ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 隻眼のあい
- 日時: 2011/11/12 22:38
- 名前: 桜 ◆tZ.06F0pSY (ID: 4CQlOYn7)
嗚呼、恐ろしや、恐ろしや。
鬼子がこちらへ来ようぞ、醜悪で無様たる鬼子の薄汚き容貌。
嗚呼、何とも不愉快で仕方ありませぬ。
さあさあ、死にませう。
這いながら、闇夜に生きられぬ鬼子よ、哀れなり。
嗚呼、恐ろしや、恐ろしや。
恐ろしい、と言ふ人間共が、恐ろしゅうて敵いませぬ。
人間共は、完璧なる妄想をいとほしゅう、と愛でられけり。
されども、阿保らし。
嗚呼、恐ろしや、恐ろしや。
嗚呼、無様なり、無様なり。
いと煩しゅうて、いと湧きあがる怒りにて、
誰様が壊れよう。誰様が死にませうか。
誰とぞ、恐ろしや?
Page:1
- Re: 隻眼のあい ( No.1 )
- 日時: 2011/11/12 22:51
- 名前: 桜 ◆tZ.06F0pSY (ID: 4CQlOYn7)
登場人物
あい
絶世の美女と謳われる容貌を兼ね備えている。隻眼。
生まれつき失明している左目を前髪で隠している。
長い黒髪を一つに束ねて結んでいる。
雪華通りでは高名な売女。
多重人格。15歳。
ゆき
あいの二番目の人格。臆病者で弱気な乙女。
あいの常連客の男の間では評判の人格。
はな
あいの三番目の人格。我儘で自己中心のお転婆娘。
売女の間で評判悪し人格。
絵里子
顔の右側に赤い痣がある女。23歳。
勝気で男勝りの姉御肌。
作太郎
左足がない男の子。7歳。
絵里子に可愛がられ、育てられている。
- Re: 隻眼のあい ( No.2 )
- 日時: 2011/11/12 23:28
- 名前: 桜 ◆tZ.06F0pSY (ID: 4CQlOYn7)
雪華通りでは、今宵も闇に紛れ這う鬼子たちがゐます。嗚呼、恐ろしや。白く細い躯。身に纏う、浅葱色の着物と珈琲色の帯が、人目につきます。つくと、通りが、人々が悦びに包まれました。美しい娘が、優雅に歩いております。娘の名をあいと言ふます。左目を前髪で隠した隻眼。それだけで人間共から鬼子と呼ばれる娘。嗚呼、哀れな娘なのです。今宵も欲に溺れる男共の相手をする売女なので御座いました。
そこへ、遥かに自分より背の高い木の棒を持って、懸命に駆け寄ってくる男児。彼の左足は、膝から下はありませぬ。そう、片足の子だったのでした。それ故、捨てられた哀れな男児で御座いました。
男共は舌打ちし、払い除けようとしますが、それをあいが止めまする。すると男共は何ができませうか。あいに嫌われとうないのでせぬので御座います。
「あい!あい!やあ、今晩は。またお勤めかい?」
黙って頷きました。あい自身は好きなお勤めでは御座いませんでしたから、男児は苦笑いし、謝罪を述べます。するといつもの無表情な貌が、薄く和らいで男児の頭を撫でたのです。男共は驚きを隠せませぬ。あいは決して媚を売らぬ娘でしたので尚更でした。
薄く桃色の唇が、やっと開きました。
「作太郎。絵里子に宜しくと頼んで頂戴」
「言わなくても、後ろに居るよ!」
言われて、後ろを振り返りました。男共もそうします。何とも醜き事で御座いませう。まあ、浮世から別離された通りで御座いますし、今更如何でも良い事で御座います。貌の右側に大きな赤い痣がある故に、親から絶縁されたし女。嗚呼、また哀れで御座いませう。
煙管から吐きだした煙が、絵里子と言われる女の独特の魅惑を引きだし、男共は揺れまする。あいにするか、絵里子にするか、で御座います。
煙管をたん、とそこらのあばら家の壁に叩いて男共の注意を逸らすと、あいに微笑みました。やはり、大人の女の魅惑だとあいは勝てませぬ。しかし、あいは如何でも良い様子でした。
煙管の煙が上がって辺りを漂います。絵里子は招きの所作をしました。あいは無表情で釣られます。男共も釣られて動き始めます。作太郎は、じっとそれを見てます。
「さあさあ、此処からは男共は来ちゃあいけない。さあさあ、早く早く元へとかへりな。お前らが、来ても良い所じゃあないんだ。さあさあ!早くとっととかへんな!殺されたいんかえ?ええっ!」
絵里子の気迫で男共は恐れ戦いて、何処へと散り散りに去ってゆきました。作太郎は、からからと笑いながらその様子を見守ります。すると絵里子は作太郎も手招きしたので御座います。作太郎は躊躇せずさっさと男共を追い払った処へ入りました。でも、絵里子は怒りませぬ。嗚呼、今宵も雪華通りは愉快痛快、下品で浮世の因果を背負いし、鬼子や欲と闇が集い渦巻く薄汚きて人間共が作った地獄を愉しむ処でもありまする。
雪華通り。美しき娘と奇形児と異端な女子。
.
- Re: 隻眼のあい ( No.3 )
- 日時: 2011/11/13 09:32
- 名前: 桜 ◆tZ.06F0pSY (ID: 4CQlOYn7)
「あい、あい、あい。早く人格をあたしに渡せ!その美しくて細く白い女体を今すぐ渡すんだ!あたしを誰だと心得ているっ!」
おやおや、物騒な事を言ふ子がおりまする。嗚呼、恐ろしや。けれども居るのは一人。あらまあ、あいの家とされるあばら家にはあい一人しかおりませぬ。如何いう事でしょう。そういう事でした。
「あい、……渡しちゃ、ダメ」
「黙ってろ!ゆき!」
怒声が部屋を響き渡ります。
「二人共、私の人格なんだから、黙ってて。体は、渡さない」
あいが一人、姿が見えざる者が二人。あいは独り言をぶつぶつと呟き続けます。それが俗に言う多重人格だという事を雪華通りでは常識でした。唯一、法もない通りで常識らしい常識は、それだけで御座いました。そこへ、扉が開いて誰かが訊ねて来ました。非常に珍しい事で御座います。
「あい、また〝はな〟と〝ゆき〟と話していたの?駄目だよ。そんなに話しちゃあ、体がいつか奪われてしまうよ。ぢゃあ、中へ入るからね。絵里子から、雑炊を持ってきたよ!」
作太郎は明るい声でそう言いますと中へずかずか、と入り込みました。といっても片足なので這いずりながらで御座いますが、雑炊を零さぬようにと、いと大切にあいの元まで届けようとするので御座いますから、あいは自分で雑炊入りのお茶碗を持ちます。
溶いた卵と何とまあ、何処からか手に入れたのか蟹の解した身が雑炊の中へ入ってるでは御座いませぬか、さすがのあいも内心驚きます。どういう事だと視線を投げると作太郎は苦笑いしながら答えます。
「それ、絵里子が雄豚共から捲き上げた金で買ったんだ。なかなか鬼子で売ってくれる魚屋がなくて絵里子が激怒していたけどね。まあ、食べてよ。僕等は既に食べ終えた頃だから」
何て言うのは嘘。作太郎が人間共に罵られながら、懸命に働いて貯めた金であいと絵里子を楽しませようと買った蟹でございました。一体、どれほど苦楽を共に得た仲間、と認識してこその人間共が理想と描いてる優しさで御座いました。
あいはすっかり気分が良くなりましたが、どうも貌の表面には出ない様で御座います。一口、啜るとふんわりした食感と香ばしい蟹の香りが、空気と一緒に吸い込みます。嗚呼、極楽浄土と思しき安堵を覚えます。あいは作太郎の為に縁が欠けた茶碗で半分にし、よそいます。
「ダメだよ!あい。それはあいの分だよ」
必死に止めようとする作太郎でしたが。
「作太郎、あなたは絵里子にも上げたのでしょう?そして私にも。だけどあなたは食べてないぢゃない。私はこれだけで良いから食べなさい。ほら、美味しいわよ」
差し出された茶碗を受け取ってしまいました。何故なら此処は雪華通り。子供の飯なんぞ働かねば食える飯などありませぬ。世にいう人間共の子はやすやすと食える有様で御座いますが、此処は世の地獄の果てで御座います故、空腹を黙って抱えた作太郎は食べました。
絵里子が必死に働いているのを申し訳なく、自分も働いて差し出された飯を他の者に分け与えたり、こっそりと絵里子の分にと戻したりして、その稚さが、あいは気に入ってるに御座いました。
古びた畳の上、飯を奪いように食う作太郎と正座でそれを見守るあい。
早くお逃げなさい。人間共が、やって参りますよ。
.
- Re: 隻眼のあい ( No.4 )
- 日時: 2011/11/15 16:29
- 名前: 茉莉 ◆wjkpNvzHQc (ID: 4CQlOYn7)
- 参照: 名前をまりに変えました。
周りを焼き尽くす焔が黒い毒の煙を吐き出すので御座います。それは、鬼子達の住まう雪華通りが、灼熱地獄へ変わるので御座いました。殆どが体の不自由または貧困の者どもが集うのです。逃げ惑うしかありませぬ。泣き叫んでいる声やら苦痛に呻く声で正に阿鼻地獄で御座いました。
「あい!あい、逃げるぞ!」
はなが言いますとあいはゆっくりと閉じてた目を開きます。辺り一面、放火の所為で息絶えた亡骸で埋め尽くされております。何故そのような惨事になったので御座いましょう。理由は簡単で御座いました。
「へへ、良い女ぢゃないか。おい、そこのお前。此方へ来い」
ぐいっと肩を掴まれ、振り返ると男どもが厭らしくニタニタ、と笑っております。そのおぞましさは、例えようが御座いませぬ。数は四人で、あの忌まわしき〝人間共〟で御座います。
「ほう、何と良い女ぢゃ、だけど左目を隠しておるぞ。見せろ」
男の手が、前髪で隠した左目に触れようと伸ばしました。しかし、噛みついて千切るかの如く噛み砕こうとしたので御座いました。男は猛烈な激痛で、雄叫びのような悲鳴を上げたのでした。他の男が必死に男からあいを引き離し、乱暴に地面へ叩き落としたので御座います。
男は噛まれた右手が、皮膚がべろんべろんに破れ、赤い血が流れております。見るから痛々しい傷跡で御座いましょう。赤い赤い血が、地面へ海を作るので御座いました。
「て、てめぇ……!ぎゃああ、痛い……痛い、痛い痛い痛い痛い痛い!誰か医者を!ぎゃああ!……誰かぁ、誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か、医者を、医者はおらんのかぁ!あああっ!痛い痛い痛い痛い………!」
男が、のたうち回ります。まるで苦しんでいる蛇のようで御座います。他の男どもは必死に宥めますけれど、男は一向に聞こうともしませぬ、それどころか医者を呼ぶ始末。こんな地獄で誰が医師など居ましょう。
からから、とあいは笑いました。
それは、人生で初めての笑みで御座いました。
途端、男が痛みを忘れ、あいに襲いかかります。そこへ何処からか、小刀が飛んで男の喉を突き通しました。男は蛙を踏み潰したような声を出した後、いとも容易く息絶えます。他の男どもは恐怖で慄き、男の亡骸を置いて何処へ消え去ってしまったので御座います。
黒い煙の向こうから、二人の人影が見えます。
絵里子と作太郎で御座います。
あいは男の亡骸を踏みつけると、傍へ駆け寄りました。いつも通りの無表情な顔で男の亡骸を眺めました。呆気なく死んだ間抜けな男。乱暴で下品な男。多分、雪華通りよりかマシな環境で育った不運で波乱万丈の人生を送ったであろう男。誰からも愛されぬ男。哀れな男でしょう。
「大丈夫かい?全く下品な男ね、死んで当然だよ」
手に持ってる煙管は既に壊れていますが、愛着があるようでしっかりと絵里子の手で持たれています。絵里子の裾を掴んでいる作太郎が急かすように周囲を見回した後、告げるので御座いました。
「あい!早く逃げようよぅ……」
「大丈夫、もうすぐ火が治まるだろう。でも、逃げておこう」
三人は一目散に逃げました。作太郎は絵里子が背中に背負って。途中で通りの方を振り返りましたが、やはり、人間共が罵る下品な怒声や歓声と通りの住人どもの悲鳴が響き渡る、この世の地獄で御座いました。今まで住んでいた通りを離れるのは、寂しいもので御座いますねぇ。
さあさあ、恨みませう。人間共に天罰を下せませう。
.
Page:1
この掲示板は過去ログ化されています。