ダーク・ファンタジー小説

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ゆめたがい物語 
日時: 2017/06/03 23:50
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: ZpTcs73J)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=10136

 お久しぶりの方はいらっしゃるのでしょうか。
 社会人になり、二年目になってやっと余裕が出始めました。
 物語の事はずっと頭から離れず、書きたい書きたいと思い続けてやっと手を出す事ができました。
 ほとんどの方が初めましてだと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。 

 描写を省きつつ、大切な事はしっかり書いて、一つの文章で、後々に繋がる描写がいくつできるか、精進していきたい今日のこの頃。

と言うわけで、構成ぐちゃぐちゃ、文章ボロボロ、誤字脱字がザックザク……と、まあ、相変わらずそんな感じですが、よろしくお願いします。

 二部開始
 芙蓉と三笠、兄妹水入らずの旅行。一方で動き出す福井中佐と西郷隆。そしてシベルからは修学旅行でボリスが訪れていて……

 ——春の夜の、儚い夢も、いつの日か、願いとなって、色を持つ。色は互いに、集まって、悪夢を違える、力となる。


 
 アドバイス、コメント等、大募集中です!

 お客様(ありがたや、ありがたや^^
 風猫さん
 春風来朝さん
 夕暮れ宿さん
 沙由さん
 梅雨前線さん
 ヒントさん
 彼岸さん
 夢羊さん

Re: ゆめたがい物語  ( No.102 )
日時: 2014/12/12 00:29
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: l5ZEbWsh)

 少女の意識がハッキリしてくるまで、そんなに時間はかからなかった。ものの十分か、そのくらいだっただろう。
 脱衣場にいたはずが、いつの間にか知らない大部屋の布団に寝かされていた。更に、辺りからは心配と好奇心の入り交じった視線が突き刺さる。起き上がった少女は軽い頭痛に顔をしかめながら、辺りを見渡した。
 全員、大和人とは肌の色も目の色も違う、あまり歳の変わらない子供たちだった。
 起き上がった少女の、背中を支えた少年がいた。黄緑色の短髪に、澄んだ碧眼。笑顔が気持ちよかった。
 そしてさらに、どこかで触れた事のあるような暖かさの手だった。知っている。そう、どういうわけか知っていた。
 大部屋の窓から、沈みかけたオレンジ色の夕日が、二人を照らす。
 静かに流れ出る涙を止める事はできなかった。笑顔の少年は、少女が突然泣き出したためだろう。笑顔は消え、おろおろと周りを見た。
 
「コ、コン、ニチハ」

 助け舟を出したのは、隣にいた少年だった。美しい銀髪に、おかしな浴衣の着方。
 少年はおずおずと、大和語を口にした。発音はひどいものだったが、言いたい事は伝わる。その上、まっすぐに自分を射抜く目は真剣そのもので、悪い人ではないと直感した。

「ワタシ、ノ、ナマエ、ハ、イリヤ=サカロフ、デス。アナタ、ネル、ソコ、ココ、ワタシタチ、ノ、ヘヤ」

 イリヤ、と名乗った少年は、懸命に知っている大和語を並べる。しかし少女には何を言おうとしているのか伝わらない。
 周りの少年たちもひそひそと相談をはじめる。こちらの話がうまく言っていないのを悟ったのだろう。
 銀髪の少年も、今にも泣き出しそうだった。
 そんな時、先ほどの黄緑色の髪の少年が、少女に携帯電話を突き出した。彼は、銀髪の少年以上に大和語が分からないらしい。ぽかんとする少女の耳に、無理矢理自分の携帯を押し付けた。

「こんにちは、風呂で倒れてたんだってな」

 男の、流暢な大和語が聞こえて来た。ネイティヴと比べても遜色ない。さらに、明るく爽やかな口調で、もう大丈夫だと、安心させる響きがあった。
 しかし、電話越しでも分かる。少女はこの声に聞き覚えがあった。
 電話の向こうの男は止まらずに続ける。

「周り誰も大和語しゃべれなくて大変だったろ。あ、俺はそこの黄緑色の髪の奴の兄貴で、イヴァン=ボルフスキーってんだ——」
「——イヴァンお兄ちゃん!」

 名乗った青年に、少女は大きく茶色の目を見開いた。知っている名前だった。入院していたときから、何かと面倒を見てくれた兄の親友。友達付き合いの苦手な兄と長い付き合いの、貴重な人間だった。

「何だ、誰かと思ったら芙蓉か! なら話は早い、三笠に連絡入れるからちょっと待ってろ、あ、弟に代わってくれ、部屋の番号聞くから」

 芙蓉はイヴァンに言われた通り携帯を、弟だ、という人に渡した。渡しながら、まじまじと見つめる。確かに、弟はイヴァンによく似ていた。先ほどの暖かさも兄と似ている、という事だからだろうか。
 ただし、こちらの方が幾分も真面目そうであった。


「……だから、全部解決したから部屋の番号教えろって」

 電話の向こうで、兄がイライラしたシベル語で言った。しかし、どこか芝居がかっている上に、いたずらっぽい。
 人をからかうときの兄は何かと面倒くさい。周りの級友たちは、電話の相手があの憧れのボルフスキー大意だと知ると、あれやらこれやら騒ぎだすが、ボリスはしかめっ面で黄緑の短髪をかき、言葉を返した。

「204、で、それがなんなのさ、話が見えないんだけど」

 言うや否や、兄は何故か大和語らしい言語を口にした。少なくとも自分とは話していない、という事は分かった。それが余計に気に入らない。
 いよいよ訳が分からず、やり場の無い気持ちをボリスは口から出した。

「兄さんのバカ!」
「俺がバカ? イヴァンのバカ? そう言う小説あるよなー。ま、見えなくていいから、どっちみち分かるから、たぶんすぐ保護者が飛んでくるよ、あー、楽しみ、俺こういうベタな展開結構好きだよ」

 ののしられてもなお、うきうきと、何よりも楽しそうな兄。満面の笑みが目の前に浮かぶようだった。
 そんな時だった。
 部屋の外。廊下の向こう。どこか遠くから走ってくる音が聞こえた。
 と思ったら、瞬きする間に部屋の障子が勢いよく開いた。

 何か大和語を叫んでいた。

 血相を変えて飛び込んで来たのは一人の少年。
 飛び込んで来て、布団の上の少女の肩を抱いた。
 と、同時に、ボリスを思いっきり突き飛ばした。
 少年は開いた口が閉じなくなる。電話の向こう、シベルでは兄が大声で笑っていた。
 その、パッツンと切った前髪。茶色の瞳。間違いなく。

「三笠さん!」

Re: ゆめたがい物語  ( No.103 )
日時: 2014/12/17 23:51
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: l5ZEbWsh)

 そのシベル語に、東郷三笠はやっと自分の突き飛ばした少年に目を向けた。目を向け、丸くする。しかしそれもつかの間、妹から離れたと思うと、素早くボリスの胸ぐらを掴んだ。柔道の組み手のように無駄の無い動きだった。

「芙蓉に何した?」
「い、いや、体調悪そうだったから寝かせてただけで……」

 今まで見た事の無いほどの冷たい三笠の茶色の瞳。あまりの剣幕に、ボリスはしどろもどろに答える事しかできない。周りのクラスメートたちは、壁の方へ潮が引いていくように消えていった。
 助け舟は無い。慣れない浴衣はぐちゃぐちゃに乱れていく。電話の向こうではまだ兄の笑い声が聞こえる。
 そんな中、間に入ったのは先ほどの少女だった。
 胸ぐらを掴む三笠の手を握って引き離そうとしながら、何事か必死で訴えていた。
 弁明をしてくれている。
 何を言っているかボリスには分からなかったが、きっとそう言う事なのだろう。証拠に、三笠の表情はどんどんいつもの抑揚の無い感じに戻っていった。

「……悪い、ボリス、妹が世話になったみたいだな」
「分かってもらえて良かった……て、妹?」

 頭を潔く下げる三笠に、ボリスは笑顔で返すと同時に素っ頓狂な声も上げた。
 間違いなく、彼は妹と言った。兄のイヴァンほどではないにしろ、それなりに長い付き合いである。しかし、妹がいるというのは、兄からも、また三笠からも聞いていなかった。

「ああ、妹の芙蓉だ」

 三笠はそう言うと、妹に何事か大和語で話しかけた。
 その間に、ボリスは少女をもう一度まじまじと見つめた。長い黒髪は浴衣の上を豊かに流れ、三笠とよく似た茶色の瞳は柔らかな光を宿している。
 しかし、筋肉質の三笠に比べて体つきは華奢で、どこか儚げな印象すら抱くほどだった。
 見つめていると、少女は突然こちらを見て、にっこりと微笑んだ。
 夕日が沈んでいく窓からは、月が見え始めている。

「すぱしーば、ボリス」

 拙い、簡単な、シベル語だった。三笠が今教えたのだろう。ありがとうと、少女はそう言った。
 しかし、言葉は全く大切ではなかった。
 その目、その表情、その仕草。それら全てが言葉無き言葉を物語り、自然とボリスも微笑んだ。

「パジャールスタ、フヨウ」

 はじめて口にする少女の名の響きは美しかった。
 大和人の名前には音だけではなく感じがある。今度、兄に聞いてみようと思った。その字もきっと美しい事だろう。
 兄妹が去ったあとの障子。その、墨で書かれた名も無き花を見ながら、ボリスはそんな事を思った。


「いやー、ボリス、こんなに早く、しかもこんな偶然に再会するとはな」

 イヴァンは誰もいない軍の診察椅子でつぶやいた。白衣の下から見える茶緑の軍服の胸には数々の勲章が輝く。
 椅子をくるりと一回転させて、微笑んだ。切れ長の碧眼が映しているのは、どこまでも無機質な白い壁。

「世の中、捨てたもんじゃないのかな」

 つぶやいたイヴァンは、整頓された机に視線を落とした。
 そして、表情は暗いものとなる。
 そこには分厚い資料の束があった。一番上には、大和と全面戦争になった場合の軍医の編成についてのレポート。その下には昨日の議会で可決された対大和に関する様々な今後の方針。
 着実に、時代は動いている。それを、一介の軍医大尉ではどうする事もできない。
 そしてその下。一番下の司令書をちらりと見て、イヴァンは資料の束を司令所ごと床に叩き付けた。
 白衣を脱ぎ、いくつかの勲章を床に卷いた。息は荒い。整った顔は歪み、今にも泣き出しそうだった。

「ボリス、俺は良いんだ、俺は良いから、お前だけでも、幸せになってくれよ」

 散乱した資料の上に膝をつき、イヴァンは疲れきった表情で倒れ込んだ。
 暖房の人工的な暖かさが体をすり抜けていく。
 入院中の父に、「幸せだ」と言った事。それは嘘ではなかった。本心からの、言葉だった。丈夫な体。これがどれだけありがたい事か、医者のイヴァンはよく理解している。
 それでも。

「幸せに、なりてぇなぁ」

 眠りに落ちる前に、青年はそうつぶやいたが、その言葉すらも、狭い診察室の中で靄のように消えていった。視界にはあの司令書がどこまでもつきまとい、薄れ行く意識の世界を無情に占領し、濁流の如く入って来ていた。

Re: ゆめたがい物語  ( No.104 )
日時: 2016/01/07 23:36
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: nWfEVdwx)

 お久しぶりです、紫というものです、ゆかりではなく、むらさきです。
 就活と卒論が無事終わり、やっと、やっとこさ、時間ができました。
 人生のモラトリアム期間、大学生活もあともう少しで終わってしまいますが、なんとか生きています。
 小説に触れるのは一年以上ぶりですが、また感覚を取り戻しつつ、頑張っていきたい今日のこの頃。



 温泉街の石畳を抜けたその先、山の中へと続く参道への入り口の手前、人と、人でないものの中間地点。提灯の静かな明かりだけが辺りを照らす。そこには小さなほこらが無数にあり、境界を黙って、また厳かに守っている。
 こういう光景は、特に外国人や世間知らずの少女にとって、これ以上ない好奇心の的らしい。
 黄緑色の髪の、浴衣姿の少年は、慣れない草履に何度か足を取られつつ、その一つ一つのほこらを熱心に覗き見ていた。その碧眼は、辺りに提灯の明かりだけしかなく、やや薄暗いにも関わらず、そうと分かるほどに輝いている。
 こんな不気味な場所がと、東郷三笠は息を一つはいた。浴衣姿で、しかし、草履に足を取られる事はなく、その様子をゆっくりと歩きながら見ている。その視線の先には、黄緑色の髪の少年ではなく、自分とよく似た風貌の少女。ツインテールを夜風に揺らし、隣の少年と言葉こそかわさないものの、身振り手振り、そして表情で会話をしていた。

 一時間ほど前である。
 妹が温泉で体調を悪くしたと知り、妹思いの三笠は、今晩は絶対に部屋から出ず、妹を寝かそうと心に決めていた。しかし、その志は妹自身の言葉によって簡単についえる。
 約束したと妹にせかされ、宿の二人部屋から無理矢理連れ出された三笠は、宿の玄関で一つため息をつき、草履を履いて外に出た。宿は温泉街の入り口近く。目の前には見事な石畳が広がり、その中央を、湯気立つ温泉が静かな音を立てて流れていた。
 その石畳、温泉にかかる小さな木製の橋を渡った向こう側。音と香りで客寄せをするたこ焼き屋の露店の前で、よく知る黄緑色の髪の少年が立ち往生していた。
 シベル軍所属の親友、イヴァン=ボルフスキーの弟、ボリス=ボルフスキーである。たこ焼きをじっと見つめて微動だにしない。
 いつか大和に来た時はたこを悪魔みたいだとして、拒絶反応を示したものであったが。

「おい、ボリス、何やってんだ?」

 突然の母国語に、ボリスはハっとして振り返った。そして、どんどん顔が輝いていく。三笠はシベル軍見習いのボリスにとって、憧れる軍人の一人なのだ。

「三笠さん! ……三笠さんの妹さん」

 振り返り、先ほど解放した少女も一緒だと知り、ボリスは少し目を泳がせた。耳が少し赤かった。

「芙蓉な、名前で呼んでやってくれ、こいつにはシベル語は通じない」
「あ、はい、すみません」

 少年はそう頭をかきながら言うと、ちらりと、芙蓉を見た。ツインテールに浴衣。結んだゴムには薄紅色の花がそれぞれについているのが、何よりも可愛らしい。

「たこ焼き食うのか? お前嫌いじゃなかったっけ?」
「異文化理解が修学旅行の目的ですから……」
「全てを受け入れるのは異文化理解じゃない、自分の文化をないがしろにする異文化理解は間違ってる」

 信じたことに対して、愚直に、一直線に進みやすい彼の危うさを、三笠はよく知っている。ボリスの挑戦を、三笠は冷静に諭した。そしてたこ焼き屋の店主にたこを抜いて作れないかと事情を説明し、少し待つと十個入りの入れ物を持ち、ボリスと妹に箸を手渡した。

「この四つがタコ入ってないからボリスの、残りはたこ入りだから俺と芙蓉な。歩きながら食べるなよ、危ないからな」
「ありがとうございます、三笠さん、お金……」
「いいよ、別に、イヴァンには返しきれない恩があるし、さっきは芙蓉が世話になったから、特別に、奢ってやる」

 奢ってやると、そう言った割には、若干諦めきれないような、複雑な表情をしていた。守銭奴国防軍人の名はだてではない。妹の治療費がいらなくなっても、シビアな金銭感覚が変わる事はなかった。

 たこ焼きを食べ終わると、結局そのまま三人で散歩を続けた。くねくねと山へと向かって続く石畳。休日という事もあり、浴衣姿の湯治客があちらこちらで、思い思いの時間を過ごしている。
 三笠は芙蓉とボリスの通訳になりながら、夜風に身を任せ、目的もなく歩き続けた。中心部から離れ、湯治客や露店、客寄せなどが混じったにぎやかな声は遠ざかっていく。しかし、三笠の隣では妹と親友の弟が、終始言葉は通じないにも関わらず、楽しそうに珍しいものを見つけては指を指したり微笑み合ったりしていて、にぎやかさが消える事はなかった。

Re: ゆめたがい物語  ( No.105 )
日時: 2017/06/04 00:11
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: ZpTcs73J)

 温泉街からはだいぶ離れてしまった。ちらりと、三笠は歩いて来た道を振り返る。温泉街の明るい町灯りは遠くに輝く。対してこちらは月明かりだけが照らす森への道。
 いや、もうその道すらなくなる。もし更に進むなら、先にあるのは獣道。深く暗い夜の森へと続いていく。三笠の横を一迅の風がすり抜けた。すり抜けたまま、春の夜風は深い森へと吸い込まれていった。

 そんな暗い森の前には木製の小さなほこらがあった。月明かりに照らされたその姿は、風雨に堪えた長い年月を感じさせる。
 シベル人のボリスには大和式のほこらが珍しかったようで、興味深そうに覗き込む——すると神聖なものと思ったのか、すぐに女神の彫られた玉を取り出して礼をはじめた。芙蓉もその様子を見て、手を合わせてほこらに敬意を払い、そのあとは今度はボリスの行動が珍しいようでじっと様子を見つめていた。

「そろそろ帰るぞ」

 三笠は大和語でそう言い、さらに同じ内容をシベル語でも繰り返した。ほこらに夢中の二人はそれぞれの言語で返事をして三笠の方へと駆け寄っていく。少女は最後に名残惜しげにほこらをちらりと見た。

「お兄ちゃん、あのほこらはどんな神様がいるの?」

 妹の問いに、三笠はしばらく歩きながら星の瞬く空を見上げた。大小輝く星々を見つめ、そのまま口を開いた。

「山を守る番人で、かつ山と下界の橋渡し役ってとこかな」
「じゃあ、ボリスが持ってる玉の女の人も山の神様なの?」

 妹の言葉に、三笠は少し驚いたように星から目を外し、少し離れてしまったほこらを一瞥する。月はちょうど黒い雲の中。暗闇の中で、そこに何があるのか、三笠にはよく見えない。

「ボリスのとおんなじ女の人の像があの中にあったんだよ」

 無邪気な言葉に、三笠は妹のやや後ろを歩く少年を見た。少年、ボリス=ボルフスキーの持っている玉とは、シベルの国教、ムイ教の祈りに使うもので、信者は肌身離さず持っている。
 ——ボリスの先ほどの礼はその女神に対して捧げられたものだったようだ。
 しかし、そこに描かれている女神が、大和の温泉街の端であるこのほこらにいたという事は、果たしてどういう事だろうか。

「ごめんな芙蓉、宗教は詳しくないんだ。今度調べてみるよ」

 三笠は口惜しそうに、しかし素直に言った。敬虔なムイ教徒のボリスに聞けば早かったのだろうが、彼に聞く事は心の何かが邪魔をしてできなかった。
 ほこらを離れながら、三笠はもう一度そちらを見た。暗闇の中に沈み、既にほこらは、その形すら見えない。
 三笠はそちらから目をそらし、まだ明るい温泉街の方へ目を向ける。妹と親友の弟が、言葉も通じないのに先へ先へと二人楽しそうに歩いていった。


 ——その、闇に閉ざされたほこら。月を覆っていた雲が晴れ、再び微かな光に照らされる。
 人影があった。影の回りでは数羽の鳥と犬のような獣が控えている。
 風が森へ吸い込まれていく。木々のざわめきが静かな辺りに広がった。
 人影が動く。回りの動物たちはよく統率された動きでついていく。
 再び月は雲に隠れ、影は完全に闇へと消えていった。

Re: ゆめたがい物語  ( No.106 )
日時: 2017/06/04 22:41
名前: Libra (ID: .x5yvDPk)

初めまして、Libraと申します。先ほど初めてこちらのサイトに小説を投稿しました。(数年前に書いた下手な物ですが…)それは紫さんが書かれたこの小説を読んで決めたことです。一方的にですがきっかけをいただいたことをお礼しに参りました。
紫さんの書くような文体が大好きです。
応援しています。

ありがとうございました。


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