ダーク・ファンタジー小説

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僕らは、あなたを殺したい。
日時: 2016/02/07 12:16
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: clpFUwrj)



 愛しき翳に、僕らは溺れてしまっていた。



 □初めまして、浅葱 游(Asagi Yu)といいます。
  普段は複ファジで『失意のセレナーデ』を書かせて頂いてます。
  故に更新は遅めです。



 □当方『和風ファンタジー』となっております。
  原題『鳳の狭間』



 □目次
  第零話 : あなたを殺したい。
  >>001

  第一話 : 出合い
  >>002 >>003



 □更新履歴
  01/21  第一話(二) 更新





  Since.2016.01.13



 □

Re: 僕らは、あなたを殺したい。 ( No.1 )
日時: 2016/01/16 16:01
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: G1aoRKsm)


 第零話 : あなたを殺したい。


 不気味なほど雲が近く、ざあざあと雨が降っていた。時刻は丑三つを回ろうかという頃、未だ大広間には灯りが灯っている。帝への謁見は当然の如く全てが終わり、そこに居るのは帝とその妻が二人、宰相、帝と宰相の付き人の六人だけだった。

「それで、話というのは」

 肘掛に右ひじをのせ、体重を預けただらしの無い格好のまま帝が尋ねる。正面に座す正妻、雪乃は、たいそうひどい剣幕をしていた。怒りを静めようとしているのか、眉間には深く皺が刻まれている。

「一体これは、どういうことです? 尚季タカスエ様ともあろう方が、このような下衆と関係を持つとは……」

 睨むようにして雪乃が見たのは、この場に相応しいとはお世辞でも言えないほど、みすぼらしい着物を纏った一人の女。名前を、ミヤコという。帝都の片隅に設けられた遊郭の出で、その中でも虐げられていた身分のものであった。

「それがどうした、雪乃よ」

 身分に問題があるのか、と。
 何を怒っているのか分からないと言いたげな視線を向ける尚季に、雪乃は更に噛み付く。

「どうしたではありません! 帝の地位を何だと思っておられるのです! 尚季様の犯したことは、あってはならないことなのですよ!」

 前傾姿勢になってまでそう怒鳴る雪乃に、尚季は内心面倒くささを感じていた。好きな女と関係を持つことの何が悪いのか。政治のため、両家の地位を安泰させるため、そのために関係をもったことの方が悪いのではないか、と。顔には出さない感情が、渦を巻く。
 ちら、と京を見やれば、一切顔を上げずにその背も丸くしていた。

市春イチハルレイ、此処から去れ。私と彼女等で話がしたい」

 正面に座す二人から視線を外さずに、宰相である道洟ミチハナだけが残るよう告げる。名を呼ばれた二人は恭しく座礼をし、音を立てないよう気をつけながら部屋を後にした。道洟も尚季に軽く会釈をし、一歩後ろへと下がる。

「私が遊女と関係を持ったのが許せないか、その子を授かったことが許せないのか? 雪乃、私はお前の全てではない。お前も、私が全てであるまい」

 見る見る内に、雪乃の表情が変わっていった。怒りだけだったものが、徐々に悲しみとも絶望とも分からないものを帯びていく。いや、憎しみか、と尚季はその様子を見ながら納得した。所有物を取られることが嫌いな女だったな、と。

「……子を授かったなぞ、聞いておりませぬっ」

 だんっ、と右の拳で畳を殴りつける。力強く握り締められた掌には、きっと爪が食い込んでいることだろう。

「奥様、そのままでは掌に傷が」
「あなたは黙っていなさい!」

 身を乗り出した道洟に怒鳴りつける雪乃は、もう既に分別などついていないのかもしれない。再び京を見れば、雪乃が恐ろしいようで肩を震わせていた。

「ならば、私を殺してしまえよ。雪乃。お前は私を殺したいほど憎み、それでも愛しているんだろう? ならば、京と手を取り、私を殺めよ」
「尚季様何を仰るのです!」

 胡坐をかき、わずかに前傾姿勢になる。きっと私は疲れているのだ。厚畳の後ろに置かれた短刀を、二人の前に投げ捨てる。不安気な表情をする道洟に一言、

「すまんな。このような最期で」

 と言えば、泣き出しそうな表情で「いいえ」と声を震わせた。二人は驚いているのだろう、お互いの顔と短刀とを交互に見ている。殺したいほど憎んでいるのは事実のはずだ。今まで、これから。歴史に名を残す人間が、最底辺に近い身分の者と関係を持ったのだから。

「私を殺したところで、二人は何の罪も問われん。見ているのは、道洟だけだ」

 さあ、殺しなさい。
 二人をじっと見つめる。歯がすれ、軋む音がしたかと思うと、雪乃が短刀を持ち立ち上がった。私はそれを微笑を浮かべて見上げる。

「雪乃一人に業を圧しつけるか、京」

 声をかければ戸惑いながらも立ち上がり、雪乃の直ぐ傍へと向かった。まだどこか逡巡するような二人を、私はただひたすら見る。真白い着流しが紅色に染まるのを見たくないのか。身体に突き刺さる短刀から、感触を得たくないのか。
 ゆっくりとではあるが、二人は私へと迫ってくる。見上げるのも首が痛くなり始めた。昼間のように美しい十二単で着飾った雪乃は、我が強いながらも素晴らしい女であったなあと、出会ったときを思い出す。京にも同じで、昔のことばかり思い出された。

「尚季様を……殺したいほど憎んでなお、私は、貴様を愛しております……!」
「尚季様。私のようなものを愛して頂けたこと、有り難く思っておりました。私も、愛しております……」

 言い終わり直ぐ、腹部へ激痛が走る。呻き声を漏らすまいと口を紡げば自然と腹に力が入り、二人が横へ動かす刃を挟もうとした。それがまた、新たな痛みにつながる。
 噴き出す血を、顔を強張らせて見る二人を遠ざかりつつある意識の中に見、がくりと頭を垂れた。——全てが、すっきりしている。

「あ、あぁ……尚季様……っ」

 短刀から手を離した二人は、今更怖気づいたように足を震わせながら後ろへ下がった。噛み合わない歯をがちがち鳴らしながら、雪乃も京も、屍となった尚季を見ている。さっきまでの現実が、非現実のように思われた。

「おやおや、何だ道洟。本当に殺させてしまったのか! カッカッ! こりゃあ愉快なもんだな!」

 あまりにも場違いなその声は、骸から少し離れたところに座す道洟のすぐ後ろから聞こえるものだった。恐ろしがりながらも、雪乃は道洟を睨む。

「ふうむ、お前らが主を殺したか! カッカッカッ! 殺す勇気もなかったくせに、主の下手糞な言葉に乗ったか! そうかそうか!」

 その声はふっと、姿を現した。

「ひっ!」
「な、何よあなた!」

 切れ長の瞳は帝都に住む大多数とは異なり、僅かに翠が混じったような金色を宿していた。腰のあたりで結われた長い髪は黒く、その頭頂部には大きな耳が二つ。豪華に着飾られた帯の下辺りからは、同じく黒い尾が生え左右に揺れていた。

「名乗るほどのもんじゃない、とでも言っておこうか。主を殺された手前、お前らには相応の罰でも受けてもらわんとならなくてな」

 何処からか煙管を取り出し、煙を口から飛ばす。

「さあ、どうしてくれような」

 面白い出し物を見るような笑顔を向ける人狐の帯から、零と書かれた札がぶら下がっていた。

 雨は未だ止みそうにない。

Re: 僕らは、あなたを殺したい。 ( No.2 )
日時: 2016/01/21 17:24
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: /48JlrDe)

 第一話 : 出合い



「最近はなぁ……」
「そうねぇ。尚綱タカツナ様ったら、一体どうされてしまったんかしらねぇ」
「妖かしモノなんて今まで保護することなんかしとらんかったんにな」

「変わってしまわれたのねぇ——」

 ざあっと風が大きくなる。木の葉同士が擦れるのを伝播し、まるで獣の咆哮のようだ。煩くてかなわない。
 青年は汗を拭い、大きな門を見上げた。立ち止まる青年の横を、多くの農民達が通り過ぎていく。通り過がる人たちは、帝のことや商売のこと、様々なことを話しながら門の中に吸い込まれていった。

 普段よりも騒がしい帝都テイトの門には、“初夏の集い”と書かれた旗が飾られていた。

「ぼさっとするでないぞ、幸水コウスイよ。わし等にゃやらんといけない事があるのだからな」

 青年——幸水の背中を、やけに年寄りじみた口調の大人びた青年がぽんと叩く。外套ガイトウで頭を隠した青年の口からは、人よりも鋭い犬歯が見えた。

「分かってるよ、ココノエ

 幸水は九を見上げ、強く告げる。優しげな声に含まれた覚悟の強さに、九はニイッと口角をあげ、外套から頭を出した。頭部から二つ、大きな耳がぴょこんと現れる。
 外套の中が窮屈だったのか、外気に触れた耳は小さくよく動いた。肩くらいまで伸びる白銀の髪。前髪から覗くミドリを混ぜたような金目は、整った顔立ちを引き締める。

「ほほう、これは凄い所じゃあないか! な、な、幸水! わしにあの、飴細工とやらを買っておくれ!」
「おいばか狐」

 帝都に踏み入れて早々、出店の魅力に取り付かれるこの狐と出会ったのは、数時間前。その時からお調子者で楽観的な考え方しかしないこの狐に、幸水は苛立ちが積もっていた。
 口を開けば“為るように成る”と言う。どこからその自信が出てくるのかも分からず、気付けば懐柔され帝都まで踏み入っていた。

 聞けば九は亜人の中に属する“妖かしモノ”でも珍しい、人狐の一人らしい。幸水もそのことを昔話に聞いたことがあり、他にも、類を見ないほどの幻術の使い手だとも聞いたことがあった。

「——川中尚綱(カワナカ ノ タカツナ)、様」

 雑踏の中で語られる一人の名前。今現在この帝都は勿論のこと、全国をたった一人で治める絶対的な帝の名前。この国に住んでいれば、知らない人はいない若き統治者だ。
 出店を見かけるたび、食べに行こうとする九の尻尾を握りながら、幸水は先ほどの会話を断片的に思い出す。

 自分自身が人狐憑きになったこと。
 イズれ九と契約を交わす必要があること。
 今は平和でも、すぐに恐ろしい渦中に引きずり込まれること。

 今までの生活を考えれば、どれ一つをとっても有り得ない事ばかりだ。お狐様に何かをしたことは一度もないし、これから先もそんな予定は無い。それに人狐と契約を結ぶのはごめんだ。
 読物の世界でしか起こらないことだと思っていたせいか、そのような事を言われても現実味がなく信じられない。

「なあ九、恐ろしい渦中って一体何が起こるんだ?」
「ん? ああ。これからわし等は、税を納めにいくじゃろう?」

 串団子を頬張りながら、九は幸水の背負う大きな荷物を指差す。年十二回の納税の日、それが今日だった。納税日は決まって何らかの催しが行われており、帝からのお言葉を励みに、また農作業へ戻る日でもある。

「まあ、うん。行くけどさ……。だから早く食べろ」
「んぐっ、すまん……」

 尻尾を強く握ってやれば、肩がはねた後じっとりと涙目で睨まれた。
 次いで九は、コホンと咳払いをする。

「んでな、宮廷に入るじゃろう?」
「ああ」
「そこで幸水、お前を含めた農民達は有り難い言葉をもらうんじゃろう?」
「まあ、そうだけど」
「言葉をもらったあと、帝と話をしにいくぞっ」
「はあ? 莫迦だろこの狐め! あんな所で不審な素振りをしたら、椿の殿へ連れて行かれるに決まってる!」

 明日の晩御飯は焼き魚だぞっ、と言うように自然な調子で言ってのけた九に、幸水は声を荒げた。周囲の視線が集まってくるが、気にせずに続ける。視界いっぱいに九の驚いた表情が映っていた。

「あそこの警備体制をなめてるのか? 違うな知らないんだろう! 鼻の利く亜人がいるんだ、俺たちがどこで何をしてるかなんてすぐにばれる!」

 宮廷の警備には、入ってきた者のにおいを記憶し、誰が何処にいるのかを嗅ぎ分ける力がある。垂れ耳や、巻き尾が犬を彷彿とさせる宮廷の警備は、嗅ぎ分けられないものは無いといわれるほど、その力は確かなものだ。
 数年前に盗み目的で入った輩も、直ぐに捕まったとも伝えられている。

「ま、まあ待て幸水よ!」
「何だよ」

 自分よりも背の高い男に顔を近づけてすごめば、九は両手を挙げて見せた。困ったように苦笑いまでしている。

「手はある。じゃから、まずは有り難いお言葉とやらを、もらいにいこうぞ」

 いつの間にか道の先に見える宮廷を指す九に、釈然としないながらも従い大人しく歩き始める。九を信頼しているわけではないが、信頼するにはまだ関係が浅すぎるのだ。そう一人で悪態をつく。
 ほんの数時間前に出会ったばかりの人狐を信用するには、途方も無いほどの時間が必要になるはずだった。それがどうして、こうも人懐こいのだろうと思う。

「人狐は幻術で人を騙しまくってるんじゃないのか?」

 意地悪い質問だと、自分で感じる。“妖かしモノ”、その中でも人狐は特に危険視されているのだ。

「わし等の利益のために、そうする事もあるが……。わしはお前を幸福にするため、里から下りてきただけじゃ」

 そういって屈託の無い笑顔を向けるものだから、幸水は思わず驚いてしまう。この男は本当に、出会った当初から変わった“妖かしモノ”だった。

「……あっそ」
「おう、そうじゃ。慣れるまでは警戒してて構わんぞ」

 掌に感じる尻尾は、幸水を非難するどころか受け入れたいといっているように左右に動く。それが少し愛らしく、気付かれないように小さく笑んだ。

Re: 僕らは、あなたを殺したい。 ( No.3 )
日時: 2016/02/07 12:15
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: clpFUwrj)



 農民達が納税する物は、その村の特産品だったり、領地拡大の際に殺した動物や妖かしモノだったりと様々だ。

「のう幸水。幸水の納めるもんは無いのか?」

 身一つで隣を歩く自分を不思議に思ったのか、幸水が訊いてくる。同じ道を宮廷へ向かって歩く人たちは、篭いっぱいの魚や木の実を背負ったり、大きな獣を抱えていた。
 けれど自分は何も持っておらず、当たり前だが九に何かを持たせたりもしていない。

「あるけど、俺らの村はダイダラがいるから全部任せてる。その代わり、ダイダラの生活をみんなで支えてるよ」
「ほう! ダイダラか」

 ダイダラは妖かしモノの中でも希少種と言われる、巨人族だった。元々は先人達を喰らったという言い伝えがあるせいか、今現在も忌み嫌われる存在となっている。
 ただダイダラが居る地は動植物が豊富で、水源の清らかさも並ではないほど。そのため少しずつ、ダイダラと共生する村が増えてきている。

「奴とは昔よう遊んでおったわ」

 遠くを見つめ懐かしそうに語る九に、ふと感じた疑問をぶつけた。

「九って何歳?」

 そう問うてみれば、揺れていた尻尾がぴたりと止まる。足も止め、じっと自分を見つめてくる九の切れ長の瞳に、少し怖さを感じてしまった。頭一つ分大きい九に見下ろされ、沈黙が続く。

「幸水、歳は?」
「え……っと、来年で成人だから、14だけど……」

 鼻先が触れ合うのではないか、というほど近づいた顔に体を仰け反らせ答える。答えると、そのままの近さで九が嬉しそうににっこりと笑った。端整な顔が綻び、つられて緩く口角があがってしまう。
 離れた九をみながら大きくため息を吐き、尻尾をめいっぱい握ってみれば、九は肩をビクつかせ涙目になった。

「幸水。お主の26倍と少しが、わしの歳ぞ」

 九が浮かべる不適な笑み。村の子どものように、表情がコロコロと変わる。

「ほれ、もう帝の敷地に踏み入れるのだから、手形はいらんのか?」

 すぐに纏われた雰囲気は、出会った時から今まで変わらなかった、心優しい妖かしモノのそれだった。また立ち止まり、懐から証明手形を取り出す。宮廷に入る農民には、各月に行われる集いの帰りに来月分の手形が渡されていた。
 耳をピンと上に立て、警戒している風の門兵に手形を見せる。凛々しい容姿をした犬の妖かしモノは、手形の隅々を注意深く見た後「よし、通れ」と、端的に言い放った。

「九、入るよ」

 返された手形を懐へとしまい、門から少し離れた所に立つ九へと言葉を投げる。日向ぼっこを楽しむように目を細めていた九が、ぱちっと目を開いた。先に廷内へ入り中を見渡せば、国中から集められた税と人々がごった返している。
 前にソビえる高い宮から、既に帝が顔を出していた。年端もいかない少年で、年齢は自分と大して変わらないようにも見える。

(一国を治めてるんだから、帝様はやっぱりすごいな……)

 煌びやかな召し物を着飾り、どこか感情の篭っていない冷たい目線で民を見下ろす帝に、畏敬の念を抱く。

「ほう、あれが幸水の言う帝か」
「ああ。……って、耳と尻尾どうしたんだ?」

 隣に現れた九からは、頭部に生えていた愛らしい耳と、さわり心地抜群の尻尾が無いことに気がついた。九を九足らしめる部分の喪失に、目に見えてがっかりした表情をした気がする。

「狐の妖かしモノは入れられないとか言われたのでな、長屋の隅で手形を作って、少ぅし犬よりにしてきた」

 にぃっと笑う九の顔を、じっと見つめる。言われないと判らないくらいの違いだったが、犬歯は先ほどより大きく、そして鋭くなっていた。

「これより、現帝尚綱様の御話を頂く!」

 帝の横に控えていた護衛が、一際大きな声をあげる。それまで騒がしく話をしていた人々も、ぴたりと静まった。そして、帝へ傅き頭を垂れる。横目で九を確認するが、同じような体勢になっており安心する。

「——北は北辰ホクシン、東は双部ソウベ、西は蕊花シベバナに南は雨柳ウリュウから、良くぞ参った。国の更なる発展のため、我等上流階級の人間のため、この一ヶ月税を集めてくれたこと、感謝しよう」

 一息つき、再び話を再開した。

「さて、私は此度成人の義を行うこととなった。来月、夏緑の集いに、併せて義を行う。——話は変わるが、妖かしモノが紛れているな?」

 鋭く言い放たれた言葉に、己の体が固まるのが分かる。頭を垂れたままの人々が一斉にざわついた。一緒に来た同じ村の者かもしれない、そう思っているのかもしれなかった。
 九は眉一つ動かさずに、同じ姿勢を保ち続けている。目を閉じ、何かを思案しているようにも感じられた。

「正直に名乗り出よ!」

 強く声を発したのは、横に控える護衛。宮から顔を見せる帝は、顔色一つ変わっていないように見える。妖かしモノがいると、確信が無いまま言った可能性も否定できないのではないか。

「わしじゃ」

 あっけらかんとした調子で上がった声に、視線が集まる。その視線は自分を捕らえているようにも見え、驚き九を見た。もう見慣れてしまった、狐を現す耳と尻尾が、己を主張するように動く。
 瞬間、悲鳴をあげて人々は逃げ出した。死にたくないと言わんばかりの、必死な形相で門へと向かい、駆け出す。どうしようもなく群集を見ていれば、九の冷め切った視線と自分の視線がぶつかった。

「囲め! 奴は狐だ!」

 護衛が大きく叫んだかと思うと、九と自分を取り囲むように門兵と同じ種族の兵士が現れる。全員が統一された紺の鎧を身に纏い、長剣を構えていた。

「ちょっ、九!? 何してんだよ!」

 考えが追いつかないほどあっという間の出来事に、九を批難する。

「幸水、ちぃっとばかり雑に扱うが赦しておくれな」
「は? えっ?」

 言うが早いが、座り込んでいた自分を九は軽々と肩に担ぐ。眼前に揺れる尻尾が見え、自分がどれ位間抜けな格好をしているのか理解した。周りの兵士達は今にも斬りかからんとするほどに、警戒している。

「のう、帝様とやらよ。ハジ、と名乗る女狐が来なかったか?」


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