ダーク・ファンタジー小説

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Almagest
日時: 2013/05/31 18:42
名前: 4Q* ◆NmZ8vOfBkw (ID: Rts1yFTc)

2500年。宇宙は強大な力に屈するかと思われた──
一応スペースオペラを目指して執筆する予定。

[>>2] Prologue
[>>3] 1. Universe Zeros

Re: Almagest ( No.2 )
日時: 2013/05/23 20:31
名前: 4Q* ◆NmZ8vOfBkw (ID: Rts1yFTc)

Prologue.

人類が宇宙開拓を始めてから既に何世紀もの月日が流れ、それぞれの惑星にそれぞれの文明、国家を形成して行き、その頂点に君臨する人類連邦を中心とした惑星間の内乱による混乱を越え、銀河は平和に包まれていた筈だった。


人類連邦ことデストルドー。かつてのロシア連邦や、アメリカ合衆国による軍需産業への着手により銀河で一番の軍事力を誇る惑星となり、その軍事力は同時に大きな権力を発生させていた。その権力と軍事力を用いて平和の時代である今、連邦は自らに背く惑星、連邦に従わない惑星を軍事力によって鎮圧させて行った。


異常なまでの力の前に屈する惑星も少なくはない。しかし、心の中で密かに復讐を誓う惑星は存在していた。少ない希望に願いを込めて、いつか連邦を倒そうと企てる惑星は、いつ消されるか怯えながら服従していた。表向きは。

同じように連邦に対する復讐心を抱くスペースパイロットのダンテは、虚しく斃れていく反連邦国家が増えていく中、心の中の浮かんでいる連邦を倒す秘策を考えながら、自ら設計図を描いた宇宙船で各地を亡霊の様に彷徨っていた。

目的はただ一つ。過去に宇宙を支配していた『アルマゲスト』を蘇らせる事である。

Re: Almagest ( No.3 )
日時: 2013/05/30 23:27
名前: 4Q* ◆NmZ8vOfBkw (ID: Rts1yFTc)

1. Universe Zeros

「──こうして連邦に反する惑星はまた一つ宇宙の塵となったのだ!」

液晶から流れるプロパガンダじみた放送。連邦民主放送局と言うテレビ局の放送らしいが、もはや宗教の一角の様なものだ。自分に反する考えを徹底的に駆逐し、消し去り、その行いを正義と主張し、それで得た静謐を平和だと思っている。所詮、連邦というのは頭足らずの奴しか居ないものだと俺は思っている。

「マスター、コーヒーを頼む」
「あんた、良く飲むね。もうこれで6杯目だよ」

うんざりしていた。毎日カフェに来て大きな液晶モニターを見てみればそこに写し出されるのは連邦のプロパガンダ。
この前も連邦に反旗を翻し、かつて連邦から独立した惑星が圧倒的な軍事力で潰されてしまった。最近、そんなニュースしか聞かない。
ここまで狂っている惑星、国家は史実の中でも存在しない。飽くまでも反する者を鎮めるのはその国家の内側のみであった筈だ。しかし、連邦は広大な銀河の主導権を掌握したと共に、巨大な軍事力と共に手に入れた権力で宇宙に浮かぶ反連邦主義を様々な方法で苦しめている。
かつて連邦も宇宙開拓の先駆者である企業の集まりであった。技術力が転じて大きな力となり、今に至る。
宇宙開拓初期は時代の先駆者として皆の憧れであり、皆の目標であった。
強大な権力が全てを腐らせてしまった。もはや、内部から腐敗した連邦は恐怖の具現化でしかない。
宇宙は大きな力に屈するかと思われていた。ただ、少なくとも俺はそう思っていない。

「コーヒーの金、別に良いぞ」
「ツケは嫌いなもんでね」俺は煙草の匂いが充満するカフェの机にコーヒー代の小銭を置き、マスターに背中を向けてその場から後にした。一歩一歩入り口に向かっていき、その間にも連邦の映像は俺の聴覚に何かを伝えていた。

靴が立てる足音すら反芻するほど、辺りは静寂に満ちていた。
時計を確認してみると針は23時を差している。大体の人間は就寝の準備をする時間帯、外を出歩いている人間はそう居るものではない。
靴が立てる足音が脳内に響き渡る。珍しい空間だ、そう小言を呟きながら宇宙港の方向に爪先を向けて歩き出す。

歩く度に眠気が瞼を襲う。ここ最近、ろくに眠っていない反動がついに来たようだ。
眠気に襲われながら宇宙港の入り口にICカードを翳し、ゆっくりと開いたドアの隙間から見える自分の宇宙船に軽い挨拶をする。
サイン2。自ら設計図を書いた小型宇宙船で、搭乗人数はおおよそ4人。戦闘を重視して作られたこの宇宙船は様々な闘いを勝ち抜いてきた英雄だ。
俺が資金を貯めて購入した高価な荷電粒子砲を装備しており、普通の宇宙船ではあまり付いている事のない亜光速粒子砲も装備してある。
言ってしまえば飛ぶ要塞だ。俺はこの宇宙船に異常な額の投資を続けてきた。
自分の息子のような物だ。愛着心が沸かないはずが無い。

「なんだ、来てたのか」横から声が聞こえて、顔を向けてみるとそこにはこの船の整備士を担当しているマックス・ボーデンの姿があった。相変わらずの汚れた作業服に、手には錆びたスパナが持たれている。
「ああ、ちょいと挨拶にな」
「いつ出発するんだ?エンジンと放射線シールドのメンテナンスは終わったからいつでも銀河に飛べるぜ」マックスはまるで宇宙船の整備は俺に任せてくれ、と言わんばかりの笑みを浮かべながらそう言う。
「そりゃ良い。だけど、ちょっと待っててくれ、昔の友人に用があるんだ」
「あー、そうか。じゃあ少し仮眠を取ってくる」
「良い夢を」

昔の友人。今、何をしているかは分からない。だが、あっちの方から連絡が来た。まさか来るとは思っていなかった。
同じ宇宙船を動かす者として、彼は俺と正反対だった。狂ったように銀河を飛び回り、その度に宇宙船を塵にしていき、挙げ句の果てに連邦から追われる身となり、隠居しているという。

「会えると良いんだが」

彼はバーに居るらしい。バーはここからそう遠くない。歓楽街の路地にあるバーにわざわざ呼び出すんだから、きっと重要な話なんだろう。俺はそう思っていた。
歩き続け、歓楽街の入り口に辿り着く。時間も時間だが、歓楽街というのはどこの惑星でも眠らないものだ。相変わらず喧騒な場所で、俺には相性が悪い。
周りを見渡してみると、色んな人間が居る。強面な男も居れば、押したら消えてしまいそうなか弱そうな女も居る。様々な人種が入り混じる場所でもあるこの歓楽街に、俺は呼び出されている。

喧騒から離れた一つの路地。人が二人並ぶのがやっとな狭さであるこの長い道に、目的のバーはある。
腐った匂いが辺りに充満している。汚い場所だ、と毒を吐きながら歩き、バーのドアを静かに開けた。鈴の音が、小さく鳴り響いた。

「ようこそ、ミスター・ダンテ」手を広げてこちらを見ている“彼”は、昔と変わっていなかった。“彼”以外に人の姿はなく、バーはバラード調の音楽が流れている以外に音は無かった。
「変わってないな、シン。まだ続けてるのか、宇宙船狩り」
「ああ、あれなら辞めたよ。連邦警察に危うく心臓を取られる所でね、危ない仕事からはもう足を洗った、と言っても今やってる仕事も充分危ないんだがな」シン。それ以上の事は名乗らない冷徹な男だが、俺はこいつとやけに仲が良い。だが、俺はこいつのやっている事は認めようとは思わない。
「それで、俺を呼んだ理由は?俺が歓楽街嫌いなのを知ってるだろ、何故呼んだ」まるで狼が山羊を捉えるように俺は睨みを効かせた。しかし、この男は怯えるどころか寧ろ喜んでいる。
「あんた、狙われてるよ」
「何?誰に狙われてるんだ、連邦か?」
「いんや、違うな。賞金稼ぎのクズ共に狙われてる。賞金をかけられてるんだ、お前を妬む誰かさんにな」

意味が分からなかった。
確かに俺は今まで仕事として数々の宇宙船を撃墜し、時には人を殺めた。
しかし、無関係な人間と無実の人間には必ず手を出さないルールは自分の中で決めている。
だとしたら、俺のせいで立場が危うい何者かの仕業になるはずだ、一体誰が俺を陥れようとしているのか。

「賞金稼ぎ共、ここに来るぜ」シンは飄々に語り出す。まるで自分は関係が無いかのように。
「呼び出したのも、罠か」
「誤解するなよ、俺だってやりたくてやった訳じゃない。あそこで断ったら、暴漢共に腕をもぎ取られて犬に食われてた所さ」いかにも他人事のように話す。しかし、俺はそこまで怒ってはいなかった。かつての友人という補正がかかっているせいもある。だが、どこか憎めなかった。複雑な心境の中、後ろで鈴の音が鳴る。どうやら、賞金稼ぎ共が来たようだ。

「俺を恨むなよ、キャプテン・ダンテ。パイロットってのは、常に妬まれてる存在なんだ、分かるか?」
「いや、分からんな」俺は振り向き、懐に潜ませてある.357マグナムに手を当てる。いざとなればこれを取り出して肝臓目掛けて引き金を引くまでだ。
予想通り俺を捕らえようとのこのこやってきたガタイの良い賞金稼ぎが3人。どれも巨体だが、俺の相手ではない。
とっくのとうにシンはどこかへ逃げ、もう戦うしかないのだろう。俺も出来る事ならこの場から消え去りたいが、あの野郎、唯一の逃げ場である裏口のドアの鍵を閉めやがった。本気で俺を殺そうとしている。

「坊主、悪いがお前の首、俺が貰うぜ」目の前にそそり立つ巨体の賞金稼ぎの男がそう言った。
「ああ、そうかよ」
その言葉と共に.357マグナムを取り出して、しっかりと握って引き金を引く。.357マグナム弾が男の肝臓を綺麗に貫通し、その後に鮮血が噴き出す。まるで、絵の具の入った箱を落としたように。

「簡単に人一人殺しやがって、この野郎、ぶっ殺してやる!」机に置かれていた空のビール瓶を手に取り、もう一人の男は鬼の形相で覆いかぶさってくる。
しかし、あれだけ体は大きい。熊のような体のプレスを横に避け、横腹に蹴りを入れて後ろに下がる。ただでさえ狭いバーの中、二人も来られては不利だ。
周りに使える物がないか見渡す。棒に紙切れ、割れたコップ…こいつらを鎮める事のできる道具はない。
「お前ら、レーザーは見たことあるか?」俺は賞金稼ぎ達に問いかける。そして、答えを聞こうともせずにレーザー拳銃を取り出して二発、賞金稼ぎの頭に撃ち込んだ。
「弾が高いからあまり使いたくなかったがこれはやっぱり面白い代物だ、暴漢を灰にする武器なんて早々無いぞ」
レーザーを撃ち込まれた賞金稼ぎの頭は灰となり、もはや人間として機能していない。
このバーのオブジェクトの様にその場に倒れ込んだ二人の賞金稼ぎの死体。よく見ると何か封筒のようなものを持っている。座り込み、男達から封筒を取り出して中身を拝見する。

「ほお、『ダンテ・ヘリオロッセ 10,000,000IUCの賞金』ねえ…俺も高くなったもんだ」

馬鹿馬鹿しい、ため息を漏らしながらマックスに電話をかける。もちろん、この死体を早急に捨てる為の相談だ。

Re: Almagest ( No.4 )
日時: 2013/06/10 10:38
名前: 4Q* ◆NmZ8vOfBkw (ID: Rts1yFTc)

2. Sleeping and Commonwealth

午前5時。すっかり日は登っていた。
死体処理を頼んだマックスが帰ってくるまで軽い仮眠を取る。寝ないまま宇宙船に乗り込んで事故でも起こしたら面倒なことになる、と俺は考えたからだ。
サイン2に乗り込んで、どこか横たわるスペースはないか探す。乱雑に置かれた荷物。どこの惑星で買ったかも分からない消費期限切れのビスケットに、すっかり空になったドヴォカ酒の瓶に、壊れたレーザー銃の部品などが転がっていた。

「おいキャプテン、俺が寝てる時に無理矢理電話で起こして死体処理させたんだ、報酬をよこせ」ドアを開けて入ってくるマックス。
「悪い、悪かった。ドヴォカ酒二個でどうだ」
「おっ、良いね。飲んだらすぐに出発するか?良い仕事が入ったんだが」嬉しそうに話すマックス。マックスから眠気など全く感じなかった。とても生き生きしている。
「仕事か?」
「テラノスって惑星があるだろ。あそこにメタリアから逃げたサイボーグ擬きが居る。それを、ぶっ殺して終わり」
「そうか。よし、少し寝たらすぐにテラノスに行くぞ」

マックスは喋り通して、手でガラクタを退かして床に横たわった。俺もそろそろ眠気が限界だ。
寝たらすぐにテラノスに向かうことにしよう。テラノスという惑星はここから飛ばして二時間もかからない。ただ、あそこの環境は惑星としては不十分だとは思うが。
俺たちはソルという惑星に居る。ここは俺が知っている限り、“反連邦分子”の有力なリーダーだ。惑星には疎いが、俺は昔ここの防衛省に務めていた経験がある。もちろん、辞職してからは入り込んではいないが、連邦からの圧力を受けているらしい。
俺は連邦を恨んでいる。人種や理由はどうであれ、連邦は人々の憎しみの対象だろう。歯向かう惑星を次々に滅ぼしていく、それをまるで習慣のように。
余計な事を考えずに、少し睡眠を取る事にしよう。マックスは既に熟睡しているようだ。宇宙船内部の重力安定装置に寄りかかり、目をゆっくりと閉じた。





*



人類連邦が拠点とする惑星デストルドー。地上は全て兵器で覆われており、この惑星に逆らうものは存在しない。
凡ゆる兵器を地上に配置し、国家の中心である宮殿も要塞化し、民間人が住む町も兵士を蔓延らせ、やる事は全てやってきた。
宇宙開拓初期に有力な企業が集まってできた組織が巨大化し、初期に存在していた惑星が更に集まって連邦となった。連邦は、皆を率いるべきなのだ。常に先駆者でなければならない。

「大統領閣下、惑星テレゴニーの動向についてですが」私は椅子に座り、分厚いガラスから星を眺める大統領に話しかける。老けた顔に、威圧感のある装飾のされた服が、印象的だ。
「うむ、奴らの惑星にそろそろ爆弾を撃ち込む予定だ。連邦防衛軍のフィンリルトン司令官に爆撃機の用意をさせてあるから奴らの惑星が消滅するのも時間の問題だろう」ごく普通に話す大統領閣下、人の命を塵としか思っていないその素振りはとっくのとうに人間を辞めているようなものだった。
「大統領閣下、フィンリルトン・ウォルマー司令官についてですが……奴はあまり信用できません、何か企んでるようにしか」
「だとしたら、私はもうこの場所には居ないだろう。連邦がこの銀河の秩序として君臨できるのなら、私は何だってするつもりだよ」と大統領。目は黒く濁っている。
「……少し考え直してください。私はフィンリルトン司令官を信用していない、彼は何か行おうとしている。せめて、この事だけは心の中に入れておいてください」
「解ったよ、“ハルワクール・ハフグレン・ディンケラ”君。ディンケラ家の神童が連邦政府に勤めるのは滑稽なものだな」大統領は小さく笑いを浮かべて、その後に姿勢を正して誠実とした眼差しでこちらを見つめてきた。「私は人類連邦の大統領だ。凡ゆる権力を私が掌握したんだ、もはや神と言っても過言は無い」
「貴方は」言葉を一旦区切り、「魔神に等しい」私はそう言って大統領の部屋を後にする。背中を向けてその場から離れた。

「あの腐れた老いぼれめ、図に乗りやがって……」そう呟き、思い切り壁を殴った。拳の痛みすら感じないほどに昂ぶっていた。

自分の部屋に戻ろうと、足を動かす。真っ赤に腫れた拳が怒りを表していた。
自らを神と呼ぶほどに腐れた大統領に従う意味など存在しない。存在しないはずなのだが、いまやこの宇宙を支配しているのはこの連邦であり、大統領である。強い者には従わなければならない。古来からの鉄則を守っているだけにすぎない。ただ、死ぬのが怖いのだ。
腫れた拳を手で押さえながら歩く。もはや、歩く事すら苦痛である。連邦による支配が終わるのはいつなのだろうか。何もできない自分がそこに居た。

「ハルワクール補佐」目の前に立っていたのは連邦の防衛省で働くイワタだった。
「イワタ、何の用だ」そう尋ね、イワタの手に持っているものに注目する。ノヴァアークとだけ書かれた書類。悪寒がする。背中に冷たい汗が一滴流れた。
「ノヴァアークの鉱山で事故があったようで、鉱山警備隊のブラームス軍曹が救助活動をしているようです。大統領は、その事をお知りですかな?」
「あの老いぼれのことだ、知らないんじゃないか。私が現場に向かう、宇宙船の鍵をよこせ」
「ああ、はい」イワタは慌てて懐から鍵を差し出した。

私はイワタを手で退かし、宇宙港にへと向かう。やはり、鉱山で事故が起きたようだ。今までずっと思っていた、杜撰な体制でノヴァアークを掘っていればこういう事が起きると。

「面倒な事になった、畜生め」
早歩きで宇宙港に向かう。考えている暇などない。連邦の操り人形となった私にそんな余暇は残されていないし、用意されてもいないのだ。
長い宮殿の廊下を抜け、宇宙港に到着した。相変わらず、威圧感のある連邦軍の兵士がレーザー式アサルトライフルを手に持って仁王立ちしている。天気は曇天、私の気分も同じように曇っている。

「面倒な事になった……ああ……面倒な事になった……」私は小さくため息と共にそう呟き、地面を蹴った。宇宙港は目前、ICカードを取り出して入り口に翳す。
小さな宇宙船が見える。待っていたかのようにその場に佇む小型宇宙船に鍵を刺して、ノヴァアーク鉱山のある惑星ノヴァに地図をマーキングさせ、コンピューターを起動させる。
「ったく、死傷者が少なければ良いが」エンジンをかけて、全速力で飛ばす。宇宙港から勢いよく飛び出た宇宙船は、汗血馬のように惑星ノヴァにへと向かっている。

Re: Almagest ( No.5 )
日時: 2013/06/23 01:22
名前: 4Q* ◆NmZ8vOfBkw (ID: Rts1yFTc)

3. Android

「起きろよ、キャプテン」
ゆっくりと瞳を開ける。見えたのは白い天井だった。聞こえる声はマックスによるものだろう、俺はすっかり熟睡していた。
「ああ、今何時だ?」と俺が尋ねるよりも先に「13時。行くなら今じゃないか」とマックスは時計を見ながらそう言った。
「おお、そうか……じゃあ、宇宙船を動かそう、そうしよう」その場から起き上がり、操縦席にへと向かう。足取りはまるで亡者のようにふらついている。
「しっかりしろよキャプテン、あんたのせいで死んだら洒落にならん」とマックス。確かにそうなのだが、眠気にはどうしても勝てない。しかし、8時間も睡眠を取ったのだ。

操縦席に思い切り座り込み、ハンドルに触れる。光速移動システムをオンにして、エンジンが動くか何回か確認する。マックスのメンテナンスは完璧だ。全てが100%である。気分と共に宇宙船の調子も良好、すぐにテラノスに着くだろう。
宇宙港の係員に合図し、出入り口となる巨大なハッチを開けさせた。大きな音を立てて開く鉄のカーテン。見えたのは、明るい星と薄暗い銀河だった。
エンジンをかける。しっかりと動いてくれるであろう、満足なメンテナンス具合だ。

「よし、出発しよう」宇宙港から勢いよく飛び出たサイン2の機体。俺は電子地図で惑星テラノスへの道のりを設定する。このスピードで向かえば30分ほどで着きそうだ。何かに邪魔されない限り、宇宙の旅というのは気楽で気持ちいいものである。
外に見える広大な銀河。同じくどこかの惑星に向かおうとする幾多の宇宙船も見えた。
暗い銀河に光る星々を通り抜けながらテラノスにへと向かう。

快適な船内環境。清涼な風を流すメタリア産のクーラー。静かに光るノヴァアークを使ったランプに、快適な船旅を保証してくれる自動運転システム。特に用の無い平凡な道なら自動運転システムに任せて眠るのも良い。
改造に改造を重ねた小型宇宙船『サイン2』は素晴らしいものだ。人類の科学技術を結集して作られた光速移動システムによって宇宙船は更なる進化を遂げた。動く叡智の塊である。
例えるならば馬。風を抜けて失踪する馬の如く銀河を滑る様に駆け抜けていくこの宇宙船に乗っていること自体が、幸福である。

エンジンの動作を弱める。
銀河の中では巨大な部類に入るであろう惑星『テラノス』の姿が見えてきた。その姿は大きな金属で覆われており、中身は確認できない。これは、テラノスの長い歴史が引き起こした惨状であり、人類の汚点でもある。

「チェックインだ、キャプテン。サイボーグの件についてテラノス警察署に行こう、そこのエヴァンスって奴が相手をしてくれるらしい」とマックス。既に話をつけているらしく、余裕の表情だった。
「そうか、俺もここは何度か来た事がある。バカでかい警察署に、人混みにまみれた大きな通り、そして鉄の傘に覆われた異様な光景。何もかもがやりすぎだ、宇宙の人口の中の5割がテラノスに住んでいるだなんて、イカれてる」

惑星の表面から突出した大きい宇宙港のハッチが開く。宇宙船を勢いに任せて着地させて、エンジンをそのまま停止した。鍵を取って、宇宙船のドアを開ける。クーラーの良く効いた涼しい港に足を置いて近くの係員を捜す。
カウンターは目の前にあったようだ、誰かが受け答えしている様なのでその後ろに並ぶ事にしよう。係員を捜す必要も無かった、と俺はため息を吐きながら申し訳程度の疲労感を口から吐き出した。
前の奴はどうやら終わったようだ。金髪女の係員で、胸に付けているネームプレートを見ると名前はスザンヌと書かれている、そんな事は至極どうでもいいが。

「フロア・シックスの12番に宇宙船を停めさせてもらう、船名はサイン2だ」
「搭乗員の氏名と船の大きさをご記入ください」そう言うと彼女はA4ぐらいの大きさの紙と小さなペンを差し出してきた。もう慣れた事だ、手早く『2名 ダンテ・ヘリオロッセ マックス・ボーデン 小型戦闘船 サイン2』とペンで素早く書くと、紙を一回転させて彼女に返した。
「では、ICカードをお渡ししますので、紛失しないようお気をつけて。紛失した場合には5,000 IUCを払う事になります」
俺は適当に頷きながらICカードを手で受け取る。宇宙港の涼しいクーラーも段々と肌寒くなってきた。さっさとここを出てテラノス警察署へ向かおう、それが一番良い。

ICカードを懐にしまって出口から外に出る。世界は一変した。涼しい宇宙港とは全く違っている。むさ苦しい程に密集する人々、そして天まで届きそうな数々の摩天楼。見上げれば首は限界だ。
すぐ近くに設けられていた大きな地図を凝視する。テラノス警察署はここからすぐのようだ。歩いて10分もかからない場所にある。
テラノスには警察署が一つしかない。ただ一つの警察署が恐ろしいほどに巨大で、地下にまで広がっているからだ。それ故に部署も細分化されており、俺たちが今居る街を担当するのは『第五治安維持隊』となる。通称フォーク、エリート達が集まって出来た優秀な組織である。
この人口故に犯罪も絶えない。様々なギャングが存在しており、夜になると動物の様に縄張り争いをして多数の死傷者を出す。だが、その死傷者はテラノスの人口の0.0001%にも満たないのだ。
人口爆発と移民の受け入れによって肥大化したテラノスは都市化を急激に進めてしまった。それにより酸性雨と有毒な気体が常に発生する事態となり、政府は『鉄の傘』と呼ばれる特殊合金を使った2mほどの薄い板をテラノスの外に張り巡らせる。
テラノスの歴史は異常だ、恐らく皆も痛感しているだろう。俺も、昔は良くここに来ていた。来るたびに知識が増えるこの感覚がやけに気持ち悪く感じたのだ。

「キャプテン、警察署が見えたぜ。フォークの部署はあそこだ、イカれてるぐらいにでかいな」マックスが指を指したその先には大きな建物が待ち構えているかの様に存在していた。汚れた灰色の壁、威圧感のある建造物。
「さあて、一仕事するぞ」

ゆっくりと歩み寄り、入り口のドアを押し開ける。錆びた金属の擦れる音がその場に反響した。建物自体は年季の入った物らしく、内部の鉄筋が見えている箇所もある。蒼い特徴的な外套を着た警官達が、忙しく辺りを歩き回っている。

「第五治安維持団フォークのエヴァンス・ト・アーレン巡査を呼んでくれ。サイボーグの討伐について話がある」カウンターに立っている警官に話をかける。怪訝とした表情で警官は俺を凝視して、しばらくしてから返答した。
「あ、ああ、エヴァンス巡査ですか。少々お待ちください、彼は今射撃訓練場に居ると思うので10分ほど、そこのベンチに座って待っていてください。なんせ、ここの警察署は他のものと違って古いもので……」警官は自分が見ず知らずの人間に対して愚痴を零しているのに気づいて、はっとした表情でどこかに消えていった。

「キャプテン、テラノスはメタリアの機械犯罪者の絶好の隠れ場っていう話を聞いた事がある。今回追う事になるサイボーグもそれかもしれん、気をつけて捕まえることにしよう」
「丁度良い。ぶっ殺して、報酬貰って終わりだ。ここで死んだら恥だな」

他愛もない話をしてエヴァンスを待つ。静謐に満ちた署内、警官達は声も発する事なく淡々と自分の作業を続けている。
その中で後ろから小さく聞こえた足音。振り返ってみると、そこには誠実そうな一人の男性が立っていた。

「遅れたか、俺がエヴァンスだ。そんで、サイボーグ狩りに協力してくれるのか、アンタ達は」
「ああ、一応」俺は必要以上の会話を避けるつもりでいた。反連邦分子の枠に入っているという推測を会話からされてしまえば、俺は殺されてしまう。飽くまでひっそりと、影に隠れるようにしなければならない。

「奴ら、鉄の傘に保護されてない区域に逃げたんだ。耐酸スーツなら丁度人数分あるからな、ホバーカーにでも乗って郊外に向かおう」とエヴァンス。腰に見える拳銃が彼が警官であるという事を再確認させる。
「鉄の傘なら酸性雨で腐食するんじゃないのか、特殊合金とは言え…」俺が口を開いたと同時にエヴァンスは言葉を遮り「ノヴァアークを合成させて作ったただ一つの金属。正式名称はノヴァメタル、テラノスに本社を置くアトミックアームズが開発したものだ。酸による金属腐食を防ぐ、凄いだろ?」と口を動かす。
「そりゃ凄い。最初から移民を受け入れなければこんな事には無かったのに、不思議だよ」
「はは、その通りだ。耐酸スーツならホバーカーに積んである、行くなら早く行くとしよう」

俺たちは会話を終えて扉を開けた。蒸し暑い、人混みによる人工的な熱が辺りに充満していた。

Re: Almagest ( No.6 )
日時: 2013/06/30 23:13
名前: 4Q* ◆NmZ8vOfBkw (ID: Rts1yFTc)

4. Habitat

耐酸スーツを着て、ホバーカーに乗り込む。ただでさえ蒸し暑いのに分厚いスーツを着るとなると、苛立ちはマッハの速度で加速する。

「手に付いてるボタンを押せ、小型クーラー機能がある。中に涼しい風が流れるから少しは気が楽になるんじゃないか」とエヴァンスが言う。言われた通りに左手の方に付いていた小さなボタンを押すと、たちまちスーツの中に涼しい風が一気に流れ込んだ。
「こりゃあ、便利だな……」マックスも驚きを隠せないでいた。時代の進化をこの体で体感したようなものだ。どうであれ、蒸し暑さという問題は一瞬で解決された。

一定の速度で狭い道を進むホバーカーに座り込み、空を見上げる。この区域は予算不足で鉄の傘が無いらしい。そもそも、人が住むような場所じゃない、廃工場の集合地だからだ。
辺りはすっかり強酸性の酸性雨で腐食している。
程よい風を送り込むクーラーのおかげで居心地は良いが、酸性雨は奥に進めば進むほど強くなる。果たしてこんな所に逃亡したサイボーグなんて居るのか、訝しげに俺はホバーカーを操縦するエヴァンスの背中を見つめる。
ホバーカーが停止した。しかし、それは到着した事による停止ではないように思えた。急に止まったような感覚、慣性で前に倒れ込む俺とマックス。エヴァンスに小さな声で語りかけても返事をしない。
何があったのか、立ち上がって奥を見つめるとそこには機械的な光が複数見えた。それが何を意味しているかは分からない、ただ、エヴァンスはそれに恐怖していたのだ。

「……逃げろ」エヴァンスがそう呟く。
「何? 早くサイボーグを見つけようじゃないか、骨折り損は勘弁してくれ」と俺が返事をした瞬間、エヴァンスの頭蓋がサッカーボールのように吹き飛ばされた。残った首の切断面に容赦なく酸性雨が降りかかり、血の混ざった赤い煙がエヴァンスの首から沸き上がる。
「マックス! 遮蔽物に隠れよう、あの奥の光はサイボーグのチャージライフルだ! 早くしないと、エヴァンスの二の舞になる!」
「クソ、絶対に死にたくねえ! 早く、早く、早く、隠れよう!」

焦っていた。まさか、エヴァンスが人形の首を吹き飛ばすように死んでしまうとは思わなかった。関わった時間が短いが故に感傷も沸かない。それが幸いしたのか、安全に近くの遮蔽物に隠れる事が出来た。俺は気持ちを落ち着かせてサブマシンガンを取り出す。アトミックアームズ社という銃器メーカーの最大手が開発した『V3』と言う小さなサブマシンガンだ。こんな事を考えている余裕は無いはずだが、俺の命はこのサブマシンガンに預けている。ちゃんとテラノス警察の奴らに耐酸加工を施してもらったんだ、俺の命を守ってくれよ、V3とかいう銃よ。俺にとって銃の名前だとか種類は至極どうでもいいんだが。

「キャプテン! 俺は戦闘なんかできやしない! でも、死にたくない!」マックスが横で喚く。そんなの知った事か。自分の命は守れるが、二人分の命を守るほどの技量はあいにく持っていない。俺は無言で耐酸加工を施したレーザーガンをマックスに手渡した。素人に扱うのは厳しいだろうが、無いよりは幾分マシだろう。
「サイボーグ共、何でこの酸性雨の中で立っていられるんだ?」マックスが怪訝そうにレーザーガンを睨みつけながらそう言った。
「警察署でエヴァンスが言ったやつじゃないか、ノヴァメタル。テラノスとメタリアは深い国交にあるんだ、テラノスがメタリアにノヴァメタルを輸出しているに決まってる」

V3を構え、壁から勢いよく出る。暗がりの中、目の前に光るサイボーグの眼光。それ目掛けてV3の引き金を引く。相手はチャージライフル、当たってしまえば耐酸スーツは溶けて俺は酸でグチャグチャになるだろう。だが、勝負はここで終わらせる。

「キャプテン、レーザーガンは構えて撃つだけで良いのか?」とマックスが俺に尋ねる。俺は荒く頷きながら、壁に隠れつつ奥を覗く。僅かだか煙が見える、V3の放った7.62mm弾は見事に炸裂したようだった。
「相手は三人だろう。さっきから聞こえる銃声の間隔を計算する限り、三人が妥当だ。一気に畳み掛けるぞ、マックス」
「だけど、どうやって?」
俺は無言で懐から手榴弾を取り出して、マックスに手渡した。古い作りの手榴弾で、ピンを抜くと爆発する設計である。たった一個の手榴弾だ、大事に扱わないと逆に悲劇が起きるだろう。
「まさか、俺に投げろと」とマックス。
「当たり前だろう。ピンを抜いて3つ数字を数えたら奥に放り込め。それから5秒後に射撃を加えながら前進する。完璧だ」俺はV3を再び構え、弾倉を確認した。弾はまだ充分に残されている。

上を向いてため息を吐く。冷たいクーラーの風が冷や汗を乾かしていた。さっさと終わらせないといけない。マックスの為にも、俺の為にも。

「数えろ、3、2、1……投げろ!」俺は数字を三つ数えてマックスにそう指図する。マックスは壁から勢いよく飛び出し、おぼつかない仕草で手に握った手榴弾を投げ込んだ。
大きな爆発音。派手にやったようだったが、サイボーグ達の音は聞こえない。俺は壁から出て、奥に向かって訝しげに足を進めた。
V3の銃口を下ろす。砕けたノヴァメタルの破片が靴に当たった。どうやら、砕け散ったようだ。それも、見事に。
だが、その安堵も短かった。更に奥に光が見える。俺は再びV3の銃口を上げる。

「あんたら、何者だ」

サイボーグと言うよりは、人間に近い。男の声だ。
敵対心を抱いている素振りはない。冷徹にこちらを、真正面に捉えている。
更に暗くなっていく。ノヴァメタルの破片が辺りに散乱している中、俺は男を見つめていた。何者かどうか、俺には知る権利がある。

「ダンテ・ヘリオロッセとマックス・ボーデン。お前の敵だ」的外れな言葉を口に出して、V3をその場に投げ捨てた。


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