ダーク・ファンタジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

engrave
日時: 2012/12/15 22:19
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)

  ▼△どの世界にも、ルールはある。△▼


はじめまして、揶揄菟唖(やゆうあ)と申します。
こちらの板は初めてドキドキです。どうかお手柔らかにお願いします。


+注意+
・素人です。上手くないデス。期待しないでください。
・誤字・感想・アドバイス、ずばずばお願いします。
・いつ更新が止まるかわかりません。いつだって私の小説は行き当たりばったりです。
・暴力、お子様には少しつらい表現があったりします。お気をつけて。

少しでも楽しんでいただけたなら、幸いです。


+目次+
>>1 ?>>2
1>>3 2>>4 3>>5 4>>6 5>>7 6>>8 7>>9 8>>10 9>>11 10>>12 11>>15 12>>16 13>>17 14>>18 15>>19 16>>20


▼start+12.01
▽reference
 100+12.05

Re: engrave ( No.16 )
日時: 2012/12/10 16:06
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)


+12+


「光さん、あんたと話してるとやっぱり疲れるわ」

丸まる背筋を直さないまま呟くと、光が不機嫌そうに腕を組むのが視界の端で見えた。
ポケットの中を触りながら、ナイフが落ちていないことを確認する。いまさらバイクの鍵を抜いて、ポケットに突っ込む。携帯を取り出してマナーモードに手早く設定した。

「なぁに言ってんのよ。一鷹君と直里君の自宅兼事務所の家賃、払わなくてもいいのよぉ?」

人差し指を高城の前でぐるぐると回して腰に手を当てる光は、やはり年齢よりも若く見える。
ファーの付いた手袋に包まれた手を掴んで、顔の前からどかしてから高城はため息を吐く。

高城と黛の住んでいるビルの家賃は、光が払っていた。光は俗に言うお金持ちで、高城と黛を上回る給料をもらっている。
その詳細を詳しくは知らないが、そのことを持ち出されると困る高城は仕方がなしに光の話を聞くことにした。

「……で? どこ?」

「ここから三つ目のところ。よろしくね、高城 直里君!」

言ってから、光は自分の口を手で塞いだ。ここに人が居ることを知られては困るからだ。
そのあとに、軽くウィンクを見せてから高城の背中を叩いた。
そして、進みだす高城の耳に唇を寄せる。

「死んだら一鷹君呼ぶから、安心して死んでね?」

人の体温をしている吐息は温かいはずなのに、その言葉はひどく冷たいような気がした。
高城は光を突き飛ばすようにして歩き出す。
ポケットからナイフを抜いて、軽く振る。
後ろに居る光を振り返ることは無かった。

高城は何度か短く息を吐く。三つ目の倉庫の扉に背中をつけて、様子を覗った。
中から話声が聞こえるが、何を話しているのかまでは聞き取れない。
息を整えたところで、また同じフワフワとした感覚が、頭の中を廻る。
金属の扉に背中を預けていたので冷たくてたまらない。音をたてないように離してから、頭の違和感がなくなるのを待つ。
いつまで経ってもなくならない。
その頭の違和感に嫌気がさして、高城は倉庫の中に身を滑らせた。
ナイフを構えて、月明かりがさび落ちた屋根から差し込む倉庫の中を見渡した。
中に居た十数人の男が、突如として飛び込んできた高城に目を丸くする。

「んだ、餓鬼」

近寄ってきた男は、片手に持った銃をひらひらと見せびらかしながら高城の胸ぐらを掴んだ。高城は呆れてその男の髭の辺りを見る。
銃をゴリゴリと高城の斜めに切られた前髪に押し付けて凄むが、高城は動じない。
そんな高城がつまらないのか、男は高城を突き飛ばした。

そして、ナイフが躍る。

首のあたりから噴出した血液を浴びながら、高城は男の股間を蹴り上げた。
蹲る男の首をもう一度ナイフで切り裂き、顔を上げる。
硬直した男たちが、ようやく銃口を高城に向けた。

「俺、餓鬼じゃないから。あんまりイライラさせないでくれる?」

Re: engrave ( No.17 )
日時: 2012/12/10 17:48
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)



+13+


「劣等感に敏感だねぇ」

白い息を吐きながら、倉庫に近づいて行く。ドアに耳をつけて、中の様子を覗った。何も聞こえない。先ほどまで銃性や罵声が響いていたが。
いやな予感を感じて、光はスマートフォンを取り出した。連絡帳からある名前を引き出して、それに掛ける。
そもそも、一人でいかせたのが間違いだったのだ。
苛立ちながらも、二回のコール音の末出た相手に声を掛ける。

光は相当焦っていた。
ああは言ったものの、やはり知り合いに死なれるのは良くない。精神的にも、肉体的にも。
高城 直里と黛 一鷹は二人で一つ。そう考えていれば、こんなことにはならなかったのに。

「あー、一鷹君。あのね、貴方の片割れが大変なことになっているかもしれないの」

少し声のトーンを高くしながら喋る。
光は黛の方が好きだった。あのだらけきったスーツの着こなしも、ぼさぼさの黒髪も、光の母性本能を刺激する。
お互いにお互いをライバル意識しているせいで、時々こうやって別行動をとる高城と黛だが、そうしない方がいい。圧倒的に。
しかし、そうしない。
だからバカで、放っては置けない。光にとっては結局、高城も黛も切り捨てられない人間だった。

スマートフォンをポケットに入れる。すぐに黛は来るだろう。

二人がしている事は、神の領域を守っていることだ。
アグロピアスPF。神の領域を脅かす物質。それで生み出された人間を排除する、無神論者。
神の領域を守る無神論者の二人は、どうにも仲が悪いらしい。もっと協力をすれば良い物を。

光はそっと溜息をついた。
中から銃声が聞こえてくる。事態は思っている以上に深刻らしい。
そして、笑い声。

「やっぱり一人じゃだめじゃーん?」

額にジワリと滲んだ汗を手の甲で拭い、コートで隠していたホルスターから拳銃を引き抜く。
仕事の立場上、光が飛び出していくのは極力控えたい。だが、自分が飛び出さなければ高城がどうなるかわかったものじゃ無い。
光は迷っていた。行くべきか、行かないべきか。高城を助けたら、高城がいらない罪悪感を感じるだろう。
アイツはそういう男だ。

「どうする、幹 光っ」


 + + + + 


ナイフを蹴り上げられて、顔を床に叩きつけられる。鼻から赤い液体が伝って、コンクリートの上に落ちた。届かない位置にナイフを投げられたため、もう反撃はできない。
ナイフ一本で、男十数人の相手は無理だった。
高城は自分の血を舐めないように口を結んだまま、自分の髪を掴んで馬乗りになっている男を睨む。そうすると、また叩きつけられた。
頭蓋骨が割れるような衝撃と、脳みそが揺さぶられるような感覚で目頭がツンと痛くなる。

「おい、餓鬼。誰の差し金でこんなところに居んダァ? おら、言えよっ」

今度は眉間に銃口を突き付けられる。
額が割れたのか、徐々にコンクリートに落ちる血液の量が増えていく。意識を失いそうになるが、上の男がそうはさせてくれない。

高城は口を開かなかった。
開いて、自分をここに案内した光の名前を言えば、光に迷惑がかかる。
光は自分たちを世話してくれる大切な人だ。少々ムカついくし、変人ではあるが、高城は光に迷惑を掛けたくはなかった。絶対に。

相変わらず銃に怯まなければ、口を割る様子も見せない高城に、男たちが舌打ちをした。
そして、銃口を左肩に向ける。

「弱いくせに俺たちの邪魔しやがって、よっ」

「……ぐっ……」

一発。
乾いた銃声が響き、銃口から煙が上がる。
空薬夾が落ちる冷たい音がして、高城は歯を食いしばった。

ジワリと肩が熱を持つ。痛みで腕は動きそうにない。額と鼻から落ちつ血液は止まることを知らない。脂汗が全身から噴き出して、思わず荒い息を口から吐き出す。
そんな高城を、男たちが面白そうに笑った。
馬乗りをしている男は周りに突っ立って様子を見学していた仲間を振り返る。

「おい、この中で男でもイケる奴居るかぁ?」

「なっ!」

突然の言葉に、それまで動じなかった高城もさすがに身をよじる。驚愕に目を見開く高城を、男たちが楽しそうに見つめる。
高城は胸から込上げる何かを必死に呑み込んだ。

「よくよく見れば、なかなかいい顔してんじゃん。こんなふざけたことしたんだ。ただじゃ済まさねぇ」

痛みに震える左腕を無理やり動かして身を起こそうとするが、男にとってはそんな抵抗は痛くも痒くもない。
せせら笑いながら、男はズボンのベルトに手を掛けた。

「ちょっ、落ち着け」

「落ち着いてんよ、ばぁか」

男は舌を出しながら珍しく焦る高城を見下ろす。周りの奴も、とんでもないという顔をしている奴と、同じくベルトに手をかけている奴がいる。
高城は迷った。光の名前を言うか、言わないか。光か、自分か。

————言えるわけない。

高城は諦めて目を閉じた。

「高城ぉーなにへばってんだよ、みっともねぇ」

Re: engrave ( No.18 )
日時: 2012/12/12 20:08
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)



+14+


その電話がかかってきたのは黛が朝内 真幸のコーヒーカップに二杯目を注いだ時だった。
黛は朝内 真幸にカップを渡してから、本棚の三段目に置いてある電話の受話器を取った。黛が電話の対応をしているのを、朝内真幸はじっと見ていた。

「……分かった」

受話器をおいた黛は深くため息を履いて、机の上のネクタイを取って自分で締めた。だけどそれはまだゆるゆるでだらしがない。
部屋の隅のタンスからホルスターと弾丸、拳銃を取り出すと腰のあたりに手早くつける。
朝内 真幸はコーヒーカップを置いて立ち上がった。

「黛さん……?」

恐る恐る声を掛ける。もう機嫌は治ったと思っていたのに、またイライラして居る。
機嫌が安定しない黛に近寄ると、黛は拳銃をホルスターから抜いたり入れたりを何回か繰り返して、朝内 真幸を振り返る。

「悪い。アイツが失敗したらしい。ちょっと待っててくれないか」

「嫌です」

ハッキリとした朝内真幸の声に、黛が拳銃を落としかけて危ういところでキャッチする。眉間に皺が集まって、朝内 真幸の視線に腰を折って合わせる。
朝内 真幸はそのこげ茶色の黛の瞳を逸らさずに見つめた。目を逸らさない朝内 真幸に、黛は歯ぎしりをしてみせる。
脅したつもりだったが、朝内 真幸は動じない。

「なぁぁぁんでかなぁ?」

朝内 真幸の瞳は、揺れない。そんな瞳を見ていると、黛はなぜか変な気分になった。
もっと弱虫な女かと思っていた。最初合った時は泣いたし、PFの話を聞いた後も混乱して泣いた。
そんな朝内 真幸が自分の言うことを聞かないことが、信じられなかった。女とはこんなに面倒な物だったかと思い出そうとするが、身近な女と言えば光しかいない。光では女を図る定規にもなりはしない。
黛は朝内 真幸と普通を比べることを諦めた。
黛はもう一度ホルスターから拳銃を抜く。銃弾の数を確認してからしまう。

「まだ私、高城さんと黛さんのことを全然知らないんです。だから知りたいんです。知らない状態じゃあ、一緒になんかいられません」

きっぱりと言い切る朝内 真幸の前髪を掴んで、掻き上げる。ぐしゃぐしゃになった髪に構う様子も見せない朝内 真幸。黛は全体的に朝内 真幸の髪をぐしゃぐしゃにしてから、背筋を伸ばす。
自分の首筋を撫でてからため息を吐いた。

女子高校生を連れていくなんて有り得ない。いっそのこと、コーヒーに睡眠薬を入れたほうが良かっただろうか。そんなことまで気が回らない自分の脳みそが嫌になる。
朝内 真幸に信じられないことは、黛にとって最悪の事態だ。自分と一緒に居られないなんて言われては、仕事ができない。
痛いところを突かれて、究極の選択を迫られる。
時間は無い。早く行かないと、自分の片割れがどうなるかわからないのだから。

黛は、朝内 真幸に背を向けて歩き出した。玄関で自分のプレーン・トゥに足を突っ込んでドアノブに手を掛ける。

「……怪我は、させないから」

後ろを振り返ると、顔を輝かせた朝内 真幸が駆け寄ってきた。
気の利かない黛は、その笑顔が不安からくるものだとは知らずに、光と高城のもとへと足を運び始めた。

Re: engrave ( No.19 )
日時: 2012/12/14 18:00
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)



+15+


弾倉を入れて、ダブルアクション。
反動で右手が跳ね上がり、空薬莢が吐き出された。弾は高城に馬乗りになっていた男の背骨辺りをとらえた。鮮血が噴出して、馬乗り男はぽかんと口を開けた。
直後に自分を襲う痛みに眩暈を感じ、思わず高城から離れる。

「まゆ、ずみ……」

「黙ってな」

体を起こしかける高城を言葉で制して、愛用の自動式拳銃をシングルアクションで発砲。拳銃を構える、高城を取り囲んでいた男の脳天を貫いた。

「野郎っ……」

汚い唾を吐き出しながら引き金を引こうとする男を、高城は躊躇いも無く撃った。次々と発砲し、時々右へ左へと身を泳がせて敵からの銃撃を避けた。
黛はどんどんと男を倒して、高城に近づいていく。足元にあったナイフを拾い上げて、後ろに回り込んでいた男の喉元に深く突き立てて、右手を見ずに撃つ。隙を狙って居た男の顔面を破壊する。
鮮やかな手さばきで次々と敵を倒して、あっという間に立っている者は黛しかいなくなった。

高城は素早く立ち上がって、血の匂いに鼻を鳴らす。
高城は、自分の側で口を開けている馬乗り男に今度は馬乗りになってやった。ジャージで鼻血を拭いながら、馬乗り男の血が溢れる尻あたりの傷口に指を埋め込む。

「っっうがっぁ!」

後ろからやって来た黛は、返り血が付いたシャツに気を配りながら高城の手に自分の拳銃を握らせた。高城はそれを構えて、馬乗り男の顔のすぐ側で発砲した。耳元だったから、馬乗り男の耳は今痛いほど音が響いて居るだろう。まだ煙を上げている銃口を馬乗り男の首に押し付ける。
熱を持っている銃口で、馬乗り男の首に跡が付いた。

「死にたくなかったら、喋って。ここでなにをしていたのか」

黛のおかげで形勢逆転を果たした高城は、傷口の指を増やす。
生暖かい液体が指を伝っていく。ぬちゃりとした柔らかい人の中身。

高城のその様子を黛はもう見ていなかった。息を整えながら、自分が出した空薬莢を拾い集めつつ、周りを見渡す。
寂れた港の倉庫。何もない。ゴミやほこりがあるものの、想像していたものは無い。
光の勘違いだろうか。
息の根がまだある男を探して、扉の外に黛が出ていく。

高城はそれに気が付いたが、何も言わなかった。
自分を助けたことが信じられない。自分を助けに来たのが信じられない。
悔しいのか、知らず知らずのうちに、傷口の中の指を三本にしていた。
馬乗り男は叫び声を上げるが、肝心なことを喋らない。

「言えよ!!」

痺れを切らした高城が声を上げると、馬乗り男は荒い息を吐きながらもにやりと笑った。
高城をバカにしているようにも見えるその笑みを浮かべながら、一瞬で男は胸元から拳銃を取り出し、口に咥えて。

「っおいっ!!」

引き金を引いた。
脳を貫き、男が絶命する。

その様子を、高城は拳銃を持ったまま眺めていた。
力なく眺めていた。
立ち上がる気にもならなかった。
自分を助けた黛に顔を向けたくなかった。

Re: engrave ( No.20 )
日時: 2012/12/16 10:07
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
参照: http://霜鳥 千冬=しもとり  ちふゆ


+16+


拳銃の弾が、人の命を散らす。その破裂するような音で重くなっていた瞼を無理やりに押し上げた。もう終わったと思っていたのにまだ誰かが残っていたらしく、その最後の人が今処分されたらしい。
それを感じ取って、腕に力を込める。冷たい袋の感触だけが肌を刺激していた。
だが、風の音だけが聞こえていた静寂が破られた。

『……おいっ! 生きているかっ!?』

耳を覆うヘッドセットの奥から掠れた男の声が響く。
再びずり落ちてくる瞼に力を込めつつ、さび落ちた屋根の隙間から下を見下ろした。

「はぁーい、生きてまぁす。千冬以外は死んでまぁす」

下から漂ってくる血の匂いに鼻を摘まむ。
下には呆然としている緑のジャージの男がいる。さっきまで戦っていたスーツの男はもういない。ジャージ男一人では倒せなかったのだろうけど、スーツ男が加勢したせいで一気に男たちは倒されてしまった。
自分に気が付いていないことを利用して、その場から最も守らなければならないものを回収した霜鳥 千冬はいまだ覚醒しない頭で会話を続ける。

『生きているならしっかりと反応しろっ!! ブツは大丈夫だろうな!』

やけに興奮しているのか、相手はしきりに声を張り上げる。自分の口元のマイクを少しだけ遠ざけるように調整してから、手の中の白い袋の中身を確認する。重さは変わっていないし、自分はここから動いていないので変わっているはずもない。
その袋の中には、ちゃんとブツが入っていた。

もうあと少しで夜が明けるだろう。気温は下がるばかりだ。白い息を吐き出す。眼下の倉庫で動きは無い。視線を外した。
トタンの屋根に尻を付けて、完全にリラックスできる姿勢になった。さらなる眠気が襲ってくるが、耐える。だが、男の大きな声で眠ることはできなさそうだ。

「大丈夫だよ。千冬も大丈夫」

『敬語で話せと言っているだろうがっ! 私をバカにしているのか!?』

「あ、ごめん、なさい」

いつもの調子で動いてしまう口を覆うと、ヘッドセットの奥でため息が聞こえた。呆れられても困ると千冬は唇を尖らせる。

空を見上げる。
星が霞んで見える。綺麗だとは思わない。
音をたてないように立ち上がる。見つかってしまってはいけない。騒動を大きくしないようにしろと、この男から言われている。
ここを早く離れたかった。何より眠いし、寒い。

『まぁいい。それよりブツを早く持って来い。そのためにお前は居るんだからな』

「【お前】じゃない。千冬は千冬だ」

自分を示す言葉に大げさな反応をする。冷たくて、重い声を出す。すると、男は怯んだように声を詰まらせた。
怒りで止まった足を動かし始める。

ジャージ男とスーツ男に妨害されたために、計画はぐだぐだになってしまった。
千冬には関係のないことだが、自分の依頼主の問題を真剣に考えないことは良くないことだと知っていた。
だからこそ、依頼主と自分の立場を理解しているからこそ、その境界線は決して上下にはずれていないと言うことを意識している。

千冬は眠気を振り払うように自分の髪を撫でた。
生まれてから一度も染めていないが、その髪は普通の人間よりも茶色く細い。

『……千冬、働きを期待しているぞ』

千冬は自分の名前に無意識に自分を示す言葉。
千冬は自分の事は嫌いだが、自分の名前は好きだった。

オーバーオールから伸びるストッキングに包まれた両足でステップを踏む。そして、思い瞼を閉じながらにやりと笑う。ヘッドセットの向こうの男には見えていない。
それでも笑わずにはいられなかった。

「はぁい。千冬は負けないです。なんてったって最強のレプリカですから」


Page:1 2 3 4



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。