ダーク・ファンタジー小説
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- 昨日の消しゴム
- 日時: 2013/10/19 00:49
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: hzhul6b3)
「———— かかる異様の者、人に見ゆべきにあらず。」
遥か記憶の彼方。
あの時、はじめて人を好きになった。
初めて彼女に逢った日は、とても風の優しい日で。
ただただ、やわらかな陽ざしが澄んだ空からふりそそいでいたと思う。
そんな記憶も、今となっては他人のもののよう。
幸せだった遠い日々は、思い出すたびに薄れていくばかり。
いっそのことなら、はじめから出会わなければ良かったのだろう。
今はただ、何も感じぬ孤独の中で、
人外と成り果て、血の匂いを求めて彷徨うだけ。
……今は昔、忘却の物語。
◆壱、ソノ者、人ニ非ズ。◆
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>>23 >>24 >>25 >>26
◆弐、蛇愛ヅル姫君◆
>>29 >>32 >>35 >>36 >>37 >>40
>>41-43 >>45-47 >>50-56
◆参、鬼ノ記憶◆
>>57-
- Re: 昨日の消しゴム ( No.56 )
- 日時: 2013/10/14 01:22
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: hzhul6b3)
「……」
土我は無言で鬼を睨むだけだ。
「……駄目かな」
鬼が、呆れたようにため息をついた。
「まぁいい。気が向いたらいつでも来い。俺は気長に待っている」
そうして鬼は、土我に背中を向けて、吹雪の中へと姿を消した。
◇◇
それから、数日の間、土我はそこから動かなかった。
冷たい雪の上、唇が血で紅に染まった由雅を抱きしめたまま、自分自身も横たわったままでいた。
このまま、餓死してしまおうと思った。
こんな綺麗な雪の上、彼女と死ねるなら、それでもいいかと思った。だって、ほかにこんな世界に望みも希望も持っちゃいないから。
そして数日後、土我は息を引き取った。
人間として、土我は死んでしまった。
◇◇
それから数年が経った。今は、春。
すっかり二人の遺骸は風化して、白い骨も草花の栄養になっていた。
いや、土我の骨だけは、由雅のものとは違って、植物たちも忌み嫌ってその周りには草一本も生えていなかった。
カラン、カラン
そこにふと、高下駄の音が鳴り響く。
「おい、鬼子。いつまでそこでそうしている。飽きない奴だな」
ふいに現れた赤面の鬼が、足元に散らばる白骨に向かってそう言った。
けれど土我は答えない。黙って、じっと、そこで相変わらず寝そべっていた。由雅の栄養を吸って花開いた、色とりどりの花々を、その空洞となった眼窩で見つめながら。
◇◇
ついに数百年が経った。
すっかり由雅は跡形も無く消え去ってしまった。すっかり自然へと還元されてしまったのだ。
けれども土我の白骨はそのままだ。
今は秋。
また、赤面の鬼がカランカラン、と下駄の音を響かせてやって来た。
しかし今度は土我は黙っていはいなかった。
彼は非常に腹が減っていたのだ。白骨となっても、どうしてか腹は減った。
数百年ぶりに訪れた、“食糧”を見逃すはずが無かった。
「おうい、鬼子や、まだ意地を張っているのか、……っとおおっと!!」
赤面の鬼の足元にあった骸骨は、その白い歯を剥き出しにして、瞬間的な速さで鬼の喉元に食らいついた。
鬼が抵抗する間もなく、白い骸骨は鬼の黒い血液に塗れてゆく。すると不思議なことに、鬼の黒い血液を浴びた白骨は、まるで時間が遡って行くようにその周りに肉ができ、皮膚ができ、そして寄り集まって完全に元通りに人の形になった。
完全に人の形になった土我は、それでも鬼の血を吸うのを止めなかった。考えるより先に、体が勝手に鬼の血を求めて、舌が、歯が、激しく動く。恍惚とした表情で、まるでなにかに憑かれているようにように、土我は鬼の身体を貪った。
そして結局は、鬼をまるまるぜんぶ、食べつくしてしまった。
「……ごちそうさまでした」
久しぶりにとった食事は最高だった。
数百年ぶりなのだ。最高以外の何物でもない。
口の周りに付いた血も、全部綺麗に舐め取った。
—— こうして鬼子の僕は、本当に鬼になってしまったのでした。
- Re: 昨日の消しゴム ( No.57 )
- 日時: 2013/10/19 00:48
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: hzhul6b3)
◇◇
僕はソファからはみ出している彼女の細い足を眺めながら、長い物語を語り終えた。
「これで終わり。ちゃんちゃん。どう?もう眠いでしょ。というかもう寝たかな、うるさくないところをみると」
「ね・て・な・い!!」
ギーゼラが負けん気で大声を出した。
「第一、何がちゃんちゃん、よ。全然始まったばかりじゃないの。これじゃあ、あなたが復活してから私に会うこの日までの数百年間の出来事が全然わからないじゃないの」
「え……、それ全部喋らなきゃ駄目なの? すごく長いけど」
「駄目ったら駄目!」
「めんどくさいなぁ……」
「じゃあ、面白いところと泣けるところだけ切り抜いて喋って。それで我慢してあげるわ」
「ちょっと、」由雅でもこんなにワガママじゃなかったぞ、と僕はこの魔女が恐ろしくなってきた。「ギーゼラったら、僕の事ただの面白いラジオかなんかだと思ってるでしょ」
「悪くて?」
ギーゼラがははん、と鼻を鳴らした。「いいじゃないの、どうせあなた寝ないんでしょ。前、フランクが怖がってたわよ、あいつ夜中ずっと窓の外見て起きてんだぜ、って」
「……バレてたか」
「フランクにはあなたの正体ばらしてないの?なんだっけ、あなた妖精なんだっけ? “フェアリー・ドガ”、とかどうよ、おしゃれじゃない?」
「違います僕は妖精じゃありません、鬼です。お願いだからそんな恥ずかしい二つ名つけないでください」
「あー、もう何でもいいから思い出せること喋って、早く。今晩は私も寝ないって決めたわ」
「もー、わがままなんだから……」
でも、不思議と悪い気はしない。
たぶんギーゼラは魔女だから、僕に腹を立たせない魔法でもかけているんじゃないだろうか、ってここまで来ると半分本気で思い始めた。
そして僕は、もう一度つまらない物語を再開することにした。
相変わらず、ギーゼラの綺麗な白い足は、ソファの端からはみ出したままだった。
- Re: 昨日の消しゴム ( No.58 )
- 日時: 2013/10/19 01:24
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: hzhul6b3)
◆◆
「……ごちそうさまでした」
ああ、空が眩しいな。
久々に仰いだ空は、秋風に冷たくなっていて、青く澄んでいた。
鬼の遺骸に汚れたことなど素知らぬふうに、風は、僕を撫でていく。
あれから何百年経ったのだろう。いくつもいくつも季節が過ぎ去ったが、やはり空の色は変わらなかった。
今は秋。
はらはらと、色とりどりの、木の葉が舞い踊る。
冬支度をはじめた小鳥たちの声が、懐かしかった。
ああそうだ。由雅にはじめて会ったのも、たしかこんな秋空の下だったっけ。
あの日は、やけに穏やかな日だった。今日みたいに。
もうじき、冬がやって来る。
きみがいなくなった、ふゆがくる。
またひとりぼっちの、冬がくる。
————————————————————————————————————————————————
二百年後。
「おい獄卒! 聞いてんのか、え?」
太った大男が、大声で灰色の髪をした若い獄卒をどなりつけた。
今は夕暮れ。もうじきに、夜がやってくる。
「……はい」
獄卒は、いつもどおりに穏やかに応える。その不思議な色をした瞳は、どこか人離れしていた。
二百年後。今は戦国の世。
僕は、土我と呼ばれることも無くなって、名も無き獄卒の一人となっていた。
由雅と過ごした都にいつまでも一人で居るのが耐えられなくなって、ここ東国へ身一つでやってきてはや数年。成り行きで、今は獄卒の職に就いている。同僚たちは、みな被差別民の若い男たちで、僕を含め農民たちから、官吏たちから、ひどく蔑まれていた。
……こんなことも、慣れたことだ。
ここに居る同胞たちは皆、生まれたその時から石を投げられ続けた者たちだ。そう、まるで鬼子だった僕と同じように。だから僕には分かる。彼らがいくら野蛮でも、無学でも、それは仕方のない事なのだ。なぜなら彼らは、自分から自分が人であることを放棄してしまっているのだから。いや、そうせざる負えなかったのだ。だって、人であるのに差別されているという事実のほうが、よほど辛いから。
そう、だから自分から自分を人外だとみなして、ひどい蔑みも当たり前のことだと開き直った方が楽なのだ。俺は人では無いのだから、と。
「おい、今晩はお前の番だぞ」
背の高い痩せた獄卒の一人が、その節だった拳でこづいてきた。僕は無言で頷いてから、監獄の中へと向かう。
荒々しく削られた竹柵を通り抜けて、鎖や縄に繋がれた囚人たちの様子を見まわった。
すっかり元気が無くなっている者、
目を剥き、声の限りに叫んで暴れまわっている者、
訳の分からない戯言を言っては、ひとり笑っている者
監獄の中は、まさに狂気だった。
みながみな、もう、ヒトでは無い。
その薄汚れた中を、僕はこれということなく進む。もうもうと立ち込める土埃が、汗と汚物のすえた臭いと入り混じって、この狂気じみた場所を一層際立たせていた。囚人の怒声が、まるで遠吠えのように空を切る。
その一角、一番隅に、僕が会いに来た囚人たちはいた。
他の囚人とはちがう、どこか高貴な雰囲気と、清潔な衣服。
それはまだ幼い顔立ちの、兄と弟。兄が五才で、弟の方が三才だと聞いた。
たった数日前に、この子たちの父親は戦に負けて、首を取られたらしい。その首は、今は人々の前で敵武将の鬼首として、見世物のように晒されている。
そしてこの子たちも、明日の朝に、ここで殺されてしまう。
数日前まで前途有望の若様だった幼いこの子たちは、明日には敗戦の武将の子として、その小さな首を跳ねられてしまうのだ。
皮肉なことだ。人の世とはひどく移ろいやすい。
僕は、まるで隠居した世捨て人のような感慨でその子たちを眺めた。
すると兄のほうの子が恐る恐る僕を見上げて、口を開く。
「なにか、御用でしょうか」
幼いけれど、凛とした気品のある声だった。
良く出来た子だ。こんな子が明日には殺されてしまうのか。
僕はできるだけ優しく笑ってみせて、それからできるだけ優しい声で兄弟に囁いた。
「いいものを見せてあげる。僕のあとをそっと付いておいで」
兄は少し驚いた顔をして、小さな瞳を大きく開いてから、弟の腕を引いて僕についてきた。
監獄の外へ出ると、日はすっかり沈んでいて、薄く紺色がおおいはじめた夜空には、小さな星々が、少しずつきらきらと輝き始めていた。
それから僕は兄弟の方を振り向いて、唇に人差し指を立てて、しーっと言って見せた。兄弟が揃って首を縦に振る。
「今からやるのは特別だからね。内緒だよ」
そう言って、僕は数百年ぶりに使う魔術の準備をした。
何のためでも無い。ただ、明日、確かな死が約束されている兄弟に、少しでも楽しい夜を過ごさせてやりたかった。
ゆっくりと、右手を空にかざす。
夜空に浮かぶ星々の光を右のてのひらに集めて、それから握りしめた。
「手を出して御覧」
「こうですか?」
差し出された小さな手に、僕は集めた星々の光をそっと乗せる。
「……わぁ!」
兄が、驚きの混じった歓声をあげた。小さなてのひらの上には、黄色や、赤色や、青色や、白色に輝く夜の星が、いくつも輝いている。
「すごい!」
僕は弟のてのひらにも星を乗せてあげた。てのひらを覗き込んだ幼い顔が、輝く光に照らし出されて、嬉しそうに笑っている。
「ほら、こっちも見て御覧」
そう言いながら、僕は両手に握った星を、夜空高く放り投げた。すると星々は空中で散り散りに分かれて、やがてまるで桜の花びらみたいに空から舞い降りてきた。暗い夜空から降り注ぐ、キラキラ光る小さな星の雨に、兄弟たちは嬉しそうに声をあげながらはしゃぎ回っている。
「すごい、すごい! お星さまが空から降ってきてる!!」
星は、次には眩しい桃色に色を変えて、まるで本物の花吹雪のように舞い散る。キラキラと、ほんの少しだけ、綺麗な音を立てて。
「まるで、桜のようじゃ!」
弟が桃色の星を眩しそうに見上げながら言った。
兄が、そんな弟を見て朗らかに笑いながら、星をひとつ捕まえる。
「お父様とお母様と、それから姉さま方と行った花見が懐かしいなぁ」
「そうだ兄さま! 来年も、見に行きましょうよ、皆で桜を!」
「……ええ、見に行きましょうぞ」
それから、僕を見上げて、兄は儚く笑った。
「獄卒さま、こんな綺麗な星の桜を見せてくれてありがとうございます。それで、明日まででしょうか、僕らの命は」
その幼い顔には不釣り合いな、落ち着いた感謝の言葉と、死を覚悟した優しい表情に僕は戸惑った。
「……知っていたの?」
「ええ。父さまが首を打ち取られたと聞いた折から、覚悟は決めておりました。それで、こんな綺麗なものを見せて頂いたからには、明日かなぁ、と思いまして」
兄は、少し笑って、星を追いかける弟を遠くに眺めた。
「逃がしてあげるよ。君たち二人なら、できないこともない」
「そんなことをしたら、あなた様が殺されてしまうでしょう?」
「僕は死なないんだ。分かるでしょう、こんな妖術を使えるのは人じゃない、僕は人外だから死なない」
すると兄は首をかしげた。
「何を仰りまする。獄卒さまはこんなに優しいお人ですよ。それに、」
少し間を置いてから、兄は飛び切りの笑顔を見せた。
「わたくしは武士の子にございます。死など怖くありませぬゆえ」
それから、長い間僕と兄弟は地面に寝転がって星空を見上げた。
やがて弟がもう眠い、と言い出したので、兄はもう帰ります、と言って僕に監獄へと連れ帰らせた。
翌日の朝、二人は監獄の隅で、舌を噛み千切って息絶えていたのを発見された。
- Re: 昨日の消しゴム ( No.59 )
- 日時: 2014/05/06 01:41
- 名前: 王様 ◆qEUaErayeY (ID: QeRJ9Rzx)
あげ
- Re: 昨日の消しゴム ( No.60 )
- 日時: 2015/03/14 19:55
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: RQnYSNUe)
>王様さん
あげ感謝です!!!!!
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