらの話に戻したので、眉をつり上げて不機嫌な顔で少女は再び口を開いた。

「いや、約束が違うじゃない」
「違うも何もないだろ。約束してない」
「私が約束と言ったら約束になる! いいから早く契約を交せ、この異常人間が」
「お前も今は異常人間だろ。言われたくないというか、俺は別に異常でも何でも無い」
「異常だろ。お前はあれだけのことを経験しておいて、死んでない。異常すぎる」
「死なないと異常じゃないのか。面白いな、その異常な解釈」
「私は異常じゃなく、異端なだけだ」
「どっちでも一緒だろうが」

そんな会話を続けていると、少女はため息を吐いて俺に言った。

「あの世界で、私に最後、名前を聞いたな?」
「あぁ、聞いたな」

俺がそう答えると、少女は少し俺の顔を真剣な眼差しで見つめた後、少し経ってから顔を背け、ポツリと呟くようにして言った。

神宮じんぐう……」
「え?」
「神宮。神宮、瑞樹みずきだ」

やっと聞けたその名前は、どこか不思議な感じがした。何だろう。聞いたことがあるような気がする。けれど、そんなことまるで根拠もないことで、同じ名前の人なんてごまんといるだろう。気にせずに俺は言った。

「よし。あだ名でも付けるか」
「あ?」

瑞樹は口を開けたまま、何を言っているんだと言わんばかりに不可思議な顔をした。それがどうにも可笑しくて、何故か俺は、笑った。

「何でもない。ただの、冗談だ」

そうして俺は学校に続く道を歩く。
後ろから瑞樹の声が聞こえた。

「こらっ、待てッ! ——神嶋 憂!」

初めて名前を呼ばれた気がした。
この世界も、まだまだ悪くないもんだと思い、俺は後ろにいる少女に向けて、手を振り上げ、左右へ振った

Re: 神は世界を愛さない  ( No.40 )
日時: 2011/09/23 17:38
名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: PUkG9IWJ)

「何か憂、嬉しそうじゃねぇか?」
「そうか?」

靴箱で会った竹上と会話する。
それも日常の一環なのだが、どうしてかいつもと違うような気がしたのは気のせいだろうか。とは言っても、特に気に留めるようなことでもないし、別にどっちでもいいだろう。
靴を履き替えて、そのまま教室へと向かう。

「やっぱお前、様子がおかしいって」
「意味が分からないこと朝から連発するな」
「意味分かるだろっ、お前、何か嬉しそうだぞ?」
「どこが」

ふっ、と鼻で少しの微笑を浮かべながら階段を上った。その後を竹上は着いて来ずに、何故かふるふると小刻みに震えていた。

「何してるんだ」

つい、そう声をかけてしまった。それほど、奇妙というか、気持ち悪かった。
竹上は「憂、お前……」と声を出すと、そのままゆっくりと俺に近づいて来て、

「笑ったじゃん! 初めて見たよ、俺!」

どうにも興奮した様子で俺の背中を叩いてくる。
いや、鬱陶しいな。というか、俺はそれほどまでに笑わなかったか?
何だか不気味な感じがして、俺は「そうか?」とだけ呟くと、そのまま教室へと向かって行った。
その後を竹上は嬉しそうに付いて来る。別に、来なくてもいいんだけど。

教室の手前で笑顔の竹上と別れた後、俺は自身の席へとゆっくり向かう。いつも通りの騒がしさの中、何故か安堵しているような自分が居て、意味が分からないと平静を装って座る。

「神嶋君」

丁度その時、藤瀬の声が聞こえてきた。案の定、目の前には藤瀬の顔があった。どこかぎこちなく、緊張しているような……うん? いつも藤瀬はこんなだったか?

「これ……」

すると、一枚の紙を俺に差し出して来た。見ると、その内容は今日の放課後に行われる文化祭の為の練習や、色々と物作りをするそうだ。それについての詳細がその紙には記されてあった。

「来て、くれますか?」

藤瀬なりに思い切った告白なのかは分からないが、お願いしますと後から付け加えて、藤瀬は俺に向けて頭を下げた。
頭を下げないと出ないような人間だったのだろう、俺は。

「頭、下げなくていいだろ」
「え?」

俺が言うと、藤瀬はゆっくりと頭を上げて、驚いたような表情をした。そこまで酷い奴だったのか、俺は。

「出るよ、これ」
「ほ、本当ですか!?」

藤瀬の声に、その場にいたクラスメイトもゴソゴソと俺の方を見ては驚いた顔をしたり、嬉しそうな顔をしたり、意味の分からない空気に、俺は圧倒されていた。
こんな空気すらも、知らなかったのか、俺は。

「そ、それじゃあ、来て下さいねっ!」
「あぁ。分かった」

俺がそう答えると、藤瀬は嬉しそうな笑顔のまま、自分の席へと向かっていった。
その背中は、以前見たような感じではなく、また別の、新しい雰囲気が漂っているように見えた。
何だろう。此処は、こんな場所だったのだろうか。知らなかった。

「ねぇ、雪! 神嶋君が、放課後の練習出るって!」

その時、クラスの中に入ってきた雪に向けて、いつも通りのメンバーが声をかけた。
雪は、素っ頓狂な表情を見せ、ちらりと俺の方へと向くと、すぐに顔を背けて、

「そ、そうなんだ!」

と、ぎこちない返事を返した。
様子がいまいち変に思えたのか分からないが、その友達一同は「どうしたの?」と、気に掛ける声を出していたが、雪は首を振って、何でもないと答えるばかりだった。

「あ、土屋さん! おはよー!」

そのまた他のクラスメイトが、扉の方を向いて声を出した。
その先には、土屋が笑顔で手を左右に小さく振って、「おはよ〜」と呑気な声で返事をした所だった。
パタパタと少し忙しなくスリッパ特有の音を出しながら、土屋は雪に近づき、

「昨日はありがと〜。手伝ってもらっちゃって〜」
「あ、ううん。気にしないで、希咲ちゃん」
「ふふ、分かったよ〜雪ちゃんー」
「え、何何!? もう二人共、そんなに仲良くなっちゃったのっ!?」

その二人の会話を聞いて、周りの女子が集まっていく。それを遠目に見つめる男子とか、その他の話を、雑談を楽しむクラスメイト達。
俺は、孤独なんて自分を締め付けて、こんな空気に馴染まなかっただけなのかもしれない。
けれど、俺は——どこか、壊れてる。

「おーし、SHR始めるぞー」

担任がいつも通り忙しなく入って来て、それから生徒達はそれぞれの席に座っていく。
俺が見ていた風景は、モノクロだったけれど、今は少し、色が見えてきている気がした。




私は一体何をしているのだろう。
どうして此処にいるのか、その存在理由を無視してまで、どうして。

「それより、何であの異常人間、少年Aがいないと私の力が元に戻らないんだッ!」

その場に落ちていた石コロを思い切り蹴る。蹴る直前に、しまったと後悔の念が込み上げたが、既に時は遅く、その石コロを真っ直ぐに蹴り上げてしまった。
だが、その石コロはただ普通に、真っ直ぐに跳ねて行っただけで、他には何もなかった。

「あれ……?」

想像していたのとは違う。いや、それよりも、これだけの力しかなかったのだろうか?
本当なら、もっと真っ直ぐに、いや、家を軽く貫通するぐらいの威力、弾丸並みに石は飛んで行ってくれるはずなのだが、全くその雰囲気ではなかった。渾身の力を込めて蹴ったはずなのに、何故威力が無いのだろう。

「力が、弱まってる……?」

自分の手の平を見つめて、そう呟いた。
自分の小さな手。それは、神殺しの手。人殺しの手。
これだけ小さな手に失った命はどれほどあるのだろうか。けれど、私は神殺し。神を殺す者。いや、断罪する者。

「あの男は……神を操る者。いや、それよりも……」

私は考えた。あの男は、本当のことを知らせるべきか、否か。
もし、その本当のことを知ってしまったならば、あの男はどうするのだろうか。
神殺しとの契約は、悪魔の契約とも言われる。神殺しは、そもそも神様を殺す悪魔のようなものだからだ。
私はもう人間には戻れない。そうは分かっていても、私はあの男の事が気になった。
あの男なら——この世界を、殺してくれるかもしれない。

そしてその時、真実を知ることになる。




神嶋 憂は、既に死んでいるということを。


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