ダーク・ファンタジー小説

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SPANGLE SHADE
日時: 2014/05/13 19:37
名前: ロップイヤー ◆N22zZn7ufk (ID: 8GPKKkoN)

なーんも書くことがないのでもう話を始めちゃおうと思っとる次第です。いいですよね。たとえばここで私がL型タンパク質とD型タンパク質の生理的差異について語ってもなんの役にも立ちませんもの!それではではでは、どうぞお手柔らかに。






音。光。熱。それで四割。
加えて、経験と勘。それで五割。
あとの一割は渾沌とした何か。
生き残るために必要な条件、強い騎士の条件。その構成がこれだ。
逆にいえば、これを失えばもう生き残れない。これが勝る敵には、勝てない。
決するのは絶対的な肉体ではなく、情報の集積、活用能力。
手に入れるのは、これを持たぬままに死線を切り抜けた、矛盾を起こし得る限られた者だけ。畢竟、多くはそれを待たず死に至る。

それでもなお、人は剣を抜くことをやめない。銃器が消えたのはいつのことであったか。
時期は定かでない。が、理由は至って明確だ。闘う者は皆まるで示し合わせたかのように剣を携える。
共に呼吸さえ曝け出しあった敵眼前に据え、電気信号の激流と化した神経系を酷使して刹那の命の駆け引きに興ずる。
その痛みと、恐怖と、高揚感と、そして命の終わりと。
血と肉と骨と全身の細胞が生き残るために死ぬ気になる感覚に侵され、虜となる。

景もまた、その一人だという自負がある。人を斬ることに、なんのためらいもない。そんなものを持っていたら生き残れないことも分かっている。

振り下ろされる白銀の剣。

ただ、ほかの誰かの様に、斬ることが楽しいと感じたことはない。生き甲斐と感じたことはない。
かつての幼い自分には生きる術が他に無かっただけだ。

振りの始点が分かり易すぎる。そんなんじゃゴキブリ退治だってできやしない。

自分が決して褒められたことをしていないことも分かっている。だが結局、これまで二桁年これ一本で生きてきてしまった。
何より分かり易くていい。闘えない者の代わりに闘う。そうすれば見合った金を手に入れられる。

重心移動を見極め、左右に斬り結ぶように動いては男の剣の動きを察知し勘で一気に上体を下げる。そこから二歩で今度は男の斜め後方に半分転がるように回り込む。

感覚で後ろに振り下ろされた剣を左手に携えた長剣で受け、受けたその刃をそのまま前に突き出す。
男の絞り出したような呻きが脳裏に響く。力の抜けたそいつの剣を弾き飛ばして、再び背から長い剣を突き刺す。
心臓付近に突き刺さったそれを見て、男は信じられないといった形相で目を瞠る。奴が必死で握り締めて抵抗しようとするそれを、景は捻り回して地面に平行にし、一閃して上体を吹き飛ばした。
生温かいしぶきが上がり、容れ物から中身が形を残したままに落ちてくる。
それを見ていっとき狂喜に陥る者もいるというが、流石にそれに共感できるほどぶっ壊れてはいない。

返り血にまみれながら見上げた空は、皮肉な程に気持ち良く、蒼く晴れ渡っていた。

Re: SPANGLE SHADE ( No.2 )
日時: 2014/05/11 18:12
名前: ロップイヤー ◆N22zZn7ufk (ID: CWUfn4LZ)

III
翌日、景は朝早くから街に出た。基本的に昼を過ぎてからが活動時間の景にとっては珍しいことだ。
それも今日はマフラーさえそのままだが比較的小綺麗な格好をしている。もともと容姿は悪くないから、目深なマフラーを普通に巻直せばとても好印象な青年だろう。

 だが、彼は好んでこういう格好をする男ではない。シャツは例え着てもボタン一つ二つはまず空いているし、ネクタイが首元できちんと締まっているなんて光景はまず見られるものではない。
彼はいま、第一番通り一番街区中央通りに来ている。正真正銘王都ルークテッドで最も活気ある中心街である。この通りにはある店、というか施設というか、それがあるおかげでいつもの格好でもそう目立つわけでは無いのだが、やはり一般の市民からは敬遠されるので、中心街では服装に一応気を遣う。というか、せめて中心街ではそうしろと言われたことがあるだけだが。

 その吐き気を催す様な喧噪の中でも一際異彩を放つ店がある。
騎士の酒屋の別名を持つ店、その名もRook。チェスで、城を指す駒の名称だが、その本当の意味での成り立ちを知る者は少ない。ルークでは騎士を名乗る者なら誰でも依頼を受注することが出来る。ただし、依頼者の要請が着実に達成されるために、ルーク側が定めた階級制度に従わなければならない。つまりは、過酷な依頼に挑戦したいなら実力をつけろ、と。

 階級は、知られているものでは大きく分けて5段階。下から、ポーン(卒)、ナイト(騎士)、ビショップ(僧正)、キング(王)、クイーン(女王)。それに加え、あまり知られていないが、ルークが知る者ぞ知る最高階級。一人で一城に、すなわち一国力に匹敵する者。そういった意味があるらしい。これはあながち嘘でもない。と言っても、騎士になじみのない人間には言っても仕方のないことだから、大抵の人はこれを騎士の驕りと一蹴する。それどころか、中途半端に色々と知っている者が、近年大きく台頭してきた騎士勢力をどうにか貶めようとこれを出汁にしたりすることもある。
ちなみに他にも特殊階級というのがいくつかあるが、どうでもいい話だから放ろうと思う。

 景はだだっ広いエントランスに入ると、仕事の依頼にざっと目を通してから、地下に向かう。ルークの建物は横にも縦にもそれなりに広い。上下に四階ずつのフロアがあり、各所に様々な店や施設や事務所が軒を連ねている。
今日見た限りでは目ぼしい、つまり楽で安全で給料の良い依頼は無かった。もう誰かにとられてしまったのかも知れない。景の階級は騎士。この世で最も多い層の一人だ。だから特別良い依頼が受けられる訳ではない。騎士級が卒級より数が多いのは、卒級が入る度にガンガン死んで、生き残った奴がじきに騎士級に上がって来るからだ。
確か全体の五五%が騎士級、三〇%が卒級、一〇%が僧正級、残りの五%のほぼ全てを女王級と王級が占める。

 城級と特殊階級は世界中の「騎士」の中でほぼ〇%と言っていいほどに少数だ。
彼等は女王級と比べても、いや、比べものにすらならない。その実力は言うなれば、「戦略級」。大局を揺るがし、世界を揺るがす力だ。

 依頼は期待外れだったが、もともと彼の目的はそこじゃない。景は一直線に地下三階を目指す。そこには、今日彼を呼びつけた少女の姿があった。

Re: SPANGLE SHADE ( No.3 )
日時: 2014/05/11 18:18
名前: ロップイヤー ◆N22zZn7ufk (ID: CWUfn4LZ)

IV
少女に会ったのは武器店舗の前。言ってしまえばいつもの場所だ。彼女はこちらに気づいてしかめっ面を向けてきた。
「遅い。私を待たせたわね」
「まだ五分前だ」
「待ったんだから同じよ」
無茶苦茶な言い分だ。だがまあそういう奴だ。慣れてる。
革製の衣服の上からギャップの強いエプロンを付けている、彼女のいつもの姿に、少し長めの黒髪が輝き踊る。

「こっちは客なんだが?」
上から目線で言い返してみる。
「別にあんた一人いなくなったぐらいで潰れる店じゃないのよ」
それもそうだ。もともと客がいなくても潰れていない。
「いいから入りなさい」
「はいすいません」
いつもこんな調子だ。たまにはびしっと決めようかとも思ってはいるんだが、なかなか…うまくはいかない。

店の中に入って、さらに奥の工房に導かれる。周りには目も眩まんばかりのギラギラした武器が飾られている。どれも売り物だ。あぁ恐ろしい。だいたいこんなに置いといたって売れないだろう。一日で一体何人がこの店に来ると思ってるんだ。多分五人くらいだ。五人中四人は冷やかしだ。あとの一人は俺だから,なんだ、誰も買わないに決まってるじゃないか。わはは。
「ミンチにされたいの?」
すごく冷たい声で言われた。あれ、声に出てたか。

工房に着くと彼女はおもむろにこちらに向き直ると、いきなり俺の腰と背から剣を抜き放った。
「ちょっ…」
俺が悲鳴をあげている間に彼女は会話を始めた。彼女曰く、会話、なのだ。剣の整備は。

「日向。何度言ったらわかるの。使い方が粗い」
「悪いな。だがまあ、荒く使わなきゃ俺が死んじゃうしさ」
「クソヘタクソね」
「うるせぇよ」

そこで彼女は俺の二本の剣の両方にあった細かな傷を指差して言った。冷たい目だ。
「この使い方はするなと言ったはずよ」
「すごいな。やっぱ分かんのか」
「日向」
彼女の眼が俺を射抜く様にこちらを向く。名字で呼ぶときは、情を挟まないときだ。後ろの流しで水が滴るのが聞こえる。

「分かってるよ。悪かった。だが、契約通りに使ったんだ」
「私に真を知る方法はないわ」
「美希……本当だ」
今度は俺が彼女の眼を見据えた。店のドアから客が入って来る。珍しいこともあるもんだ。

「…ならいいわ」
彼女はそう言うと、接客に向かった。入ってきた客は彼女とひとしきり話してから、眉間に皺を寄せて悩んだ挙句、後日、と言って帰って行った。
胸のシンボルを見たところ、奴は王直の騎士だろう。工房にいた俺に目を丸くしながら出て行くのを確認してから、彼女は嘲った様な笑いを浮かべながら戻ってきた。
「金の無い奴はだめね」
「何が言いたい」
「別に」
そう、ここは天下の王室直轄騎士様でもコストが高くて気軽に立ち寄れない、世界でもトップクラス、少なくともこの国では最高の武器職人、如月美希の経営する店だ。客が滅多に来ない?当たり前だろう。毎日の様にメンテナンスしに来る人間など景ぐらいだ。幼馴染特権……というか、そう、ご厚意に甘えて。

目の前で研ぎ澄まされていく自らの剣を見ていると、なんだか不思議と自分の身も軽くなる様だ。彼女曰く、俺の剣は「それなり」らしい。彼女のSABCDEの六段階評価で言うならCランク。世間的には…いや、Sじゃない?うん。
ちなみにDだと「カス」と罵り、Eだと「何これ?」と真顔で不思議がる。最低だ。

「上がり」
そう言うと、美希は抜き身の二本を再び俺の背と腰の鞘に差し入れた。恐怖。
「ところで」
彼女は切り出す。
「もう少しマシなものを差す気はないの?」
「十分過ぎるくらいさ。あんまり良いのを差すと変に思われるしな。さっきの王直の奴の表情も見ただろ?釣り合わねぇんだよ」
「景がお遊びの影役なんかやってるからね」
冷めた目でこっちを見る美希。おっと、不本意だな。
「お前だって賛成してたじゃないか」
「あたしは解釈転職については認めてないわ」
解釈改憲みたいな意味だろう。
「本来の仕事をする気はないわけ?」
彼女は俺の仕事の本質を知る数少ない人間の一人だ。俺は少し考えてから言った。
「似合わねぇだろ」
美希もけらけら笑った。

それから、ふと思いついたかのような風に、彼女は話を切り出した。
「あぁそうだ」
「嫌だ」
とりあえず先手必勝。
「景。あたしはまだ何も言ってない」
当然の返し。ほう、なかなかやるじゃないか。
「あぁ…そうだな、すまない」
ついクセでね。
「ん。それでな、景。久々に依頼を頼もうと思う。」
「そうか、じゃ、そいつによろしくな」
ついに張り倒された。痛え。
「なにすんだよ」
「お黙りなさい。あたしの依頼から逃げようなんて甘いわ」

 おかしい。通常頼みごとをする方よりされる方が強い立場のはずだ。どこかにこのバカヤローを黙らせるカギがあるはずなんだけれど首筋を金属が撫でる。
…あ、殺られる。
「分かった!分かったから離せって!」
クライアントは舌打ちしながら俺を解放してくれた。なんてお優しい。
 
 「…で?なんだよ」
俺は恐る恐る拝聴した。

Re: SPANGLE SHADE ( No.4 )
日時: 2014/05/13 17:26
名前: ロップイヤー ◆N22zZn7ufk (ID: 8GPKKkoN)

V
話はこうだった。依頼は装具用の素材調達。市場にはほとんど出回らない、接着剤の採集だ。

上位騎士の装備の大半は接着剤による繋ぎが行われている。彼女はその使用をあまり好まないはずなのだが。また、市場に出回らないようなものがそうお安く手に入る訳でもない。だから、並以下の装具師は残念ながら他の方法であくせくしながら素材の接合をすることになる。とはいっても、その接着剤が必要になるのはそれこそ市場には決して出回ることのない第一級素材の接合を行うときくらいのものだ。だから、その辺の装具士にとっては差したる問題でもない。

そして、その対極にいるのが、まさにこの心優しき依頼人、龍崎美希をはじめとするトップ層で、そのレベルになると、今度は接着剤に勝る技術を持ち始める。すると接着剤は一級装備に必要になるどころか、装備の質を落とす要因になってしまうというわけだ。

とはいえ、接着剤をつかうメリットは他にもある。本人曰く、
「早いし、楽」
だそうだ。そして、
「弱っちいくせに金だけある……なんていうの、ボンボン?あんな奴らのために何であたしが真面目に仕事しなきゃいけないわけ。あいつらがあたし装具を身につけるところを想像しただけで」
そこで一度言葉を切る。
景は次の言葉を一応待った。

「……妊娠するわ」
「なんでだ」
「それくらいショッキングなのよ」
「どんだけショッキングなんだよ」

そんなやりとりを思い出しながら景は美希に尋ねる。
「俺は取りに行ったことないんだけど。他の奴のほうがいいんじゃないか?」
「そう思って行かせた奴が帰って来ないのよ。多分もう帰って来ないでしょうね」
さらっと恐ろしいこと言われた。
「で、ルークの方でも調査しなきゃってことになってるのよ。まぁあたしは死体に興味なんてないから。接着剤だけ手に入ればそれでいいわ」
「血も涙もないな」
一応切り返してみた。それより調査と言ったか?それはつまり、いや、やはり…………。
「あたしだってまさか彼が死ぬとは思わなかったわ。何度か頼んだことあったしね。今までにも」
最早死んだことは確定らしい。まあ、妥当な判断と言えばそうだが。
しかしなるほど。例の接着剤がある場所は結構ハイレベルな騎士でないと危ないフィールドにあるらしいとは聞いたことがある。僧正級が妥当、王級や女王級なら確実と言われるが、彼らでも油断すると危ないらしい。

当然わが依頼主様はお金に困っておいでの方ではありませぬゆえ、王級か、さもなくば女王級をお雇いになられたことでしょう。
「くるしうないわ。そのとおりよ」
最近思っていることがペラペラ口から出ているらしい。外で気が張っている分、こういう馬鹿げたところにくるとうぎゃあぁあぁ!!
「その女王級の彼が死んじゃったらしいから、ルークも放っておけないわけね」
人の顔面の数センチ横に宝刀級のナイフを突き立てながらさも当然の如く思案顔を見せる美希様。
「それ、俺無理でしょ」
当たり前だ。当たり前だバカめ。おれは騎士級だぞ?この世で最も多いアリの群れの一匹だぞ?それをライオン蹴散らした正体不明のデッドリィポイズン的な何かにぶち当てようってのか。なに考えてんだ笑っちまうぜ。さっきのセリフの後に
「ψ(`∇´)ψ」
とかそんなの付け加えた方がよかったかな。

「じゃあ…………だめなの?」
美希が不意に頼りなげな表情を見せる。俯くと、普段分けている前髪が降りて、顔に影を作る。この顔は、この表情はずるい。景は美希のこういう顔が苦手だ。特に幼馴染ともなれば、思うことは深い。美希は考えもしないだろうが。

「…悪いが、あえて俺が行く必要はない気がする。ルークも動くんだろう?女王級が殺られた。もしそうなら、次に動く奴はもう決まってる。……城級だ」
戦略級が、動く。なら、景の出る幕じゃない。

美希はおもむろに顔を上げると、そのまま、また深い思案に落ちていった。彼女の中で、何かの葛藤が渦巻いているみたいだ。ぱっちりとした瞳が儚げに揺れる。垂れた前髪がその迷う瞳を隠す。無言の間が短くない時間降り続けたが、景はあえて沈黙を破ることはしなかった。そして再び現れた彼女の瞳には、一切の迷いは消えていた。しかしその眼に強さはなく、諦めたようなか弱さが滲んでいた。

「景」
神妙な面持ちで話し始めた。
「これが何か、分かる?」
美希が工房の引き出しから取り出したのは、こぢんまりとした、コンパス。長く、染めて青味がかった黒髪を結んで横に流すと、彼女はゆっくりと蓋を開けた。
景には、それが何か分かった。
「妖気計」
それは、ある種の呪いに近いものがかかってしまった装具に反応する、いわゆる、妖気を計りとる器具だといわれる。直接見るのは初めてだろうか。ただのコンパスを、呪装とよばれる呪われた装備に押し当てることで生成し、一つの呪装につき一つのコンパスが対応するという仕組みらしい。

普通お目にかかることは滅多にないが、トップクラスの装具師ともなると、未知の素材から装具を鍛錬することが日常茶飯事となり、その分呪装が創生されることも多くなる。らしい。それが何の関係があるのかは、よくわからなかったが。

「で、そんなにまずい呪いが掛かった装具があるのか?」
景が問いかける。
「景。あんたは意味を知ってて呪いという言葉を使ってるの?」
逆に問われた景は少し逡巡してから、
「呪い……俺はそのままの意味で理解していたが…」
そう答えた。美希は穏やかに微笑って首を横に振った。今にも崩れ落ちそうな、そんな微笑みだった。
「呪いというのはね、あたし達トップ層の装具師がくっつけた体の良い隠れ蓑だから。さらけ出して言うならね、呪装というのはある種の失敗作かな」
「失敗作?つまり…呪いは人為的なミス…ってことか?」
景は慎重に聞き返す。そうしなければいけない気がした。
「そう、ミス。それも重大な。いい?呪装が創生されるには一つの縛りがあるわ。絶対的な、ね」
「縛り?」
「ええそう。それは素材。基盤になる素材が、何か……何でもいいけど、思想や歴史に深い由縁を持つものだったりするときに、何かを間違えると呪装は創生されてしまう。特に装具師の腕がついていかないとき程、その可能性も上がるわ」
「…何かを、間違えると?」
「そうね。何かを、間違えると。それはまだはっきりしない、というより、素材によって異なるみたいね。大半は素材の組み合わせの問題らしいとはわかっているけれど」

景はふと疑問を持った。
「失敗作っていうなら、別にただ単に不出来な装具ってことだろ?トップ層の装具師が失敗を隠す為に呪いの話を持ち出したってことか?」
普通、装具の依頼主は納得しないはずだ。頑張って良い素材を命がけで集めた結果、ヘタクソな装具が出来上がって、謝りもせず、理由は呪いですって?いくらトップ層の装具師とはいえ調子に乗り過ぎってもんじゃないか?
「いや、うぅん、それも間違いではないけど。お前が疑問に思っていることも大体理解できるよ。だが、装具師が呪いにかこつけて隠したかった本当の事実は……」
景はただ、次の言葉を待った。聞いたら引き返せない、そんな危惧を抱きながらも。

Re: SPANGLE SHADE ( No.5 )
日時: 2014/05/13 18:30
名前: ロップイヤー ◆N22zZn7ufk (ID: 8GPKKkoN)

「…副作用」
途切れながらに聞こえた言葉の意味を、景は絶句して咀嚼する。
副作用?装具に?それじゃ本当に呪いと呼んでなんら差し支えないじゃないか。呪装とはいえ、景は実際に使用者への害があるとは夢にも思わなかった。性能が良くても形状がやけに不気味だとか、条件によって妙な化学反応を起こすとか、そんなことだろうと思っていたが。

「呪装が超自然的な力をもつことは事実。因果が深ければ深い程、強大な現象を引き起こす可能性を秘めている。でも、その代わり反動も大きい」
美希は思いついたように景を見つめる。
「かつて、時が止まって見える程に知覚能力を開花させた人がいたわ」
 景は言葉を失った。呪装はそんなことを人工的に可能にさせるっていうのか。
「それだけ圧倒的な知覚力を有していると、対人戦闘で負けることなんてない。あたしに騎士じゃないしは実感はないけどそういうもんでしょ?」
おもしろそうに景に問いかける美希。その口ぶりに、景は苦笑する。
「まぁ…反則的に有利かもな」
「そう。でもその人の能力は、当たり前だけど呪装の力だった。それから何度も持ち主が変わって、だけどその度に呪装はその副作用を使用者に浴びせかけたわ」

美希の目に、冷たい光が宿る。
「平均で13日くらいだったわね。完全失明まで」
「…………!?」
「そして17日であらゆる感覚器官が腐るわ。もう二度と、何も感じられなくなるの。剣を握る感触はもちろん、家族や友達、愛した人の温かさも、何もかも」
伏せた目は、一転して情がぼやけて、しかしすぐにまぶたが閉じられる。
「最悪なのは、失った感覚を取り戻そうとしてさらに呪装の力を頼ったときよ。悲惨だったわ、彼の思念が呪装に願いを託したのかしら。全身の毛穴が一気に開いて、見えない眼を真っ赤に血走らせて。終いには本当に眼球から血を吹いて、同時に身体中の血管がイカレて。全身の毛穴から血が噴出し始めたと思ったら、気がついたときにはところどころ肌色の真っ赤な塊が目の前にあったわ」
「…………そんな…」
ぞっとしない情景だ。

工房の照明はそろそろ寿命らしく、明滅を繰り返している。美希はさらに言葉を紡いだ。彼女の眼にはどこか、諦念の色が見えた。
「2ヶ月前」
「あたしはかねてから欲していた一本の黒薔薇を手に入れた。かの古城ヴァストブルクの王座に一輪だけ咲くその花は、伝承では全ての邪を溶かし落とす性質を持つとされていた。つまり、聖の属性を持つというの」
ヴァストブルク。約1000年前に造設された古城だ。色々と噂の絶えない薄気味悪い場所だが、だからこそ、価値の高い、美希に言わせれば由縁ある素材に溢れている。超自然現象、そういう力が認められて久しい今、研究、技術発展を遂げた今でさえ、謎多き城だ。

彼女は工房の奥の倉庫を指して続けた。
「あたしも膨大な数の呪装をかつては、いや、今でも世に生み出してしまってる。だから、全てあそこにしまっておいたの。誰にも使わせまいと、たとえ偶々街で見かけた他人の装具であったとしても、大金で買い取って、しまったわ。ライセンスを見せて、呪いだなんだ大仰に言って、有無を言わさずね」
確かに世界で序列3位内に常に入り続け、基本1位とかいう化け物じみたスミスにそんなことを言われたら、誰だって明け渡すだろう。カネも相当積んだだろうし。
少し懐かしがるように話す姿は大袈裟にも見えたが、続く話でそんな印象は吹き飛んでしまった。

「でもあたしは思ってた。もしあの呪装から呪いが解かれたら、それはそれはどんな素晴らしい装具が出来上がるかって。そしてそれを叶える素材は手に入ったの。あの黒薔薇が。だから、どうせならこれまでの呪装全てから呪いを解いてやりたいと思った。黒薔薇は一本しかない。もう手に入らない貴重な品だもの。存分にその力を発揮させてやりたいと思ったの。全ての呪装から一振りの剣を創り上げようと思った。かつてない、本当にかつてない、伝説として名を刻む剣を」

景ははっと息を呑む。確かにそうだろう。呪装の条件は由縁ある素材。どうしてもワンメイク品、世界で一つ限りの装具とならざるを得ない。伝説を紡いだ素材からなる装具。伝説を受け継ぐ装具。それを、彼女が膨大な数というのだから、それこそ星の数程詰め込んで出来た一振り……。

想像を逸脱する逸品である事にまず間違いはない。胸の内に妙な高鳴りがあるのも否定はできない。だが…。
「その、薔薇の力が足りなかった、とか?抑えきれない因果が暴走した…とか?」
景は、言葉を選んで恐る恐る聞く。気が気ではなかった。美希は、本当は創生の過程で何か身体に耐え難い傷を負ってしまったのではないか、と。

だが幸い、美希は首を横に振って、また、微笑った。自虐に満ちた目を隠す事もできずに。
「成功したよ。狙い通り、黒薔薇は数えきれない程の呪いを全て溶かした。後に残ったのは予期した通りの、ううん、それを遥かに上回る、美しい漆黒の剣。でも…あれは美し過ぎた。あれは余りにも美し過ぎた。まるで世の終わりを見るように深い、深いそれに、あたしは引きずり込まれるような感覚になったわ。きっと装具師たる血が騒いだんだろうね、景が見てもそこまでの感覚をは得ないはずけど。でも、」
表情が変わる
「あの剣とは一切の会話が出来なかった。そこで異変に気づくべきだった」
「……何?」
またも、俺は絶句した。会話。それは比喩ではない。彼女曰く、本当に装具、特に刀剣とは、綿密な会話を交わすのだという。そこいらの装具師がそんな事を言えば馬鹿にされるのがオチだが、彼女程の装具師が会話するのだと言えば、誰も反論する事は出来ない。
現に彼女は今も世界のトップであり続けている。その彼女が会話出来ない剣。それは、いや、それこそ……

俺は躊躇った。吐き出して良い言葉なのか。この言葉は今の彼女の話の全てを無為にするものだ。
俺の逡巡を悟ってか、彼女が代わりに紡いだ。

「紛れもない、呪装」
工房の照明が、ついに途切れた。店が地下にあるから、自然光は期待出来ない。そもそも工房は店の奥だから、外の光は入らないのだが。店の光が辛うじて入る以外ほぼ真っ暗になってしまったが、景は構わず続きを促した。
「あたしはそう思ってできる限り強いコンパスを押し当てた。それが、これ」
再び蓋の空いたコンパスを示す。純銀製で、明らかにワケあり品だと分かる何かの紋章が象られている。
「元々は、ヴィダルゴの天操盤、と呼ばれた代物。ウソかホントかは知らないけど、伝承ではでは、天気や気候を操る力があったとか。まあ、時の権力者ヴィダルゴの当時の権勢を讃えたもの、という見方が強いけど、あらゆる神器を有した当時のヴィダルゴなら、本当に多少の天気操作くらいはやってのけたかも、しれないわ」
つまりは、これまた伝説級のコンパスということだ。なんでこんなものを持っているのかは聞かなかった。
美希は趣味で骨董集めだとか、それこそ伝説級の珍品集めなんかをやったりはしていない。だが、運よく持っていた、というのは出来過ぎだろう。おそらく彼女も気づいていた。最悪の結末を辿る可能性を。

「その剣はまだ倉庫の中に……いや、無いんだろうな。盗まれた……わけもないだろうし……」
彼女がいまこんな話をしている。もし手元にあるなら、相談するにせよ、あんな泣き出しそうな顔で話さないはずだ。かと言って、世界最高峰の職人の工房には、何人たりとも入り込めないセキュリティが組み込まれている。彼女自身が独自開発したそれは、たとえ戦略級の騎士が叩こうとも、簡単には破れない。恐るべき強度と言える。となると、一体どうして……?

「セキュリティは破られてなかった。当たり前だけど」
こっちの考えを見越してか、美希は付け加える。だが、いつもなら自信から来るそのセリフは、今回は別の意味を含んでいた。
「剣がね、内側から出てったのよ」

Re: SPANGLE SHADE ( No.6 )
日時: 2014/05/13 19:47
名前: ロップイヤー ◆N22zZn7ufk (ID: 8GPKKkoN)

「妙なことをいうな。元々工房にあったんだから、内から出て行くのはあたりまえだろ」
本気で妙だ。美希はこんなことを言いたいんじゃないだろう。だが、彼女の言いたいことが分からない。

「だから、出てったのよ。剣が。自分で歩いてったわ。おそらくあの黒薔薇が、他の呪い全てを取り込んで自らの意識だけを覚醒させたとか、でも歩くっていうのはヒトのカタチだったってことで、えっと……」
俺も何がなんだかわかんなくなった。剣が。剣が?剣がヒトのカタチ?ボケたかこいつ。
先程の宝刀が頬を掠める。なんでこんな時だけ口から出るんだ。理不尽だ。あと、暗いんだからホントに気をつけて欲しい。
「ボケてないわよ!!ちゃんと見たの。写真まで撮ったわ。あの時の冷静かつ可愛い自分自身に乾杯……」
こいつ結構余裕なのかな。そりゃまあ可愛いけども。言いつつ、ヒラっと放ってきた一枚の写真を見て、景は眼を見開いた。

そこには、まだ年端もいかぬ、たぶん10代前半位の女の子が、漆黒の剣を引きずり歩いて行く様が鮮明に記録されていた。
薔薇と、黒アゲハを一体にした様な、小ぶりで精巧な髪飾りが、長く流れ、透き通る様な漆黒、そんな印象を持たせる髪にさり気なく留められ、風に髪がなびくのに合わせて、舞っている。が…。
「俺には、女の子が剣をかっさらった風にしか見えないぞ?」
そう、肝心の剣は、剣のままだ。ヒトになったりはしてない。そこで、美希はため息をつく。

「景、例えば今あなたが携えてる剣を、10歳の女の子が持って歩ける?見たところ背丈は150cm……無いわね、せいぜい145そこそこってとこかしら。それにすごく綺麗にやせてるわ。無駄の無い……まるで薔薇の茎のように。ま、胸はあんまり無いみたい。残念ね」
景は無視して話を進める。創られた剣の格を考えても、景の剣より確実に重いだろうことは分かる。
「そうか。……確かに妙だ」
「妙ってほどのことでもないわ。10歳の頃はこんなもんよ。むしろ平均よりずっとある方よ」
「誰が胸の大きさが妙だと言ったバカ」
呆れて無視出来なかった。

「それにね……」
さらに何か言おうとする美希を制しようかと思ったが、彼女の不安げな目つきを見て思いとどまる。
「ちゃんと見てたわ。あの子が剣の中から、魂が抜けた様に……幽霊さながらに抜け出すところを。声までかけた。貴女は黒薔薇か、ってね。でも応えてはくれなかった。結局、あたしはヒトになったあの剣とさえ、会話することは叶わなかったのよ」
悲しげに呟く美希。確かに、剣と会話を交わす時の美希は実に幸せそうな顔をしていた。それだけに、自らが美しさに引き込まれそうになった程の、最高傑作だった剣と、一言の会話すら交わせなかったことが、本当に悔やまれると同時に悲しいのだろう。

 しかし流石に、今の話をそう易々と受け入れられるほど景のキャパは広くない。呪装という代物は、一体どこまでの可能性を秘めたものなんだ。副作用なんて言葉じゃ片づけられない現象が当たり前に起こっているじゃないか。薔薇だったのだろう。ヒトになった?何もかもが解らない。あらゆる不条理を覆す、超自然的な能力。それは確かに呪装に認められた要素であって間違いない。間違いはないが……こんなことがただ理由もなしにあってたまるか。呪装だからで済まされてたまるか。
 景の思考はだんだんととりとめのない方向へ、深みへはまっていた。冷静になれ。少なくとも話は嘘じゃない。起こっていることを疑うな。信じろ。…美希を疑うな。

景は工房の片隅に掛けられていたランプに火を灯した。景の記憶する限りずっと昔から彼女の工房にあったものだ。こうして火を灯したのはいつ以来だろう。久しぶりの目覚めだが、その焔は彼女を労わり、守る様に、優しく、そして勇猛に己を奮い立たせていた。
要は、彼女は女王級の安否不明から、自らの呪装を連想し、自分の剣がただ人を殺す呪いへと変貌したことを想像して、恐れているのだ。景はコンパスを受け取って、それに従って歩けば良い。その先で剣の存在と女王級消失の場が重ならなければ、彼女はこんなに思い詰めなかっただろう。

景は、美希の頭に手を置くと、コンパスが乗った彼女の左手に、自分の右手を重ねた。
おもむろに顔をあげた美希に笑いかけて、彼女の頭を左手で何度かさすった。昔から、景は彼女を慰める時はいつもこうする。他に方法を知らないから。美希は気が強い。外側が強いから、という訳ではないかもしれないが、彼女はとても打たれ弱くもある。結局やっぱり、景は美希のこういう姿に、弱い。
景は純銀の羅針盤を今一度開き、目指す場所を確認すると、工房の中央の壁に掛けられた剣を取り外し貼られたテープを剥がした。針は、接着剤の産地とほぼ正反対の方角を指し示していた。産地が動くはずはないから、黒薔薇の剣がその位置を変えたのだ。景が何も聞かずに依頼を受けていれば、この事実に一切触れることなく仕事を終えていたはずだ。だが今は、目的地が反対方向になってしまった。最初の依頼は、また今度だ。

「相手がデカイと、剣の1本や2本、折られちまうかもしれないだろ?サービスしてくれ」
景が笑うと、美希もつられて微笑った。
「レンタルよ。レンタル料は今回の報酬から引く。何も残らなくなるから、終わったらきちんと、接着剤も取ってきてもらうから。だから、ちゃんと帰って来て。危なかったら、逃げていい。きっと勘違いしてるから、言っとく。景の目標は、どんなになってもちゃんと帰って来ること、だから」
赤くなった目尻を光らせる。本当は頼みたくなかったのだろう。だが放っておけなかった。彼女の優しさが、彼女の行き場を失わせてしまっていた。

自らの中に、疑いようのない戸惑いがある。世界最高の装具師に伝説を刻むと言わしめた剣。正直想像もつかない。だが、美希の本気の依頼だ。彼女は、本当は呪装の話を出すことさえ心苦しかったに違いない。自分の恥を晒す様なものだし、彼女のことだから、うまくできていたら景に持たせるつもりだったのだろう。それを思うと、なんだかむず痒い。だが、結果として、話を聞いたのは正解だった。そんな魔剣の存在がルークに知られれば、いくら美しい剣に心奪われたとはいえ、彼女はそれを放置した罪を糾弾されるだろう。

目下、景の目標は二つ。一つは事態調査に間もなく踏み切るであろう戦略級騎士に先んじること。必要とあれば……彼らとの戦闘も、止むを得ない。景は、世界を左右する力に立ち向かわねばならなくなるかもしれない。そして二つ目。本命は、少女の持つ、魔剣、それ自体だ。

「久々に名乗ってくるかもな」
景は2本を腰に、1本を背に剣を差すと、コンパスを握って店の扉を開け放った。
ほんの数時間、これが、人生を変えた数時間だったかも、しれない。


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