ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

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【新に】ゆめたがい物語【移転済み】
日時: 2012/12/04 00:50
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Jk.jaDzR)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=10136

 新の方に移転

 今回の交渉の話、参考図書が全くなく、いつも以上にお粗末です。今後時間をかけて探していき、第二部での西郷隆の見せ場で納得いくものにしたいと思います。

 思えば、ちょうど去年の今くらい、夏休みの後半くらい、この物語の骨組みは出来上がりました。
 去年、高校三年生。受験生でした。志望校はC判定、模試によってはD判定だったものもありました。焦るというより、本当にいろいろな事が嫌になって、それでも諦められなくて。そんな頃に自然と出来上がった物語です。
 信じてひたすら突き進めば、現実のものとして手に入れられる。この物語の主題ですが、何より自分自身にそう言い聞かせる意味もありました。
 そういう過程を経て、出来上がった物語。ですから、今回銅賞というのをいただけたのは純粋に嬉しかったです。人気投票、実力を伴わない、様々な意見があります。しかし、このサイトに来て、つまり小説を書き始めてから五年目に入ろうとしている今、こういう結果を、この小説でいただけたというのは、私に取ってとても大きな意味があります。
 至らないところは多く、まだまだ未熟な小説ですが、これからもよろしくお願いいたします。 8月31日 紫

 諸々の記念>>41
 レポートが予想より早く終わってルーズリーフに書きなぐったのを動画にしただけです
 出来心。本当にごめんなさい……

 1200記念 >>44
 第二部で、主に出番のある、憲兵隊の西郷隆。たかし、でなくて、りゅうです。一部は下手するとこの次の話しか出番がorz



 ——春の夜の、儚い夢も、いつの日か、願いとなって、色を持つ。色は互いに、集まって、悪夢を違える、力となる。

 こんにちは、紫です。ゆかり、じゃないですよ、むらさきです。

 一年以上ぶりの書き直しじゃない小説です。
 と言っても、この物語はファジーのほうで書かせていただいている、ノーテンス〜神に愛でられし者〜の原型となった、小学生の頃考えた話を下地にして作りました。どちらかと言うと、こちらのほうが原型寄りです。
 ノーテンスが受動的な物語なら、こちらは能動的にしよう。あの物語で書けなかったことを書こう。そう考えているうちにどんどん形成されていきました。
 
 と言うわけで、構成ぐちゃぐちゃ、文章ボロボロ、誤字脱字がザックザク……と、まあ、相変わらずそんな感じですが、よろしくお願いします。

 アドバイス、コメント等、大募集中です!

 お客様(ありがたや、ありがたや^^
 風猫さん
 春風来朝さん
 夕暮れ宿さん

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Re: ゆめたがい物語 ( No.41 )
日時: 2012/09/19 00:20
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: B/p47WjD)
参照: http://www.youtube.com/watch?v=FzEsxqgY-4o&feature=g-upl

 ——たかだか小学生に、足にやけどを負わされた。
 痛む足を気遣い、また自身のチカラの助けを借りながら、爆弾魔は何とか海岸沿いの坂を上りきった。ぼさぼさだった頭はさらに悪化し、汗が止めどなく首筋を伝っては落ちていく。
 その先。反対側の坂を少し降りたところには寺と広大な墓場が広がり、隠れる場所は豊富にある。その上、この日は深夜からの花火大会に伴う諸々の法事のため、寺には大勢の人が訪れていて、帰り際にまぎれ、逃げることもできる。
 男は、上りきった坂から目下に広がる楽園の明かりを目に移し、再び乾いた唇を裂いて笑みを浮かべた。

「あのガキ、ただじゃあ済まさん」

 先ほどの倉庫の方に目を向け、男は流れる血をなめながら忌々しげにつぶやく。祭り囃子だろうか。笛の音が流れてくる。ふいに、先ほどの長い茶髪をした青年の、憎らしいほど整った顔も浮かんだ。

「一人で祭り囃子も、乙なもんだ。分かんないかなぁ、若造」

 笛の音を聞きながら、一人つぶやく男。心なしか、高く透き通った笛の音が大きくなる。
 いや、違う。
 男は、気づいた。大きくなっているのではない。近づいているのだ。
 そして、はっきりと気づく。爆破した倉庫より遠くの祭り囃子が、こんなところで耳に響くように聞こえるはずがないことに。

 ——笛の音高く、響いたら。

 いつか爆破した孤児院で聞いたわらべ歌が、首筋を流れる冷たい汗とともに、体中で鳴り響く。
 震えが止まらない。何とか体を動かし、そっと後ろを向く。笛の音が、さらに大きく、また高く響き渡る。

 ——すぐそこちょうど、その後ろ。

 その後ろには、白い狩衣を海風に揺らし、不気味な狐の面を着けた死神が、横笛を吹きながら佇んでいた。


「よう、キツネ君。また横取りか、相変わらずだな」

 坂を上りきった竹丸が見たのは、胸から血を流して絶命している爆弾魔と、その横で返り血を浴びることなく、真っ赤な刀を懐紙で拭うキツネ面をした一人の暗殺者。黒髪は長く一本結びにしていて、不気味に微笑む面を着けたその表情を読み取ることはできない。

「そこの指名手配中の爆弾魔、それからお前さんが祭りにいるのを見て、狙いまでは分かったんだがな。どうも、詰めが甘いんだなぁ、俺」

 福井中佐は頭をかきながらそんなことをぼやく。キツネ面が答えることはない。刀を鞘に納めると、真っ白な狩衣の赤い帯に差して、明るい寺の方の坂へと歩いていった。
 波の打ち付ける音が、横笛の代わりに聞こえてくる。竹丸は、去っていくキツネ面のしゃんとした背中を見た。

「今日は花火大会だ、キツネ君。死者への鎮魂、明日への希望。なぁ。お前さんも見て、そのしけた面何とかしろよ」
「……人を殺す爆発が、本当に鎮魂になるとすれば皮肉ですね、中佐殿」

 初めて、キツネ面が声を発した。籠って聞き取りづらいものだったが、冷たさだけは伝わってきた。星がよく見える。崩れた浴衣を直しつつ、竹丸は微笑んだ。

「だから見ろってんだ。人を笑顔に、幸せにする爆発も、要は使い方次第。あるってもんだ」

 そんな時に、嵐がやっと坂を上りきってきた。そこは惨殺現場。彼はただの、どこにでもいる小学生である。
 うまいこと嵐から爆弾魔の死体が見えないように、死角となる位置に立つ福井中佐。そのまま“チカラ”を使って嵐を遠ざけようとしたが、その必要はなかった。その頃にはキツネ面が死体を海に落としてしまっていた。
 嵐の目にはっきりとその暗殺者が映る。揺れる狩衣、不気味に月明かりで照らされるキツネの面。
 次の瞬間には、その視界から消えてしまっていた。

「中佐……今の」
「キツネ面。先越されちまった。あの爆弾魔、捕まえられれば、もう少し長生きさせてやれたのにな」
「じゃあ、さっきの、死んだ、の?」

 大きな茶色の目をふるわせ、恐る恐る尋ねる少年。崖の淵には星に照らされた赤い染み。
 福井中佐は悔しそうに「ああ」とだけつぶやくと、海の方を向いてため息をついた。

「ま、職場体験終了。人の生き死にが、そのまま目の前に現れる職場だ。家に連絡しとけ、少年。花火まで見ていくぞ。やってらんねぇや」

 きびすを返し、元来た道を戻る竹丸。近くの波の音、遠くの祭り囃子。鎮魂と希望の花火開始まではまだまだ時間があり、ましてや本当の朝日までは更なる時を待たねばならない。
 月と星のほのかな明かりだけが、慰めるように黒い海を照らしていた。


 ※URLは参照1000記念とかその他諸々の記念です
 いつもの絵以上にスキル的な意味でも閲覧注意です。
 ルーズリーフに書きなぐっただけの絵を動画にしただけという恐ろしいクオリティ……

Re: ゆめたがい物語 ( No.42 )
日時: 2012/10/16 23:26
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: pLX6yJWV)

 第八話 憲兵隊と立てこもり

「……どういうことよ! 爆弾魔が、キツネ面の、餌食に?」

 大和国首都東城。
 その官庁街の一角にある、何十階建てもの高層ビル。地下鉄の出入り口やバスターミナルから、あるいは自転車に乗って。八月最後の週、その中日。汗を流しながら、数多くの人がその桜の紋が輝く、大きく開かれた門を潜っていく。
 そこは大和国において警察の役割を担う組織、憲兵隊の本部であった。
 そんな高層ビルの、ちょうど真ん中に位置する階。その一室から、閉ざされたドアの向こうにも聞こえるほどの、忌々しげな高い声が響いてきた。

「あたしたちの仕事なのに、今度こそ国防軍に先を越されないって、簡単に殺されて、まったく、踏ん張りなさいよ馬鹿爆弾魔!」

 なおも聞こえてくる怒鳴り声。
 今しがたエレベーターで上がってきたばかりのスーツ姿の青年は、ドアの前で苦笑いを浮かべた。そっと、ドアノブに手をかける。これはまた大変だと、空いている手でほくろのある左頬をかき、意を決してドアを開けた。
 ——入るや否や、丸められた新聞紙が彼の額を直撃した。

「りゅ、りゅうさん! すみません、失礼しました!」

 ぶつけられた新聞紙を拾い上げながら、青年は顔を上げる。その前には、青い顔をして頭を下げる加害者である黒髪ポニーテールの少女。見事なまでの、直角の礼だ。
 被害者の青年、西郷隆は苦笑を浮かべつつ、新聞紙を横のゴミ箱に捨てた。

「おはよう、えびら。朝から元気だな、外まで響いてたぞ、怒鳴り声」
「え、あ……すみません、つい」

 少女、織田えびらは、先ほどの怒鳴り声からは想像できない淑やかさで色白の顔を赤めた。どこか、育ちの良さを感じさせるその仕草。先程とは真逆の一面に、青年は思わず目を細め、ゆっくりと足を進めながら口を開く。
 
「もう少しだったんだけどな、爆弾魔。孤児院爆破の、依頼された形跡があったから、できれば生かして情報を吐かせたかったところだけど」
「いい加減にしてほしいですよ、キツネ面。あー、もう!」

 怒りの収まらないえびら。
 それに対して、隆は何も言わずに窓際にある自分の席につくと、てきぱきと鞄の荷物の整理をしだした。
 クーラーの心地よい風が、青年の汗で湿った髪を撫でる。窓からの日差しは、その涼しい風と相成って、何とも言えない心地よさを作り出していた。思わず、鞄を整理する手は止まり、隆は大きく背伸びをする。
 ちょうどその時、机の上のファックスから、何枚も紙が吐き出された。青年は出てきた用紙と顔を突き合わせ、目を外に動かすことなく口を開いた。

「でも、キツネ面が殺してなかったら、花火大会で被害者が出てたかもしれない。キツネ面のしたことの是非はともかくとして、無関係の人が傷つかなかったことは、感謝しないといけないな」
「……それはそうですけど、確かにそうなんですけど」

 至極冷静な上司の言葉。熱くなりすぎていた少女は、納得しきれないところもあるが、歩き回るのをやめて自分の席に着いた。

「でも、せっかく国防軍に横取りされる前に片付きそうだったんですよ。いつかのスーパーの仕返しが! あー、東郷少尉の厭みたらしい顔が浮かぶ」

 えびらはファイルから数枚の書類を取り出すと、天井の蛍光灯に向かって盛大なため息をついた。そのまま、用紙を一枚だけ目の前に掲げる。そこには、これまで調べ上げた爆弾魔関係のデータ。
 ため息をつく気力もなくなったのか、えびらは机に突っ伏した。ポニーテールが肩のほうへと垂れている。クーラーの冷たい風が、その滑らかな黒髪を揺らした。

「東郷少尉は何もしてないじゃないか。だいたい昨日退院したばっかりだし。うん、これから忙しいだろうね、夏休みの宿題はためてないかな、彼なら大丈夫だろうけど、でも文化祭もあるしな」

 今度も、書類から目を離すことはなかった。文章を目で追ったまま、隆は“仲の良い”国防軍人の少年をかばう。仕舞いにはどこで仕入れたのか、関係のない情報まで持ち出して、ほのかに口元を緩めた。

「……りゅうさんにしても、父様にしても、みんなあいつを甘やかしすぎてるんです。もっと世間の厳しさを教えてですね、ちょっとはまともな人間にしないと」

 自分の嫌いな人間の庇立てを、尊敬している上司がしている。それが、えびらは気に入らなかったようだ。突っ伏した腕の隙間から見える瞳には厳しい色を宿し、その口調は完全な上から目線となっていた。
 それに対して、隆は書類を見つめながら、眉をわずかにひそめる。

「世間の厳しさ、ね……ま、なんだ、仕事の悔しさは、仕事で返すんだな。ちょうど、うちの班に仕事が回ってきた」

 仕事と聞いて、机に頬をつけていたえびらは、勢い良く起き上がった。表情も一変し、窓からの日差しの如く輝いている。
 それを見て、隆は席から立ち上がると、今しがたファックスで届いた書類を持って、少女の机の横まで行った。
 その頃には、少しずつ他の仲間も出勤し始めていた。仕事の話をしていると分かると、全員荷物を置かずに隆の周りを囲む。若手有望株で、上からの期待も厚い彼は、この班でも実質ナンバーワンという要職に就いているのだ。

「先ほど、海の区運行会社ハチロウで、男が女性社員を人質に立てこもっているという通報があったそうです。俺、えびら、月村、水森、木島、金山で現場に向かいます。火野は待機、残りは爆弾魔関係を引き続き進めていってください」

 隆は早口でそれだけを言うと、すぐに鞄にいくらか必要な物を詰めて、乱雑にドアを開けて出て行ってしまった。他の隊員達も声を発することなく、それぞれが与えられた仕事へと、素早く移っていく。
 部屋からは、待機を命じられた男性隊員のキーボードを打つ音だけが、ただ聞こえるだけであった。

Re: ゆめたがい物語 ( No.43 )
日時: 2012/11/02 00:27
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Jk.jaDzR)

 ハチロウ社。
 それは大和国首都東城、海の区に本社を置く、主に航路輸送を行っている老舗の会社だ。
 その長い歴史上、仕事柄、大きい物から小さい物まで、ありとあらゆる事故に見舞われている。だが、ハチロウ社は、その都度手のひらから流れる砂の如く、するすると危機を切り抜けてきた。
 それ故に、業界では不死身と尊敬され、また恐れられている。

 国道を走る、白と黒の公用車。屋根の上では、憲兵隊の代名詞とも言うべき警告灯が、照りつける太陽の中、赤く光り続けていた。
 そんな憲兵隊の公用車、その中である。

「できれば、長引かせたくないなぁ。週末は予定があるし」

 やや年配の、自動車操縦に定評のある部下に運転を任せて、西郷隆は後部座席でほくろのある左頬をかきながらぼやいた。
 すると、運転している中年の隊員は、助手席の少女、それからルームミラーにちらりと目をやる。
 そして、右まぶたから頬にかけて切り傷があるという強面に似合わず、けらけらと陽気な笑い声を上げた。

「隆坊の口から休みたいなんて初めて聞いたな。何だ? “コレ”か? 若いねぇ」

 ハンドルから左手を放して、太い小指を挙げる男性隊員。これ見よがしに、リズムよく左右に振っている。助手席で書類を読んでいたえびらは、ぎょっとして後部座席の上司に目を向けた。
 
「高校の、文化祭があるんですよ、キジさん。卒業以来顔を出していないんで、そろそろ行きたいなと」

 いつもと変わらない、落ち着いた声で返ってきた言葉。
 中年の隊員は、無精髭をいじりながら「からかいがいのない奴め」とつぶやくと、もう一度ルームミラーに目を向ける。
 歳若い上司の表情は、やはり穏やか。さらに後光が射しているようで、キジさんこと木島隊員は、思わずルームミラーから目をそらす。
 助手席のえびらは、いつもの鋭い目つきを緩めて、どこかほっとしたように微笑んでいた。

「高校の文化祭ってのはどんなもんなんだろうな。俺は高校行ってないから分からんが」

 木島隊員はまっすぐ前を向いたまま、ぽつりとつぶやいた。ちょうど、信号は黄色から赤に変わる。だが、そこは車についているサイレンと警告灯の効力。そのまま車は、けたたましい音を発しながら交差点を過ぎていった。

「週末ですけど、キジさんも行きますか?」
「いや、家族サービスの約束があってな。息子が動物園、妻が温泉を楽しみにしている」

 そう言った木島隊員の強面は、嬉しそうに輝いていた。古い傷跡まで笑い声を上げているようだ。
 彼の子煩悩と愛妻家ぶりは、憲兵内でも有名である。一つの証拠として、助手席との間に置かれた鞄のキーホルダーには、まだ小学生ほどの少年とふくよかな女性の写真が入っていた。
 
「……そういえば、えびらは、中学出て、憲兵のエリートコース、憲兵学校最短ルートで卒業だったな」

 いくつ目かの赤信号を突っ切り、細い裏道に入った後、木島隊員はふと隣の少女を横目で見た。
 警察機構憲兵隊。なり方は人によって様々だが、中学校を出て、そのまま倍率の高い憲兵学校にストレート合格、さらに二年で卒業するというのが一番の近道だ。配属後の出世の早さは異常なほどで、一般憲兵隊員からは“スピード違反”と呼ばれている。

「木島さん、東城大学次席卒業の超エリートの前で、そんな風に言わないでください」

 中年憲兵隊員の言葉に、スピード違反少女はやや複雑そうな顔をして、ぷいとそっぽを向いてしまった。後部座席の青年は、こちらも居心地が悪そうに、ただ黙って頬をかきながら、窓の外を見ている。

「ま、どっちも俺からすれば雲の上の学歴であることには変わりないがな。とにかく、えびらも高校の文化祭なんて行ったことがないだろ。隆坊、いい機会だから……と」

 言いかけて、木島隊員は急にパトカーを止めた。走行していた裏道が途切れ、大通りに出る少し前。その先に、事件現場のハチロウ社があるはずだった。
 だが、その裏道の出口にまで、いっぱいに人だかりができていて、現場が見えなかった。憲兵隊の車が来たというのに、全く道を空ける気配はない。
 木島隊員は大きくため息をつく。ルームミラーにはもう一台、憲兵隊の車が近づいてくるのが映っていた。

「さて、はじめようか」

 隆は腕を組んだまま、静かにそうつぶやく。すかさず、えびらは助手席の前に取り付けてある、黒い無線機を手渡した。

「月村は車を本部として上層部と連絡、水森は現場捜査官と協力、金山とえびらは向かいのビルから狙撃の準備、僕と木島は犯人との接触を試みる」

 それだけを言うと、隆はえびらに無線機を押し付けて、黙って車の外に出た。
 木島隊員も、鞄を手に運転席からおりる。キーホルダーが揺れた。愛する人たち。木島隊員は一度そのキーホルダーを握り、目をつむって何事かつぶやくと、既に人込みをかき分けて先へと進んでいる、歳若い上司の後を追っていった。

Re: ゆめたがい物語 ( No.44 )
日時: 2012/12/01 00:53
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Jk.jaDzR)
参照: http://mb1.net4u.org/bbs/kakiko01/image/776png.html

 現在、立てこもり事件が起きている、運航会社ハチロウ本社の十階建て程のビル。普段は立ち並ぶビルの割には人通りが乏しく、少々寂れた通りなのだが、今は周囲には人だかりができて、それぞれが好奇、心配などと、様々な視線を向けていた。
 そんな通りに面した飲食店の二階。店先には臨時休業の札を出し、店内では作りかけの料理が、食欲をそそる香りを出している。

「タイミング悪いったらありゃしない、まったくもう」

 大通りに面した窓の下に座り込み、忌々しげにつぶやいたのは、黒髪ポニーテールの、まだ幼さの残る顔立ちをした少女だった。その手には、年頃の乙女にはあまりにも不似合いな、窓からの日差しに黒く光る狙撃銃。スコープを拭く勢いは必要以上で、その間にもぶつぶつと恨み言を並べていた。

「もう少し丁寧に拭け、えびら嬢ちゃん。傷がついたらどうするんだ」

 レストランのテーブル三つ分離れたところから、男の低い声が飛んできた。
 見るとそこには、二十代後半から三十代前半頃の、狙撃銃の手入れをするまだ若手の憲兵隊員。公務員にあるまじく金髪のツンツン頭で、さらに耳には銀色のピアスまでつけていた。
 男の言葉に、えびらはおとなしく従い、手先だけは静けさを取り戻した。だが、それでもまだ心は穏やかではないようで、眉間にはしわが寄っていた。
 その様子を見て、金髪の憲兵隊員は、一度ため息をつく。

「そんなに怒って、今度はどうした?」
「何でもないです」

 えびらは、やはり刺々しい口調のまま、相手の顔も見ずに返した。男は銃をいじるのをやめて、テーブルの上のパンを勝手に拝借しながら、一言つぶやいた。

「りゅうちゃん関係か」
「……木島さんが、せっかく、私がりゅうさんと文化祭に行けるようにしようとしてくださったのに、現場に着いて話が流れてしまったんです。どう思います? 金山さん。やっぱり、私とりゅうさん、縁がないんでしょうか?」

 全てを見透かされ、正直に語るえびら。顔を見ずとも声で分かる。震えていて、今にも泣き出しそうだった。
 金山隊員は、そんな純情すぎる悩みを聞いて、思わず口元を緩める。笑い声は、何とか口元を引き締めて、出てこないように必死に抑えていたが。 

「嬢ちゃん、縁の有る無しじゃない、こっちがどれだけ望んで、どれだけ動くかだよ」
「金山さん……」

 恋愛の、人生の師とも言うべき、金山隊員。その言葉に、えびらは潤んでいた目から、とうとうこらえきれずに雫を流した。
 金山隊員は、銃をフローリングの上に置くと、えびらのそばに座って、しっかり結わいたポニーテールの頭をくしゃくしゃとなでる。
 
「ただ、りゅうちゃんについては、もう少し我慢して、部下として支えてやってくれな。あいつの抱えてるもんが、荷が下りたら、それまでな」

 金山隊員の言葉に、えびらははっと顔を上げる。だが、彼は既に立ち上がっていて、持ち場へと足を進めていた。
 今は仕事だ、と少女は強引に涙を拭くと、狙撃銃の最終確認をしだした。

 そんな、レストランから数軒離れた建物だった。立てこもり事件が起きているビルが、大通りを挟んでよく見える。そこに、憲兵隊は作戦所を置いていた。
 その最上階。元々は会議室として使っているのだろう。それに見合う広さと設備もある。だが、今はそれだけでなく、武器に防弾盾、無線機など、一般の会議室にはないような物まで運び込まれていた。

「……すると、犯人からの接触は今のところ、要求を呑まなければ女性職員を殺す、ということだけですね?」

 その窓からは、地上の人ごみの様子がよく見える。憲兵隊員達は、なんとかして無関係な人たちが現場に近づくのを止めようとしているが、どうも一筋縄ではいかないようだ。
 本部から来た責任者西郷隆は、現場捜査官から現状についての説明を受けると、落ち着いた様子で窓から離れた席に腰掛けた。捜査官達はその責任者を見るなり、それぞれ顔を見合わせる。若すぎるのだ。
 その反応を見て、補佐を務める木島隊員は、強面に思わず笑みを浮かべた。

「しかし、その要求を言わずに切ったんですよ。まったく、交渉する気があるんですかね? 突入します?」

 現場捜査官は、面倒くさそうに白髪まじりの頭をかいた。そのまま、ちらりと現場ビルに目が行く。何の動きもない。思わず、その口からは溜息が漏れた。

「いえ、交渉可能です。むしろ、相手はちゃんと考えています。交渉担当官と話をしたほうが要求実現はしやすいですから」

 そう言いながら、隆は必要なパソコン作業を進めていく。
 現場捜査官はそんな様子を見ながら、まだ納得できていないようで、どこか不服そうな顔をしていた。若造に何が分かる、といった具合だろう。
 それを察したのか、作業中の隆に代わって、強面の木島隊員が、穏やかそうに微笑んで口を開いた。

「人質取って立てこもるのはな、犯人側としても相当追いつめられてるんだ。何が何でも要求を呑ませないといけない。また連絡は来るさ」

 優しげなその表情。どんな人間かと心配そうに目を泳がせていた現場捜査官達は、ほっとしたように表情を緩める。
 ちょうどそのタイミング。そこで、木島隊員は急に真剣な表情になり、その強面、特にまぶたから頬にかけての傷から、十分すぎるほどの迫力をあふれさせた。

「逆に、安易に突入なんていうのが、一番酷い。追いつめられている相手だ。そんくらい、分かって言ったんだろうなぁ、おい」
「え、あ、い……その」

 急にしどろもどろになる捜査官。助けを求めようにも、周りの現場捜査官達は全員見て見ぬ振りをし、パソコン作業なり、装備の点検なり、それぞれの作業に戻ってしまった。
 木島隊員はそれを見て一つため息をつく。それと一緒に「これだから護国会は」ともつぶやいた。

「うちのリーダーは、立てこもり事件の恐ろしさ、最悪の事態の悲惨さを、十分すぎるほど良く知っている。確かにまだ若いが、ま、協力してくれや」

 厳しい様子から雰囲気をがらりと変えて、顔の傷にしわをつけた満面の笑みで言葉を閉めた木島隊員。
 だが、先ほど感じた穏やかさは、あの迫力ある表情と話し方を知った後故か、微塵も感じられなかった。
 その時。強引に木島隊員が協力をつけた、その直後だった。部屋の電話が鳴り響く。けたたましく、それぞれの耳に突き刺さる。
 それこそが、まさしく戦場に鳴り渡るときの声であった。


 ※URLは1200記念のイラスト的な何かです。

Re: ゆめたがい物語 ( No.45 )
日時: 2012/12/01 00:45
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: Jk.jaDzR)

「もしもし」と、インカム付きヘッドフォンを装着し、その小型マイクに向かって慎重な様子で語りかける隆。
 時が止まったようだった。会議室中、不自然なほど静まり返って、全員が若い責任者に視線を向けている。

「さっきの人じゃないんだな」

 声が返ってきた。相手方からの言葉は全て、室内にある複数のスピーカーから、この場にいる全員の耳へと届けられる。
 会議室中に響いたのは、男の声だった。しゃがれていて、ボイスチェンジャー等を使っていなくとも、聞き取りにくい声質。しんとした室内で、それだけが大きく反響し、緊張感を増幅させる。

「今到着したところでね。僕は憲兵隊本部第二班所属の西郷隆だ。あなたのことは、何と呼べばいいかな?」

 張りつめた会議室の空気の中、隆は至って穏やかに、自己紹介をしつつ会話を続けようとした。
 この威圧感のない様子に、元からいた捜査官達は不満を覚えたようで、もの言いたげに眉をひそめ、机を何度か叩く。
 ただし、次の瞬間には、木島隊員が持ち前の強面で一睨みし、即座に抗議をやめさせたが。

「ヒラ」

 しゃがれた声が、ぶっきらぼうに返ってきた。素早くメモを取りながら、隆は微笑む。座ったまま、窓から見える立てこもり現場に、ちらりと目を向けた。

「そうか、ヒラさん。ところで、僕は今しがた来たばかりなんだけど、いったい何が起きたんだい?」
「分からないのか? 西郷さんよ。さあ、お前達には選択の余地などない。俺の指示通りに動け!」

 調子を変えずに会話を続ける隆に対し、電話の向こうにいる男は、横柄な態度で怒鳴ってくる。
 一触即発。会議室では、捜査官達がそれぞれ不安げに視線を交差させていた。
 ただし、二人。西郷隆と木島隊員だけは、表情を何一つとて変えなかった。

「じゃあ、指示をしてくれ。まず、僕は何をすれば良い?」

 隆は一度椅子から立ち上がり、屈伸をすると、再びパイプ椅子に座った。軋む音が、静まり返った会議室に、異常に大きく響き渡る。
 だが、そんなことは気にせずに、隆はペンをくるりと回した。

「金だ。二億円用意しろ」
「二億円か、よし、僕の権限で決定はできないが、上層部に掛け合ってみよう」

 立てこもり犯の要求に、あくまで真摯に答える隆。ふとその茶色の瞳は、口調の穏やかさとは裏腹に鋭く光り、そのまま木島隊員のほうへと向いた。
 目配せでの指示。木島隊員は一度こくりと頷くと、携帯電話を取り出してどこかへとつなげた。
 その間にも、隆と犯人との交渉は続いていく。

「二億円も普通のじゃないぞ、ハチロウ社の資産から捻出しろ」
「ハチロウ社の? 了解した、けれど、どうしてだい?」

 犯人の要求を呑みつつ、隆は疑問を挟んだ。情報収集。顔すらも分からない交渉において、少しでも手がかりになるものを集め、犯人像を作り上げていく。基本中の基本であった。
 相手の男は答えない。沈黙の中、隆は走り書きでメモを取っていく。見ると、ハチロウ社と金銭的トラブル、と書かれていた。

「次の指示だ、西郷さん」
「ちょっと待ってくれ、ヒラさん」

 男のしゃがれた声を、隆はこれまた変わらない落ち着いた調子で止めた。
 その横では、木島隊員が携帯電話をしまい、年若い上司に小さなメモを見せている。

「上との交渉が終わった。二億円をハチロウ社の資産から渡せる」
「ずいぶんと、早いものだな」

 隆の言葉に、男は電話腰でもそうと分かるほど、はっきりと鼻で笑った。要求を伝えてからものの数分。たしかに、早すぎる。疑ってくるのも当然であった。
 だが、事実なのだから、しょうがない。隆は、狙撃班が待機しているビルのほうへと目を向け、苦笑いを浮かべながら、頬のほくろをかいた。

「上司が、公務員にあるまじく、大胆かつ物分かりが良いからな」
「そりゃ、西郷さん、あんた、ついてるな」
「その分、苦労も多いけどな。では、ヒラさん、こちらとしても、ギブアンドテイクだ。こっちに一人、よこしてくれないか?」

 隆は、言葉を選んで慎重に言った。人質という言葉は、相手方を刺激する可能性があるから使わなかったが、要するに、解放してくれ、ということである。
 その途端、会議室中に大きな笑い声が響き渡る。スピーカーというスピーカーから、その甲高い声が、それぞれの耳だけでなく、体全体に突き刺さる。

「こちらとら、まだ要求はあんだよ、ハ、そこまで馬鹿じゃあるまい、西郷さん」
「僕たちだって、あなたと同じように、目的を持って動いているんだ。お互いの願いのために協力しよう」

 激しい挑発口調の犯人。それに屈することなく、隆はやはり口調を変えることなく、あくまで穏やかに交渉を続けた。
 会議室はこの会話を受けて、真夏にも関わらず、一気に冷え込む。
 表情を変えなかった木島隊員も、戦い続ける上司をしっかりと見て、腕組みをしながら「ここが正念場だ、きばってけ、隆坊」とつぶやいた。

「あんた立場分かってんのか? あんまり過ぎると女を殺すぞ!」
「そうしたら、あなたの要求も通らない。ヒラさんのためにもならないんじゃないかな?」

 隆の声は、自信に満ちていた。その目に電話のような穏やかさはなく、ただひたすらに、事件現場のビルを厳しい表情で見つめていた。
 その、隆の言葉。次の瞬間、またもや、男の笑い声が響いた。
 だが、今度は幾分か明るさがあり、それを聞いた百戦錬磨の木島隊員は、静かに微笑みを浮かべた。

「度胸あるな、西郷さん。何だ? その大胆な上司ゆずりって奴か」
「それもあるけれど、大半は、高校の恩師と、大学の同期譲りだな」

 もう一度、笑い声が聞こえた。次はさらに前向きな響きがあり、会議室全体の表情も、幾分か緩む。
 厳しい顔をしていた隆も、ペンを一度くるりと回すと、元の穏やかな表情になった。
 窓から差し込む光の白い線が、会議室の白い机を照らす。
 探していた悪夢を違える糸口に、隆は座ったまま手を伸ばした。

「ま、そちらに人がいなくなっても、僕たちは突撃しないし、ヒラさんとも話していける。どうだろうか?」 
「分かったよ、西郷さん、あんたに免じて、二億円と引き換えに、女は解放する」
「協力ありがとう、ヒラさん」

 隆は、回線をつないだまま、椅子から立ち上がって窓から下の通りのほうを見つめた。相変わらず、憲兵隊員達は交通整理、人除けに奔走しているようだ。
 そんな時、立てこもり事件の起きているハチロウ社から、髪の長い女性が走って出てきた。マスコミのフラッシュが一斉に焚かれる。その光の中で、走って、走って、近くの憲兵隊員に保護された。
 人質は無事のようだ。
 だが、立てこもり事件、それ自体はまだ解決していない。むしろ、ここからなのだ。
 そこまでを見ると、隆は光差す窓から離れ、再び席へと戻っていった。


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