ダーク・ファンタジー小説

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BAROQUE
日時: 2014/03/09 10:03
名前: アーク (ID: Je/H7tvl)

初めまして。こちらの方には初めて投稿させていただきます。
拙い文章ですが、読んでいただけると幸いです。

ジャンルはファンタジーで、ちょっと恋愛気味です。


3部構成となっており、第3話で終了です。
1st story >>1
2nd story >>2
3rd story >>4

1st story ( No.1 )
日時: 2014/03/07 22:24
名前: アーク (ID: Je/H7tvl)

 好きな人が笑っていてくれたらいい。
 それこそが本当の愛なのだろう。
 道徳の授業だって、愛とは他者の幸せを祈ることだって言っていた。
——私のあの人への気持ちは、愛になれなかった。

**********

 私のいる国は、3人の賢者と王族によって平和が保たれている国だった。
 王族が神へ祈りを捧げることによって大地に自然が溢れ、人々は心穏やかに暮らせるのだそうだ。
 らしいというのは、私が聞いたのはただの伝説である可能性もあるからだ。実際に王族が祈ることによって自然が満たされているところなんて見たことがない。
 そして、3人の賢者というのはとても強い魔力を持った一族の中でも特に強い魔力を持った者で構成されていて、王族の補佐をしたり、良からぬことを考える輩が万が一現れた時に王族を守るために存在するのだそうだ。
 現在は私の父と魔法薬作りの老女、そして先日賢者の任に就いたばかりのまだ若い青年で構成されている。
 老女のところは、孫が魔法を安定して使用することができるようになったら継承するらしい。老女の子は、賢者になれるほどの強い魔力を持っていなかったそうで、腰が曲がるほどの老齢になるまで続けなくてはならなかったんだそうだ。
 父は、私が成人したら賢者の座を私に譲る気でいるみたいだ。父から直接聞いたわけではないが、親戚中からそのように言われ、期待をかけているという言葉をいただいた。
 期待をかけられているならば、それに応えたいとは思っている。私は元々脳天気なのか、別にその言葉をプレッシャーと捉えてはいない。親戚にとってはプレッシャーを与えたいのかもしれないけれども、そんなものは知らない。
 賢者になったら城勤めになる。今のうちに城を見ておくと勤める時に迷わずに済むだろう。
 普通は城勤めにならないと城には入れないそうだ。でも、私がそのように希望を出すと、現在国を治めている姫君は快く城に入ることを了承してくれた。

「どうして民を入れてはいけないのか分からないわ。それに、貴女はいずれはわたくしのもとに来てくださる存在。追い返す必要なんてどこにあるのです」

 それにわたくし、同年代のお友達が欲しいの。誰に反対されようとわたくしは貴女を迎えますわ、と笑って姫は私を受け入れてくれた。
 穏やかに笑う姫は、彼女に仕える者として見ても敬愛できる存在と思えたし、友人としても優しくて大好きな存在だった。
 ……本当に大好きで、彼女を守りたいと、彼女と共にこの世界を守っていきたいと思ったのだ。

**********

 あの人と出会ったのは、お城の中を回っている時だった。
 就任したばかりのまだ年若い賢者だったあの人は、物腰が柔らかだが、いつ見ても覇気が全くなく、頼りなく見えた。
 こんな人に賢者が務まるのかと思ったぐらいだ。

「貴女は……話に出ていた、青の賢者の娘さんかな?」

 賢者は青と赤、緑に分類されている。正直どういう基準で色が決められたのかは不明だが、とりあえず私の父は青の賢者らしい。

「はい」
「そうか。じゃあいずれは僕と一緒に姫様を守ることになるんだね。よろしくね」
「お世話になります。緑の賢者」
「うーん、何て固い子なんだ……」

 固いも何も、まだ平民でしかない自分と、賢者だ。普通の態度ではないのか。

「賢者って呼ばれるの好きじゃないから、セルジュって呼んでよ」
「はあ……」
「セルジュって呼ばないと、緑豆食べさせるからね!」
「なぜ緑豆なんですか……」
「え、脅しにならない!?青の賢者は緑豆嫌いだから君も嫌いだと思ったんだけど……」
「私は何でも食べられますが……」

 固定観念の激しい青年だ。まだ年若いうちからこれで、本当に大丈夫なのか。

「と、とりあえずセルジュって呼ばないと怒るからね!」
「分かりました、セルジュさん」
「さんつけたら駄目!ついでに丁寧語禁止!」
「かしこまりました」
「ああ!とりあえず敬語全般的に禁止!あと君の名前は!?」

 実に馴れ馴れしいと思った。私の周りには少なくとも初対面でこんな馴れ馴れしい輩はいなかったので新鮮極まりなかった。
 嫌じゃなかったけれど。

「……アーシャ」
「アーシャかー。可愛らしい名前だね。よろしくね、アーシャ!」
「可愛いかどうかは分からないですが、よろしくお願いします」
「ああ!また丁寧語!」

 頼りなさげな雰囲気に、妙な性格、というのが第一印象だった。
 少なくとも私の好みではなかった。
 ファザコンと言われるかもしれないが、私の好みは父親だった。父親のようにしっかりした、包み込んでくれる人がいいなと思っていたのだ。
 それなのに、本当に不思議だ。

**********

 セルジュと会う機会というのはそれほど多くなかった。
 セルジュは一応、いざという時に立派に任を果たせるように、懸命に勉強していたからだ。
 そして私がセルジュと会う時、セルジュは大方疲れた様子で歩いていた。
 それでも、先輩賢者の意地なのか、私の存在に気付くと元気そうな振りをしていたけれども。

「やあアーシャ。今日は姫様と遊ばないの?」
「姫は、今日は大切な会議があるそうだから」

 何日もすると、私はセルジュには砕けた口調で話すようになっていた。
 敬語を使うと、セルジュがうるさいからだ。セルジュはまあ飽きもせずに私に訂正を求めてきて、私の方が心折れてしまった。

「ふーん。じゃあ、僕と遊ばない?」
「今にも倒れそうな様子で遊びに誘うって……。死にたいの?」
「僕のどこが疲れてるっていうんだよ。ほらほら、行こう。実はね、アーシャが好きそうな場所を発見したんだよ」

 私の好きそうな場所とどうして分かるのか。
 私はセルジュには、自分の好きなもの、嫌いなものについて何も話していない。逆に私もセルジュのことを何も知らない。
 お互いに自分のいいと感じたものをいいと思うかすら分かっていないはずなのに。

「……まあ暇だから行くよ」

 私が承諾すると、セルジュは嬉しそうに笑う。何がそんなに嬉しそうなのか分からないが、まあ喜んでくれているなら何よりだ。
 セルジュが連れてきた場所は、この自然豊かな国の中でも、一層自然を堪能できる場所だった。
 色とりどりの花が咲き乱れ、果実の実った木々が立ち並んでいる。動物達は人間に警戒心を抱いていないのか、私達が近付いても逃げようとはしない。ただ、客人のために場所を空けてくれる気はあるようで、ゆるやかに移動していた。

「うわあ……」

 確かに、好きな場所だった。私は自然の美しさが好きだ。
 でもどうして、自然が大好きだと分かったのだろう。不思議だ。

「セルジュはどうして私が、自然が大好きって分かったの?」
「んー、何となく?」

 何となくで分かるほど滲み出ていたとも思えないのだけれども。
 何だか、言葉を濁された気がする。

「……まあいっか」
「どうかな?気に入ってくれたかな?」
「んー。まあまあ、かな」

 何となく完全に肯定するのが癪だったので曖昧な言葉を返す。
 そんな私を見て、セルジュはとても優しい笑みを浮かべる。
 普段浮かべることがない笑みに、思わず見惚れてしまった。
 不覚にも、綺麗だと思ってしまった。
 男の人に綺麗というのも変な話かもしれないけれども。
 思えば、彼を好きになったのは、彼のことを欲しくなったのは、この時だったのかもしれない。

**********

 突然、父が亡くなった。病気だったんだそうだ。
 本当に突然の出来事だった。
 父子家庭だった私には、父が唯一の家族だったのに。
 悲しいというより、私はどうすればいいのかという気持ちしかなかった。
 私がすべきことは分かっている。父の跡を継いで青の賢者になるのだ。
 住居だって城の中の一室を与えられる。衣食住に困ることはない。
 でも、家族がいなくなってどう行きてゆけばいいのか。

「アーシャ……」
「……セルジュ。私は、これからどう生きていけばいいの」

 1人ぼっちになったのに、生きていかなくちゃいけないの?
 セルジュに言っても仕方がないのに、セルジュを見てしまう。
 セルジュはどう反応していいか分からない顔をしていた。
 ごめんね、と答えようとしたら、何となくぎこちない手つきで頭を撫でられた。

「大丈夫。大丈夫だよ」

 アーシャは1人じゃないよ。
 その言葉を、勘違いしなければ私は元の私のままでいられたのに。
 どうして私は、セルジュにすがってしまったのだろう。
 どうしてセルジュは、私の心の拠り所になってくれると思ってしまったのだろう。

**********

 青の賢者になってからも、私のやることは特に変わらなかった。
 大体お城の中を徘徊したり、姫の元に赴いておしゃべりをするという生活だ。
 これで生活を保証してくれるのだから、賢者というのは何と楽な仕事なのだろう。
 その代わり、いざとなったら体を張らなくてはならないのだが。
 ここ数百年、この世界は平和が続いている。賢者が本領を発揮することもなく何百年も経っている。事実無職で何不自由ない生活ができているということになるので、民の怒りを買わないのが不思議なぐらいだ。
 今日も私は、姫と話をするために姫の元に赴こうとしていた。
 いつも姫は、私と話をする時間になると紅茶やらクッキーを用意して待っていてくれている。おかげで姫の元に行くようになってからやけに脂肪分が増えた気がする。

「失礼します。……?」

 中から話し声がしたのが不思議だった。
 大体姫は私が来る時間になったら1人で待っていてくれているのに。
 大切な話だと悪いので、扉を少し開け、隙間からそっと覗く。

「……!!」

 姫といたのは、セルジュだった。
 セルジュは姫に手を握られて赤い顔をしていた。
 ……ああ、セルジュは姫が好きなのか。

「……嫌だ」

 また私から奪うの?
 また私は、1人になるの?

「……あら?アーシャ、いらっしゃっていたのでしたら早く入ってくだされば良かったのに」

 扉の前で立ち尽くしていると、姫が扉を開けて声をかけてきた。
 姫の隣にいるセルジュは、私を見て曖昧な笑みを浮かべている。
 ……私に幸せな一時の逢瀬を見られたからか。

「ああ、お邪魔したら悪いですからね……」
「?お邪魔って何のことかしら。ずっと貴女を待っていたのに。ではセルジュ、頑張ってくださいね」
「ひ、姫様……」

 セルジュがにこやかに手を振る姫を見て、顔を赤くしている。
 心が、闇で満たされる。

「さ、入りましょうか。アーシャ」
「……はい」

 部屋に入り、鍵を閉める。
 私の考えていることなんて分からない姫は、私に呑気な顔を向けた。

「今日はわたくしの大好きなお菓子が手に入りましたのよ。貴女もきっと気に入ってくださるはずよ」
「……姫、申し上げたいことがございます」
「あら?どうしたの。かしこまって……ごぶっ!?」

 腹を押さえ、口から血を吐いた姫が倒れる。
 姫の腹に魔力の塊をぶつけたのだ。腹から背中にかけて大きな穴を空けた姫は立っている気力すらなくなった。
 神に愛されし王族といえども、しばらく再生はできないレベルだ。
 ……再生などさせるつもりはないので、このまま放っておくわけがないのだけれども。

「……ど……して……」
「申し訳ありません姫。私は……私の居場所を奪われたくないのです」

 今度は姫の口に向けて魔力の塊を放つ。
 姫の顔は内部から破裂し、もはや誰なのかが判別できないレベルのものになった。
 肉や血の他に脳みそらしいものも飛び散る。私の顔に姫の体の断片が付着した。
 吐き気がするぐらいに無惨な光景だ。常人ならばこの光景に耐えられないだろう。
 私は、そんなことよりも、セルジュが愛したこの綺麗な顔を潰してやりたかったのだ。
 姫のことも本当に大好きだったはずなのに。
 今の私にとっては、ただの邪魔なものでしかなかった。

「……さて、どうしようかな」

**********

 姫を失った世界は、荒廃を始めた。
 姫が神に祈り自然を呼び寄せているという伝説は本当だったようで、姫を失った世界は破滅の一途を辿っていた。

「……アーシャ」

 どこから、私の居場所が分かったというのだろう。
 そして私を探しているということは、姫を殺したのが私だと分かったのか。
 ぼーっとしていてもさすがは賢者と言うべきか。

「どうして君は姫様を……。君は、姫様と仲が良かったんじゃなかったのか!?平和な世界を愛していたんじゃないのか!?」
「……そうだね。私だって、自分がおかしいと思ってるよ」
「どうして……」

 泣きそうな顔をしているセルジュを見て、胸が痛む。
 本当は、胸が痛むだけのはずだ。
 でも、なぜか嬉しいという気持ちも存在した。
 セルジュの大切な人はもういなくて、セルジュは私のことを気にかけてくれているからか。
 もっと、もっと見ていて欲しい。
 ずっと私を。
 どんな感情であっても。

「虫唾が走るんだよ。セルジュを見ていると。その平和ボケした顔を見ていると」
「え……」
「だからね。セルジュの大切なもの全て奪ってあげたら、どんな顔するのかなって。まだまだ足りないみたいだけどね」

 セルジュの髪を掴む。柔らかな彼の髪の毛は、私の手にすっぽりと収まった。
 髪を掴んだまま、顔を近付ける。初めて間近で見た 彼の顔は、やっぱり綺麗だった。

「私を殺さないと、セルジュの大事なもの、全部なくなっちゃうよ?」

 にっこり笑うとセルジュが戸惑ったような、絶望したような顔で睨んでくる。
 私が好きになった、あの笑顔の面影などどこにもなくて、また少し胸が痛んだ。
 それでも、私を見据えるその目が、愛おしいと思えてしまった。


 私の歪みは、いつ直るのだろう。

~END~

2nd story ( No.2 )
日時: 2014/03/09 09:52
名前: アーク (ID: Je/H7tvl)

 最初に彼女を放っておけない存在だと思ったのはいつだったのだろう。
 彼女の父親が死んだ時か。それとも日々の生活の中でか。自己紹介の時か。
——もしくは、彼女を一目見た瞬間からか。
 僕の彼女に対する感情は、今でも良く分かっていない。
 幸せになって欲しいのか、それとも僕を必要としてくれているのならば何でもいいのかすら。

**********

 緑の賢者になったばかりの僕の日課は、城を回ったり、たまに姫様と話をしたり、あとは緑の賢者として精進するために勉強をすることだった。
 あとは、ちょくちょく青の賢者と話をするぐらいか。
 赤の賢者はなかなか自分の部屋から出ないので、話をする機会がないのだ。
 青の賢者は主に、自分の娘について話してきた。主にというか、話のほとんどは娘の話題だと言ってもいいだろう。

「ウチには娘がいてだな」
「青の賢者。娘さんがいらっしゃることはもう耳にタコができるほど聞きましたよ。今日は娘さんがどうなさったのですか?」
「おう、もうそんなに話していたか。いや、実は娘が城の中を見て回りたいとかで城に来てだな……」
「それは……難しいんじゃないですかね?」

 城の中を回ることができるのは、基本城の者だけだ。それは姫様に近付く良からぬ者であってはならないということで決まっていることらしい。
 自分達に豊かな生活を約束してくれる姫様に危害を加える存在などいないと思われるが。

「それがだな……。姫様が許してしまったから娘はもう城を回ってるんだよな……。はあ、せっかく娘には立派な仕事をしていると教えてきたのに、何もしていないってところがバレちまう……」

 基本賢者というのは自由だ。平穏でない世の中が来たら活躍しなくてはならなくなるのだが、そんなものは僕の前の賢者の時も、その前の賢者の時も、その前の前の賢者の時もなかった。
 姫様が神に祈って存続しているこの平和な世界と、その平和な世界を壊すなど愚かな考えだと思う人々で構成されているこの世界は、ほぼ永遠の平和が約束されているも同然だ。
 そして賢者が永遠に働かないことも意味している。
 賢者の仕事には姫様の補佐というのも入っているのだが、姫様が祈りを捧げる時にできることなんて何もない。むしろ1度誰かが何かをして手伝おうとした時、邪魔だと言われたらしい。
 それにしても、姫様を守るために城に迂闊に人を入れないという規則ができたのに、その姫様が中に入れたがるとは。

「……まあ、あの姫様らしいけどね」

 それにしても、青の賢者の娘さんというのはどんな子なのだろう?
 青の賢者というのは子煩悩で何となくしっかりしてそうだけど抜けているところも多くて、熊のような見た目をしている。そしてなかなかに人懐っこい。
 その青の賢者が、俺に似てすごく可愛いんだぞ!と言っているぐらいなのだから、熊のような見た目で人懐っこい女の子なのだろうか。

「青の賢者。娘さんは今どこにいらっしゃるのか分かりますか?」
「分かってたら、見つからないように隠れてるって……」
「うーん、分かりませんか……」

 まあ当然といえば当然なのだが。
 それならば自分で探すしかない。というわけで自分が最初に城に来た時に回ったルートを回ってみることにする。
 娘らしき見慣れない女の子を見つけた場所は、城の真ん中にある大きな庭だった。
 色とりどりの花が咲いた花壇を、何となく顔をほころばせて見ていた。
 全然似ていない、というのが第一印象だった。
 熊のようなごつい女の子どころか、華奢で消えてしまいそうな印象を持った。まだ女性になりきれていないというあどけなさの残る顔つきが可愛らしい。

「貴女は……話に出ていた、青の賢者の娘さんかな?」

 声をかけると、訝しげな目をこちらに向けてきた。
 誰だよお前、といった様子だ。
 綺麗な顔をしているのに、突然声をかけられることに慣れていないとは珍しい。

「はい」
「そうか。じゃあいずれは僕と一緒に姫様を守ることになるんだね。よろしくね」
「お世話になります。緑の賢者」

 あれ、分かってたのか。
 それにしても本当にナンパに慣れていない感じの子だ。にこりともしない。
 笑ったら、どんな顔をするんだろう?

「うーん、何て固い子なんだ……」

 もっと歳相応の態度をとってほしいというわけで言ったのだが、更に機嫌の悪そうな顔をされた。
 何を言っているんだお前、という様子だ。
 それにしても分かりやすい子だ。いつも笑顔を崩さない姫様よりも、断然感情が伝わってくる。
 ……楽しい。

「賢者って呼ばれるの好きじゃないから、セルジュって呼んでよ」
「はあ……」
「セルジュって呼ばないと、緑豆食べさせるからね!」
「なぜ緑豆なんですか……」
「え、脅しにならない!?青の賢者は緑豆嫌いだから君も嫌いだと思ったんだけど……」
「私は何でも食べられますが……」

 青の賢者は、一体娘のどこを見て自分に似ていると言ったのだろう。

「と、とりあえずセルジュって呼ばないと怒るからね!」
「分かりました、セルジュさん」
「さんつけたら駄目!ついでに丁寧語禁止!」
「かしこまりました」

 丁寧語が駄目なら謙譲語とは……。
 誰だ!最近の子はゆとりで、敬語が使えないとか戯言を言ったやつは!

「ああ!とりあえず敬語全般的に禁止!あと君の名前は!?」
「……アーシャ」

 思ったよりあっさり名前を言ってくれたのが嬉しかった。
 何で名前を言わなくてはならないのか、という反応も実は来るかと思っていた。

「アーシャかー。可愛らしい名前だね。よろしくね、アーシャ!」
「可愛いかどうかは分からないですが、よろしくお願いします」
「ああ!また丁寧語!」

 この後アーシャと会う度、毎度毎度敬語を指摘していたら、そのうち諦めたのかアーシャは普通に名前で呼んでくれて、普通の口調で話すようになってくれた。
 ちょくちょく笑ってくれるようになったのも、すごく嬉しかった。
 何となく距離が縮まったのが、嬉しくて仕方がなかった。
 どうしてか分からないけれども、アーシャに近付けるのが、たまらなく楽しかった。
 自分の粘り強さを誇らしく思った瞬間だった。

**********

 青の賢者が、死んだ。
 以前から、娘をよろしくと言われていたのはこういうわけなのか。
 自分の死期を悟っていたわけなのか。
 でも、よろしくと言われたって、僕がアーシャに何をしてやれるのだろう。
 彼女の家族の代わりになど、なれっこないだろうに。

「アーシャ……」
「……セルジュ。私は、これからどう生きていけばいいの」

 すがるような目を向けられ、僕は彼女を抱きしめたい衝動に駆られた。
 弱った彼女の支えになりたかった。
 その感情の意味は、考えないようにしていた。
 笑って欲しいとか、そんな綺麗なものだけじゃない気がした。

「1人ぼっちになったのに、生きていかなくちゃいけないの?」

 しかし、そんな弱った彼女に僕の感情をぶつけていいのだろうか?
 友達と思われていたら、迷惑なだけだ。
 むしろ、友達が1人減って更に悲しませることになるだけだろう。
 結局僕がしたことは、アーシャの頭を撫でたことだけだった。

「大丈夫。大丈夫だよ」

 アーシャは、1人じゃないよ。
 僕がいるから、というのは押し付けがましいだろう。
 それに、アーシャは姫様との方が仲がいい気がする。
 姫様がいてくれるから、といった意味で受け取ってもらった方が元気が出るのではないか。

**********

 姫様の元を訪れたのは、アーシャのことを頼むためだった。
 姫様はアーシャが来てから全く訪れなくなった僕を見て、物珍しそうな顔をしていた。

「わたくしが呼んでいない時に貴方がいらっしゃるなど珍しいわね」
「いえまあ……。姫様も僕の相手は面倒でしょう?」
「逆でしょう?貴方がわたくしの相手をそこまでしたくないと考えていたと思うのですが」
「そのようなことは……」

 図星だった。実際、僕は姫様の相手はそこまで好きではなかった。
 基本感情の読みにくい相手と会話をするのは苦手なのだ。嫌われているのではないかという考えも少しあるから。

「まあその貴方が来てくださったということは何かあるのでしょうね。で、何かしら?」
「……青の賢者を亡くしてから、アーシャが元気ないということはご存知でしょうか?」
「当たり前のことね。それで、どうしてアーシャの話を?」
「アーシャは姫様と仲がよろしいみたいなので、どうか姫様にアーシャを元気づけていただきたいと思いまして……」
「……ふうん。貴方、アーシャに恋慕してますの?」
「ふぁっ!?」

 情けない声が出てしまった。
 まさかそんな指摘をされるとは。
 予期しなかったことを言われ、一気に顔が赤くなる。耳まで熱い。酒を飲んだ時みたいだ。

「な、ななななななぜですか……?」
「貴方分かりやすいわね……。告白はしませんの?」
「……告白なんて」

 一気に嫌われるかもしれないのに。
 アーシャに一生近付けなくなるぐらいなら、今の関係を続けていたい。
 下を向いていると、姫様に手を握られた。

「貴方は、アーシャが告白をしたぐらいで嫌いになるような子だと思っていますの?」
「いえ、そんなことは……。ですが気まずくなる可能性は……」
「そのうち我慢できなくなって、無理やり唇を奪う、とかいう事態になる方がよっぽど気まずくなる気がしますけど?」
「く、くちびる……」

 何て破廉恥なことを言う人なのだろう。世間には清純派で通っているのに。
 勇気が出ないだのグダグダ言っていたら、そのうち睡眠薬を飲ませてその隙に既成事実を作ってしまえとか言いそうだ。

「——……——」

 扉の外から声が聞こえた。
 姫様がぱっと手を離し、懐から取り出した手巾で手を拭きながら扉に向かって行く。
 ……汚いと思うなら触らないでくれよ……。

「……あら?アーシャ、いらっしゃっていたのでしたら早く入ってくだされば良かったのに」

 扉の外にいるのは、アーシャだったのか。
 ……もしかして、姫様に手を握られているところを見られた?
 勘違いされたら、どうしよう。
 それで、もしおめでたいことなどと思われたら、ちょっと立ち直れそうにない。
 全然おめでたくなどない。

「ああ、お邪魔したら悪いですからね……」

 アーシャの態度は、どことなく機嫌が悪そうなものに見えた。
 ……僕が姫様に手を握られていて、機嫌が悪いの?
 それは……嫉妬なのかな?僕のことを少なからず好いてくれているって、期待してもいいのかな?

「?お邪魔って何のことかしら。ずっと貴女を待っていたのに。ではセルジュ、頑張ってくださいね」
「ひ、姫様……」

 何だか、脈はありそうだから頑張りなさい、と言われているように感じた。
 ……感謝はしますけど、うるさいです。姫様。

**********

 平和な生活が崩れたのは、それから間もなくだった。
 姫様が、殺されたのだ。
 姫様がいなくなったことによって、神に豊穣の祈りを捧げる者がいなくなり、一気に大地は枯れ始めた。
 僕は、賢者の任を果たさなくてはならなくなった。
 祈りを捧げる王族が不在時の賢者の役目は、代わりになれそうな者を探し当て、王族にすること。
 そして、今回の場合は姫様を殺害した者を消すことだ。
——すなわち、アーシャを殺すこと。
 姫様の代わりの者は、赤の賢者が探し出すことになった。
 本来は役割は反対だった。探索能力は赤の賢者の方が優れているので、アーシャが移動しても探しやすいから。
 そこを頼み込んで、僕がアーシャを探す役割に就いた。

「……アーシャ」

 アーシャは緩慢な動きで僕の方を見る。
 何となく、疲れたような顔をしていた。
 そして、最初に出会った時よりも、ずっと無表情になっていた。

「どうして君は姫様を……。君は、姫様と仲が良かったんじゃなかったのか!?平和な世界を愛していたんじゃないのか!?」

 アーシャが姫様を殺した理由。これが全然分からない。
 見ている限り、アーシャは姫様と話をした後はすごく楽しそうな顔をしていた。僕と違って本心から姫様と話をすることを楽しんでいたように思える。

「……そうだね。私だって、自分がおかしいと思ってるよ」
「どうして……」

 アーシャは僕の顔を見て、良く分からない顔をしていた。
 泣きそうに唇を噛み締めているのに、なぜか嬉しそうなのだ。
 これは、どういう意図なのだろう。

「虫唾が走るんだよ。セルジュを見ていると。その平和ボケした顔を見ていると」
「え……」

 アーシャが暗い笑みを浮かべた。
 目元が笑っていないが、口元だけ弧の形を描いている。
 アーシャらしからぬ、無理やり作ったような笑いだ。
 吐き出された言葉よりも、彼女の表情の方がずっと気になっていた。

「だからね。セルジュの大切なもの全て奪ってあげたら、どんな顔するのかなって。まだまだ足りないみたいだけどね」

 アーシャが小さな細い手で髪を掴んでくる。
 力いっぱい掴んできたようで少し痛かったが、そもそもの力がそれほど強くないので顔を歪めるほどには至らない。
 髪を掴んだまま、顔を近付けてくる。少しこちらが顔を動かせば、鼻が当たりそうな距離だ。

「私を殺さないと、セルジュの大事なもの、全部なくなっちゃうよ?」

 にっこり笑う彼女の顔は、嬉しそうだけど、すごく悲しそうだった。
 僕が大好きだった、あの平和好きの柔らかい雰囲気の彼女はもういないのだろう。だって、あの子はこんな言葉は絶対に吐かなかった。
 こんなことになってしまったことを呪うべきなのだろう。でも、完全に彼女を敵とみなすことができなかった。
 それどころか、完全にこの状況を憎むことすらできていない。
 僕に興味を向けてくれていることを、嬉しく思っているのか。
 僕にどこか執着のようなものを抱いてくれている彼女を、愛おしいと思っているのか。

「じゃあ、アーシャは死なないといけないね」
「そうだよ。さあ、殺しなよ。セルジュ」
「意味分かってないんだ」

 アーシャの腕と頭を掴み、そのまま口付ける。
 目を見開いた彼女の顔は、彼女が別の人間になっていたわけではないことを語っていた。

「まあ、死なせないけどね」

~END~

3rd story ( No.4 )
日時: 2014/03/09 09:50
名前: アーク (ID: Je/H7tvl)

「ただいま戻りました」

 僕が入ると、城の者も街の者も群がって来る。
 皆、姫を殺したアーシャが死に、姫の代わりが見つかれば世界は元通りになると信じているからか。
——実際は、姫が死んで王族が終わった時点で、世界はほぼ終わったようなものだというのに。
 王族の力と同じような力を受け継いだ者などそう見つかるとは思えない。それに万が一見つけられたとしたら、アーシャの生死に関わらず世界は蘇らせることができる。
 ……それなのにアーシャの死を望むとは、愚かだ。
 まあ、世界を守る存在を殺したアーシャを処刑しようと考えることは至って自然なことなのだが。
 罪を犯した者は、罰されなければならない。
 そしてアーシャが罪人ということは、僕は分かっている。
 僕にとっては、その罪すらも愛おしいが。
 人を殺したその行為を愛おしいと思うのはおかしいことなのだろう。それで僕のことを想ってくれていたと喜ぶなんて、恋愛でラリっているどころか狂っていると言ってもいいだろう。
 それでも、そうなのだから仕方がない。

「こちらが、罪人の臓物になります」

 白雪姫という童話では、姫を殺すように言われた狩人が、姫を哀れに思って姫の臓物の代わりに獣の臓物を王妃に渡したのだという。
 僕が持ってきた臓物も、アーシャのものではない臓物だ。
 ……僕が持ってきたものは、獣ではなく人間の臓物だが。
 人間の臓物ならば、詳しく調べられたってアーシャのものじゃないだなんて分からない。
 赤の賢者を除いて。
 赤の賢者は戸惑った様子で僕の方を見ている。
 それはそうだろう。アーシャの気配はまだ彼女には感じられているのに、僕がアーシャを殺したと臓物を持ってきたのだから。
 ああ、彼女がいると面倒だ。

「赤の賢者。少しよろしいでしょうか?」

**********

 セルジュの意図が分からない。
 とても嬉しそうな顔で私に口付けたかと思うと、私を縛ってどこかに行ってしまった。
 私の不意をついて、動けなくするための作戦なのか。
 それに、私を死なせないとはどういう意味なのか。

「…………」

 導くことができた結論は、私にとっては喜ばしい事実だ。
 だが本当にそれは正しいのだろうか。
 いくら何でも都合が良すぎないか。
 それにそうだった場合、私のやったことは全くの無駄なことだったのではないか。
 姫が死んだことも無駄なことで、世界がこのまま崩壊していかなければならないのも何の意味もなかったのではないか。
 ……いや、セルジュはただ単に私を自分の大切なものから遠ざけたかっただけだろう。
 それなら、殺さなかった理由は思いつかないけれども。

「ただいま、アーシャ」

 気付けば、目の前にセルジュが立っていた。
 顔や法衣に赤黒い汚れをつけてとても嬉しそうに笑っている。
 まるで、宿題が終わった子供のような顔で。
 セルジュが私に近付く。鉄の臭いが鼻についた。

「……セルジュ。それは……」
「ああ。これか。ごめん、臭いよね」
「いや、それよりも……」
「すぐに洗ってくるからね」

 まるで聞くな、と言われている感じがした。
 あの赤黒い汚れは、臭いから察するに恐らく十中八九血だろう。
 ……セルジュ。人を、殺したの?
 どうして?
 何のために?
 そしてどうして私のもとに帰ってきたの?
 私のことが好きなの?

**********

「お待たせ」

 邪魔者は消えたのだ。
 これでようやくアーシャとのんびり暮らせるようになるのだ。
 アーシャはきっと、僕のことを好きでいてくれているのだと思っていた。だから僕と過ごせるというのはきっと喜んでくれると思っていた。
 ……それなのに、そんな戸惑ったような顔をしないでよ、アーシャ。
 ただの自惚れなんじゃないか、と不安になってしまうじゃないか。
 本当に僕のことを虫唾が走るほど嫌いなんじゃないかと思ってしまうじゃないか。

「これからここに色々ものを置いていこうね。アーシャならふわふわした部屋とか似合いそうだし」
「……セルジュ。セルジュに聞きたいことがあるの」
「ん?どうしたの?」
「セルジュは……私のことが好きなの?」

 何を今更聞くのか。
 ……ああ、そういえばきちんと伝えていなかった。
 勝手に伝えた気でいた。これは失態だ。

「大好きだよ。世界で1番愛してる。ずっと守るからね」

 心からの想いを伝える。
 すると、アーシャは僕の期待を裏切って、絶望したような表情を浮かべた。
 ……どうして?

「そう……。私も、大好きだよ」

 無理やり作ったような笑顔で、甘い言葉をくれる。
 何なのだ?何なのだこれは?
 僕の勘違いなのか?ただアーシャは僕に苛ついていただけなのか?
 僕を怖いと思うから、このように愛の言葉を口にするのか?

「違うよね?」
「……え?」
「アーシャは僕のことを好きなんだよね?」
「う、うん。大好きだよ。さっきも大好きだって……」
「僕といて幸せだよね?」
「う、うん」

 なら、どうしてそんな怯えた顔をするの。

**********

「セルジュは……私のことが好きなの?」

 勇気を出して尋ねてみる。
 するとセルジュは、今までで1番甘い笑みを浮かべて答えてくれた。

「大好きだよ。世界で1番愛してる。ずっと守るからね」

 ずっと欲しかった言葉だ。
 私はセルジュが好きだったのだから。セルジュが欲しくて、セルジュを奪おうとすると思った姫を殺したぐらいなのだから。
 それなのに、どうしてか。溢れてくるのは絶望ばかりだ。
 私のしたことは、全て意味のないことだったからか。
 セルジュは奪われることなんてなかったのに、勝手に思い込んで友達を殺して、残ったのはこんな蘇ることのない世界だけだからか。
 セルジュが呆然としたような顔をしていたので、私は慌てて言葉を紡ぐ。

「そう……。私も、大好きだよ」

 きっと平和な世界ならば、もっと心から素直に喜べたのだろう。
 大好きな人からの、何よりも欲しい言葉だ。

「違うよね?」
「……え?」
「アーシャは僕のことを好きなんだよね?」
「う、うん。大好きだよ。さっきも大好きだって……」

 違うってどういうことなのか。
 嫌いだなんて言っていない。

「僕といて幸せだよね?」
「う、うん」

 虚ろな目で私を見てくるセルジュが、何だか別人に見えてしまう。
 私の声、届いていないのだろうか。

「笑ってよ。アーシャ。お願いだから。ねえ、笑って。笑ってよ。ねえ」
「え、え……」
「僕とずっと平和に暮らせるんだよ?嬉しいよね?ねえ、笑って。ねえ」
「セルジュ、あの……」
「もしかして僕と、一緒にいたくないの?」

 光のないセルジュの目が私を見る。
 そんなはずはない。私はセルジュといたくて姫を殺したのに。
 だから否定しようとしたのに、セルジュの空洞の目を見てると何も答えられなくなる。

「僕のことが、嫌いなの?」
「そ、んなこと……」
「ち が う よ ね?」

 これは、誰だ。

**********

「アーシャ」
「これからずっと一緒だよ。嬉しいよね?」
「あれ、おかしいな」
「何もしゃべらなくなっちゃった」

~END~


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